3.23.炎上流


 二人は暗い空間で刀を構える。

 槙田は下段。

 木幕は中段。


 お互いがじりじりと距離を詰めていく。

 強者との戦いは心が躍る。

 どう動くか、どう動くのか……。


 お互いは今の自分の状況には気が付いていないだろう。

 冷静に判断して行動しているように思えるが、脈拍はとても速いのだ。

 だがそれが逆に体を鼓舞してくれる。


 力が入りそうになるが、それを反対に脱力させる。

 精神を集中して一本の線になるまで待つ。

 その間、僅か四秒程度。


 集中。


 お互いは、いつの間にか息を止めていた。


 集中。


 両者、構えている腕が小刻みに揺れる。

 その揺れはとても小さい。

 しかし、それには気が付く事ができない。

 体が勝手に揺れているだけなのだ。

 まだかまだかと、体の神経が脳に聞いてくる。


 集中。


 指先一つ動かすだけで、体が勝手に飛び出しそうになる。

 だがまだだ。

 それを抑えて、ようやく線が一つになる。


 双方同時に目をカッと見開き、大きく踏み込んだ。


「葉我流剣術」

「炎上流ぅ」


 木幕は踏み込んだと同時に上段に刀を振り上げる。

 一方槙田は下段のまま姿勢を低くし、刀を自分に出来る限り近づけた。


「葉流れ」

「いげぼ」


 木幕は手首を利かして軌道を一度変えて斬り降ろした。

 それに一度目を見開いた槙田だったが、しっかりと動きを見て動き、刀が火花を散らす。


 ガキン!


 木幕の刀だけが弾かれた。

 火力を重視したいげぼ。

 相手の刀を弾くことだけに特化させた力技である。


 だが木幕は手首を柔らかくして刀を握っていた為、さほど大きく弾かれはしなかった。

 とは言え今が好機。

 槙田は技を畳みかける。


「炎上流ぅ……百鬼夜行ぅ……!!」


 下段、上段、中段、脇構え、八双、霞と様々な構えから強力な一撃を何度も何度も繰り出していく。

 その荒々しさはに木幕は押されていった。


 槙田は一撃一撃の精度は驚く程のものだ。

 しかし、連撃となるとそこまででもない。

 割と簡単に対処できる。


 だが力は相変わらず強い。

 一撃受けるだけで刀が弾き飛ばされそうになるのを何とか堪え、また刀を振って次の攻撃をいなす。

 防戦一方ではあるが、それには訳があった。


 槙田の技を全て見たかったのだ。

 もう戦えないと思っていた相手の技。

 今見ずに何処で見るというのだろうか。


 そして、何度もこの攻撃を受けて思ったことがある。

 槙田はあまり刀の事を大切にしていないように思えた。

 もし大切にしているのであれば、このような乱暴な刀の振り方をしないだろう。

 だが、何故だろうか。

 これが本当に分からない。


 何故、刀も楽しそうにしているのだろうか。


 俺の使い方はこれで合っていると言わんばかりに、刀の機嫌がよさそうだったのだ。

 既に刃は刃こぼれを起こし、刀も少し曲がっている。

 だというのに、折れない。

 折れる気配すら見えなかった。


 紅蓮焔。

 こいつは槙田に、心底好かれており、好いているのだ。

 だから互いが楽しんでいる。

 これが、こいつの……。

 こいつらの戦い方なのだと、気が付かされた。


 まるで、妖が相手を弄んで楽しんでいる様だ。


「炎上流、ミズチィ!!」


 槙田は右手だけで刀を振り上げた。

 これであれば簡単に止められそうだと思い、それを防いだ。

 案の定簡単に攻撃は防げたのだが、槙田は刀が止まったのを確認すると、すぐに両手で刀を握って自分の方に引き戻し、弧を描くようにして上段からの斬り降ろす。


「くぅ!」

「ぬぅはっははははっははっはぁ!」


 危うく膝をついてしまう所だった。

 簡単そうな攻撃は、槙田の騙し技だ。

 気を緩めてはいけない。


「槙田ぁ! 後幾つだ!!」 

「あとふたぁつぅ……!」

「よぉし! 来い!!」


 渾身の力で槙田の刀を弾く。

 槙田は一歩下がってすぐに構えを取った。


「炎上流ぅ……! 河童ぁ!」


 ダン、と大きく踏み込んで木幕に接近する。

 刀の構えは……左手を開いて柄頭に手の平を押さえつけ、右手だけで斬り上げる様にしていた。


 またこれも何かの騙し技だ。

 そう気が付いた瞬間には、槙田は既に刀を振り上げて木幕に防がれていた。

 そこで、槙田は柄頭を一気に押しこむ。


「ぬっ!?」

「よぉ躱したぁ……!!」


 防がれてから突く技だ。

 下段からの攻撃なので、この技を繰り出すのは少しリスクが高い。

 だが、槙田は木幕が必ずその攻撃を受けてくれると信じていた。


 自分の技を出すために、相手を信じることも時には必要である。

 槙田も賭場に出たのだ。


 攻撃が躱された後、槙田はようやく刀を静かに下ろし、数歩後ろに下がった。


「………あと一つはなんだ?」

「ふっ……ふふふふふふぅ……。妖は、地獄の底よりやってくるぅ……。炎上流はぁ……妖が地面から這い出てくる所を模した剣技ぃ……。故にぃ……下段からの技が全てぇ……」


 すると、槙田は上段に構えを取った。


「だがぁ……。一つだけ違う構えからの攻撃があるぅ……。木幕ぅ……受けろよぉ……?」

「いいだろう」


 下段からの技は全て出してくれたようだ。

 後は、最後の技のみ。

 上段からの斬り降ろしだ。

 だが、それだけだとは思えない。


 あそこまで下段からの攻撃で小賢しい動きをされたのだ。

 普通の攻撃でないことは確かである。


「紅蓮焔ぁ……」


 槙田がそう言った瞬間、周囲の空気がピリッとし始めた。

 これは、秘技であるろくろ首とは違う物だと木幕は感じ取る。

 だが、このセリフは槙田がろくろ首を使ったときと同じ物だ。

 何かがある。

 そう踏んで、集中する。


「炎上流ぅ……崩技ぃ……」


 ドン!!

 槙田は渾身の力で踏み込んだ。


 その音を聞いた瞬間、木幕はマズいと直感した。

 踏み込みの力強さは、腕の力、素早さにも直結する物だ。

 だが、それに気が付いた時には既に刀が目の前に降りてきていた。

 防ぐしかない。


 歯を食い縛り、体の力を全て利用し、その攻撃を直に受ける。


「閻魔の杓子!!!!」


 バギャン!!


 一本の刀が折れる音が、暗闇に響き渡った。

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