4.67.出立


 あれから一週間。

 準備は既に整っていたのだが、なかなかローデン要塞行の馬車が無くて結局暫くの間あの屋敷で世話になることになってしまった。


 この一週間でこの辺は一気に冷え込み、新しい服や薪を調達しなければならなくなったが、まだまだ資金はあるので好きに使ってもらっても問題ない。

 無くなったら取りに行けばいい事なので、金銭面で困ることは一切ないだろう。


 子供たちも料理を覚え、剣の腕も良くなっていっている。

 エンリムだけはメランジェに魔法を教えてもらっているが、彼もまた良い才を持っていたらしく、すぐに魔法を習得していった。

 だがまだまだだとメランジェは言う。

 中々厳しい修行ではあるが、しっかり物にしてもらいたい。


 もう少ししたら冒険者ギルドで登録をするらしいので、それまでにもう少し剣の技を磨く予定なのだとか。

 鉱石を売った金だけで生活するのは、ライアとしても良くない事だと考えていたらしい。

 これからは生活費は自分で稼ぐ。

 そして余裕が出来たらまたスラム街の人を仲間に引き入れるという作業を繰り返していく予定だ。


 後は任せておいてもよさそうなので、安心して出立できる。

 しかし、ここだけでは足りない。

 今まで通って来た全てのスラム街の住人を助けて回るのも仕事の内になった。

 一度手を出したのだから、出来ることはしていかなければならない。

 もしローデン要塞に誰もいなかった場合、元来た道を戻ってその作業をするのもいいだろう。


 リーズレナ王国にはロストアや勇者パーティー一行がいるし、ミルセル王国にはロディックがいる。

 ロディックは協力してくれるか分からないが、それでも自分たちでやっていくようにはしよう。


 三人は既に準備を整えており、後はギルドに行くだけだ。

 今日が馬車の護衛の日であり、ローデン要塞へ大量の物資を持っていく。


 最後に見送りをしてくれる子供たちとライアが、手を振ってくれた。


「ではな」

「はい! お気をつけて!」


 こういう時子供たちは泣いてしまうのが常なのではあるが、そんなことは無かった様だ。

 誰もが笑顔で見送ってくれた。

 レミとスゥは振り返って皆に手を振り返す。

 見えなくなるまで見送ってくれたライアたちは、静かに上げていた腕を下ろした。


 ライアは子供たちの顔を見る。

 彼らは我慢していた涙を零しながら、しゃがみ込んでいた。

 そこまで我慢しなくてもいいのにと思いながら、一人一人の頭を撫でていく。

 師匠であればこうしただろうな。

 そう思いながら、皆が泣き止むまでそうしていた。



 ◆



 雪国に進む馬車の護衛は随分多かった。

 それに合わせて数が多く、全てで八つの馬車が一直線に並んでいる。

 だんだんと雪が増えてくる中でのこの移動は相当堪えると思ったが、炎魔法が使える冒険者が雪を溶かしながら進んでいた。

 こういう使い方もあるのかと感心してしまう。


 木幕たちは一番後ろの馬車に乗せてもらっている。

 今は休憩中だ。

 まだ雪は多くないので進むのにはそれほど困ってはいないが、これからもっと増えるという事なので冒険者は進むにつれて忙しくなっていくことだろう。


 しかし何故ここまでの物資を持っていくのかと聞いてみれば、雪国の要塞、ローデン要塞は外からの輸入で国を潤しているのだという。

 夏の間に冬を越せるだけの物資を周辺諸国から持ってきてもらうようなのだが……日持ちしないものはこうして少し無理をしてでも持っていくらしい。

 寒いので普通よりは長く持つのだが、消耗品はいつかは無くなる。

 それに、この要塞は魔物からの防衛を担っているらしいので、こうした物資は日頃からよく届けられるのだとか。


 あのレッドウルフもローデン要塞では日常的に見ることのできる魔物らしい。

 それに対抗する要塞に住む人々の戦闘技術は他の国よりも遥かに強く、囲おうとする国も少なくないようだ。

 だが要塞を指揮している勇者は何処の国の下にもつく気もないと宣言している。

 強引な手段に出た国が一つあったらしいのだが、その時は何とも無残な形で死体だけが国に運ばれて来たらしい。 


 敵に回してはいけない国、ローデン要塞。

 一体どのような猛者がいるのかと、話を聞いているだけで楽しみになっていた。

 だが、その要塞に付くのにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「スゥちゃん寒くない?」

「っ」

「良かった。今回は防寒着しっかり買ってるから、寒くなったら言ってね」


 レミはスゥの頭を撫でる。

 こうして見ていると、姉ではなく母だなと思いながらその様子を見ていた。

 なんとも懐かしい光景だ。


 ふと、レミとスゥの姿が妻と娘の姿と重なった。

 未練などないと思っていたが、やはり何処かで寂しく思っていたのかもしれない。

 馬車の外をみて、二人から顔を反らす。


「あ……」


 レミはその顔をよく見ていた。

 今までにない表情を師匠がしていて驚いたのだ。

 笑う時はあっても、それは少し不気味な笑み。

 だが、今の木幕は懐かしむような優しい笑顔で外を見ていた。


 レミは、初めて木幕がこのように笑っているのを見たのだった。

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