4.9.沖田川藤清
スラム街。
話には聞いていたが、ここはリーズレナ王国とは違った雰囲気が漂っている。
建物は原型が留められていない程朽ちており、辛うじて残している建物にはスラム街の住民と思われる人物たちが寝泊まりをしていた。
まるで廃墟だ。
槙田と戦ったあの土地でもその様な雰囲気の場所はあったが、ここまで酷くはない。
だがそんな場所でもまだまだ原形を留めている建物群はいくつかあった。
奥の方に行けば行くほど、そう言ったものは多くなっているようである。
どうやら草木が絡みつき、建物を微弱ながら補強してくれていたのだろう。
廃墟には似つかわしくない緑が、周囲には沢山見て取ることができた。
しかし、本当にこんな所に孤児院なる物があるのだろうか。
これだけ寂れていると、それすらも怪しくなってくる。
だがとある建物を見たスゥが、指を指して飛び跳ねる。
「っ! っ!」
「あれか?」
「っ!」
その問いに、スゥは大きく頷く。
どうやらあの建物が孤児院らしい。
そこは白い石造りの建物だ。
だがその白さは既に失われ、緑と灰色の壁が周囲と同化するようにして紛れ込んでいた。
壁も朽ちておりボロボロだ。
そんな所に子供が住んでいるのだろうかと思ったが、そこからは確かに子供の声が聞こえてきた。
どうやら本当にここが孤児院の様だ。
スゥが走って行ってしまったので、木幕とレミはそれを歩いて追いかける。
門であったであろう場所があり、スゥはそこから入っていった。
二人が門の前から中を見ると、子供たちが数人いた。
帰って来たスゥを歓迎するように、皆が騒いでいる。
「……」
「あっ……」
その中に、異質な人物が座っていた。
騒いでいる子供たちを優しげな眼で眺める老人。
彼の着ている服は木幕とほとんど同じで、持っている武器もそれなりに近い形をしていた。
老人らしい顔立ちだが、その顔は柔和な表情を常に浮かべている。
それは武器を持っているのが不自然なほどだ。
髪は真っ白ではあるが、長い為後ろで束ねている。
茶色の服と、その白い髪が老人らしさをより一層際立たせていた。
そして持っている武器は、鍔のない少し反った白い棒。
レミはこれまで似たような物を見ているのですぐに武器だと分かった。
だが、何故形が違うのかという事だけは分からない。
色も派手だし、一番異質なのは鍔が無い事だ。
あの武器は初めて見る。
その事を木幕に聞こうとしたレミだったが、彼は難しい顔をしていた。
「……」
「? 師匠?」
「やり辛い」
「ああ……まぁ……そうですよね……」
二人はここに来て、その老人を見て、ようやく宿屋の店主が言っていたことが理解できた。
とんでもない物、というのはおそらくあの老人の事だろう。
そして貴族がこの土地を国から買い取って、冒険者や兵士が立ち退き作業を開始していると聞いた。
だがここだけは子供たちが動く様子がない。
という事は……彼は用心棒としてこの孤児院を守っているのだという事になる。
老人は子供の帰る場所を守ってくれているのだ。
今この状況で、彼を斬り伏せるのは忍びない。
すると、老人も木幕とレミに気が付いたようだ。
だが全く驚いた様子はない。
そのままゆっくりと立ち上がり、傍らに置いていた日本刀を持ってゆったりとした足取りでこちらに向かってくる。
「初めましてじゃの。子供を送り届けてくれて有難う。儂は沖田川藤清じゃ」
柔和な表情でそう言った老人は、軽く会釈する。
どこまでも腰が低い。
そんな第一印場を受ける。
「某は木幕善八。こっちは弟子のレミだ」
「初めまして。レミです」
「ほぉ……。立ち姿からして……」
そう言い、沖田川は木幕とレミの姿を交互に二回ほど見る。
中指を顎にトントンと叩きながら首をひねる。
「レミ殿は……薙刀より剣術を嗜んでいたの」
「えっ!? 分かるんですか!?」
「うむ。今のお主には剣術の方が似合うが、それ故……変えたか。良き判断であるの。欲を張ってどんどん飲み込むと良い」
「……?」
「褒められておるのだ。それと鍛錬に励めと言うておる」
「え? あ、有難う御座いますっ!」
沖田川はそれに目を細めてうんうんと頷いた。
次に木幕を見たが、これには少し頭を悩ませたようだ。
「木幕殿はなかなか奇特であるのぉ。体を成さずに刀を振るうか。だが槍術もいけるようじゃの」
「某の葉我流剣術は刃で葉を模す」
「葉と枝。確かに悪くないのぉ」
何を言っているのかよく分からないレミだったが、とりあえず木幕も褒められているという事はなんとなくわかった。
しかしこの老人。
立ち合いもしていないのに相手の使う武器を見抜くとは、驚いた。
持っている武器は全く違うのに、今のレミは剣術の方が得意だと見破られ、木幕に至っては持っていない槍まで使えるという事も看破した。
恐ろしいまでの観察眼。
年の甲だけでここまでの技量は見込めないだろう。
しっかりと相手の特性を見抜けたことに、カタカタと笑う沖田川。
それだけで随分と満足したようだ。
「ところで……」
そこで沖田川の顔つきが変わった。
表情は柔和なままであるが、眼は全く笑っていない。
ギョロリとした眼が、二人を睨みつけた。
「お主らは、きぞくとかいう賊共の仲間かの?」
その言葉には、敵を滅さんばかりの圧が籠っていた。
レミはそれにびくりと体を震わせ、瞬時に構えてしまう。
薙刀での稽古はまだほとんどできていない為、中段に構えるくらいの事しかできない。
木幕はすぐにレミの前に手を出し、構えを解かせる。
「そう、見えるか?」
「……ほっほっほっほ! すまぬな。最近多くてのぉ」
「心中察する。用心棒をしているのだろう? よくぞ一人で守り抜いたものだ」
「なに、半端者など、取るに足らぬわい」
「そうか。だが某と沖田川殿は……」
「分かっておる。だが今ではない」
「承知している」
お互いに小さく頷き合い、考えを合致させる。
この短い会話だけで、これからのことが決まったのだ。
「まずは話でもしようかの」
沖田川はそう言いながら、孤児院の中へと二人を案内する。
レミは完全に構えを解き、木幕は怖気ることなくそのままついて行った。
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