2.12.勇者とその一行


 木幕はガリオルに連れられて、勇者の元まで来ることが出来た。

 弓を持っている男と、杖を持っている女には未だ警戒されているが、木幕にとってその二人はどうでもよい存在なので、無視だ。


「おいお前ら! こいつめっちゃ強いぞ!」

「見てたからわかる」

「ガリオルさんと張り合うなんて……ひえぇ……」


 隣で会話している三人を無視し、木幕は勇者をまじまじと見つめる。

 腰にあるのは確かに日本刀だ。

 鞘に炎が描かれた素晴らしい作品で、抜き放つ刀身からはその炎が付いてきそうな勢いがある。

 鍔にも炎のような文様が彫られており、柄は赤と黒を基調として作られている。


 良い刀だ。

 次に、木幕はその主人を見る。


 顔だちはどことなくこの世界の住人に似ていた。

 似合わない赤色の髪を揺らし、これまた目立つ金色の甲冑。


 敵に自分の位置を知らせたいのかこの馬鹿者は、とは思うが、それを口にすることはせず、じとーっと勇者を睨む。


「初めまして」

「……うむ。名は?」

「槙田正二だよ」

「木幕だ」


 木幕が槙田と話していると、混ぜろと言わんばかりにガリオルがガシッと木幕の肩を掴む。


「なぁなぁ! とりあえずここから移動しようぜ! 腹減って仕方ねぇんだわ!」

「それには賛成ですね。大将、移動しましょう。群衆の前ですし」

「そうだね」


 木幕は勇者一行と共に大通りを歩いていく。

 何故こうなったと、内心悪態をつくが……そういえば自分が飛び出したせいだったと気づき、少し項垂れながら歩いていった。


 群衆の歓声は、勇者一行が歩いていくと同時にまた上がり始める。

 時々木幕に関する歓声も聞こえるが、出来るだけ聞かないようにして勇者一行について行ったのだった。



 ◆



 勇者一行は、自分たちが泊っているであろう宿に向かった。

 そこは一般の人が入れないように、区画が仕切られているようだ。


 先ほどまで群衆に追いかけられていた木幕は、すでにくたくたで、近くにあった椅子に座って休んでいる最中だ。


「慣れないとこれは堪えるよな!」

「そうですね。もう私は慣れましたが」

「私は慣れないよぉ……」


 三人は固まって、過去を振り返るように話し始めている。

 一方勇者は、宿の人に頼んで、何かを手配してくれるようにと頼んでいるようだ。

 ここからでは聞こえない。


 しかし、ここまでの道中、何もしなかった木幕ではない。

 四人の一番後ろを歩き、勇者の足取り、出で立ちなどを確認していた。


 その中に、初めて勇者を見た時に感じた違和感があった。

 もう木幕の中で、勇者に聞くことは決まっているのだが、如何せん慣れないことで無駄な体力を消耗してしまった為、今だけは休んでおきたい。


 すると、杖を持った女が近づいてきた。

 片手にはどこから出したのか、透明な湯呑が握られている。

 中には水が入っているようだ。


「あの……これどうぞ……」

「かたじけない」


 木幕はそれを素直に受け取り、くっと飲み干す。

 普通の水だ。

 飲み終わったので、それをすぐに女に返す。


「名は?」

「あっ……わ、私はメアと言います……魔法使いです」

「私は弓使いのリットだ。よろしく」

「……? お主に名は聞いていないのだが……」

「な!?」


 木幕が名前を聞いたのは、目の前にいるメアだけであり、リットには聞いていない。

 別に覚える気は無いし、聞いても聞かなくても同じなのだが、良くしてくれた人物の名は聞いておかなければならないだろう。


 先ほどのリットの自己紹介は、木幕からしてみれば、自分の名も覚えておけと言っているようにしか見えなかったのだ。


「はっはっはっはっは!!」

「笑うんじゃない! ガリオル!」

「はっはっはっは~面白れぇ~!」

「ガリオル!」


 仲の良い者たちだ。

 このように笑いあえる仲の友は、この世にはいない。

 そのことに少し寂しさを覚えた。


「モクマクさん……大丈夫?」

「……うむ。心配ない」


 出来るだけ悟られないようにしていたのだが、メアは少しの表情の変化だけで、それに気が付いたようだ。

 女というのは少しだけ恐ろしい。


 そういえば、メアは魔法使いだといっていた。

 魔法使いとはどういう物なのだろうか。


「メアよ。魔法使いとはどのようなものなのだ?」

「……? えっと……えーっと……強い魔法を使う……人? だと思います」

「ほぉ。興味深い。少し見せてはくれぬか」

「あ、いいですよ~」


 そんな簡単に見せてくれるものなのか。


 メアは杖を前に持ってきて、目を閉じる。


「水よ。我の前に姿を現し、留まりたまえ。ウォーターボール」


 すると、メアと木幕の間で水の竜巻が発生した。

 だがそれはすぐに小さくなっていき、綺麗な水がぽちょんと浮いてその場に停滞する。


 何の濁りもない澄み切った綺麗な水だ。

 それが何もない所から出現したという事に、木幕は非常に驚いた。


「なんと……!」

「簡単なのはこれくらい……ですぅ」


 これで簡単という事にも驚きなのだが、それよりも目の前で浮遊している水に目を見開く。

 これ以上のことが、この女には出来るという事だ。

 それをこうも簡単に宣言されてしまった。

 どれほどの奇術師なのだろうか。


「終わったよ。あと少しでご飯だ」


 すると、勇者が戻ってきた。

 どうやら昼食の段取りをしてもらうように手配していたらしい。


「腹減ったぜ~」

「今回の敵は大きかったですからね」

「リット。あのような敵で大きいなどとは言ってはいけないよ。僕たちの敵はあの魔王なんだから」

「まおう?」


 また知らない単語が出てきた。

 暫くは新しい知識を入れこみたくはないと、身構えていたのだが、反射的に聞いてしまって頭を抱える。


 四人がその行動に疑問符を浮かべるが、勇者が魔王について説明をしてくれた。


「魔王だよ魔王。世界を征服しようとしている魔王」

「……統一ということか?」

「認識は間違っていないよ」


 魔王は魔獣、悪魔などの異形を従えた王なのだという。

 言ってしまえば総大将。

 今人の国と魔の国では戦争が起きているようで、勇者一行は魔王の首を取るために、旅をしているのだとか。


 だがその道は果てしなく険しい。

 戦争が始まって二年……まだどちらも決定的な戦果を上げれていないのが現状である。


 勇者はもう少し説明を続けようとしていたが、木幕は手でその続きを制した為、勇者は口を閉じた。


「興味ないな」

「なぁ!?」


 その言葉にリットが驚いたように叫ぶ。

 顔を見てみると、怒りの表情が張り付いていた。


「興味ないとはどういうことだ! 世界の危機なのだぞ!」

「わめくな小童。某は小競り合いに興味は無いし、それ以上の目的があって旅をしている」

「魔王討伐以上の目的だと!? それはなんだ言ってみろ!」


 小さなため息をついて、木幕は勇者を見る。


「おい。本物は何処だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る