第218話 『その日、祝勝会に参加した』

 今日一驚いているミーシャを、宥めるように説明する。


「あ、でもそのうちの2人は婚約予定で、もう1人は正妻の小雪だから、正確には婚約者は6人だよ。あと全員女の子だよ」

「そう言う問題じゃないでしょ!? 同性で結婚出来るにしても、限度ってものがあるでしょうが! アンタが元がそうである以上男を囲むようには見えないのはわかるわよ。でも女の子が相手にしても、たらしにもほどがあるじゃないの」

「だってぇ、皆のこと大好きだもん……」

「だもん。じゃなーい!」


 ミーシャと色んなことを話したけど、最後の婚約の事を話したらこうなった。やっぱりと言うか、国によっては同性婚だったりが出来る事とか、遺伝の事とかはしらなかったみたい。

 だけど、私の婚約者の人数を知って、ミーシャはさっきからぷりぷりと怒ってる。


 なんで??


「えぇー、なんでミーシャ怒ってるの?」

「何でってそんなの決まって……」

「??」

「な、何でもないわよ! バカ!」

「ガーン」


 ミーシャがまたしてもそっぽを向いた。

 何だかすごく悲しい気持ちになって、視界が潤む。


「……ミーシャ、私の事嫌い?」

「ふんっ!」

「……えぅ、ぐすっ。ミーシャに、嫌われたら……やだ。やだあああ!」

「!?」

「うええええええん!」


 感情の波に攫われ、視界が曇り思考が奪われる。辛くて痛くて、寂しくて悲しくて。


「え、え?」

「びええええええ!!」


 もう、なにも聞こえないしなにも考えたくない。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 急激に嫌な予感がして部屋に飛び込み、マジックテントへ飛び込めば、そこには大泣きして我を失っているお嬢様の姿が。なんとお労しい……!


「お嬢様!!」


 お嬢様を抱き締め、愛情を持って精いっぱい宥める。けれど一向に泣き止む気配もなければ、こちらの言葉すら届いていない様子。

 そこでようやく、状況を理解出来ない様子のミーシャ様が視界に映りました。


「ミーシャ様」

「……」

「ミーシャ様!!」


『パチン!』


「ぁ、え……アリシア、さん?」


 放心状態といった様子でしたので、平手打ちせざるを得ませんでした。そうする事でようやく、彼女は目を覚ましたようです。


「ミーシャ様、お嬢様に何か言いましたか!?」

「え……と。何も、言ってないわ」

「では、お嬢様は最後に、何か仰ってましたか?」

「……私に、嫌われた、って」


 お嬢様の泣き声に掻き消されながらも、なんとか聞き取ることができました。

 成程、そこでしたか。道理で、私の言葉が何も響かず、通らないはずです。


「ミーシャ様は、お嬢様を嫌いになりましたか?」

「貴女に、関係ないでしょ……」


 ふむ、ソフィア様と同類ですか。

 こちらの方が付き合いが長い分、多少厄介そうですが、お嬢様と好意を寄せ合っていたのなら、関係ありません。


「意地を張られていては、これから先ずっと、何も変わりませんよ」

「う……」


 そこまで言っても尚、彼女は動こうとしません。

 なるほど、これは重症ですね。本来ならば彼女が自然に答えに辿り着くまで待つべきなのでしょうが、お嬢様がコレなのです。私の大事な何かが、今まさにゴリゴリと削られていく気配を感じます。早急に何とかしなければ、私が持ちません。


「お嬢様をこのような状態にしておきながら、何も感じないと言うのであれば出て行ってもらえます? 今の貴女は、お嬢様にとって害にしかなりません」

「……っ」

「ただし、ここから出て行ったならば、2度とお嬢様の前に姿を現さないでくださいね。可哀想なお嬢様、大切なご友人に嫌われて、今後ずっと涙を流し続けるのでしょうね」


『バチンッ!』


 突然、彼女は両手で、自分の顔を思いっきり叩いた。一瞬、静寂が訪れましたが、すぐにお嬢様の泣き声に支配されます。


「嫌ってなんて……嫌ってなんてないわよ!」


 そこまで言ったところで、ようやく覚悟が決まったようです。


「嫌ってたら、こんな所まで未練たらしく追いかけて来る訳ないじゃないの!」


 しかし彼女が叫んだところで、お嬢様の耳には入りません。彼女も、それはよく分かったのだろう。どうすれば良いのかと目で問うてくる。


「お嬢様を抱き締め、耳元できちんと教えてあげてください。貴女の気持ちを。真心込めて。……出来ますね?」

「や、やってやろうじゃない!」


 お嬢様を彼女に預けた私は、退散するように外へと飛び出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「きゅうきゅう」

