閑話6-1 『影を行く者達』

「どひー、やっと終わったよぉ……」


 部屋に戻ると同時にベッドにダイブする。

 ああー、ふかふかで良い匂いー。


 気怠げにしていると背後の扉がそっと開き、従者のカーミラが顔を覗かせた。


「あら、おひいさま。また叱られに行って来たのですか?」

「ちょ、やめてよねー。まるで僕がわざと叱られに行ってるみたいじゃん。……ただいまカーミラ」

「はい、おかえりなさいませ。それから、横着はいけませんよ。また影から戻られましたね? 何度も申しておりますが、部屋に戻る際は扉をきちんと使って下さい。また生徒達から怪しまれてしまいますよ」

「いいもん、どうせシラユキちゃんにはバレてるし……」

「……おひいさま? 一体何を仕出かして来たのです?」


 カーミラの圧が強まるけど、僕は構わずいつもの調子で続ける。


「ひどいなー。仕出かすなんて。僕はただ知的好奇心の探究のために」

「おひいさま?」

「はい、ごめんなさい」


 うーん、ダメだったか。

 でも、実際彼女はこの件をネタに強請るつもりが無さそうなんだよね。だから警戒の必要は無いと判断して緩く返したんだけど、流石に看過しきれないか。あの魔人が手を出していた連中は、国の働きで駆逐された。その余波がこちらにも及ぶかもしれないのだから、心配はもっともだ。

 誤魔化せそうに無いし、ちゃんと説明しようっと。カーミラは怒らせたら怖いもんね。


「んーとね、かくかくしかじかでー」

「……左様でございますか。あの方には、とうの昔に筒抜けだったと」

「見逃してくれてたっていうより、本当にどうこうするつもりはないみたい。手間が省けたね、ドライアド達のことも隠さなくても良さそうだよ」

「確かにそうですが……。結果が良かったとしても迂闊すぎます。何をしれっと彼女達の幸せ空間に突撃して空気をぶち壊してるんですか。一歩間違っていたらどうなっていた事か……」

「いやー、あの写真にはそれぐらい魅力があるんだよ! カーミラも一目見たらコロッと行っちゃうくらい可愛かったんだって。それに、シラユキちゃんハーレムの不興を多少買ったとしても、シラユキちゃん本人を怒らせる事は多分無いよ。だってあの子、心から容姿を褒めれば、敵対した相手も許すぐらいちょろいって話は本当みたいだし」

「確かにその噂はありましたが、おひいさまが実践しないでくださいよ……」

「あはは! 成り行きでそうなっただけで、試す気は無かったんだけどね」

「はぁ……。それに、彼女は婚約者達を溺愛しています。彼女達に説得されて敵対の道を選ぶ可能性は考え無かったのですか?」

「うっ!」

「以後気をつけて下さいね」


 カーミラはプンプン怒った様子で部屋から出て行き、何かを思い出したかのようにUターンして戻ってくる。

 あれ、まさかまだ怒ることあった?


「おひいさま、先程のシラユキ様が欲しているアイテム。肝心な事を聞けていません! 彼女が欲しているのはヴラドブラッドなのですか? それとも上位のヴラドブルーなのですか?」

「あっ」


 やば、そう言えばシラユキちゃん、ヴラドブラッドを『素材』として欲していた。

 となると上位の吸血鬼……貴族種か位階の高いしか持たない血塊の方を望むかもしれない。


 あちゃー、完全に忘れてたよ。

 どっちでも良いなら質の高い方を教えれば感謝されるけど、シラユキちゃんが真に求めてるのがどちらか片方だけの場合は、誤った方の情報を伝えればトラブルになりかねない。なんなら、最初から両方を探すより、条件を絞って探した方が早く見つかるというメリットもあるしね。


「ごめんカーミラ。シラユキちゃんに聞いて来て」

「は?」

「ほら、カーミラって僕達の中で一番美人でしょ。きっとシラユキちゃんも気にいると思うし、伝令役としてこれ以上の人材はいないよ。それに紹介する事で失態もカバー出来ると思うんだよね。うんうん、名案だ!」

「……仕方がありませんね」

「あと、敵対扱いになるような事は……」

「おひいさまではありませんし、自身の事は重々承知しております。様な事は致しません」

「あっ、はーい……」


 ぐぅ。


「あ、そうだ。一応言っておくけど、目を閉じていても不思議がられる事はあっても、彼女はそれで怒ったりしないから安心してね。それに目を閉じてる状態でも、カーミラは十分綺麗なんだから!」

