2.14.訓練


 勇者一行に尾行を付け、本物の槙田正次の生死を確認する。

 それは木幕には難しい。

 何故ならば、すでに顔が割れており、あの大通りで大立回りをしてしまったからだ。

 すでに木幕の噂は、この国中に流れているだろう。


 なにせ勇者一行の一人、ガリオルと一騎打ちをして、引き分けに持っていったのだ。

 それだけで、この国の者にとっては大事件である。


 では、誰を尾行につけるのか。

 それは、レミである。


 レミは幸いなことに、勇者一行に顔がバレていないし、まずこの国に着て日が短いため、レミを知っている者はほとんどと言っていない。

 それに、もし見つかったとしても、勇者一行の追っかけとしてあしらわれるだろう。


 だが……問題が発生した。


「歩き方がな……汚い」

「酷くないですか」


 この国の……いや、この世の者たちは、あまり歩き方を気にしないようだ。

 ぺったんぺったんと、履物を鳴らしながら良く歩いている。


 それはレミも同じであり、履いている履物を同じくぺったんぺったんと鳴らしているのだ。


「耳障りだ」

「そこまで言います?」


 と、いうことでレミに歩き方の特訓をさせることにした。

 そういえば、まず槍を振るよりも、足さばきを覚えさせなければならない。

 レミには徹底してすり足を叩き込む。

 足を肩幅に開いて、右足を進ませ、左足を寄せる。

 そのとき、左足のつま先が、右足のかかとを追い越さないように注意してもらう。

 剣の足さばきの基本動作だ。


 レミは意外と物覚えがよい。

 頭で覚え、それを体で再現する。


 数回教えただけで、レミはすり足の基本をほぼ完璧にできるようになった。

 だが、その調子で自然に歩かせようとして見ると、いつもの歩き方に戻ってしまう。

 やはり、癖というのは抜けないようだ。


「かかとで歩くでない。つま先を進ませるのだ」

「んー……と……」

「そうだ。それで自然に歩いてみせよ」


 レミは言われた通り、すり足のまま歩いてみる。

 腰がほとんど上下に動いていないのは良いことなのだが、どうにも不格好だ。


「ふむ。では……つま先をできるだけ上げずに歩いてみよ」

「すり足は?」

「今は良い。後で嫌でも学ぶからな」


 姿勢を普通に戻し、つま先を上げないように意識して、部屋の中を歩き始める。

 すると、ひたひたという音だけが聞こえるようになった。


 傍から見ても、歩き方は自然だ。

 これなら問題ないだろう。


「それでいけ」

「あ、できてます!? やった!」

「ほれ、行かぬか」

「……え? 今から?」

「時は一刻を争う。日が落ちる前に一度帰ってきて報告せよ。夜は某が尾行する」

「スパルタだぁ……」


 知らない単語は、今は無視しておく。

 レミは覚えたばかりの歩き方で、早速尾行へと行くことになった。

 不安しかないレミだったが、これも修行だと割り切って、元気よく歩いていくことにする。


「足!」

「はぃい!」


 どうやら歩き方が戻ってしまっていたようだ。

 今度は意識しながら、ゆっくりと歩いていくのだった。


「そういえば……勇者って何処に?」



 ◆



 カリンから砥石と湯、そして布を借りて槍を手入れしていく。


 まずは槍の汚れを落とす。

 布を湯につけてから絞り、それで槍を丁寧に吹いていく。

 傷の入っている所も丁寧に拭う。


 酷い汚れだ。

 槍の色はほとんど変わらないが、布は黒くなってきている。

 どれほど手入れしていなかったのだろうか……。


 柄の部分も金属で作られているので、汚れを取る事しかできない。

 後は、穂先に未だついている少量の毛を、綺麗に取り除くくらいだ。

 

 汚れをあらかた取った後、今度は砥石を手に取る。

 この砥石は包丁などを簡単に研ぐ物のようで、随分と小さい。

 だが小さいので、刃の取れない槍を研ぐのには便利であった。


「……こんなものか」


 全ての刃こぼれは直すことはできなかったが、刀身は綺麗にすることが出来た。

 後はちゃんとした研ぎ師に渡して、修繕してもらったほうがいいだろう。


 綺麗になった槍を掲げてみる。

 一つの砥石だけで、ここまですれば上出来なのではないだろうか。

 まだくすみは残るが、借りた分の恩は返したと思う。


 後はあの男にこれを返すだけだ。


「カリン殿。場を貸してくれたこと、礼を言う」

「いえいえ。私も武器の手入れなんて初めて見ました」

「そうなのか」

「はい」


 確かにこのような宿で研ぎをする者などなかなかいないだろう。

 剣士であれば己の武器は研ぐ物だとは思うが。


 木幕は、ついでに葉隠丸の刀身を確認する。

 少ない光でもしっかりと受け止め、きらりと輝く刀身は、自らの美しさを主張しているようだ。


 幸いなことに、葉隠丸には刃こぼれらしいものは見当たらない。

 それを確認した後、すっと納刀する。


「はぁ~……綺麗な武器ですねぇ~」

「そうであろう」


 葉隠丸に興味を持ってくれた事に、木幕は少し嬉しくなった。

 この美しさは、この世界の者たちにもうけるようだ。


 とは言ってもこの刀は、木幕の命の次に大切なものだ。

 むやみやたらに触らせたり、見せたりはしない。


「所で、この槍の主を知っておるか?」

「え、それ買ってきた物じゃないんですか?」

「うむ。勇者一行を護衛していた槍兵から借りたものだ。穂先に毛を付けておったな。切ったが」

「ああ~……負けたんだ……あの人……」


 あの中に、穂先に毛を付けているような人物はいなかった。

 そのため、カリンはすぐに誰か見当がついたようだ。


 聞いてみれば、その人物は門番をしており、槍を使わせれば門番の中で右に出る者はいないといわれているらしい。


 木幕は笑わせてくれると心の中でつぶやいた。


「では、早速返してくるとしよう」


 宿を出て門へと向かう。

 この国に入るときにくぐった門に、その兵士はいるらしい。

 起きていればよいがと思いながら、木幕は門へと歩いていった。

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