1.6.奇襲
暗い森の中に二つの影を発見した。
その二人は何かを非常の恐れているようで、こちら側に向かって弓を構えていた。
だが恐怖で落ち着きがなくなっている弓など当たりはしないと、木幕はそのまま跳躍して跳びかかり、弓ごと敵を斬った。
「うわ──」
隣にいた女はそれに気が付いたが、木幕が腕をそちらに振ると胴が割れた。
女は声を途中で途切れさせて地面に倒れる。
自分の動きに間違いは無かったと、刀身についた血を払って鞘に収める。
それと同時に、後方からガサガサと音を立てながらレミが現れた。
草木で擦り傷だらけになっているが、よくここまで来れたと褒めてやらねばならないだろう。
「よくやった」
「わ……わたし……なにもして……ない……」
「そんなことはないぞ。この二人はレミ殿が出す音に驚いておったからな」
ここで木幕が思い出したのは魔物であった。
魔物は人を襲うとレミから聞いていたので、レミの出す音が魔物と間違われるのではないかと思っていたのである。
その予想は見事的中し、音よりもっと近い場所から現れた木幕に対処することが出来ずに二人は沈んだ。
なので何もしていないと言うことは全くないのだ。
「それって……囮では?」
「……そうともいう」
「ちょっとぉ……」
あながち間違っていない回答にうっかり納得しそうになってしまったが、嘘はつけないのでとりあえず認めておく。
木幕は今さっき倒したばかりの女から弓を拝借して、その使い勝手を確かめる。
随分小さい弓だ。
しかし、小さいからこそこの様な森の中でも使用が可能であり、引き絞りも少なくてもすむようになっているようだ。
「よし、ゆくぞ」
「ま、待ってくださいぃー……」
レミは片手に持っている剣を投げ出したくなったが、自分を守る武器を手放してどうすると思い直し、もう一度しっかりと握って走って行くのだった。
◆
数十分進んでいると、ようやく人集りが見えてきた。
周囲には松明を焚いているようで、立っている人々はやはり武器を持っていた。
その中央には身を寄せ合うようにして怯えている村人たちが見て取れる。
「しー……」
「……!」
レミに静かにするようにと合図をし、レミはそれに大きく頷く。
この距離ではこちらから出す音はほぼ聞こえないと思うが、念のためである。
まずは弓兵を探す。
その数は見たところ五人。
全員が女性のようで、装備は非常に軽そうだ。
捕らわれている村人が何か動き出さないかも注意深く見ている。
注意は村人に集中しているようだ。
「レミ殿は弓は撃てるか?」
「無理です……」
「左様か……。レミ殿。火は絶対に見てはならぬ。そして、某が前に出て敵を倒していくので、その間に皆を助け出してほしい。よいか?」
「が……頑張ります……!」
敵の数はまだ少ない。
恐らく他の場所にも散っているのだろう。
木幕は石ころを数個懐に入れて、弓をつがえた。
狙いを定め、放物線を描くことを念頭に入れながら角度を調整して手を離した。
ドスッ。
その矢は見事に弓兵の体を貫いた。
弓兵はそのまま声も出さずに倒れ、動かなくなった。
「!? なんだ!?」
「て、敵襲だ!」
「敵だぁ!? 誰がいるってんだよ!」
「た、助けてくれええ!」
敵も村人も混乱してしまった。
これでは援軍が来るのも時間の問題となるため、もう一度矢をつがえて一人の弓兵を屠った後、遂に飛び出して接近戦へと持ち込む。
しかし、慌てて冷静さを失っている敵などそう強くはない。
木幕の足音にも気が付かずに後ろから一人が斬り伏せられ、隣にいた物もついでと言わんばかりに斬られてしまう。
「レミ殿!!」
「はい!」
ようやく敵が木幕の存在に気が付いた。
しかしその頃にはレミは捕まっている村人達の拘束を解いていく。
