4.18.屋敷の噂


『不自然な死って言われているけど、あれ実は怪異事件でもなんでもなくて、普通に毒殺されただけよ?』

「……えぇ?」


 メランジェのその言葉を聞いて変な声が出た。

 噂とは全く異なった事実。

 驚いてしまうのも無理はない。


 だが毒殺とはどういうことなのだろうか?

 何か恨みを買っていたというのはそれだけの情報で分かる事だが、屋敷全ての人間を毒殺というのは少し無理がある話だ。

 何か別の理由があるのだとは思ったが、彼女は屋敷全ての者が毒殺されたと言いきった。


『理由は単純~。厄介ごとに首を突っ込んだから! って言っても、その厄介ごとってのが結構やばい事でね。情報を集めて国にその事を報告しようとした矢先、相手方もこっちの動きを把握してたみたいでね……』

「でも全員毒殺って……いくら何でも無理があるんじゃ?」

『それがそうでもなかったのよ。毒の魔法を使える魔法使いが居てね? 井戸やら食事やらに全部毒仕込み回って、運よく体に毒を取り入れなかった者たちは直々に毒を入れ込まれたわ。私はご飯食べてぽっくり』


 両手を広げておどける彼女は、昔を思い出すかのように楽しそうに話してくれていた。

 内容はとても残酷な物なのだが、それをどうにかして明るく語ろうとしてくれている様だ。

 気遣いは有難いが、彼女には同情してしまう。


「もしかして噂って……」

『私たちの無念が具現化したみたいね。毒魔法術師は毎夜脅かしてたら精神を病んで死んだわ。最近夜な夜な声が聞こえるってのは、私が泣いてただけね。ごめんねー?』

「え? じゃあもう他の人はいないんですか?」

『うん。残ってるのは私だけ。どうしても天国に行けないのよね。多分まだ何か未練があると思うんだけど……私も忘れちゃった』


 死んでから随分と長い年月を過ごしてきたメランジェ。

 彼女は当初共に死んだ仲間たちと悪事を暴こうとしたのだが、霊体でできる事など脅かすことくらいしかできない。

 次第に魂がこの世に残れなくなり、だんだんと数を減らして今は一人で彷徨っていた。


 目的も忘れ、仲間もいなくなった彼女は、いつしか来る人に話しかけるだけの可哀そうな亡霊となっていたのだ。

 だが誰一人として、自分を見てくれる者はいなかった。

 そこでこの二人が現れたのだ。

 自分の事を見てくれる。

 それに会話もできた。

 これがどれほどにまで嬉しかったのか、言葉では表現できない程である。


『でもまさか私の顔見て叫び声上げる人が来るなんて思ってなかったから、めっちゃびっくりしたんだよねー。ごめんね?』

「心臓止まるかと思いましたよ本当にもう」

『あはははは!』


 意外と簡単に、この屋敷の噂は暴かれた。

 これだけ友好的な亡霊がいるのであれば、孤児院の子供たちを迎え入れても全く問題は無いだろう。


 だが、もう一度話を聞いて木幕は一つ分からないことがあった。


「誰が、お主を殺したのだ」

『ん? 毒魔法術師だよ?』

「違う。お主らは大義を成そうとした。国を正しき道に導くために。であれば、一介の冒険者風情が単独で事を起こすなど考えられぬ。依頼したはずだ。お主らを殺せと、誰かからな」

『あー……えーっと……』


 考えているそぶりを見せる辺り、心当たりはあるのだろう。

 死んでから長い時間を過ごしており、当時はともに殺された仲間もいた。

 犯人捜しをしていないはずがない。


 だが、メランジェは答えなかった。

 一度首を振り、すっと木幕の前にやってくる。


『……でもいいの。犯人は確かにわかってるけど、その人たちに復讐するのが貴方であれば、私は罪悪感に囚われることになる。それに、それを実行しようとした彼はもう居ない。やるだけ無駄よ』

「ふむ……。左様か」


 望んでいないのであれば、無理に強要することも無い。

 早々に諦めを付け、壁に寄りかかる。


「本当に師匠は面倒事増やすの得意ですね!」

「性分やもな」

「今すぐ払拭してくれませんか?」

「難しい事を言うな」

「そんなに難しい事じゃないと思うんですけどね!?」


 さて、他愛もない話もそこそこに、ここに来た目的を話しておかなければならない。

 あくまでもこの屋敷の主はいるのだ。

 話をしておくのが筋という物だろう。


 木幕とレミは、掻い摘みながらメランジェに孤児院の事を伝えた。

 そして今からやろうとしていることも。

 その為にはこの屋敷が拠点として必要で、今から買いに行く予定であるという事も伝えておいた。


 それを聞いたメランジェは、とても嬉しそうに、そして面白そうに宙を飛び回りは始める。


『なになにそれ! 絶対面白い話じゃない! おまけにスラム街の子たちを助けるなんてなかなかできる事じゃないわ! いいわよいいわよー! 私が守護霊になってあげるわ!』

「な、なんでしょう……。自分で守護霊って言い張るの凄いですね……」

「どちらかというと化身であるな」

『何の化身よ!?』


 初対面でそこまで失礼な事を言うかと文句を言ったが、こんな会話でも可笑しいものだ。

 最後にはケタケタと笑って、二人の提案を受け入れる。

 どの道使われなくなった屋敷だ。

 この屋敷も、使われないより使われた方が良いに決まっている。


 それに加えて綺麗になるのであれば、またいい生活を見守ることができそうだ。

 成長する様をこの目でいつまでも見続けれるというのは、考えるだけでワクワクする。


 家主に許可も得た事だ。

 これからここの土地を所有している貴族に話を付けに行かなくてはならない。

 だが、今から行って面会をしてくれるだろうか?


 相手は貴族だ。

 こんな旅人を素直に歓迎してくれるとは思えない。

 できれば一日でも早くここを譲り受けたいのだが……。


「そんなに難しい事なのか?」

「まぁ……多分。今日すぐにって訳にはいかないでしょうね……」

「ふーむ……」

『これ持ってったらいいわ』


 そう言いながら、メランジェはブレスレットをレミに手渡してくれる。

 赤く輝く宝石が付いており、一般人には手の届かない代物であると瞬時に理解できた。


「これは?」

『スティア家の家紋が入っているブレスレットよ。公爵のバネップ・ロメイタス様に見せれば一発で通れるわ!』

「でもこれ持っていくと、この屋敷まさぐった罰当たりな奴らって思われません?」

『あっ』


 死んでいることをすっかり忘れているメランジェ。

 レミはどうするかまた頭を悩ませることになってしまったのだった。


「って、公爵!?」


 問題が追加された瞬間である。

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