5.42.東西南北


 南の戦況は優勢だった。

 単騎でも力を発揮するローデン要塞の冒険者たちと、凍った針葉樹の葉を飛ばし続けるあの奇術に魔王軍は劣勢を強いられる結果となった。

 今回出陣してきた魔物に道具を有している魔物はいない。

 盾がなく、魔法で何とか防ごうとはしているが結局凍った針葉樹の葉が突き刺さって魂を狩られた。


 予想外の使い手が現れたものだと、冒険者や兵士たちは感心する。

 その援護があるおかげで目の前の敵に集中することができていた。

 被害は勿論あるが、未だに死者は出ていない。

 誰もが助け合いながらなんとか迫りくる敵を捌いている。


 ところ変わって他の場所。

 メディセオがいる西側では、見た者の顔を青くさせるような凄まじい惨劇が目の前に展開されている。

 着いてきたAランク冒険者は一切手を出すことができなかった。

 何故なら、少しでも足を踏み込めば自分すらも巻き添えを喰らってしまうだろうと直感したからである。


「も、もと、元勇者……血みどろの……メディセオ……」


 メディセオの戦い方は、恐ろしいものだった。

 背に持っていたロングソードは分厚く、そう簡単には折れないということが素人目にもわかる。

 十字架の姿をしたそのロングソードには、切っ先がなく潰れていた。

 そして刃は、何処にもついていない。


 打撃、殴殺。

 斬るという行為を完全に無視し、彼は殴り潰す。

 刀の峰で両断しているといえば、イメージが付きやすいだろうか。


 敵の肉は潰れながら裂かれ、大量の血飛沫をまき散らしながら周囲一帯を血の海に変えていく。

 既に体は真っ赤に染まり、血が滴る程にまで返り血を浴びていた。


 刃のついていない十字架は、その全てが持ち手となり刃となる。

 持ち手を変えながら迫りくるAランクやBランクの魔物を叩き斬っていく。

 攻撃をするたびに衝撃波が生まれ、隣や後ろにいた魔物がその衝撃によって霧散する。

 やり過ぎだと言われても何も反論できないその火力。


 防御しようとした武器を丸ごと叩き斬り、ついでと言わんばかりに肉体すらも切り裂いた。

 血や内臓、骨までもが空中に飛び散り、遠くの方にまでその赤い血で汚れて行く。


 十字架の重さを利用しながら飛び回るメディセオは、敵が繰り出してくる攻撃に掠りすらせずに全滅させた。

 口に入った血を最後に吐き出して、被っていたフードを外す。


「ペッペッ……。ほれ、北に行くぞ」

「えぁ……わ、分かりました!」


 一仕事終えたと言わんばかりに、メディセオは北へと向かう。

 あちらは空中を飛び回る魔物がいる。


 だが、戦況は意外なことに優勢だった。

 指揮を執っているドルディンは、大声を出して冒険者に指示を出している。


 吹雪いているので撃ち落とせるかどうか怪しかったが、そもそもディバンディッドは夜行性で普通は洞窟にいることはほとんどだ。

 それを無理にここに連れてきて昼間に攻撃を仕掛けている。

 予定としてはここに魔術師がいるはずではなかったのだろう。


 そして吹雪いていることもあって、奴らの動きはとても鈍い。

 ただ姿を見せつけて、ローデン要塞の中をかき回す算段だったこの兵力は尽く撃ち落とされていった。

 だが流石に数が多い。

 まとも小さい為、殲滅には時間がかかってしまう。


 ディバンディッドの存在をこちら側が把握していなければ、ローデン要塞の中は魔王軍の思惑通り混乱していたことだろう。

 本当にこの事を知らせてくれたズーラたちには頭が上がらないし、なにより調査を行う動機を木幕が作ってくれたのが大きい。

 彼がいなければ、いつも通りの戦いとして要塞の方に全戦力を裂いていた事だろう。


「頭が上がらないなぁ」


 そう言いながら、ドルディンは東の城壁を見る。

 向こうでは歓声が上がっているようで、もう爆発音などは一切しない。

 徹夜で領民に説明に行ったのが役に立った。

 寒さのお陰でまぎれてはいるが、今非常に眠い。

 立ったままでも寝ることができそうだと思いながら、気が緩んで欠伸をした。


 東の城壁は、勇者ティアーノを筆頭とした領民の兵士たちが歓声を上げている真っ最中だった。

 実際は大したことのない魔物なのだが、彼らが倒したとなればそれは功績と呼べるものになるだろう。

 城壁に設置してあるバリスタや飛び道具を駆使して、マーディーを殲滅した。


 扱い方が分かれば、領民でも立派な兵力となる。

 流石に最後の方はティアーノ自らが出陣して倒しきれていないマーディーを倒すことになったが、これくらいのこと勇者であればよそ見をしていてもできる仕事だ。

 だが彼女はこの仕事に不満を持っていた。


 何故自分は一番大変な前線で戦うことができないのかと。

 今しがた終わらせたマーディー討伐も、これは後始末と何ら変わりがない。

 自分が活躍できる場は、こんな所ではないと不満を募らせていた。


 だがギルドマスターの決定には逆らえない。

 もし自分がいなければ、領民は兵器を扱うことができずに今もなお弓だけで応戦したいた事だろう。

 判断としては間違ってはいない。

 だが他にもっと適任がいたのではないかと、そう思ってしまうのだ。


「だけどそれも終わった……。次は前線に行く!」


 南が一番兵力が多いということは知っている。

 ティアーノはここの片づけを領民に任せ、自らは南へと向かうことにした。

 それこそ、飛ぶように。

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