長い剣を使っているため少々手こずっているようだ。
「レミちゃん!?」
「今助けます!」
助けに来たのがレミだったことに、村人は驚きを隠せなかったが、そうして混乱している村人をレミが説き伏せ冷静にさせる。
それからは指示を出して村人の拘束を解くのを手伝うように呼びかけていた。
その間に木幕は近づかせまいと跳びかかってくる村人を斬り伏せ続ける。
「貴様生きていたかああああ!」
「無論だ」
跳びかかってくる敵ほど簡単に倒せる敵は居ない。
少し避けてちょっと突くだけで終わるのだ。
面白みも何もない作業である。
それからまた遠くから斬りかかってくる男が見えたので、そいつには懐に入れた石をぶん投げて怯ませる。
その瞬間に一気に詰め寄って、相手が気が付くよりも先に刃を体へと潜りこませる。
力のなくなった男はドシャリと地面に倒れた。
しかし敵はまだいる。
弓兵がまだいるのが気にかかるが、とりあえず今は目の前のことに集中しなければならない。
弓兵の攻撃を躱しつつ、確実に大勢を斬り伏せる技は勿論作られていた。
「葉我流剣術 漆の型……木枯らし」
構えを下段、脇構えに交互に持ち変えながら足を運び続け、敵の位置、攻撃してくる瞬間などに突発的に攻撃を仕掛けて行く技である。
相手が剣を突き立ててくるのであれば、一度いなして足を前に運び、刀を引き戻すように相手の胴体に這わせる。
だがそれで終わりではない。
今度は回転してすぐに下段におろし、次に来る攻撃に備える。
ゆるゆるとステップをふむように進み、剣先を地面すれすれで踊らせる。
木枯らしが舞うように、いや、舞わせるように足を運ぶ。
今度は相手の矢が体の一寸先を通るが、それに怯むことなく弓兵へを足を運ぶ。
剣も何も持っていない弓兵は接近戦に格段に弱い。
だがそれをさせまいと二人の男が立ち塞がる。
一人は槍で突いてくるが、槍は躱して接近すれば弱くなる。
槍の突きを紙一重で躱しつ、そのまま左下から斬り上げる。
だがそれはもう一人の剣士に止められ、槍を持った男は数歩下がって冷や汗を流す。
しかし、剣士は止めたことに満足しているようだ。
それは愚の骨頂。
右手を離し、左手首を折り曲げて剣を躱す。
相手の押さえつける力が強かったために、相手の剣はすぐに振り下ろされた。
そして左手首を力任せに戻せば……顔面が斬られる。
「ぎゃああああ!!」
「阿呆」
そのまま止めを刺したと同時に弓兵へ足を運び、今度こそ斬り伏せる。
その後すかさず来た道を戻って槍兵に向かって突き進む。
それに気が付いた槍兵は下がりながら槍を突き出す。
その判断は間違ってはいないが、前に出る速度と、下がる速度はどちらが速いかと問われれば、それは前に出る速度の方が早い。
槍を下段からの斬り上げで弾き飛ばし、今度は上段から斬り下ろす。
防がれかけたが、結局槍の柄は木材。
真っ二つにして脳天より斬り伏せる。
その間にレミの方も村人の解放が終わったようで、全員が森の中へと逃げ出している最中だった。
だが敵の援軍も駆けつけてきていたので、これは逃げた方が良いと思い、木幕も村人に乗じて逃げ出した。
「レミ殿! よくやった!」
「あ、ありがとうございます! 皆早く!」
「おう!」
「ありがとうレミちゃん!」
「あんたもな! 助かった!」
「礼は良い。走れ」
とりあえず村人の救出は成功したと言っていいだろう。
だが村人の数はまだこんなものではなかった筈だ。
今助け出したのはほんの一握りなのだろう。
後ろを確認して追っ手が来ていないか確認するが、不思議なことに追っては来ていなかった。
それに首をかしげながらも、まずは安全な場所まで走って行くのだった。
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