閑話6-5 『スピカの気ままな一日』

「今日はダンジョンはお休みだから、好きに遊んでいらっしゃい。お腹が空いたら帰って来るのよ」

『~~!』


 ビシッとスピカが敬礼をする。

 カワイイんじゃないかと思いつきでやらせてみたけど、思っていた以上にハマっててたまらないわ。


 ダンジョンにスピカを何度も連れて行った結果、スピカは名実ともに上位精霊と同格の強さを身に付けた。進化するにはいくつかの条件を満たす必要があるから、しばらくは見た目だけ中位精霊、実力は上位精霊という、詐欺みたいな能力のまま過ごしてもらう事になるかも。

 ま、この子を害せる人間なんて滅多にいやしないし、油断を誘えるならそれはそれとしてアリなんじゃないかしら。


 だから、スピカには数日前から自由に行動する事を許した。


 初日は遠慮がちに学園内だけを自由に飛び回っていたが、2日目からは魔力の許す限りに、城下町や王城なんかを好き勝手にフヨフヨし始めた。陛下もそれを見越してか、初日の段階で街にお触れを流して、スピカは害がない存在であると同時に精霊とはなんたるかという周知を流したほどだ。

 エルフですら中々お目にかかれない神的存在とあって、城下の人々がスピカ見たさに密集する騒ぎになったり、騎士団がその護衛に駆り出されたりと何だか賑やかなことになってるみたいだけど、スピカには1ヶ月以上不自由な生活を送らせてしまったから、私は咎めたりしないわ。


 あと、ドライも見守り隊に参加してるみたいだし、まあ危険な目には合わないでしょ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「まあ、スピカ様。おはようございますわ」

「スピカちゃんなのです!」

『~~』


 まず最初にスピカが訪れたのは、シラユキ達の隣室。

 スピカ達精霊は、やろうと思えば体を幽体化し、物質を通過する事を可能としている。魔力が多く含まれた壁や空間では効力を発揮出来ないが、学園の寮程度の壁ならば障害にならない。


「今日もお散歩ですわね。おやつにビスケットはいかがかしら」

『~~!』


 無邪気に全身で喜びを表現するスピカに、アリエンヌは表情を崩す。


「ふふ、ゆっくりお上がりになって下さいまし」

「アリエンヌさん、そろそろ学校の時間なのです」

「まあ、いけませんわね。ではスピカ様、ごきげんよう」

「スピカちゃん、またなのです!」

『~~!』


 手を振って部屋の住人を見送ったスピカは、ビスケットをゆっくりと楽しんだあと、満足したのか窓から飛び出して行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 王宮の庭園。花畑の中央には王妃達の憩いの場が設けられていた。つい先月までは利用頻度の少ない寂しい場所であったが、例の一件以降、毎日のように集まっては、愛する夫や新しい娘、今後も増え続けていくであろう化粧品や、明るい国の未来まで。

 気品ある井戸端会議は今日も盛況だった。


 そんな彼女達のところに、珍客がやって来た。

 愛くるしいその姿に王妃達はメロメロになり、全力で愛で倒したところで、そのお客様は花畑の中で微睡に落ちてしまっていた。


「精霊さんって、昔絵物語で見た妖精さんそっくりね」

「お花の中で眠る姿は、本当に神秘的だわ。ああ、こんな事なら宮廷絵師を呼んでおくべきだったわ」

「そう言えばシラユキちゃんが、一瞬でその場の風景を絵にする魔道具を作ったらしいわね~。どうにか融通してもらえないかしら? ねぇドライ?」

「すいません、自分怒られるのはもう勘弁願いたいんで、シラユキ様に無茶を言うのは、直接お願いしますよ」

「んもう、ドライったらイケズなんだから~」

「では王妃様、代わりに怒られて下さいます?」

「……それは私も、遠慮しておくわ~」


 彼女達が知る真の強者とは、以前までは夫や騎士団長、赤獅子を指していた。一般的に彼らが発する圧力に耐えられる者は少ない為、それを耐えられる事に彼女達は少なからず満足感を得ていた。

 だが、そんな彼らすら圧倒的に凌駕する者を怒らせた時の圧力は、想像を絶するものであった。

 その恐怖を前に、王妃として様々な貴族達の謀略をくぐり抜けて来たプライドや自尊心は一瞬にして引き裂かれ、勝てない相手として心に植え付けられてしまっていた。


「もう、シルヴィア姉様。あまりドライを困らせてはいけませんよ。でも、シラユキちゃんの事ですから、その内量産する予定があるかもしれないわ」

「そうよね、シラユキちゃん、自分のブランドを立ち上げたものね! 今から楽しみだわ!」

「スカー姉様、しーっ」

「あっ、ごめん」


 4人の視線がすやすやと寝息を立てるスピカに集まった。彼女はまるで気にする様子もなく、未だ夢の世界で遊び回っていた。


「おほん。今は香油と香水が主体だけど、わざわざブランドを立ち上げたんだもの。これからも何か増えていくに違いないわ」

「そうですね。場合によっては例の魔道具も販売されるかもしれません。ですからシルヴィア姉様、その時が来たら優先して販売してもらえるようお願いしましょう?」

「そうね、あの子と争うのは懲り懲りだわ~。リーシャの言う通り我慢するわね」


 賑やかな王妃達の会話のネタは、誰かさんのおかげで尽きる事はなく、その後も盛り上がりを続けた。

 そうしてお昼寝を終えたスピカと一緒に昼食を楽しみ、また元気になったスピカは街の方へと飛んで行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「わあー、精霊様だー」

「本当だー!」

「おお、精霊様。何と神々しい……!」

「きゃーっ、精霊様こっち見てー!」

『~~』


 スピカの一挙一足に、街の人達は大興奮。

 街の中を飛び回るのはスピカの自由だが、勝手に民家などに入っては少なからず騒ぎになりかねない為、陛下は2回目の外出以降、シラユキ経由でお願いをしていた。

 基本は街路に沿った動きをし、それ以外を通る場合は屋根の上などの上空を通るように、と。


 エルフの国ならいざ知らず。ここは人間が支配する人間の王国だ。自由にと言った手前少し申し訳なくも思ったが、ルールはルール。シラユキはスピカに念押しする事にした。

 スピカは誰に似たのか、割とマイペースな子ではあるが頭は良い。しっかりと注意された内容とその理由も理解して、次の日からは教えられた通りに行動を開始した。


 あっちにふよふよ、こっちにふよふよ。

 街の住人達は楽しげだが、追いかけて見守る方は大変である。


 屋根の上を行くドライはまだしも、地上を駆け巡る騎士達には辛い仕事だろう。だが、当の本人達は良い訓練にもなって、その上スピカに癒される最高の仕事だと言う。


『~~』


 だが、そんな見守り隊の存在は、スピカには知らされていない。自由気ままに楽しんで欲しいと言う主人の願いがそこにはあった。

 その為、スピカもそんな人たちが周囲にいることなど知る由もない為、地上と屋根、双方にとって追いにくいところなんかにも平気で入り込む。

 裏路地、家と家との隙間、街を横断する河川に、橋の下。果ては荷馬車の中にまで。家の中に入らずとも、スピカは無自覚に見守り隊を置き去りにして行った。


 そうしてスピカは、裏路地の暗がりで、無造作に皿に乗せられた果実を見つけた。


『~~?』


 いつもシラユキやアリシアから貰っている様な、高濃度の魔力は含まれていないものの、瑞々しい採れたての果実だ。昼食は王妃様に分けて貰ったが、それでも街を漂った事でお腹は空いていた。


 キョロキョロと周りを見るも、誰もいない。

 感情を流せども反応もない。

 誰もいないなら、これは貰っても良いのだろうか?


 主人からは、人から貰った物以外は食べちゃダメだと言われている。エルフの集落ではスピカは神様だった。誰も咎める者は居なかったが、ここでは違う。それもまた、スピカは理解していた。だからこそ、スピカは困り果てた。

 そんなスピカに、不穏な影が忍び寄る……。


「今だ!」

『~!?』


 スピカ目掛けて、網が振り下ろされた。

 突然自分を覆った目の細かい網を、スピカは握りしめて状況把握に努める。


「へへ、やったぜ」

「情報通りだな。精霊は果物に弱いってのは」

「コレを売りつければ俺達大金持ちだぜ」


 スピカの周囲を、悪感情を浮かべた下品な男達が囲んでいた。


『~~!』

「へへ、一丁前に怒ってやがる」

「おい、とっととずらかろうぜ。警備兵に見つかったら面倒だ」

『~~!』


 男達は駆け出そうとしたが、すぐさま網の中にスピカがいない事に気付いた。


「あ? おい、網から抜け出してやがるぞ!」

「なに? 一体どうやって、この!」


 男は予備に持っていた虫取り網のような物を振るうが、スピカはそれをすり抜ける。


「なっ!?」

「おい、何やってる!」

「何でだ、当たらねえぞ!!」

『~~!』


 更に怒りの感情を撒き散らしたスピカに、男達は焦りを見せ始める。

 そんな中、スピカは主人の言葉を思い出す。



「悪いことする奴に遠慮はいらないわ。もし見つけたら、遠慮なくぶっ飛ばしなさい」



 スピカの周囲に、大気が集まる。


『~~!!!』

「「「ヒッ」」」



 ―テンペスト!―



「「「うわあああ!?」」」


 3人の男達は、錐揉みしながら吹き飛び、複数の木造の家を貫通。それでも勢いは止まらず、石で出来た家屋にぶつかる事で、ようやく止まった。


 騒ぎを聞きつけ、駆けつけた見守り隊が到着した現場には、勝ち誇った顔をしたスピカと、家だった物の残骸。そして遠くでは、満身創痍のならず者達が伸びていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇




『~~』


 与えられた魔力の塊を大事そうに両手で抱え、チュウチュウと吸う様子を2人で見守る。

 アリシアは窓の外。私の視界内でナンバーズ達と何やら真剣な表情でお話をしている。そしてアリスちゃんは、自分のお部屋で読書の真っ最中だ。


 それにしても、よく食べるわねー。今日はそんなに魔力を消費したのね。


「ねえ、シラユキ」

「なあに?」

「スピカちゃんって、大きくなるの?」

「大きくって……体積の話?」

「うーん。だってこの子、ダンジョンで発散する以外運動もしてないじゃない。なのにシラユキの魔力だけじゃなくて、私たちと同じ様に夕食や間食のお菓子も食べてるじゃない。栄養がどこに行ってるのかなって」

「んー。この子達精霊にとって価値のある栄養は魔力でしかないわ。だから人間と同じ様に食べる行為は、本当はしなくても生きていけるの。でもそれじゃ可哀想だし、つまらないわ。私の家族なんだもの。せっかくなら、美味しいものを一緒に食べたいじゃない?」

「そうね、甘い物とかとっても幸せそうに食べるものね。……で、食べたものは何処に行くわけ?」

「さぁ。精霊の神秘って事で良いんじゃない」

「適当ねー」


 いっぱい食べて満足したのか、私たちの前を飛び回り『好き』と言う感情を笑顔と共に放った。


「んもぅ、カワイイ子ねー」

「ほんとねー」


 2人でうっとりしながらそれを眺める。そうしてスピカが私の両手の中にすっぽり収まったところで、先ほどの話を思い出した。


「そう言えば体積の話だけど、進化すれば大きくなるわよ。あとちゃんと口で喋れるようになるわ」

「そうなの? ……というかそれ、初耳なんだけど」

「……誰にも、聞かれなかったもん」

「まあ、そうよね。精霊が『進化』するなんて、誰も知らないと思うし。聞きようがないわよ……はぁ、皆にも伝えておかないと」

「えへ、ありがと」

「いいわよ」


 私の持っている情報がとんでもなく多いこともあり、語り切れない事も、言い忘れる事もあったりする。そんな事が頻繁にある為、婚約者達はとある取り決めを行った。

 私がぽそりと、聞いたことのないような新情報を呟くことがあれば、皆に共有する。という事だ。


「それで条件って何なの?」

「強さと内包している魔力の量とかあるんだけど、それはダンジョン攻略や、私の魔力摂取でもう達成していたりするの。本当に必要なのは『環境』なんだけど、それはまあ……だいぶ先かな。王国から離れる事になるから、今はまだ、ね」

「ふうん、そうなんだ。……ね、夏休みなんだけどさ、どこかに出かけない? 皆は帰省したりするんだけど、私達は旅行に行くとかさ」

「お、良いわねー。夏と言えばやっぱり海よね。皆の水着姿が観たいかも」

「海? 水着……? 何の話よ」

「あれ、こっちには泳ぐ文化ない?」

「川で泳ぐ話は聞いたことあるけど、海なんて聞いたことが……あ、そう言えば異国の地にはリゾート地? って呼ばれる、魔物の出ない海岸があるって聞いたことがあるわ。でもこの国の海は……」

「んもう、その程度のこと解決出来ないシラユキちゃんじゃないわよ?」

「そうだったわね。海かぁ……見てみたいし、良いんじゃないかしら」


 そう言えばソフィー達って、王都から出たこと無いんだったかしら。乗り気みたいだし、水着とか自作したら着替えてくれそうね!

 アリシアやソフィー、それに皆の水着姿……。んふふふふ、インスピレーションが湧くわー!


 その後、イチャイチャしているところに本を読み終えたアリスちゃん、そして話し合いをしていたアリシアがやって来た。そしてそこには沈痛な表情をしたナンバーズも。

 そこで、夕方の一件を聞かされたが……。


「ふうん、そうなんだ。悪い奴らを撃退したのね。良い子良い子」

『~~』


 私の反応が予想外だったのか、皆が驚いた顔を見せる。

 もしかして私、怒ると思われてた?


「もう、なあに? スピカはカワイイんだもの。外を出歩けば悪意にだって晒されることぐらい承知の上よ」

「確かにそうかもしれないけど、意外ね。もっとスピカに甘いと思ってたわ」


 ソフィーの言葉に皆が頷く。


「いいえ、スピカは甘やかしているわよ。だから、1人でなんとか出来るくらいに濃密な魔力を毎日あげてるわ。この子を外に出したのも、大丈夫と判断したからよ。そうで無ければ、まだきっと籠の中の鳥だったわ」

『~~?』

「ふふ、いっぱい遊んで疲れたのね。おやすみなさい、スピカ」

『~~』


 そうして、スピカの気ままな一日は、こうして幕を下ろした。


『自由気ままで甘えん坊。一体誰に似たのかしらね、ふふ』

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