「はいはい。では、行ってまいります」

「うー。扱いが雑ー」


 カーミラは臣下の礼のあと、部屋を出ていく。

 口ではあんな事を言いつつも、そのポーズはいつもしてくれるよね。カーミラが配下でほんと良かったよー。


「……あー、でも心配するべきは敵対云々じゃ無かったかも」


 シラユキちゃんは、遠くで見るのと間近で見るのとでは、受ける衝撃が段違いなんだもん。

 『魅惑と蠱惑のカーミラ』が、逆に魅了されていなければ良いけど……。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 マズイ。

 本能が警笛を上げている。これ以上近づいてはならない。危険だ。感知されてはならないと。


 眷属の目を通して試合を見ていた時はわかりませんでしたが、直接となると、彼女の凄まじさが伝わってきます。

 扉越しだというのに、なんなのですかあの魔力量は。光の奔流が、扉を今にも突き破りそうな勢いです。

 緊張しますが、ここまで来たからには覚悟を決めねば。


『コンコン』


 賑やかなで和やかな部屋に、ノックの音が木霊する。一瞬の沈黙が、冷や汗を流させる。

 中にいた人間の1人が、ギリギリ感知可能な速度で扉前にやって来た気配を感じた。


「どちら様ですか」

「失礼致します。私、キャサリン・グリモアールの名代として参りました、カーミラと申します。主人がお約束した中で、重要な部分を確認し忘れていたため、参上いたしました」

「アリシア、入れてあげて」


 扉が開くと同時に、極光が両目を襲う。


「うっ!」


 というのに目が眩むとは、貴重な経験をしてしまいました。扉越しでもその魔力の強さと深さは感じておりましたが、隔てる物が無いと、圧巻の一言ですね。


 存在するだけで闇が祓われるのを幻視してしまうほどです。

 彼女の近くでは、私共闇の住人は、近寄る事は難しいでしょう。


「如何されましたか?」

「失礼しました。立ちくらみが……」

「大丈夫ですか?」


 なるほど、おひいさまの言う通り本当に秘密にして下さっているのですね。私が人族では無いことを、彼女達は存じ上げないようです。

 極光が近づいてくる。ううっ、申し訳ありませんが俯くことしか対抗策がありません。まさかここまで強い存在だとは……。


「アリシア、彼女にこの『遮光グラス』を渡してあげて」

「これをですか?」

「『遮光グラス』? それって眩しいのを避ける物よね。けどこの人、見間違いじゃなければ、扉を開けた時からずっと目を閉じてなかった?」

「彼女みたいに目が良すぎる人は、普通の人には見えないものが見えてしまう物なのよ。目を閉じていても『魔力視』が発動してしまうくらいにね」

『!?』


 私の能力すら知られている!?

 彼女と相対するのはこれが初めての筈なのに……。


「それは大変です。失礼ながら私でも『遮光グラス』無しではお嬢様を直視することは叶いませんでした。それを直視すれば目眩も起きることでしょう。さ、遠慮せずこちらをお着けください」


 極光を放つ少女ほどではありませんが、十二分に眩しいエルフの女性から、得体の知れない物を受け取る。

 少女は様々な未知のアイテムを作り出していますし、これもその1つなのでしょう。形状からして眼鏡のようではありますが……。彼女からの厚意ですし、着用してみましょう。


「……これは!!」

「眩しさは軽減されたようね。……ふむ。『紡ぎ手』用としか考えていなかったけど、『魔眼』持ちの人にも使えるか。シラユキちゃんブランドの商品の1つにしちゃおうかな」

「シラユキ様は『魔眼』をご存知なのですね。噂以上の叡智をお持ちの様で、感服致しました」

「ふふ、どういたしまして。『魔眼』は綺麗な眼をしている子が多いから、直接見てみたいところだけど……眼を焼いちゃう訳にもいかないから我慢するわ」

「恐縮です」

「もう少し腕を上げれば、『魔眼』の常時発動を非活性化に調整することも出来るわ。行き詰まる様なら助言もしてあげるから、がんばってね。それでも厳しければ、最悪『魔眼』を抑える魔道具も作ってみるわ」

