4.4.武具屋


 随分と長いこと探し回る羽目になってしまった。

 こんなに見つからないとは思っていなかったので、結局宿を取ってから店の者に話を聞いてようやく見つけることができた。


 どうしてこんなにも辺鄙な所にあるのだろうか。

 店、というよりは普通の家である。

 一見しただけでは分かるはずもない。


 入り口のようなところは一つしかなく、周囲は寂れていて何もなかった。

 とりあえず扉を叩いて中に人がいるかどうかを確認する。


 ノックをしたと同時に、中から人の声が帰って来た。

 どうやら人は本当にいるようだ。

 看板にも武具屋のマークがかけられているので、店という認識で間違いはないのだろう。


 建付けの悪い扉が音を鳴らしながら開けられる。

 出てきたのは女性。

 木幕よりも背が高いので少し驚いた。


「ああ、いらっしゃい。うちに用かい?」

「えっと、ここって……武具屋であってますか?」

「あってるよぉ。てことはお仕事の依頼だね。まずは中に入ってね。寒いし」

「有難う御座います」


 彼女に促されて、とりあえず中に入る。

 中は外よりかは温かいが、暖炉に火はかけていないのでそこまで温かくはない。


 しかし、そこには様々な武具な並べられていた。

 だが変わった形の武器などは無く、普通の兵士が使う様な槍や剣ばかりである。

 細い剣などもあるが、あれも武器なのかと木幕は少し興味を持った。


「私はレイラ。武具屋の店主兼鍛冶師だよ」

「木幕である」

「レミです。レイラさんは一人で全てを担っているんですか?」

「ふふん。自慢じゃないけどね」


 そうは言うが、なんだか得意げだ。

 職人気質の人間はこういう所、少し素直ではない。

 それも良さなのだろうが。


 話もそこそこに、レミは背中に背負っていた袋を下ろして中に入っている物を机の上に出す。

 赤い毛皮が三枚。

 大きなものなので、これ一つで大人一人分の服が作れるほどだ。

 それを見たレイラは目を見開いて食らいつく。


「わぁお! これはレッドウルフの……!」

「へへっ。実はこの毛皮で作られた服を師匠……えっと、木幕さんが気に入ったようでして。でも普通に買うと高いので、こうして素材の持ち込みで作ってもらいたいなと」

「ちょっと待っておくれよ」


 そう言い、レイラは毛皮を一枚一枚広げて状態を確認する。

 これを狩ったのがここに来る道中であったため、殆ど何も施せていない。

 流石に何か言われてしまうかもしれないと覚悟していたレミだったが、レイラの反応は予想外の物だった。


「最高だね!」

「えっ? でも洗えてもいませんし、なめしてもいませんよ? 干した程度で……」

「良いのさ良いのさ! こういう高級な素材は素人が適当にするもんじゃない! 汚く持ってきてくれて有難い限りだよぉ!」


 彼女としては、それで全く問題なかったらしい。

 ホクホクと言った表情で素材を加工場へと運んでいってしまった。


 まぁ綺麗にしてくれるというのであれば、任せておいてもいいだろう。

 腕がどれ程のものかは分からないが、安く上がるのであれば文句はない。


 暫くすると、レイらは採寸の道具を持ってきた。

 木幕に上着を脱ぐように指示して、採寸を始める。


「どういったのがいいんだい?」

「動きやすい物が良い。丁度この様に」


 木幕は先程着ていた服を指さす。

 採寸を素早く終え、レイラはそれを手に取ってまじまじと観察する。


「んー、なるほど。こういうのなら一匹の毛皮だけで十分だねぇ」

「む、では残り二つはどうするか」

「買い取らせてくれないかい? 服に使う物で一つ。もう一枚の毛皮で駄賃はタダ。残りの一枚を普通に買い取らせてほしい。どうかな?」

「つまり服と毛皮は物々交換。残りの一枚を普通に買い取ってくれるという事ですね」

「そういうこと!」


 そこでレミは少し悩むことになる。

 なにせレッドウルフの毛皮の相場が分からないのだ。

 彼女の住んでいた村にそのような危険な魔物は生息していなかったし、話に聞いていた程度なので素材のことはよくわからない。


 オーダーメイドの服や防具を作るとなれば、それなりに値が張るだろうが……この毛皮一枚分の値段になっているのかは分からないのだ。

 こういうのはしっかり調べて来てからの方が良い。

 そう思って一度断ろうとしたのだが……。


「ではそれで頼む」

「まいどっ!」

「ちょっ」


 時すでに遅し……。

 そもそも彼女はこの提案をする前に毛皮を奥に持って行ってしまった。

 初めからもらう気満々だったのだろう。


 訂正しようと思ったが、これは木幕が一人で狩った物。

 彼の決定に異議を唱えるわけにはいかないので、後でこういう事もあるのだという事を説明しておく必要がある。


 だが、そんな考えはレイラの言葉により吹き飛んだ。


「金貨百五十枚になるけどいいかい?」

「ひゃ!? ひゃくごじゅう!? え、そんな高価な物だったんですか!?」

「え!? 知らなかったのかい!? 何だい、足元見ても良かったのかぁ。てことはあんたらこの辺の人じゃないのね」


 レッドウルフの毛皮は、大きければ大きい程その価値が向上するらしい。

 耐久性はとても高く、鋭く研いだ刃ですらもかすり傷を与える程度。

 寒い地方では王族や貴族が好んで重宝する為、これだけの金額を払っていても、加工して売れば元は取れるのだという。


 しかし切れないという事は、加工も難しい。

 とは思ったのだが、どうやら内側から刃を入れると簡単に加工できるのだとか。

 外は強いが中は弱い。

 その為肌触りは良いのだとか。


 先程いた店ではここまでの金額にはなっていなかったのだが、あれは小さな子供の毛皮を継ぎ接ぎして作っていた物なので、そこまで高価な物ではなかったらしい。

 どうやら、普通であれば加工してもらうよりもあの場で買ったほうが安くついたようだ。


 とは言え今回は特別。

 お金を払わなくていいどころか大金が手に入った。

 後は完成を待つだけである。


「どのくらいで出来るのだ?」

「一週間欲しいね。でも要望の物とは少し違う物が出来るかもしれないけど、それでもいいかい?」

「動きやすさを重視してくれれば問題ない」

「ありがとうね。余った部分は何かに使うかい? 使わないのであればそれもその時買い取るけど」

「ふむ。では可能ならば金を入れる巾着、レミの薙刀の鞘を見繕って欲しい」

「うえ?」


 木幕はそう言い、親指でレミの持っている薙刀の刃を指す。

 何時までも普通の布は武器がかわいそうだ。

 良い物を作ってやれるのであれば、それに刃を治めるのが良いだろう。


 レイラは薙刀の刃を見て、少し考えてから口を開く。


「うーん、うん。それくらいなら問題ないと思うね」

「ではそれで頼む」

「はいな。じゃ、これ」


 そう言って、彼女はレミに金貨の入った袋を手渡してくれた。

 ずっしりとした重みがのしかかる。


「はわわわ……。私が持っていていいんでしょうか……」

「任せる。あぶく銭だと思え」

「そんな無茶な」


 そんな会話をした後、二人は店を出た。

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