「にゃお」

「はぁ、癒されますね」


 今回のお嬢様による長時間の泣き声は、心の何かがゴッソリと削られてしまいました。神獣様は癒しの効果があるのでしょうか、触れているだけで心が休まります。

 それにしてもこの疲労度、お嬢様のレベルが上がった弊害でしょうか。もしそれが事実だとした場合、今後お嬢様の癇癪に体が耐えられない可能性も……。

 ふむ。私達家族のレベルアップは必須ですが、お嬢様には、何か耐えられる装備をお願いしてみましょうか。こう言うことを本人にお願いするのは、本来であれば良くないのでしょうが、お嬢様であれば問題はないでしょう。


「終わったわ」


 ミーシャ様が、げっそりした表情で出て参りました。隣に腰を下ろすと、にゃんコロ様で猫吸いをされております。


「お嬢様は?」

「泣き疲れて眠ったみたい」

「きちんと、謝って許してもらえましたか?」

「……ええ。一つ聞きたいんだけど、あいつって貴女と出会ってからあんな調子なの?」

「いいえ。レベルが急激に上昇した際に、感情の制御が出来ないようです。ミーシャ様はあのような状態のお嬢様は、ご存じなかったのですね」

「……」


 ミーシャ様は何か思い出すかのように物思いに耽る。

 ふむ。やはりあの状態のお嬢様は『グランドマスター』の弊害のようですね。


「少しお待ちを」


 そう伝えて、マジックテントからお嬢様を連れてきて、膝枕の体勢にする。


「泣き疲れたお嬢様の眠りは浅いですから、起きられて1人だと寂しい思いをさせてしまいます」

「……随分、過保護なのね」

「お嬢様は寂しがり屋ですから。それに、この方と深く関わった人は皆、お嬢様同様寂しがり屋になると思います。私も、1日お嬢様と離れただけで耐えられませんでしたから」

「重症ね。こっちは2年以上付き合いがあって、3ヶ月以上離れたけど、耐えられないほどではなかったわね」

「2年もいて何も進展がなかったことのほうが驚きですね」

「それは……事情があるのよ。色々と」


 ふむ。本当に色々とありそうですが、野暮な事は聞かないでおきましょう。


「それで、ミーシャ様はどうされるのですか」

「どうって……」

「婚約者に立候補されますか?」

「こっ! ……それも、すぐに答えなきゃいけないの?」

「そんなまさか。先程はお嬢様を泣き止ませる為に必要な事でしたから、無駄な事に時間を使わせたくなかっただけです」

「無駄って……」

「どうするか決まらないとしても、お側にご友人として接する事を否とはしません。そもそも、お嬢様が関係の進展を望まれているか、私にはわかりませんし」


 ミーシャ様の事は本当に大事な友人として好いているようですが、その先への展望は感じ取ることが出来ませんでしたね。


「……ひとまず保留で」

「承知致しました。今後私からこの話題は口にしません」

「1つだけ確認しておきたいんだけど、立候補したとして貴女含め他の婚約者の人達は許してくれるの?」

「お嬢様が良しとしたのなら、誰も文句はありません。そもそも、問題があるような人は、お嬢様の琴線に触れないと思いますし」

「そうなんだ……。ねぇ、シラユキの婚約者も気になるけど、貴女とシラユキが今までどんな関係を築いてきたのか、教えてもらえるかしら」

「私の知る限りのことで宜しければ」


 そうしてミーシャ様に、お嬢様のご活躍を語り始めました。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「むにゃ……むにゅ?」

「お嬢様、おはようございます」

「アリシアだぁ。えへ」


 アリシアに甘えているとミーシャが視界に入った。


「ミーシャもおはよー」

「ん、おはよ」


 カーくんとにゃんコロも、ついでにカワイがる。うーんもふもふ。なんか嫌なことがあった気がするけど、何だったかなぁ。うーん?


「ねえシラユキ、貴女のはアリシアさんから聞いたわ。随分とはちゃめちゃな生活を送っているみたいね」

「ん? えへー」

「ここにきた経緯も聞いたわ。アンタ、帝国をぶっ潰すつもりなんでしょ? 私も協力するわ」

「え、ほんと? ミーシャがいるなら百人力ね!」

「でも、火力が心許ないわ。装備もなければ、呼び出せるのもこの2体だけだから。ねえ、今って5月よね?」

「あー、あれね? もちろん手伝うわよ」

「察しが早くて助かるわ」

「お嬢様……?」


 話についていけないアリシアに頬擦りをする。


「んーとね、この地に召喚獣が眠ってるんだけど、時期によって種類が変わるの。そして今の時期なら、火力特化型の召喚獣が眠ってるってわけ」

「そうなのですね! 私は、足手まといでしょうか……?」

「ううん、そんな事はないわ。折角だからミカちゃんと一緒に参加しなさい。倒せば称号も得られるから」


 まあステータス増強系の称号じゃなくて、属性魔法の威力上昇系だから、ミカちゃんにはあまり旨味はないけど。箔は付くでしょ。


「はいっ」

「とりあえず、召喚獣探しは明後日にしましょ。ミーシャも聞いてるかもしれないけど、明日は女王様が祝勝会を開いてくれるみたいだから」

「分かったわ。それじゃ、まだ色々話したいところだけど、今日は色々あって疲れたから、お開きにしない?」

「ん、わかった。私たちは部屋に戻るね」


 マジックテントを片付けて、いそいそと部屋から出ようとして、ふと思い出した。


「あっ、ミーシャ。あのね、こんな事聞くのもなんだけど」

「なあに?」

「ミーシャも、私みたいに、その……。最後はあっちで……」


 そこまで言ったところで、ミーシャが察してくれた。


「ああ、違うわ。私は何かに巻き込まれたわけでも、アンタと同じ様な目に遭った訳でもなくて、いつも通り普通にあの子達と、あの場所で直前まで語り合っていたわ。そして気がついたらこっちにいたの。だから、シラユキが心配するような事は、何もないわ」

