第216話 『その日、大人しくさせられた』

「……」


 目を覚ますと、そこは見たことのある天井。そしてやっぱり見たことのある部屋だった。


「え、ここは……」

「きゅきゅう!」

「にゃおにゃお!」


 ベッドの上に、カーくんとにゃんコロの2体が飛び乗って来て、顔を覗き込んでくる。何だかとても、心配そうにしてる……?

 ぼんやりする頭を押さえて、あやふやな記憶を思い出す。


「……あ、そっか。私、魔人に出会って……レヴナントにされたんだ。それで、誰かと戦って……」


 瞼を閉じれば、白熱した魔法と武技の応酬を、鮮明に思い起こせた。でも、相手の顔を思い出そうとすると、頭が痛む。


「……っ」

「きゅう!」

「わぷっ」


 一鳴きしたカーくんが頭に乗っかってくる。ひんやりとした体が気持ち良い。その柔らかさと重みを感じていると、段々痛みが引いていった。

 体を張って癒してくれたのね。


「ふふ。カーくん、ありがと」

「きゅうー」


 その体勢のまま、もう一度記憶を掘り起こしていく。やはり、何かを思い出そうとするたび痛みは走るが、それをカーくんが癒してくれる。

 そう言えば、レヴナント化には後遺症があったわね。聞いていた話より、だいぶマイルドな気がするのは、成ってからの時間の短さか。それとも最後に受けた神秘的な『浄化』のせいか。

 自身の状態をチェックすると、想定していた異常の表記が見てとれた。


「やっぱり状態異常の『衰弱』か。でも、これってこんなに辛いものだったっけ? 感覚が今までと比較にならないんだけど……」


 違和感は、あった。

 考えない様にしていただけで、不思議な点やおかしな点は、確かに幾つもあった。


 例えば、顔に引っ付いてるこのカーくんや、枕元でゴロゴロ喉を鳴らすにゃんコロなんかがそうだ。

 彼らに、ここまでの知性……。いや、自由さも、温もりも、重みも、意志も。無かったはずなのだ。いつも連れ歩いている2匹とは、かけ離れた存在感を感じる。


 そして、あの時見ていられないと思って助太刀した、数多くの同胞達もそうだ。あの練度の低さは目を覆いたくなるものだったが、その溢れる気概からは、仲間達を守る強い意志を感じた。

 そして、交わした言葉も、背中を守り合ったことにも、なぜ疑問に思わなかったのだろう。まるで、生きた人間とやりとりしているかのような……。


「そもそも、帝国から攻め入られるのが、今回が初めてってこと自体おかしいのよ」


 それに、途中から参戦したあの2人。

 まずあの騎士だ。装備は既存の物と逸脱してはいたが、その女好きの言動や、勇猛果敢に前線で戦う姿は、間違いなく記憶にある人物と一致していた。

 遠く離れた王国から参戦することすら不思議でならないというのに、なぜかあの国の兵士を誰1人として連れて来てはいなかった。


「どうしてあの人、ここに居るのよ……」


 そして2人目。短剣と忍刀捌きが目を見張るメイドエルフ。

 顔には見覚えがあったはずなのに、どうしても思い出せなかったけれど、レヴナント化してた時の記憶で、名前が聞こえて来たのを思い出し、納得する。


「あの人がアリシア。エルフだったんだ。……そして、それを連れ歩く酔狂な奴なんて……」


 1人しか、浮かばない。


 そして、確信と共に記憶に残る死闘相手を思い出す。滲んでいた輪郭が、くっきりと浮かび上がった。

 悲痛な、表情と共に。


「……なんて顔、してんのよ」


 ううん、させたのは私か。

 そういえばあいつ、レヴナントがか、よく知らなかったんじゃなかったっけ。なら、しようがないわね。

 