「出会ったばかりの私にここまで良くしていただけるなんて、シラユキ様は本当に人格者なのですね」

「褒めても何も出ないわよー」


 『魔眼』持ちだからといって忌避することなく普通に接するばかりか、調整方法までご存じとは。おひいさまと出会っていなければ、全てを捧げて服従してしまうところでした。

 それに、雰囲気から察するに、今彼女は上機嫌に微笑んでいるのでしょう。目を閉じていても感じるほどに魅力的な御方なのですから、直視しては私の忠誠心が揺らぎかねません。

 今回ばかりは、顔を見ずに済む言い訳が出来て良かったです。


「それでは主人からの確認事項をお伝えします。例の素材は、赤で問題ないか。青である必要はあるか。とのことです」

「あ、そっか。ごめんね、私もド忘れしていたわ」

「構いません。テンパりすぎて確認を怠った主人が悪いのです。シラユキ様が気になさる必要はございません」

「辛辣ねぇ。答えは赤で十分よ。青は確かに希少性も秘められた力も強いけど、私が望んでいるものとは違うもの。だから赤の情報だけで十分よ」


 やはり、事前に聞いておいて正解でした。

 青より赤の方が数も多いし、絞れば探しやすい。ですが青は稀です。青の方が喜ばれると勝手に勘違いして、無駄に時間をかけた挙句結果不要だったなどと、徒労に終わってしまう未来はこれで避けられましたね。


「ところで、カーミラさんって、『吟遊詩人』のカーラさんと知り合いだったりする? なんだか名前だけじゃなくて、雰囲気が似てる気がするのよね」


 あまり彼女の事を、私の関係者として伝えたくはありませんが……。この方なら、問題はないでしょう。彼女とも仲良くしているみたいですし。


「……はい。実を言うと彼女とは異母姉妹でして、今でも仲良くさせて頂いています」

「そうなんだー。ふふっ、意外と世間は狭いのね」


 カーラの事を知っても、シラユキ様は接し方を変えることは無さそうですね。王都周辺の同士には、シラユキ様への警戒度を下げる様に伝達しておきましょうか。


「それでは私はこの辺で失礼いたします。シラユキ様、この度は貴重な時間を頂きありがとうございました」

「うん、またねー」

「はい、また」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ただいま戻りました」


 部屋に戻ると、おひいさまはいつもの様に新聞作りに精を出しておられます。今回は当人から取材ができた事で、筆が乗っているようですね。


「おかえり! ……あれ、それってシラユキちゃんが作ってたやつ?」

「はい。本来は『魔力視』の効果を抑える物のようですが、『魔眼』にも作用するそうで、頂いて参りました。本当にこの道具は素晴らしい性能です。これならば、人混みに紛れても支障なく行動出来そうです」

「おおー。そんな良いアイテムを無償でくれるなんて、流石シラユキちゃん。懐が広いや。それにカーミラの『魔眼』を一発で見抜く辺り、本当侮れないなー」

「とても素晴らしい方でした。もっと早くに出会えていればと悔やんでしまいますね」

「どぇ!? そ、それってもしかして……」

「……ふふっ」

「やっぱりオチてるー!?」


 ですがこの仮定に意味はありません。

 彼女にはその腕前と人柄に相応しい従者と婚約者達がおりますし、例え過去をやり直したとしても、私の主人はおひいさま唯一人です。

 おひいさまは何やら頭を抱えていますね。真意を教えてあげるのはつまらないですし、しばらくはこのネタで遊んでみることにしましょう。


「そんな事よりおひいさま」

「そんな事!?」

「王都周辺の警戒レベルを下げさせましょう。彼女なら友好的に交流をしてくれそうです」

「あー、そだね。それじゃ、アラウルネの集落を探ってる子達が居たよね。彼女達はシラユキちゃんが信頼した子達だから、耳に入る様にこっそりと情報を流してあげて」

「承知しました」

「それから交戦的かつ魔王軍寄り。王都周辺に居を構える吸血鬼のピックアップ。あの腐れ魔人が属していた派閥の連中であればなおよし」

「お任せ下さい」

「さーて、忙しくなるぞー!」


 配下の眷属に血を与え、伝令を飛ばすと、おひいさまは新聞を仕上げるためスパートをかけました。

 さて、この様子ですと手伝う必要は無さそうですね。邪魔にならない様退散して、夕食の準備でもしましょうか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

これから2週間ほど、閑話を投稿していきますのでよしなに。

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