5.49.二ヶ月の稽古


 あれから二か月後。

 冬の時期も終わりを迎え始め、気候も穏やかになって来た。

 雪はまだ解けていないが、もう雪が降るということはない。

 後は解けて行くのを待つだけとなっている。


 しかしまだ寒さは厳しい。

 この辺だと夏まで雪が解けないということも多いので、完全な雪解けはもう少し先になるだろう。

 だが物資の運搬は滞りなく始まっており、今日はその空になった荷車が下町に帰る予定だ。

 木幕とレミとスゥは、それに乗り合わせているところである。


 この二ヶ月、もう何もすることがなくなったので稽古に打ち込んだ。

 スゥはまだ危なっかしいが作ってもらった刀を使いこなせるようにはなって来た。

 成長しているのでもう少し稽古を見直さなければならないかもしれないと思う。


 レミは自主練に明け暮れていた。

 時々木幕と手合わせを行うが、未だに一本取れたことがない。

 しかし動き自体は良い物だ。

 津之江の技をしっかりと盗んでいる。


 だがまだ技と呼べるもの取得できていない。

 津之江が死んでしまったので、氷輪御殿の能力は掻き消えてしまった。

 本当の主が死んでしまうと、奇術は消えてしまうのだ。


 津之江を殺したのは木幕だということは、ローデン要塞中に知れ渡っていた。

 だがその時の状況を聞いて、誰もが納得してくれている。

 仕方がない戦いであり、それこそが彼女の望みだったのだ。

 それに口を出すものは一人としていなかった。


 そしてテトリスだが……。


「はい、これお弁当!」

「わー、テトリスちゃんありがとう!」

「っ! っ!」

「ふふーん、どういたしまして」


 なんだか妙なことになっていた。

 これだけ見れば普通の女の子ではあるのだが……その後ろには何故か勇者のティアーノがいる。

 それもエプロンを付けて。


 テトリスは暫くの間料理と勇者としての修行活動をいっぺんにしていた。

 勇者としての修行は戦ったり稽古をすれば問題なかったのだが、料理はどうしても少し時間がかかる。

 なので暫くの間は夜だけの開店となっていた。

 しかし人手が圧倒的に足りない。


 そこで勇者であるティアーノを料亭に引き込んでしまったのだ。

 勇者の活動をする代わりにこっちを手伝ってほしいという条件を付けて。

 幸いティアーノも津之江のことは好きだったので、それに頷いて一緒に経営することになったらしい。

 これで本当に両立を図ることができたのだ。


 今ではどちらの仕事もしっかりとこなし、着々と力を付けていっている。

 しかしティアーノは木幕が嫌いな様でいつも睨みを利かせていた気がした。

 と言うか今も睨まれている。


 そして、テトリスはこの二ヶ月で料理の腕を上げた。

 津之江が教えてくれたものを全て頭と体に叩き込み、今も昔も店は大繁盛しているのだ。

 本当によくやるものだ。


「世話になったな。テトリス」

「いいよいいよ。味見とかいろいろしてもらったし」

「何度か酷いのはあったな……」

「いやそれはティアーノさんの……」

「何か?」

「「なんでも」」


 勇者にも苦手なことくらいあるんだなと、その時は全員が笑った。

 どうやったらうどんがあそこまで不味くなるのか理解できなかったが、そもそもこれは嫌がらせではないのだろうかと思った程に不味かったのだ。

 何を入れたと全員から問い詰められたティアーノの顔は、今でも忘れられない。


 思い出し笑いをしながら、木幕たち三人は用意されている馬車へと乗り込む。

 こことは今日でお別れだ。


 次に目指すのはローデン要塞と同じ最前線、ライルマイン要塞。

 ここから馬車で一ヵ月行ったところにある要塞だ。

 そこは都市であるようで、街も大きく栄えているとの事。


 生活に苦労するようなところではないが、人が集まる場所は面倒な人も多くなる。

 スラム街もあるとの事なので、今回はそこを救うために活動をしてもいいだろう。

 ルーエン王国と似たようなことをすれば大丈夫だ。

 資金もあることだし、また古い屋敷を買ってそこで人材を雇えば問題ない。

 上手くいくかどうかは分からないが。


 しかしやれることはやっておかなければならない。

 手を出してしまったのだから。

 最後前で面倒を見なければならないだろう。


「おーい! そろそろ出発だー! 早く乗れー!」


 御者の掛け声がする。

 クープという大きな魔物が牽引をしているのだが、久しぶりに見た気がする。

 あれがこの連結馬車を引いていくのだ。

 とんでもない馬力である。


「ではな、二人共」

「次合う時は勇者になってるから、楽しみにしててよね!」

「頑張ってねテトリスちゃん!」

「うん! レミちゃんもバイバイ。スゥちゃんもね!」

「っ!」


 ガコッと言う音を立てて、馬車が出発した。

 馬が引くよりは遅いが、安定はしている。


 手を振って見送ってくれるテトリス。

 隣には膨れっ面のティアーノがまだ睨みを利かせていた。

 あれはどうこうなるものではないなと思い、木幕は馬車の中に引っ込んだ。


 また長い旅の始まりだ。

 次は誰に出会うだろうか。

 出来れば戦いやすい相手がいいと、木幕は願う。

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