3.35.二本目、三本目


 木幕はまず西形の片鎌槍、一閃通しを折る。

 柄頭付近を持ち、硬そうな壁にその刃を当てた。

 横から叩けば簡単に砕けてしまう物で、一発でキンッという音が鳴る。

 放り投げだされた刃な宙を舞い、リーンリンリンという綺麗な音がして、沈黙した。


 次に水瀬の日本刀、水面鏡を折る。

 手に持ってみると、柄が湿気っていた。

 それに気が付いたと同時に、刃から静かに雫が零れはじめる。

 双方の刃からだ。


 深く悲しんでいるようにも見て取れる。

 しかし、その力は次第になくなっていっているのか、次第に零れる水は少なくなっていった。

 主が死んでしまったのだ。

 これは槙田の時と同じである。


「……双子刀であったか」


 そう小さく呟き、木幕は持っていた二振りの日本刀を大きく振りかぶる。

 そして、叩きつけた。


 キィイン……。

 軽く甲高い音が鳴り、沈黙する。

 それを確認した後、静かに背を伸ばして大きなため息をついた。


 三本。

 これで三人の侍を切り捨てた。

 女神に届くのであれば、これも致し方が無い。

 双方が同意の上での決闘だったのだ。


 気持ちの整理を終えた後、水面鏡は二つの鍔を。

 一閃通しは柄の石突を何とか取り外し、布に包んで懐に仕舞う。


「……共に見届けよ」


 誰に言うでもないその言葉に、鍔と石突はチャリッという音で返事をした気がした。


 さて、こちらの用事は終わった。

 ふとレミの方を見てみると、彼女は頭を抱えて蹲っている。


「……」


 ザッザッと足を運び、レミの隣に座る。

 木幕が来たことにびくりと体を震わせたが、特に何もしなかった。

 動く事も、目を開けることもせず、ただ静かに地面を見ていた。


「……」

「……」


 沈黙が流れる。

 お互い、何を喋ればいいのか分からないのだ。


 だが、レミは既に疑問だった答えが出た。

 女神の信託は正しい物であったのかどうかを見極める。

 それは、明らかに“正しくない物”として突きつけられていた。

 今彼女は、女神を見限っている途中なのだ。


 信じ続けていた物を見限るのは、友を斬る裏切りにも近しい行為だろう。

 それを木幕は後押しできないし、妙な言葉を掛けることも出来ない。

 彼女自身がやってのけなければならない事なのだ。

 出来る事と言えば、こうして隣にいてやることくらいである。



 ◆



 どれだけの時間が経っただろうか。

 もう既に周囲は暗くなっており、家の中の明かりも消えてきた。

 この場所は人の通りが極めて少ないらしい。

 その為、未だ死体の回収もされていなかった。


「……」


 二人はまだ起きている。

 特に何をするでもないが、こうしてずっと静かに時間が過ぎるのを待っていた。

 何が来るかもわからない真夜中だ。

 夜目も慣れてきた。

 このまま徹夜をしても問題なさそうだ。

 木幕は人を斬った後、暫く眠れなくなってしまう性質だった。


 そこで、ふとレミが口を開いた。


「師匠。あの──」

「水瀬と某の言った言葉は絶対に喋るな。聞かれる」

「……っ」


 木幕は言葉を遮って一番重要なことを先に言った。

 あの時は水瀬が奇術を使ってくれていたから、あの会話ができたのだ。

 能力も消えた今、普通に喋ってしまえば神にその声が聴かれる可能性がある。

 それだけは避けなければならない。


 目的がバレてしまえば、即座に潰されかねない。

 レミもその言葉の意味に気が付いたのか、言おうとしていた言葉を一気に飲み込んだ。


 また暫くの沈黙が流れる。

 レミはどういえばいいのかを思案している様だ。

 考える素振りを見せる辺り、もう吹っ切れたのかもしれない。


 レミは一度頷いて、木幕の方を見る。


「師匠は……斬れますか?」

「斬れる。触れる事ができるのであれば、斬る事はできるはずだ」

「……」


 木幕は神を斬れるかと聞かれていた。

 簡単な事ではないかもしれない。

 もしかしたら成功なんてしないかもしれないのだ。

 それでも、彼は一度決めた意思を曲げる事は出来なかった。


 無謀だと思われようと、馬鹿だと蔑まれようと、今まで散っていった者たちの意思を繋がなければならない。

 それが、今ここに立っている者の務め。


「師匠」

「……お主は某をまだ師と呼んでくれるのだな」

「当たり前です。まだ何も盗めていませんから」


 産毛が生えた程度だというのに良く言う。

 木幕はそう思い、鼻で笑う。

 だがレミは至極真面目な表情だった。

 本気なのだろうという事は、その表情だけで十分すぎるほど伝わる。


 そこでレミは立ち上がり、木幕を見た。


「師匠。見届けさせていただいてもよろしいでしょうか」

「……」

「貴方の思い描く世界を、見せていただいてもよろしいでしょうか」


 その言葉は、今までどんな時に聞いた期待する言葉よりも重たい物だった。

 今までは目の前の小さな小競り合い、もしくは大局での動きを期待されていた。

 それが今はどうだろう。

 世界を任されている。


 たった一人の、何の力も持たない自分よりもはるかに弱い存在の弟子に、期待されていた。

 今までの応えなければという使命感は、応えてやりたいという願いに切り替わる。

 自分からこのような想いを抱くのは、初めての事であった。


 だが、どうしてだろう。

 とても心強い。

 ただ一人の、たった一人の、唯一無二の存在である彼女の言葉は、木幕に力を与えてくれた。

 ここまで期待してくれているのだ。

 次に木幕が言う言葉は一つしかない。


「……良いだろう」


 木幕の思い描く世界。

 何とも大きく出てしまったものだと自分で呆れるが、後悔はしていない。


 天下人にでもなってみるか。

 いや、そんな面倒くさいことはしたくない。

 世直しでもしてみるか?

 いやいや、そんな気量は彼にはない。


 では、何がしたいんだ?

 自分の頭の中でそんな声が響く。

 その問に、自分の思い描く世界を口にする。


「静かなる世を、作ろうか」


 先程否定したことも、それに入るのではないか?

 そう思うかもしれないが、これは考え方の違いだ。

 木幕はただ、縁側で茶を飲みながら茶菓子を食べてのんびりしたい。

 それだけだ。


「良いと思います」


 こうして、考えに同意してくれる者もいる。

 それだけでとても良い物だ。

 悪くない。


 木幕は立ち上がり、歩きだす。

 レミもそれに続いて後ろをついて行く。


「次は、どうしますか?」

「……ここに来た目的を忘れたか?」

「……武器! 服!」

「明日からまた仕事だ」

「はいっ!」


 すっかり暗くなった夜道を歩いていく。

 冷たい風が肌を撫で、追い風は二人の背を押すように吹いていた。

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