4.10.老人の過去
孤児院の中は、外よりもまだ綺麗な場所だ。
とりあえず長持ちするように気持ち程度の補強がしてあったり、危ない場所には家具などを置いて子供たちが近づかない様に配慮されていた。
だが質素な物ばかりが置いてあるだけで、生活感は殆どない。
道を案内されている時、厨房らしき場所を見たが……そこも使われている形跡は殆どなかった。
やはり生活は苦しい様だ。
しかし七人の子供がここにはいる。
その子供たちは、スラム街にいるとは思えない程に元気だ。
食事はしっかりと取れているのだろう。
「あら……? お客さんですか? 藤清さん」
「おお、シーラさんや。同郷の者だ。何か飲み物はあるかの」
「水を用意しますね」
今の様な広い空間に、女性がいた。
彼女もまた綺麗な服は身に着けていない。
沖田川と同じく優しい表情をしているが、とても無理をしているように感じる。
顔も腕も痩せ細り、あまり力もなさそうだ。
そんな彼女は客人を少しでももてなそうと、厨房へ入っていった。
大して何もできないが、何もしないよりはいいだろうという考えだ。
二人は沖田川に勧められて椅子に座る。
そこで一つため息を吐いてから、話をし始めた。
「木幕殿や。お主は儂を斬れるか?」
いきなりその話から始めるのかと、レミは心の中で突っ込んだ。
初手から重い話を持ってこられるとは思っていなかったので、少しばかり驚いてしまう。
だが木幕の考えは変わらない。
「いずれ。だが今ではない。お主が居なければ、ここは立ち行かなくなるのだろう」
「左様か。だがその時は、儂も抵抗はするぞ?」
「構わぬ。それでなければ、面白くない」
「ほっほっほっほ。儂はあの女神の言った事など、どうでもよいのじゃ。儂がせずとも、他の誰かがしてくれる。それにこの歳じゃ! 人探しなど、ようできんわい!」
カラカラと笑って手をおどける。
確かに人任せにするのも、手の一つだろう。
それを否定しないし、あの女神の言った言葉を愚直にやろうとも思わない者は多いはずだ。
だが、考えだけは同じらしい。
ひとしきり笑い終わった後、とても真剣な様子で二人を見る。
「ま、後のことはお主に任せるわい。もし儂が勝てば、また別の者に任せるつもりじゃ。儂に勝てん程度では、頂きになど届かぬからのぉ」
「老体に鞭を打つようで申し訳ないな」
「構わん構わん!」
「あ、水をお持ちしました。どうぞ~」
シーラがトテトテとやってきて、三人に水を配る。
ここは寒いのであまり喉は乾いていないが、好意で貰ったものなのでとりあえず一口付けておく。
彼女は水を運び終えると、すぐに外へと行ってしまった。
何やら忙しそうだ。
さて、とりあえず沖田川の考えは聞けた。
次はこの施設の問題だ。
ここの用心棒をやっているという事なのであれば、それなりの理由があるはず。
それを聞いておきたかった。
「沖田川殿は、何故ここの用心棒を?」
「話せば長くなるのじゃがの。儂は半年前に、ここに来た」
それから暫くの間は、沖田川がこれまでのことを語ってくれた。
沖田川がこの世界に来たのは半年前。
随分と暖かい日だったようだ。
この国に落とされたようだが、体力も衰える中では国を移動するなどと言ったことはできるはずもなく、彼はこの国に永住することを決めた。
女神に十二人の侍を殺せと言われたが、「来れば相対しよう」という軽い契約を交わし、後は流れるままに寿命を全うしようと決めていた。
どうせ長く持たない命。
だがこの歳になって新しい世の中を見れるというのは、なんだかおもしろくもあった。
しかしそこにあったのは……。
差別される子供、大人。
ただ身分が違うとはいえ、ここまで差別されている所は見たことが無かった。
大人はまだ自分で考えることができる。
だが子供はそうではない。
誰かの助けなくては、生きてはいけないか弱く小さな存在だ。
だからこそ親が居る。
親に育てられている者であれば、その大切さが分かるはずだ。
同じ人間、同じ魂。
何も変わらない同じ者同士であるのに、どうしてここまで扱いの差が出るのか。
その事を知ってから、彼はこの世界を呪った。
この国だけでも、何とかする事は出来ないだろうか。
世直しなどという難しい事は、沖田川には重すぎる物だったが、こうして間近に見てしまうとどうしても変えたいと考えてしまう物だ。
今までは、そう言った所を見たことが無かったからこそ、他人事でいれたのだ。
自分の見ていた世界は、とんでもなく狭かったのだと思い知らされた。
どれだけ恵まれた場所に居たのかも。
「だから儂は、最も貧しい者の側に寄り添うことにしたのじゃ」
そこに畳みかけるように来たのが、貴族。
只でさえ貧しい者たちの場所を奪うようにして、土地を押収しようとしてきた。
子供の事を考えず、ただ自分たちの欲望のままに貪ろうとしている。
そんな事を許せずはずもなく、沖田川はそれを拒み続け、幾度となくやってくる冒険者、兵士を返り討ちにしてはそれを阻止してきた。
だが……。
「それも、いつまで持つか……」
これが始まったのはつい最近の事。
それまでは、とある一人の少年と沖田川のみで冒険者ギルドに通っていたが……今はそうもいっていられなくなり、少年一人が冒険者ギルドに通い詰めている状況だ。
食つなぐのでやっとのこの状況。
できる事なら、新しい家を持ってそちらに移り住みたいが……。
そんな金銭的余裕があるはずもなく、こうしてここを守り抜いているに過ぎない。
いつ彼らがしびれを切らして、大軍を送ってくるか分からない。
今はスラムだからと甘く見られているかもしれないが、こうして何度も追い返されていれば、今後どうなるかは想像がつかないのだ。
「それをどうにかしない限り、立ち合いは無理であるな」
「話がはようて助かるわい」
それを成すにして、更なる問題はあるにしろ、まず目の前の事ができなければ次のことができるはずもない。
勿論難しい話ではある。
だが、成さねばこの子たちは助けられない。
「難儀であるな」
「お主たちがどうするかは自由じゃ」
「知ってしまったのだ。お主が納得するまで付き合おう」
「えっ」
「かたじけないのぉ」
また、勝手に決定してしまった。
そう思い、面倒ごとに巻き込まれてしまうのだった。
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