4.3.入国


 ここまで来るのに一週間かかった。

 中々に長い道のりで、体がバッキバキだ。


 寒かった道中だったが、ここに来ると身を縮こませる程の冷たい風は吹いてこなかった。

 目の前にある森と、大きな城壁に風が遮られている為だろう。

 とは言え寒いことには寒い。

 入国したらすぐにでも温かい服を調達しなければならないだろう。


 ミルセル王国でそれなりに資金を溜めておいてよかった。

 備えあれば憂いなし。

 この服装のまま冒険者活動を続けるのは酷なので、本当によかったと思っている。


 しかし、この道中何もなくて助かった。

 あれから五日間は寒さに耐えながらレミと交代で見張りをしていたのだが、レッドウルフという魔物が出て来た時は少しひやりとさせられた。

 しかし三匹の少ない群れだったので簡単に捌くことができたのだ。

 あの程度では脅威にすらならない。


 毛皮も剥いでおいたので、それを売ればまた資金に余裕ができる。

 御者は三匹のレッドウルフを簡単に倒していたことに心底驚いていたようだが、レミとしては何を今更と言った風に当たり前のようにして毛皮を剥ぐ作業を担ってくれた。

 随分と強い部類に入る魔物だったようだが、何が強かったのかいまいち理解できない木幕であった。


 そんなこんなで入国。

 御者は予定より遥かに多い報酬金を払って、逃げる様に城へと向かって行った。

 それを冷ややかな目で見ながら、レミがぼそりと言葉を漏らす。


「……戦い方見て師匠が怖くなったんでしょうね。あれから口調が敬語に変わりましたし」

「……肝の小さい男だな……」

「にしても寒いですね! 早く服買いましょ!」

「うむ。そうしよう」


 宿を取るのも大切な事だが、まずはそちらを優先したい。

 道中、ギルドと宿の場所を確認しながら服屋へと足を運んだ。


 このルーエン王国は、ギルドや店が門の近くに設置されていた。

 素早く外へ行けるようにされているのだろう。

 早々に目的の店を発見した二人は、寒さから逃げるようにしてその中に入る。


 中には暖炉が設置されており、とても暖かい。

 もこもことした服がたくさんあり、如何にも温かそうな印象を受ける。

 だがこれは冒険者向けとして用意されている物ではないらしい。

 動きにくそうな物ばかりだ。


 とは言え四の五のは言っていられない。

 すぐにレミが気に入った物を見繕って、会計へと向かう。


 彼女が購入したのは、マフラーなる物と頭を覆う事の出来る温かい服だ。

 それをフードというらしいが、視界が遮られるので、木幕はそれ以外の物を選んでくれとレミに要求した。


 暫く考えて似合う物を探してくれていたようだが、どうにも見つからない。

 というより、動きにくい物ばかりしかないのだ。

 見合う物が無いと言ったほうが正しいかもしれない。


 レミの服もそれなりに動きにくい物だ。

 だが体の線が細いので、彼女の場合はそれで十分に動く事は出来るだろう。


 待っているのもあれなので、木幕も自分で探してみる。

 すると、すぐに目に入った物があった。

 腕を通すところのない羽織の様だ。

 分厚く、とても暖かそうな素材で作られている為、寝る為の布にも使うことができるだろう。


「これでいい」

「うえ? ……げっ、師匠。これはちょっと高すぎますよ……」

「そうなのか。では別のにしよう」

「あ! ああ! 旦那旦那! 良い物に目を付けられましたね!」


 後ろからひょこひょこと出てきた小柄男性は、木幕の前にばっと現れる。

 なんだこの小男はとは思ったが、それを口にする前に彼はその商品を手に取って説明し始めた。


「いやぁ、これはですね! レッドウルフの毛皮を使った貴重な貴重な物なんですよっ! 滅多にお目にかかれない逸品です! どうですか!?」

「いや、高すぎるので別のにします」

「む、これはそのれっどうるふという魔物の毛皮から作られているのか」

「はい! マントですが、やはり布より毛皮の方が温かい! それに耐久性にも優れ──」

「レミよ、武具屋に行こう」

「はい」

「えっ」


 レミの買い物はここで終わった。

 それに加えていい情報も手に入ったのだ。

 もうここにいる必要性は無い。


 レッドウルフの毛皮がそこまで貴重な物だとは知らなかったが、今それは手元にある。

 ここで買うより、自分の背格好に合うように作ってもらえる武具屋、もしくは鍛冶屋に素材を持ち込んで頼めば作ってくれるはずだ。

 素材の持ち込みなので、ここで買うより遥かに安くつく。

 もう少し寒い思いをしなければならないだろうが、出来るだけ節約したい。


 その考えに至った二人の行動は速かった。

 すぐにその店を出て武具屋を探す。

 流石に門の付近には無いようなので、中を歩いて回る必要がありそうだった。


 何やら先ほどの店からこちらに声をかける小男がいたが、完全に無視を決め込んで早々に立ち去ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る