2.11.ガリオルとの一騎打ち


 木幕は中段に槍を構え、ガリオルは、真横に戦斧を構えている。


 構えを見るに、攻撃が来ると思われる方向は三つ。

 横、上、下だ。

 あれだけの大きな戦斧であれば、反対側からの攻撃はまずないと思っていいだろう。


 木幕は相手がどう出てくるかを見極める。

 相手を観察するのは、どのようなときであっても重要だ。

 これが出来る出来ないで、戦い方が随分と変わってくる。


 ガリオルが前に踏み込んで戦斧を振り上げ、大きく踏み込んで、大上段より戦斧が振り下ろされる。

 その踏み込みは恐ろしく力強く、地面が揺れるのではないかと言うほど大きな音が鳴った。


 これは不味い。

 そう思った木幕は、槍を後ろに回して、戦斧の斧を触らせないようにして数歩下がってその攻撃を回避する。


 木幕が先ほどいた場所に、ガリオルの戦斧が振り下ろされ、地面が抉れた。

 大きな戦斧の半分が地面に埋まっている。


「おおぉ! 回避したか!」

「全く……馬鹿力にも程がある」

「それが取り柄なんだ! はっはっはっは!」


 踏み込みの強さは、攻撃の重み。

 踏み込みの力が強ければ強いほど、攻撃は重さを増し、破壊力も上がる。


 ガリオルの一撃は、呆れるほどに強力なものだった。

 これを受け流そうとすれば、槍がただでは済まなかっただろう。


 己の持つ武器を壊すことは、戦士として恥ずべき行為である。

 どのような武器でも、壊すことは許されないし、木幕自身武器を雑に扱うのには抵抗があった。


 さて、考えなければならない。

 この男の攻略法を。


 斬馬刀をも振り回せそうな屈強な体つきをしており、その体格に見合った攻撃を繰り出してくる。

 防戦一方と言うのは、自分の首を絞めつける行為となりそうだ。

 ならば自らが動かなければならない。


 相手の体格、そして持っている武器を考えると、木幕の持つ槍の重さを生かした攻撃はほとんど通用しない。

 先程立ち会った兵士たちとは全く違う動きをしなければならなかった。


「では今度はこちらから」

「っしゃこーい!」


 木幕は足を滑らせて、低姿勢でガリオルに接近する。

 出来るだけ予備動作に必要な動きを殺し、一気に接近してきたと思わせ他と同時に攻撃を繰り出す。


「葉我流槍術、弐の型……流し葉」


 穂先を救い上げるようにして上段に構え、叩き潰す勢いで振り下ろす。

 ガリオルはその攻撃を見切ったといわんばかりに、ニヤリと口角を上げ、戦斧の柄を使って防ぐ。


 だが、木幕が振り下ろした槍は、上からはこなかった。


「!?」


 槍は真横から来た。

 木幕の槍は上から振り下ろされたが、振り下ろすと同時に左手で石突を左へと持っていき、穂先を右へと移動させて戦斧を回避し、ガリオルの腹部へと穂先の腹を叩き込む。

 体の姿勢を一切変えることなく、上からの攻撃を今から繰り出すぞという事を、相手に教え続けた騙し技。


 流し葉は、基本は上段からの斬り込みで、それを途中で止めて流すように反対側の石突を打ち上げる技であるのだが、先ほどの兵士との戦いでそれは見せてしまった。

 なので、葉が流れ落ちるように大きく風を切り、また戻っていく様を表した流し葉に変更したのだ。

 葉は、一つとして同じ落ち方をしない。

 どのように葉を落とすかは、木幕の自由なのだ。


 腹部への攻撃をもろに食らったガリオルは、歯を食いしばってその痛みに耐える。

 流石、これだけの肉体を持っているだけのことはある。

 普通であればあばらの一本は折れている威力だったはずだ。


 だが、ガリオルは先ほどの攻撃を見れていたとは思う。

 そう思うのは、目線が一度も木幕から離れなかったからだ。

 だが何故防ぎきれなかったのかと言うと……戦斧が重かったからである。


 あの時、斧の部分はガリオルの右側にあった。

 木幕が左から攻撃すれば、斧の重さを利用して防御にすぐ回れただろうが、右側ではそうはいかない。

 斧を右から左に持っていくのは、時間がかかり過ぎたのだ。


「ぬぅうううおおおおおお!!」

「!」


 ガリオルの左腹部に一撃を入れた二秒後、ガリオルが強引に腕を振るって、戦斧を木幕に向けて振るう。

 それに気が付いた木幕は、致し方なしとして槍を盾に使った。

 足を踏ん張ってその攻撃に備える。


 ガンッ!


 木幕はほとんどガリオルの懐に潜っている。

 なので、戦斧の斧が槍に届くことは無かったが、柄はしっかりと届いた。


「ふぅん!!」

「な!?」


 自分の攻撃がしっかりと届いたことを確認したガリオルは、腕を引いて槍を戦斧に引っ掛ける。

 木幕は腕を伸ばして攻撃を受けていたため、戦斧が自分の身を傷つけることは無かった。

 そして、ガリオルはそのまま右足を軸にして斧をぶん回す。


「どらああああ!」

「……くっ!」


 槍を放さまいとしていた木幕であったが、このまま握っていれば体ごと吹き飛ばされると思ってすぐさま槍を手放す。

 槍は木幕のいる反対方向へと飛んでいき、ガランガランという音を立てて転がっていく。


 持っている武器をなくすという失態を犯してしまった木幕は、自分はまだまだ未熟だと再認識する。

 物こそ違うが、武器は魂である。

 それを手放すなどあってはいけないことだった。


 なので、この場合……木幕は自身の負けだと判断したので、片手で制して仕合の中断を申し出る。


「「某の(俺の)負けだ」」

「……」

「……」

「「ん?」」


 お互いがお互い、相手が何を言っているのか理解できなかった。


「なんでお前が負けになる」

「? 武器を手放したからに決まっておろう。逆に問うが、何故お主の負けになる」

「あの一撃でお前は手加減をした。刺されていれば、俺はあの攻撃を最後に倒れていたはずだ。相打ちに持っていけると思ったのだがな。それも回避されたら、俺の負けだとしか言えん」

「だが……」

「いや、だから……」


 自分が負けの理由を受け入れてくれない相手に対し、お互いが説明をするが、なぜか収拾がつかない。

 暫く話し合っていたが、やはり決着がつかなかった。


「……引き分けという事にしないか?」

「……うむ。それでよい」

「だがお前の本当の武器はそっちだろう? やっぱり俺の負けだな」

「未練がましいことを言うでない。引き分けだ。良いな」

「ああ……」


 その瞬間、周囲の群衆から歓声が轟く。

 そういえば、今自分は群衆の中で戦っていたという事を思い出した。

 集中していて忘れていたようだ。


 周囲からは「ガリオル様と渡り合うなんて!」「あいつ名前なんていうんだ!」「すげぇぞおい!」などと言った言葉が聞こえてくる。

 悪い気分ではなかったが、何とも恥ずかしい。

 木幕はこういうことには慣れていないのだ。


「はっはっは! あ、そういえば大将に用があるんだって?」

「うむ。話せるだろうか」

「構わねぇよ!」


 ガリオルは木幕を連れて、勇者一行の場所へと連れていく。

 その道中、槍を拾って置いた。

 これは手入れをしなければならないからだ。


 そして、ようやく勇者と目を合わせることができたのだった。

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