5.43.魔族
ローデン要塞の南。
死屍累々と化した魔物が真っ赤な血を流して倒れ伏している。
もう動いている魔物は少ない。
最後の力を振り絞って迫りくる冒険者に抵抗を見せている程度だ。
だがこれだけの戦いだ。
さすがにこちらも被害が出た。
前線に出ていた兵士が数十名戦死したらしい。
それだけで済んでいることに驚きもしたが、あの奇術は強力過ぎた。
敵兵力に向かって矢を放ち続けるようなものなのだ。
それも狙いは正確であり貫通力がある。
ここまでのものになるとは思っていなかった木幕と津之江は、役目を終えた自身の得物を撫でてやった。
「これでしまいか」
「ですね。あら、あの子たちも頑張ってるわ」
少し遠くを見てみれば、レミとテトリスが共闘して魔物を討伐していた。
中型の魔物に臆することなく突撃していく彼女たちの連携はなかなかだ。
テトリスはともかく、レミは何処でそんな技術を身に着けたのだろうか。
これも津之江の修行の成果だとすれば末恐ろしい。
まだ数日だぞ、と木幕は感心する。
まだ稽古途中ということもあって、まだまだ動きは拙いが基礎はできていた。
津之江もレミの動きを見て満足し、胸を張る。
「いい子ですねレミさんは! 私の教えたことをどんどん飲み込んでくれます!」
「流石だな。主に津之江殿が」
「分かりますか?」
「フッ」
褒めてもらいたかったのだろうということが嫌でもわかる眼差しを向けてくるのだ。
こうして褒めてやらねば可哀そうだ。
しかし周囲を見るに、もう魔物はいない。
とりあえず今回は凌げたと思ってもよさそうだ。
後方の様子がどうなっているのか分からないので油断はできないが、そろそろ兵を向こう側に裂いてもよさそうである。
そうこうしていると、レミとテトリスが中型の魔物を討伐した。
少し時間がかかってしまったようだが、よい動きだったように思う。
二人は息の根が止まったことを確認してから、こちらに戻ってくる。
「ご苦労」
「お疲れ様ー」
「戻りましたぁ~。いやー、流石師匠と津之江さん……。あんな魔法作っちゃうなんて」
「反則よねぇ……」
そう言われても何も反論できない。
だげ褒めるべきはこの刀だ。
と言ってもこの事を言うわけにはいかないので、とりあえずは頷いておく。
「しかしレミよ。強くなったな。知らぬ間に」
「え!? そうですか!? 本当ですかぁ!?」
「性格は変わらんな……」
「やったぁー! 師匠から褒めてもらえた~! ありがとうございます津之江さん!」
「フフッ、どういたしまして」
レミは嬉しそうにクルクルと回りながら喜んでいる。
今回の戦いぶりはあまり見ることができなかったが、返り血をほとんど浴びていない。
だが刃と柄にはしっかり血が付着しているので、何度も戦闘を繰り返したということが分かる。
始めは棒を扱うのですら危うかった彼女が、戦場で戦い抜くまでに育ったのだ。
稽古をほとんどほったらかしにしていた木幕だったので、ここで褒めてもいいかどうか迷ったが労は必要だと感じた。
なので、木幕は初めてレミを褒めた。
武術の方面で。
レミは木幕のお陰で強くなったのではない。
これは自分自身の運と才能によるものが大きいだろう。
しかしレミはルーエン王国で暗殺者たちを退けた。
あの時点で相当強くなっていたのではないだろうか……。
やはりこれは自分のお陰で強くなったのではないなと、木幕はもう一度頷く。
彼女自身の力だ。
感心していると、遠くから叫び声と爆発音が聞こえた。
「ぐああああ!!」
「な、なんだアイツ! うおおお!?」
音のした方角を見てみれば、そこには吹き飛ばされて空中をさまよっている兵士と、危機一髪と言った様子で攻撃を回避した冒険者がいた。
彼らのいたであろう場所には穴が開いており、雪と土が巻き上げられていた。
木幕はそれを見たことがある。
ボレボアの攻撃魔法。
地面を爆発させて土すらも抉るあの攻撃だ。
まさかと思って周囲を確認してみるが、ボレボアの姿は見えない。
であれば……誰が。
