第213話 『その日、経験値を増やした』
魔人の角を生やした男が、忌々しげな表情でこちらを睨んでいる。あの角の捩れ具合から見て、爵位持ちであることは間違いないわね。
これは経験値も期待できそう。
それにしてもあの表情、何が気に食わないのかしら? 自前の『魔人砲』が効かなかった事? それとも私の纏っている謎の光がお気に召さないのかしら。
両方かも。
「ちっ、やはり無傷か」
「き、貴様! 何者だ!」
魔人の隣にいるのは……お偉いさんかしら? 鎧もちょっと豪華だし。まあでも、今のままだと倒したところで得る物もない、経験値の入らないゴミ同然の存在。そいつが不審そうな目で私を見上げている。
奴らは私から見て、10メートルほどの距離があり、少し斜め下にいる。拠点以外は何もない空間だけど、声を張らずとも会話が出来る距離にいる。
まあ、先程の『魔人砲』とこの輝きのせいで、私の存在が周囲にバレつつあるので、少し騒がしいけれど。
捕まえたエルフの子達を好き放題してる外道なんかに、下着を覗かれたくなくて中空に『エアウォール』を設置して腰掛けてみたけれど……。案外このポーズ、悪くないわね。
「誰だって良いじゃない。方々から恨みを買う様なことをしておいて、敵対される事に心当たりがないわけじゃないでしょうに」
「くっ……」
「それで、お前の目的はなんだ? 先制攻撃を仕掛けるわけでもなく、わざわざ俺に声をかけたんだ。何か取引でもしたいんじゃないのか」
魔人は余裕のある表情でこちらを睨みつけて来た。
理由? そうねえ……。
「相手の本気を見ずに勝負を決めるなんて勿体無いじゃない。どうせなら少しは楽しみたいわ」
「ほぅ、脆弱な人の身で俺を相手に随分と生意気な発言だな」
「だから『人工魔兵』がこの陣営にいるのなら、さっさと出してくださる?」
その言葉に、魔人と男は警戒の色を濃くした。
「な、何故それを知っている!?」
「人間があの技法を知っているだと? いや、今は捨ておこう。それを知っても尚、勝てると思っているのか?」
「どうせその男がこの軍の長なんでしょ? なら早く変身、いえ、変態してくださらない? そろそろ夜も遅いし、夜更かしはお肌の敵なのよね」
至極退屈そうな素振りで眼前の連中を見下ろした。効果はあった様で、魔人も男も明確な殺意を投げて来た。
「よかろう。貴様の思惑がなんであれ、ご希望通り乗ってやろう。だがその言葉、すぐにでも後悔させてやる」
そう言って魔人は懐から、禍々しい何かを取り出し、思いっきり地面へと叩きつけた。
その瞬間、魔神のそばにいた男だけではなく、私を囲む様に幾つもの漆黒の柱が立ち上り、グロテスクな繭が出来上がった。繭は周囲にいる味方の騎士達をも取り込み、近い位置に存在していた繭同士は結合する事で更に大きく膨れ上がり、より強大な存在へと進化して行く。
結合しなかった周囲の繭を『小サイズ』とするならば、結合型を『中サイズ』。魔人の横にいる指揮官は『大サイズ』と言ったところね。やはり魔人から直接力を貰っている奴は、進化の限界値も果てしなく高いようね。
『……ォォオオオオオ!!』
漆黒の鎧、連中が言うには『黒の魔装』だったかしら?