「……そっか。あいつ、ここにいたんだ」


 ずっと探し求めていた相手が、近くにいる。

 それだけで、いてもたってもいられなくなり起きあがろうと、身体に力を込めた。


「きゅきゅきゅっ!?」

「にゃおにゃお!」


 でも、起きあがろうとする私を彼らが必死になって取り押さえようとする。普段なら可愛らしい抵抗だと思う所なんだけど、今の私は病み上がりだ。まだ身体は本調子とはいかず、『衰弱』も解けてないし、力が入らない。

 抵抗虚しく、ベッドから出ることは叶わなかった。


「きゅ、きゅきゅ!」

「……そうよね。こんな調子で出て行って、また魔人に出会ったらどうなるか……。それに、もしあいつ以外と、あの状態で相対したらと思うと、ここの人たちのレベルじゃ到底……」


 同胞たちのことを思い出す。気概は感じられたが、練度は悲しいほどに低く、協力していなければ悲惨な末路を辿るのは目に見えていた。

 そんなところにレヴナントと化した私が現れようものなら……。


「わかんないことだらけだけど、今は安静にしているのが正解、か」


 それでも、1つだけ確信している事がある。

 ここは、私の知る世界ではないかもしれない。けれど、あいつがいる。シラユキが、近くにいる。

 その事実だけで、心はとても落ち着いていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 少し時を遡る。


 魔人を倒した私は、思いっきり跳んだ後に少し思案した。周囲に敵性生物や撃ち漏らしがいないかと思ったのだ。しばらく蛇行しながら飛行していたが、それは杞憂だと分かり、アリシアの名前が表示されているマーカーに向けて一直線に飛んで行った。


「アリシアー!」


 私がアリシアを視界に入れた時には、もうすでに彼女はこちらを向いてスタンバイしており、両手を広げて待ってくれていた。

 そんなアリシアが愛おしくて愛おしくて、すこしスピードの加減を忘れてしまいながら飛び込んだ。案の定アリシアは尻餅をついちゃったけど、私は構わず頬擦りをする。


「ふふ、おかえりなさいお嬢様。寂しかったですか?」

「うんー! ちゅーしよ、ちゅー」

「は、んっ」


 アリシアの返事を待たずに唇を奪う。

 もう無理! 色んな感情が爆発しそう!!


 そのまま彼女を押し倒して、しばらく求め続ける事約10分。

 ようやく満足感を得たところで離れると、アリシアは……放心状態だった。


「えへ……あ」

『……』


 ……うん、目が覚めた。

 よーく周りを見渡せば、エルフの人達が私たちを囲む様にして、何とも言い難い空気を醸し出している。


 うーんちょっと気まずい。

 何か話題を……と思ったところで、近くにいた子と目があった。というか、アリシアの妹ちゃんだった。


「アメリアちゃん、だっけ」

「!?」

「あー、取って食ったりはしないから」

「し、失礼しました」

「良いの良いの。ところでここは、森のどの辺りで、今どんな状況?」


 心底不思議そうな顔で、アメリアちゃんが首を傾ける。


「え? 把握されて、いないのですか?」

「……ほら、アリシアしか目に入ってなかったから」

「成程」


 納得しちゃった。いやまあ、この惨状だもんね。周囲の子達も、うんうん頷いてるし。


「現地点は敵拠点から2キロの地点になります。かなり近いと思われるかもしれませんが、我らは森の庇護がありますので、灯りや匂い、音などは全て彼らが遮ってくれています。決して漏れる心配はありません」

「そうなんだ。すごいのね」

「そして今は、ここで偵察からの報告を待っています。シラユキ様が戻って来るかもしれないと……姉が申しておりましたので、それも合わせて待機しておりました」

「あ……ごめんね?」


 そう言うと、また皆視線を外した。

 よし、この話はやめやめ!


「捕虜の子や、神獣を連れた子は?」

「皆、城へと連れて帰りました。シラユキ様達のご活躍により、皆五体満足で帰る事が出来、とても喜んでおりました」

「そう。助けられて良かったわ」


 心までは簡単に治せないけど、スピカにお見舞いさせたら効果あるかしら? 今度アリシアや女王様に相談して、サプライズでやってみよーっと。


「アメリア様、ただいま戻りました。遅れてしまい申し訳ありません」


 木々の間を飛んできたのだろう。身のこなしの軽いエルフ達が舞い降りた。

 うーん、普段から薄着のエルフ達が、さらに薄着で、色々とヒラヒラさせて……。唆られるなぁ。めくっちゃダメかな??


「構わん、お前達の無事が第一だ。それで、どうだった」

「それが……もぬけの殻です。我らも直接、全てを見て確かめたわけではありませんが、砦は森の木々を使って作られた物。彼らに残されていた知覚を信じれば、誰もいないはずだと」

「なんだと? 捕虜を救出しただけではなかったのか? 一体どうなって……」


 そこで、皆の視線が再びシラユキちゃんに注がれた。


「えーっと、最高司令官とその幹部達、近衛兵。さらには影で操ってた魔人を1匹消し飛ばしたくらいで……」

「それ以外は特に、何もしなかったと?」

「そうそう、そうなのー」

「もう! それしかないではないですか!!」


 アメリアちゃんが突然地団駄を踏む。アメリアちゃんったら、ノリツッコミが出来るのね。

 何だか出会ったばかりのアリシアを思い出しちゃった。彼女も最初は、純粋に簡単な事で驚いてくれていたっけ。

 ほんわかしちゃう。


「えへへ」

『……はぁ』


 何故か周囲のエルフ達から溜息をつかれる。

 むぅ、良いじゃない。敵を全部追い払えたんだし。


「それじゃ、この後どうするのかしら?」

「そうですね……。残存する物資を回収して、敵の手掛かりを捜索。その後砦は再利用が出来ないよう徹底的に取り壊し、森に飲ませます」


 森に飲ませる……? まるで森が自由意志を持っているかの様な言い回しね。これもエルフ専用の魔法なのかしら。


「砦をぶっ壊すなら私が」

「ダメです」

「え?」

「シラユキ様は大人しくしていてください。あの地は森に還しますので、これ以上大地を疲れさせる訳にはいかないのです。ですので、ここから先は我々の仕事です。シラユキ様は、姉と一緒に休んでいて下さい。良いですね?」

「えー、でもー」

「い・い・で・す・ね?」

「はぁい……」


 邪魔になっちゃうなら、仕方ないけど、何もする事がないのも何だか申し訳ないのよね。でも、ハッキリと断られちゃったし、手伝う事自体迷惑になるなら……しゅん。

 エルフの人達が居なくなってしょんぼりとしていると、復活したアリシアが慰めてくれた。


「お嬢様、お疲れ様でした。お嬢様は今日、誰にもなし得ないほどに大活躍されたのです。ゆっくりしていてもバチは当たりません」

「そうかな」

「そうですよ」

「それなら……休む、ね?」

「はい。たくさんお話ししましょう」


 アリシアに促されるまま、マジックテントを設置して、2人でベッドに腰掛ける。

 さっき、いっぱいアリシアを愛でたというのに、もう気持ちが再燃して来たので、膝枕をしてもらって誤魔化すことにした。


「まずは皆さんの状況からお伝えしますね。お嬢様とお別れした後、すぐに妹の部隊と合流し、お嬢様のご友人と捕虜だった同胞たちを預けました。部隊の一部に加え、ミカエラ様とナンバーズ、スピカ様が護衛についていかれましたので、無事に戻られた事でしょう」

「そっか、良かった」


 ミーシャも無事に戻れたかな。目が覚めたら、ゆっくりお話ししたいけど……。大丈夫かな。


「では、今度はお嬢様の番です。見ているだけで感じます、お嬢様から感じる魔力の密度が今まで以上になっていることに。思いがけない収穫があった様ですね」

「うん。まずね、すっごいレベルが上がったの。17から20に上がったわ」

「それはとても素晴らしい事ですね! おめでとうございます。では尚更、ゆっくりしないといけませんね」

「あー……そうかな。そうかも。感情の制御が全然出来てないもんね、私」


 ミーシャの事も、アリシアへの愛情も。

 まだ混乱してるのに、アリシアを愛でたい感情が止まらない。ずっとひっついていたいし、ずっとイチャイチャしていたい。……あれ? これはいつものことかも。


「では、お嬢様。具体的な数値を教えて頂けますか?」

「ん。ちょっと待ってね」


 紙を取り出して机に広げた。


「前のがこれね。16だけど、ダンジョンで黒竜倒してすぐのやつ。この時は杖と乙女の2つを付けてるのが大きいわね」


*********

総戦闘力:24986(4000 +1521 +1741 +20)


STR:2908(+177 +203)

DEX:2908(+177 +203)

VIT:3828(+800 +233 +267)

AGI:2908(+177 +203)

INT:2908(+177 +203)

MND:4753(+1600 +290 +331)

CHR:4773(+1600 +290 +331 +20)


称号:求道者、悪食を屠りし者

装備:『真・白の乙女』『先駆者の杖[至高]』『翠玉のペンダント』


*********



「そういえば、火竜を倒した際にレベルアップを果たしたステータスは、確認していませんでしたね」

「そうだったわね。それとペンダントは今エイゼルに預けてるから、ステータスに反映されてるのは夜桜一本だけね。『ステータスチェック』と」



*********

総戦闘力:32448(7000 +3504)


STR:3537(+407)

DEX:3537(+407)

VIT:4667(+1000 +537)

AGI:3537(+407)

INT:3537(+407)

MND:5914(+3000 +669)

CHR:5919(+3000 +670)


称号:求道者+、悪食を屠りし者

装備:『夜桜』


*********


「……にゅ?」

「お嬢様?」


 称号が、変わってる!?

 該当の称号をタップする。


**********

称号:求道者+

真理を求めて日々精進を励むものに贈られる証。

人々からの祈りを受け、神の力を纏う。

該当のステータスに現在Lv×150の補正値。

神聖魔法に類する親和性上昇。

**********


「うわぁ……」


 輝いてるの、絶対コレが原因じゃん。


「お嬢様……?」


 私の漏らす言葉や反応に、アリシアの方がドキドキしているみたい。うん、覚悟を決めよう。

 とりあえず見たものを全て紙に書き起こす。


「3万超えちゃったわね」

「……凄まじいです、お嬢様」

「えへー」

「先程のご友人も、これ程の強さを持っているのでしょうか?」

「うん? ミーシャの事?」

「はい」

「ミーシャは多分『召喚士』レベル100ね」

「100ですか!?」

「だから装備を抜きにした総戦闘力は、大体……1万くらいかしら」

「1万……」

「まあその強さも本体のみで考えた場合だから、召喚獣の強さを合わせたら……」

「私は神獣様の活躍はサポートでしか見ていないのですが、お強いのですか?」

「アリシアには悪いけど、数字の面だけでいえば単体でも貴女より強いと思うわ。でも、アリシアほど素早くは動けないから……うーん」


 でもあの『オーバーフロー』時の本気の一撃は避けられるかどうかよね……。うん、やっぱ無理かも。


「そうですか……。あの方とはどの様な関係だったのですか?」

「親友よ。まあ、ソフィーみたいな親友じゃなくて、本当に友情だけの関係だったけど」

「彼女とも婚約されますか?」

「えっ!? んー……どうだろ。わかんないな……」


 ミーシャの事は好きだけど……。ミーシャにはどう思われてるかよく分からないし。リアルのこともあるしね、わざわざ私と付き合おうなんて思わないでしょ。


『どうかしらね、マスター』

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