そう思って注意深く周囲を確認すると、一人だけ妙な格好をした人物がいるということに気が付いた。
頭にはねじり曲がった角が生え、背中には大きな翼が生えている。
マントを片方の背に付けて胸元で留め具がされており、ボタンが多くついている服を着ていた。
人と同じような服装をしているが、肌は真っ黒で目は深紅の赤。
その顔は怒りに燃えて歪んでおり、今にでも目に付く者をへ襲い掛からんばかりの闘気を纏っていた。
彼が手を振れば、兵士数十名が吹き飛んだ。
次に手をぐっと握りしめた瞬間、大爆発が起こる。
「ぐっ!」
「うぅっ!?」
咄嗟に身を屈めて防衛姿勢を取る。
冷たい雪が服の隙間に入ってくるが、今はそんなこと気にしていられない。
爆風が収まったところで目を開けてみると、そこには雪が一切ないクレーターが一つできていた。
離れていたので助かったようなものだ。
近くにいた者は吹き飛ばされてしまったらしい。
そこかしこで何かが落下する音が聞こえてくる。
「あれは何だ!」
「ま、魔族よ……!」
テトリスが身を強張らせながらそう教えてくれた。
確かに肌の色も違えば、人間とは全く違う特徴を有している。
しかしこの存在を木幕は詳しく知らない。
すぐに説明を求める。
「魔族!? なんだそれは!」
「魔王軍の中にいる知性なる魔物のこと! あの攻撃力を見るに……中級魔族かもしれない!」
「何を言っているのかさっぱりだわ……」
「勇者じゃなきゃ太刀打ちできない程強いんですよ! 津之江さん逃げましょう!?」
「えー」
「えー!?」
明らかに嫌な顔をしながらそう言った津之江に、テトリスは驚愕する。
テトリスからすればどうして逃げようとしないのか分からない。
だが、津之江は強者に興味がある。
今の攻撃を見ただけでも、あれがどれ程に強い存在なのかは分かるだろう。
これは戦いに身を投じてしまったことによる障害だろうか?
津之江は今、あれと戦いたくて仕方がなかった。
なんせ戦うと思っていた木幕との一騎打ちがなしになったのだ。
憂さ晴らしとして、あれと戦いたい。
どうすれば勝てる?
どうすればあれに一太刀入れることができるだろうか?
あの爆発は厄介だ。
それを止める方法と対策も考えておかなければならないが、自分の奇術だけで何とかなるかもしれない。
いい、実にいい。
薙刀を握る手に力が入る。
余っている手は力のやり場に困って指をカクカクとさせながら顎を撫でる。
やるかやられるかといった瀬戸際の戦いに身を投じれそうだと素直に喜んだ。
そうだ、そうなのだ。
やはり戦いとは刃を向け合い命の駆け引きをするもの。
あそこまで一方的な戦いはただの蹂躙だ。
戦いではない。
「フフフフッ……」
「ヒエッ……」
女性らしからぬ不敵な笑みを浮かべた津之江。
獲物を見定めるその眼窩にある双眸の目玉が、あれを捉えてしまう。
体があれと戦えとうずいて仕方がない。
ゆらりと立ち上がって腕をだらりと脱力する。
体を左右に揺らしながら、ゆっくりと近づいていく。
「も、木幕! 止めて! 津之江さんを止めて!」
「無理だ」
「なんで!?」
「師匠! わ、私からも……」
「無理である」
過去に一度、あのような姿の生きた亡霊を見た事のある木幕だからこそ、彼女を止めるのは不可能だと直感する。
今近づけば邪魔だと言って斬られるのがオチだ。
そこまで見境がなくなっているかは分からないが、そう言った行動に出てもおかしくはない。
飢えた獣に何を言っても無駄なように、今彼女に何かを言っても無駄だろう。
津之江は耐えてきたのだ。
弱い者ばかりを相手にし、酷く退屈と言う時間を過ごしていた。
それに耐える日々が長くなればなるほど、こういった症状は発症する。
だがそれは、極度の戦闘狂ならではの話だ。
「あいつ……辻斬りだったか……」
津之江裕子。
生業、永氷流師範及び料亭の店主。
趣味、人斬り。
「フフフフフフ……」
「……戦った相手を、褒めぬわけだ」
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