それも『人工魔兵』になるための素材として取り込まれているからか、魔物へと進化する種類もそれに応じたものへと変わるらしい。
『小サイズ』から生まれ出たのは全部で8体。
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名前:人工魔兵
形態:ダークナイト
レベル:42
説明:新生ヴァルザンド帝国に所属する騎士が変貌した姿。魔人達の技術により元となった人間の欲望が原動力となっており、その変化形態は多岐に渡る。ダークナイトは『死霊騎士』の一種であり『暗黒魔法』を使いこなす。高い防御力を持ち合わせており、死者が溢れる戦場に湧き出ると言われ人々から畏れられている。
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『中サイズ』からは全部で4体。
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名前:人工魔兵
形態:デスナイト
レベル:56
説明:新生ヴァルザンド帝国に所属する複数の騎士が寄り集まって誕生した。魔人達の技術により元となった人間の欲望が原動力となっており、その変化形態は多岐に渡る。『死霊騎士』の中でも上位存在であり、魔物専用の『死霊魔法』を操る。痛みに強く高い膂力と無尽に続く体力を持つ恐ろしい相手。
更には『人工魔兵』の特色により、常時回復のパッシブスキルを持つ。
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『大サイズ』は1体だけ。
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名前:人工魔兵
形態:デュラハンナイト
レベル:71
説明:新生ヴァルザンド帝国の指揮官が変貌した姿。魔人達の技術により元となった人間の欲望が原動力となっており、その変化形態は多岐に渡る。『死霊騎士』の中でも最上位存在に位置する。また、魔人に近い存在と云われており、魔人の能力も一部使用可能。遠近共に高い能力を有しており、接近した相手には『恐怖』のデバフを常に与えてくる。
更には『人工魔兵』の特色により、高性能な物理カットと常時回復のパッシブスキルを持つ。
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そして最後に魔人なんだけど……。
『バチッ』
うん、見れない。
体感的に、プレイヤー機能が弾かれている感じがするわ。
ゲームでは見れたんだけどなぁ、おかしいわね。
ま、『デュラハンナイト』よりも手強いだろうけど、それでも身の危険を感じるほどにヤバい気配は感じないわね。
「はははは!! どうだ、人間の女よ。これが我々の真の力だ! 怖いか? 恐ろしいか? 今謝れば、殺さずにおいてやるぞ。ただし、死んだ方がマシかもしれんがなぁ」
『デュラハンナイト』って首無し騎士なんだけど、どうやって喋ってるのかしら? まあでも、顔がなくてもニチャってる気がするわ。悍ましいわね。
続けてなんか言ってるけど、言葉として認識するのも面倒だし聞き流そう。耳が腐るわ。
それでも一応、しっかりと人の言葉を喋れるだけでも、あの豚よりも強いことは間違いないわね。まあ元々が侵略国家の騎士なんだし、元が違いすぎるか。
ああ、とっても
「貴様、何を笑っている。気でも触れたか」
「そこの魔人、先にお礼を言っておくわ。人間なんていくら殺しても経験値は1ミリも入ってこないんだもの。だからこんなに沢山の餌を用意してくれて……くすっ。本当に感謝しているわ」
まるで悪の女王のように、渾身の笑顔で眼下の獲物を見下ろした。これから私と言う最上位存在に喰われるのよ。栄誉ある死だと思わない?
天に感謝しなさい、私の糧にしてあげる。
「……あの目、なるほど。奴はお前達の姿を見て尚、狩れる存在だと認識しているらしいな」
「なんだと!? 舐められたものだ。お前達、あの女を八つ裂きにしろ!」
『オオオオオ!!!』
『ダークナイト』の各個体は『ダークランス』を3本。そして『デスナイト』は『ダークネスランス』を各個体が2本呼び出した。
正直この集団だけでも、エルフの王国だけでなく、少し前までのエルドマキア王国すら蹂躙出来る力があるわね。ま、エルドマキア王国は私の手で改造中だから未知数として、エルフの王国も秘術があるから落ちることはないだろうけど。
「『セイントオーラ』」
私を包み込んでいた光は、魔法の行使と同時に輝きが増した。
『ダークランス』は輝きに触れた瞬間消失し、『ダークネスランス』も光を貫く事は叶わず、突き刺さる程度にとどまった。
『暗黒魔法』は高威力かつ、ダメージを与えた相手には様々な状態異常を巻き起こす病原菌のような魔法であり、基本属性の魔法では威力を抑えることすら困難だったりする。
だけど、相反する属性である『神聖魔法』とぶつかると互いに喰らいあい、負けた方の魔法は効果が衰え、道を譲る。
基本6属性の魔法なら相手の魔力を超えていれば安心して掴めるけど、この私ですら『暗黒属性』の魔法は掴みたくない。こんな馬鹿げたステータスをしていても、無事でいられる自信がないもの。
「「『ダークネビュラス』!」」
「『ディヴァインランス』」
魔人と『デュラハンナイト』が同時に『魔人魔法』を使用する。以前の魔人も使ってきた魔法だけど、その漆黒の刃に秘められた威力は、前回とは比べ物にならない程だった。
『セイントオーラ』だけでは防ぐ事は出来ないと判断した私は、咄嗟に『ホーリーランス』のレベル2で迎え撃った。
『ガガガッ』
相反する関係にある互いの魔法は互いを喰らいあい、対消滅を起こしたようだった。
「やるじゃないの」
「相殺しただと!?」
「魔法が……!?」
この2匹、割と手強いみたいだし周囲の雑魚に邪魔されると気が散るわね。アリシア達別働隊の方に向かわれても厄介だし、皆への合図も兼ねてさっさと潰しておきましょうか。
手のひらに『神聖魔法』の輝きを集め、拳サイズの極光を作り上げる。そこに魔力を追加で集約し、更にはマジックバッグから例の聖水を1本取り出し、中身を極光へと混ぜ合わせる。
その輝きと『浄化』の力に怯んだのか、魔兵の軍勢は怯み、逃げ出そうとした。
「極光よ、降り注げ。『シャイニングレイ』」
極光は極小の光線へと細分化され、周囲の敵対者へと降り注いだ。光線の1つ1つが『ホーリーランス』を超える威力を持つ。先日国を囲む魔物の軍勢に使った時はもっと巨大な魔力源からの照射だったけど、魔兵と周辺の雑魚騎士は多く見積もっても100未満。
手のひらサイズの魔力でも十分そうね。
貫かれた魔兵は、光に照らされた闇そのものであるかの様に煙となって消え、その残骸から赤い靄が現れ私に向かって飛んできた。
正確には、私の装着している真紅の指輪に向けて。
うんうん、ちゃんとこの場でも機能してくれてるみたいね。
**********
名前:集約の指輪
装備可能職業:全職業
必要ステータス:無
防具ランク:無
説明:本来パーティーメンバーに分散されるはずだった経験値を、たった1人へと集約する魔道具。付近にパーティーメンバーが居ない場合は効果を発揮しない。品質によって経験値の獲得量が増減する。
効果:分散される経験値の100%を獲得可能。
**********
この装備は、大物相手であればあるほど、周囲にメンバーがいた方が旨味がある。けど、それだと他の子達の危険度も増してしまうのよね。今回はたまたま、近くにうちの子達の内、誰かがいたんでしょう。
けど、これを狙ってやるには代償が大きすぎる。この魔人相手だと、巻き込んでしまう不安があるわ。
いくら私より格下の存在と言っても、余所見をしながら勝てるほど甘くはないもの。
流石に魔兵の集団を食らったからと言って、レベルは上がる事はなかったけど、それでも上級ダンジョンのハズレボスよりは美味しいはず。メインディッシュもいる事だし、逃げ出す前に頂いちゃいましょ。
空中に設置していた透明椅子を解除し、わなわなと震える魔人と指揮官を見遣る。
「次は貴方達の番よ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ハァッ、ゼェッ、ハァッ」
呼吸が乱れながら、無様に走り続ける。
この俺が……伯爵級の中でも成長株であるこの俺が、たった1人の人間相手に逃げ出すなどと! 屈辱だ!!
奴は俺や魔兵達のことを、敵とすら認識せず、ただの糧としか見ていなかった。まるで、普段俺達が人間どもを見下すときの様に!
咄嗟に手駒を置いて逃げ出すことしか出来なかった……! 奴に見つかりたくない一心で、飛ぶことさえ叶わない。なんと惨めな……!
あの人工魔兵は俺が今まで作り上げた中でも最高傑作の個体だ。上位魔人様が生み出した魔兵にも、届く力量とキャパシティはあっただろう。だが、あの人間を前にして、一体どれだけの時間が稼げるだろうか。
くそっ、なんなのだアレは!
まるで、古の時代に魔王様を屠ったと云われる伝説の『勇者』。……いや、それ以上の存在ではないか!?
一刻も早く帝国に戻り、ザルバド様へ報告せねばならん。だが、真っ直ぐに向かっただけでは、あの人間に追いつかれてしまうだろう。
幸い、奴はエルフではなく人間種の様だったから、咄嗟に森へと逃げ込んだのは正解だったかもしれん。エルフであれば森の中なら我がどこにいるか察知出来るだろうが、俺に敵うエルフなどおらん。世界樹に住う『神獣』となれば話は別だが、アレは近付かなければ問題ではない。
少し時間は掛かるが、奴の目を誤魔化せる様少し遠回りをして……!?
足を止め、目の前にある茂みを睨みつける。
「そこにいるのは何者だ、姿を見せろ!」
なんだ、この気配は。
エルフであるのは間違いない。だが、側に侍る2つの存在は、俺が知るどの様な生物とも違う。この
「流石にバレちゃうか。にしても、何でこんなとこに魔人がいるわけ?」
「貴様、俺を目視してなんともないのか」
「はぁ? 正直面倒なだけで、倒せないわけじゃないわ。抵抗せずに死んでくれるとありがたいわね」
「……なんなのだ、さっきから! 俺は魔人だぞ! どいつもこいつも俺の事を獲物としてしか見ぬとは、なんたる屈辱!!」
「何キレてんのか知らないけど、ご愁傷様ね?」
「ぐぬぬ……!?」
背中がチリチリと燃える様に熱い。
この感覚、もうこちらを捉え追ってきているというのか!?
前方には得体の知れない生物を引き連れた、テイマー職のエルフ。そして背後からは、悍ましき神聖力をまとった人間族。このままでは……。
『カチャリ』
腕に何かが当たる。
……そうだ、まだ俺にはコレがあった!
あの神聖力を前に忘れていたが、このエルフであれば束縛からは逃れられないだろう。魔兵化に割く時間は無いのは惜しいが、魔王様の力を限界まで注ぎ、
「ふふ、ククククク」
「なに? キショい顔して」
「偉大なる古の魔王ルシフェル様! 今こそ貴方様の力をお貸しください!」
俺の願いに応えるかの様に、呪われた首輪は漆黒の光を纏う。
「それはまさか……。なんであんたがそんなものを!?」
エルフが怯んだその隙に、首輪は女に向かって飛び掛かった。
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