6.4.貴族をぶん殴った男
冷たい空気を吸って、目が覚めた。
もう朝だということが太陽の位置から分かる。
少し寝すぎてしまったようだ。
体を起こして葉隠丸を腰に携える。
下に降りてみると給仕がばたばたと忙しなく動いていた。
他の客は未だに居ない。
木幕は寝すぎたというが、時刻的にはようやく太陽が顔を出したあたりだ。
いつもより遅いだけであって、他の者からしてみれば早起きだ。
珍しい人もいたものだと、宿で働いている者は少し驚いている。
「お客さんおはようございます!」
「ん、おはよう」
「早起きですねぇー……」
「少し遅い方だ。旅疲れが出てしまったみたいでな……。お主こそ早くから支度とはいい心がけではないか」
「早く起きないと朝食が食べられませんし、作れませんからね!」
もう少しゆっくりしてもばちは当たらないだろうに。
そう思いながら木幕はゆっくりと椅子に腰かけた。
今日することをとりあえず頭の中で整理してみる。
ここに来た目的は同郷の者と会うことだ。
まずはそれを達成するためにできるだけ捜索範囲を広げなければならない。
木像を作る職人がいると聞いたし、まずはその人物を当たってみたい。
もしかすると同郷の職人である可能性が高いからだ。
貴族たちに目を付けられているようなので会うのは難しいかもしれないが、何とかなるだろう。
遠目から見るだけでも十分だ。
後はスラム街についてである。
こちらはまず現地に赴いてみなければ分からない。
状況を見て家を購入し、そこにスラム街の者たちを住まわせればルーエン王国と同じような形で次第に生活を安定させられるはずだ。
ここはあの国ほど貧困層が差別されているわけではないようなので、冒険者活動も問題なくすることができるだろう。
問題は自分たちがいない間誰にそれを任せるか、ということなのだが……。
さすがにこれは考えても仕方がない。
運がよければこれに賛同してくれる者が見つかることだろう。
少し時間がかかるかもしれないなと思いながら、腰帯を締めなおす。
「あ、そうそうお客さん」
不意に店員が話しかけてくる。
振り返って話を聞く態勢を作った後、彼女は話を続けてくれた。
「昨日なんですけど、ちょっとまた物騒な事件がおきまして……」
「ほう?」
「なんでも、貴族を殴り飛ばしたっていう人がいたみたいで……。その人を探そうって兵士たちが躍起になってるんです。その服装が、貴方の着ているものに似ていまして……」
「某ではないぞ?」
「あ、それは大丈夫です! 服の色は赤いって言ってたので貴方ではないということは分かっていますよ」
そう言って、彼女は朗らかな表情をこちらに向けてくれた。
だがここでそんな情報が手に入るとは思っていなかった。
いる。
木幕はこの話を聞いて確信した。
だが既に追われている身となれば、こちらを優先して探したほうがよさそうだ。
どうしてそんなことになっているのかは分からないが……。
相当厄介な性格をしているのかもしれない。
後先考えず手を出すということは、この世界の常識に疎い可能性がある。
できるだけ早く合流しておいた方がよさそうだ。
「その御仁は何処に?」
「何処にいるかは分かりませんけど、事件が起きたのは東門辺りらしいです」
「スラム街は何処にあるか分かるか?」
「えーと、それなら南側ですけど……。そんな所に行って何するんです……?」
「場所を把握したかっただけだ」
とりあえず誤魔化すことができたらしい。
そうなんですか、と言って彼女は仕事に戻って行った。
東門で問題を起こしているとなれば、彼は今何処かに潜伏している可能性がある。
東に行っても見つからないかもしれない。
だがスラム街があるのが南側だ。
そちら側は高貴な者が近づかないので、そこにいる可能性が高い。
建物などを見ていれば、何処がどんな場所なのかはなんとなく分かると思うので、そちら側を探すことにする。
「面倒なことになったな……」
そう言って木幕は頭を掻いた。
恐らく仕合やすい者であることは間違いないが、見つける前に捕まってくれないでくれよと、心の中でつぶやいた。
とりあえずレミたちが起きてくるのを待つことにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます