3.24.決着


 刀の折れる音がした。

 キィイン、という音を響かせながら、刀は地面に転がっていく。


 槙田は自分の持っている折れた刀を見ながら、小さく笑った。

 そして、ドカッと地面に腰を下ろす。


「だぁーー。負けだぁ」

「そうか……」


 折れたのは槙田の刀だった。

 根元より少し先から折れている。


 先程の槙田の攻撃だが、槙田の刀が折れていなければ木幕は切り伏せられていただろう。

 本当にごり押しの剣撃だ。

 刀がかちあったのは一瞬の事だった。

 だというのに、木幕の両手は痺れてまともに刀を握ることすらできない。

 握っている状態を維持しているだけで精一杯なのだ。


 閻魔の杓子。

 炎上流唯一の上段からの斬り下ろし攻撃。

 すり足を一切無視し、一歩で相手の手前に出て斬り下ろす技だ。


 踏み込みの段階で自らの持つ力を最大限活かし、大きく足を鳴らす。

 強く足を叩きつける為、暫くの間は足が痛くなる。

 だが、その痛さをばねにして繰り出される攻撃は、並大抵の刀では受けきることすら難しい攻撃となる。

 単純な技ではあるが、これは一撃必殺と言っても過言ではない攻撃だ。


 槙田は未だ足が痛いのか、ずっと手でさすっている。

 それを見た木幕は、ようやく終わったと思い、葉隠丸を見た。


 今までにない程、刃がこぼれいる。

 あれだけ無理をすれば当然のことだ。

 だがよく付き合ってくれた。

 そう思い、葉隠丸を一度撫でてから納刀する。

 

「結局、お主は何がしたかったのだ」

「俺はぁ……ただ戦いたかっただけだぁ……。いやぁ、楽しかったなぁ……」

「刀を折っておいてよく言う」

「途中まではぁ……機嫌がよかったのだがぁ……。やはりぃ……閻魔の杓子は駄目かぁ……っはっはっは」


 槙田の刀、紅蓮焔は先ほどの戦いを楽しんでいた。

 それは木幕にも伝わって来たことだ。

 あれだけ無茶な使い方をされたのにも関わらず、折れなかったのだから。


 刀が折れるのには何かしらの理由が存在する。

 傷つけられるのにも、何かしらの理由が存在する。

 それは忠告であったり、はたまた主人を守る為でもあるかもしれない。

 紅蓮焔は、それを折れるという形で示したのだ。


 だが、槙田は折れた理由の見当がついていた。


「もっとぉ……楽しみたかったのだろうなぁ……」


 槙田の言う通り、紅蓮焔はもっと主人と戦っていたかったのだ。

 折れてしまえば戦えない。

 いくら刃こぼれしようとも、いくら曲がろうとも折れるという選択肢はあの時は無かったのだ。


 折れる、曲がる、刃が零れるというのは、使い手の技量によるものもあるだろう。

 だが、技量だけでは成せないこともある。

 まず刀が無ければ技量などという言葉すら出てこないのだ。

 刀があるからこそその技量を使うことが出来、刀があるからこそ身を守ることが出来る。


 侍は、刀が無ければただの人なのだ。


 だからこそ刀を慈しむし、執着する。

 刀はそれに応えようとしてくれているのだ。


 では何故あの時紅蓮焔は折れたのか。

 紅蓮焔はもっと戦いたかった。

 勝ちたいという気持ちは無かったのだ。

 もう握ってすらもらえないと思っていた主の鞘に収まった。

 それがどれほどにまで嬉しかったことだろう。


 そして、主はまた自分を使ってくれた。

 主の持つ最大の力で、最高の技術で戦ってくれたのだ。

 それに応えない刀などいるはずもない。


 だというのに、最後に主が選んだのは『崩技』だった。

 どちらかの刀が折れる技だったのだ。

 そこで紅蓮焔は拗ねてしまった。

 もっと戦っていたかったのにと。


 その訴えが、折れるという形で現れたのだ。


「良き刀であるな」

「ああぁ……。俺の自慢の刀だぁ……。四代目だがなぁ……」

「あれだけの技だ。それくらい折っていてもおかしくはないだろうな」

「未熟だったからなぁ……」


 槙田は思い出したかのように、上を向いて指を広げる。


暁刀夜あかつきとうや。暁の夜に打たれた刀だぁ……。あいつとは反りが合わなんだなぁ……。初めての刀で大切にし過ぎたぁ……」


 指を一つ曲げる。


炎天炭火えんてんたんか。若い刀匠が打った刀ぁ……。名前も適当につけられたぁ。だが、俺と似ていたからなぁ……。良く暴れていたぞぉ……」


 指を一つ曲げる。


火砕流塵かさいりゅうじん。火山が噴火しぃ……。火山灰の中から見つかった刀だぁ……。俺が見つけてぇ……俺が名付けたぁ……。こいつは火が嫌いでなぁ……。よぉ怒られたぞぉ……?」


 指を一つ曲げる。


紅蓮焔ぐれんほむら。炎の中から見つけた刀だぁ……。こいつはぁ……優しかったぁ……」


 四本目の指を曲げて立ち上がる。

 槙田は折れた刀の所まで行き、それを拾い上げた。


「優しいがぁ……恐ろしぃ……。地獄から来た刀の様だったなぁ……。俺の技を全て出せたのはぁ……こいつだけぇ……」


 すると、折れた刀が消えた。

 そう錯覚してしまったのだが、すぐに戻って来た様だ。

 だが、戻ってきた刀はすっかり元通りになっている。


 それを見て一瞬驚きはしたが、すぐに冷静になることが出来た。

 ため息をつき、呆れたように呟く。


「……そう言えばここは、少し特殊な空間だったな」

「ああぁ……。俺の魂がある限りぃ……刀も不滅ぅ……」

「厄介な事だ」


 とは言え、二人に戦う気はなかった。

 手合わせできただけで十分だったのだ。


 元に戻った紅蓮焔も、心なしか嬉しそうだ。

 素直に槙田の腰に収まる。


「木幕ぅ、最後に助言だぁ……」

「聞こう」

「喉を守れぇ……」


 その言葉に、木幕は首を傾げた。

 何故そのようなことを言ってくるのだろうかと。


 だが槙田は知っていたのだ。

 木幕に倒されてから、魂だけがここに入り込んでいる。

 そして、木幕の動向を伺うことが出来ていた。

 だから分かったことがある。


「あの刀傷ぅ……見たことがあるぅ……」

「なんだ?」

「片鎌槍ぃ……。刀で首を飛ばせば血は周囲にまき散らされるぅ……。だがあれは違うぅ。一方向に飛んでいたぁ……。素槍では首を飛ばす事は出来ぬぅ……。片鎌槍でも難儀するがぁ……奇術でどうとでもなるだろうぅ……」

「なるほど」


 槙田の分析には納得せざるを得なかった。

 確かにあの場は血の海であったが、刀で斬られた時にまき散らされるような血は無かった。

 その点、槍は一点を突くだけ。

 それ故に血がまき散らされることは殆どない。


 まだ片鎌槍であるという事は断定できないが、それが一番現実的かもしれなかった。


「礼を言う」

「いいさぁ……。あの姉ちゃんはよ連れてこいなぁ……。狩った魂は恐らくここにくるぅ……」

「その時は弟も一緒だぞ」

「…………」


 槙田の動きがぴたりと止まってしまった。

 だがしばらくすると動きだし、ガッと木幕の方を掴む。


「……しばし考えよぉ……」

「何をだ」

「弟は後でもいいだろうぅ……? 女子を先にぃ……」

「約束は果たさねばならぬ。共闘してまず西形を仕留める」

「この堅物がぁ……理解せよぉ……」

「よく言われた事がある言葉だ」


 すると、木幕の視界が明るくなっていく。

 それに気が付いた槙田は随分と慌てて止めにかかっていたのだが、所詮は肉体のない魂。

 こちらに干渉できるはずもなく、最後に大声で木幕の名前を呼んで消えて行ってしまった。


 目を開けてみると、既に明るくなっており、葉隠丸もちゃんと隣にある。

 その事に少しばかりほっとしながら、下へと降りていくのだった。

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