「そ、そっか、良かった……。また会えて、本当に嬉しいよ、ミーシャ」

「私もよ、シラユキ」


 私みたいに死んだわけではない。それはそれで疑問は残るけど、ひとまず安堵した。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌日。

 アリシアとミーシャとのんびり過ごして迎えた祝勝会。

 ミーシャは女王様のご厚意で、ドレスを貸してもらっての参加だ。私が作ってあげても良かったんだけど、それを着て戦う趣味はないって言われてやんわり断られた。

 ドレス姿で戦うのもカワイイと思うけどなぁ。


 ちなみにシラユキちゃんは、当然『白の乙女』ではなくて、普通のカワイイドレスだ。


 女王様の挨拶の後、私達の元には沢山の人が集まった。エルフの王侯貴族だけでなく、隊長格の人達まで。

 流石に一兵卒の人達はこの祝勝会には参加出来なかったようだけど、彼らは彼らで、城下町の方でお祭り騒ぎで楽しんでいるらしかった。


 今日も今日とて、私は白く輝く力を抑えている。

 放っておくと身体が光り出すのは困りものよね。あの称号が原因なのは間違いないんだけど、唯一の救いは眠っている時は光らない事ね。

 そして隠された効果、って訳ではないんだけど、あの輝きは精霊達からしてみればすごく興味が惹かれるみたいで、輝いていると誘蛾灯のように集まってくる。

 エルフ達は精霊が来たら喜んでくれそうだけど、祝勝会どころじゃ無くなっちゃうでしょうし、今は全力で抑えておこう。ただずっと抑えての生活は疲れるから、早めに封印する魔道具を作りたいわね。


「お嬢様、お疲れですか?」

「ん、そう見えちゃう?」

「はい。少しだけですが」

「んー、まあアリシアがそばにいてくれるから、平気よ」

「お嬢様……!」

「アリシア……!」


 アリシアと抱き合う。はぁ、好き好き!


「この2人っていつもこうなの?」

「大体こんな感じですね」


 呆れるミーシャの問いに、ツヴァイが答えた。


「あのシラユキがねぇ。未だに慣れないわ……あ、この葡萄おいし」

「エルフの作る果実は本当に美味しいですよね。果物と言えば、ミーシャさんはお菓子作りが趣味だとか」

「ああ、アリシアさんから聞いたのね。趣味といえば趣味だけど、素人に毛が生えたような程度よ。職人って程でもないわ。食べてくれる人もいなかったし」

「え……。シラユキ様は食べてくださらなかったのですか? あの方は甘い物もお好きですよ」

「……そうなのね。シラユキとはその手の話はした事なかったから、知らなかったわ」

「それは勿体無いです! ミーシャ様が作られた物なら、あの方は喜んで食べてくださるかと」

「ん……。考えとくわ。ツヴァイさん、教えてくれてありがと」

「お役に立てて光栄です」


 アリシアに甘えつつ、視界の端でミーシャが笑っている姿が見える。祝勝会に参加しないと言い張るツヴァイを無理やり呼んだけど、仲良くしてくれてるみたいで良かったわ。

 ミカちゃんは……まあネームタグは見えてるし、近くにいると思う。どうせその辺でナンパしてるんでしょ。知らないけど。


「ところでツヴァイさんも、その……。シラユキの、婚約者なの?」

「そんな、滅相もありません! 私はあの方のサポートをしているだけの影に過ぎません。可愛がっては頂いていますし、私も尊敬はしておりますが、その様な関係では……」

「そ、そっか。ごめんね?」

「い、いえ。私も声を荒げてしまい、申し訳ありません」


 祝勝会で心ゆくまで果実とお料理を堪能した私は、アリシアを連れて一足先にお暇した。すると、戻る最中に女王の使いを名乗る文官に呼び止められ、客室へと案内された。


「すまんの、呼び止めてしもうて」


 中では幼女形態の女王様が待ってくれていた。


「構いません。私もお話ししたいことがありましたので」

「おお。なんじゃ、言うてみい」

「魔人とつるんでいた帝国は、放っておいても害にしかなりません。だから、あの連中を追っ払うだけでなく、徹底的にぶっ潰そうと思います。手伝って頂けますか?」

「ほぉ?」


 私の要請に、女王様も悪巧みをするかの様に邪悪に笑った。


『仲直り出来て良かったわね、マスター』

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