2.22.正々堂々真剣勝負


 お互いに同じ踏み込みでの攻撃が繰り出された。

 中段から振り上げての斬り下ろしだ。

 これは非常に早く、突きとほぼ変わらない速度で打ち込める。


 だが、同じ攻撃を繰り出したため、同じように打ち合う結果となった。

 木幕は相打ち覚悟で攻撃を繰り出したのだが、槙田が攻撃から一瞬で防衛の構えを作り、その攻撃を受けて止める。

 鍔迫り合いに持ち込み、ギチギチと刀同士が騒ぐ。


「奇術は使わぬのか」

「ぬかせぇ……真剣勝負に、そんなものがあってたまるかぁ……」

「さもありなん」


 槙田が押し返して斬り込みを返し、お互いが一度距離を取る。

 だが瞬時に槙田が下段の構えより斬り上げる。

 木幕はそれを半身で回避し、同じく下段から斬り上げて顔面を狙うが、槙田はそれを躱してから振り上げて、あり余る力を持って攻撃を叩き込む。


 強い攻撃には隙が出来る。

 攻撃が強ければ強いほど、木幕は優位に立てるのだ。


 槙田の攻撃は真っすぐではなく、若干右から打ち込まれた。

 木幕は上にある刀の柄をグイっと下に持っていき、今度は一気に柄だけを上げて、刀身が下になるようにして槙田の攻撃を流す。


 だが、防いだだけで、ここからの攻撃は無理な体勢となる。

 それは好ましくないため、木幕は一気に距離を取った。


「今のはぁ……驚いたぁ」

「良い剣筋だ」


 間髪入れずに槙田が刀を振るってくる。

 木幕もそれに負けじと、刀を振るって攻防を繰り返す。


 まだお互いに技は出し合っていない。

 お互いの動きを確認し合っているように感じるが、隙があれば斬り伏せる気持ちで戦っている。


 木幕が一歩前に出て突きを繰り出す。

 それを槙田が返して、返した勢いを殺さずにそのまま斬りかかる。

 だがそれを木幕は返してカウンターを狙う。

 また槙田が見切って回避し、間合いを取る。


 この繰り返しが何回か行われたが、槙田が一度剣を下ろした。


「お主ぃ……」


 剣を交えれば、相手の考えていることがわかるという者は多い。

 しかし、それは強者であるからこそ分かるものだ。


 木幕と槙田は、同じく強者に入る者同士だろう。

 数回に及び、剣を交えた槙田は、木幕の感情を読み取った。


 それは木幕も同じだ。

 木幕は、怨念と憎悪を槙田から読み取った。

 槙田は復讐を果たしはしたが、その怨念と憎悪は消えてはいなかったのだ。

 それが紅蓮焔を扱う原動力になっているのかもしれないが。


 槙田と木幕は出会ったばかりである。

 だが、槙田はしっかりと木幕の感情を読み取ることが出来たのだ。

 それは……。


「木幕……お主ぃ……。何を怖がっているぅ……」


 槙田が感じ取った木幕の感情は『恐怖』である。

 だが、この恐怖は、槙田と戦いを繰り広げていることによる恐怖ではない。


 ではなんだ。

 槙田が使用していた炎が恐ろしいのか。

 違う。

 では死ぬのが怖いのだろうか。

 そんなわけがない。

 死ぬのが怖ければ、始めの一撃は防衛に回る。

 ではなんだろうか。


 わからないから、槙田は木幕に問うたのだ。


「……覚悟が足りんのかもしれぬな」

「覚悟だとぉ……? なんのだぁ。まさか殺す覚悟ではなかろうなぁ……」


 殺す覚悟がなければ、ここには立っていない。

 だが、殺す覚悟というのは、ある意味あっている。


「届かぬ存在に、手を届かせようと思えば、どのような代償を払わねばならぬだろうか」

「…………木幕……お主まさかぁ……」


 槙田は言葉を続けようとはしたが、思う所があったのか、口を閉じて言葉を飲み込んだ。


「ではぁ……俺はその礎となるとしようぅ……」

「頼む」

「だが手加減はせぬぅ……。俺を倒せぬようであればぁ……手など届きもせぬからなぁ……」


 槙田は姿勢を低くして、霞の構えを取った。

 それを見て、木幕は中段の構えを取る。


「炎上流……輪入道」

「葉我流剣術、陸の型……樹雨」


 始めに技を撃ちこんだのは槙田だった。

 霞の構えを崩し、刀身を後ろに回して下段からの斬り上げに切り替える。

 刀身の重さを利用したぶん回しではあるが、相手の刀を弾き上げる威力がある剣技だ。


 右手が下になるので、それを押し上げる。

 左手は柄頭を握り、下へと下げることで威力が上がるのだ。

 勿論しっかりと踏み込み、刀を弾く事だけに集中せず、しっかりと斬り込む。


 輪入道は転がっていく火車を模した技だ。

 なのでこれは連撃。

 同じ下段からの攻撃を繰り返す。


 下段からの攻撃はすぐに木幕に迫った。

 木幕は半歩引いて身の安全だけは確保する。

 が、刀は弾かれた。


 ジャリン!


 大きく刀身が弾きあがった。

 それを確認した槙田は、勢いを殺さずに左側に刀身を回して、また下段から斬り上げる。

 はずだった。


 バサッ。


「ぬぅ!?」


 右腕に激痛が走ったため、槙田は攻撃を中断して大きく下がる。

 見てみれば、腕がずっぱりと斬られていた。


 何があったのか。


 木幕は槙田の刀が、自分の持つ刀に当たるとき、左手を離したのだ。

 なので刀身だけが上へと投げ出され、柄はほぼ動かなかったため、すぐに斬り下ろして槙田の腕を斬ることができた。


 そもそも、葉我流剣術陸の型、樹雨は、木から落ちる水滴を模した技である。

 右手首を緩め、左手も緩めるのだ。

 そして、手首だけの動きを使用して、細かく連続で打ち込んでいく。


 技に助けられたといえばそれまでだが、どれにも相性はある。

 槙田は火力こそ高いが、動作の大きい技を繰り出した。

 一方木幕は、火力が低いが手数の多い技を繰り出したのだ。


 槙田の技は、火力不足だった。

 弾いた場所がもっと手元に近い部分であれば、刀を弾き飛ばせたかもしれない。

 この傷は、槙田にとって非常に痛手となる傷だった。


「ぬぬぅ……」


 槙田は右腕をだらりと垂らしている。

 動かせなくはないのだが、どうにも力が入らない。

 しかし、まだ握れる。


 刀で素早く切られてた傷は、始めの内はそんなに痛くないものだ。

 だが、腕が上がらないのであれば、戦闘は難しくなる。


「俺のぉ……負けやもしれぬなぁ……」

「槙田殿よ。奇術を使え。お主のこの世界での本気を見せよ。某も見せよう」

「良いのかぁ?」

「今までは故郷の戦い方にのっとったまで。最後は、良き技が見たい」

「……はっはっは……よいだろうぅ……」


 槙田は痛みの走ってきた右腕で一度刀を納刀する。


「紅蓮焔ぁ……」


 紅蓮焔の鞘からは炎の液体が零れ落ちる。

 それを抜刀すると、今までにないほどの業火が槙田の背後に出現した。

 業火が槙田を守るように取り囲む。

 それはまるで、紅蓮焔が槙田を守っているように感じた。

 そして紅蓮焔を抜刀する。


「葉隠丸」


 木幕も、槙田の真似をして刀の名前を呼んでみた。

 すると、周囲に若葉が舞い始めた。

 それは木幕の周りを周回し、うねっている。

 まるで蛇のように動いており、相手を威嚇するかのように葉が逆立ち、ガサガサと騒いでいた。


「炎上流ぅ……秘儀ぃ……ろくろ首ぃ」


 槙田は脇構えの構えを作り、極端に膝を曲げて低姿勢になる。

 刀を横にして、業火を呼び出す。


「葉我流剣術肆の型……葉返り」


 木幕は八双の構えを取る。

 それに合わせて、葉が木幕の後ろに控えて、今か今かとざわつきながら、木幕が斬り込むのを待つ。 


「良いのかぁ木幕ぅ……! 炎と葉では……勝敗は見えておるぞぉ!」

「構わぬ! それに、勝つのは某よ!」

「よかろおぅ!」


 槙田は斬り上げ、そして斬り下ろす。

 斬り込むたびに前へ踏み込み、相手との間合いを殺しきる。


 木幕は連撃二連。

 八双から斬り込んで、すぐに斬り上げ全く同じ軌道をなぞる。

 槙田の攻撃とは全く逆の斬り込みだ。


 槙田のろくろ首は炎の塊となって木幕に迫る。

 その規模は、先ほど見たろくろ首よりも大きい物だ。


 木幕の葉は非常に小さい物だ。

 ろくろ首比べれば、大きさは十分の一程度だろう。

 それに、相性は最悪であり、炎は葉を燃やしていった。


 周囲は炎で何も見えなくなる。

 掛け声を出したレミは、その熱風に耐えられず、物陰に隠れてそれに耐えた。


「あちちちちっ!」


 木幕も槙田も炎に包まれ、周囲は焼けてしまった。

 壁も土も黒くなり、逆に焼けていない物がない。


 物陰からこそ~っと様子を見てみると……二人はまだ立っていた。

 槙田は斬り下ろした低姿勢の構えのまま立っており、木幕は斬り上げの状態で立っている。


 槙田は全身傷だらけだ。

 血だらけになっており、立っているのが不思議なくらいの深い傷を負っていた。


 一方木幕だが……。


「師匠!」

「ふん」


 無傷だった。

 血はついていないが、葉隠丸を血振るいをして、納刀する。


 槙田は体勢を維持しようとするが、流石に難しいようで、どさりと前のめりに倒れて仰向けになる。

 木幕は槙田に近づいて、膝をつく。


「……良い戦いだった」

「…………何故ぇ……俺は負けたぁ……」

「簡単だ。某の葉で炎を切ったからだ」


 確かにほとんどの葉は、槙田の業火に焼かれて死んだ。

 だが、数にものを言わせてそれを押し切った。

 あの葉は切れ味が鋭く、どのようなものでも大体は斬れる。

 故に、使い方を変えれば炎も斬れると考えたのだ。


 結果として、木幕に炎が届くことは無く、葉だけが槙田に攻撃を与えた。

 この葉は普通の葉より燃えにくいらしい。

 それがこの勝敗を分けたのだ。


「……そうかぁ……良い刀だぁ」

「そうだろう。お主の刀も凄まじかったぞ」

「……光栄……な……りぃ……」


 最後の力を使い、それだけを木幕に伝えた。

 槙田の瞳から光が消えたのを確認する。

 木幕は、そっと槙田の目を閉じさせた。


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