第191話 『その日、激戦を制した』

「まだなのかしら……」

「はい、心配ですね……」


 学校が終わり、いつものメンバーに加えてココナちゃんにも参加してもらい、初心者ダンジョンを3周し終わっても、シラユキ達はまだダンジョンに挑戦中のまま出て来てはいなかった。

 シラユキ達の挑んだ上級ダンジョンの入り口は、勝手に人が迷い込まないよう学園によって厳重に管理されており、その存在も秘匿され続けてきた。その場所は意外な事に、学園寮に程近く……けれど人の立ち寄らない場所にひっそりと存在していた。

 どこで話が漏れたのか、見守る私達を他所に、ダンジョンの入り口前の広場はいつの間にか人で溢れかえっていた。

 誰もがあの子の帰りを、今か今かと待ち望んでいるわ。


 集まった人の中には生徒以外にも教授や学園長の姿もあり、先程ナンバーズの報告を受けて、お父様や伯父様まで見に来てくれていた。


 アリスと一緒になって、あの子の無事を祈り続ける。


 シラユキの強さは知ってる。この目で見たし、直接教えてももらった。けど、やっぱり心配でならないわ。

 中級以上に難しい事以外、何も知らない周りの子達に比べて、私達姉妹はこのダンジョンについて、いくつかの情報を持っている。


 例えば100年以上前、当時の王が精鋭達を集めて挑ませたという記録について。これは王族とそれに連なる親族しか見ることのできない、禁書に指定されている物だ。

 でも、その記録には参加した人達がどれほどの偉人か、長々と書き連ねているが、そこで記録は途絶えている。

 なぜなら、ダンジョンに挑んだ者は誰一人として戻ってこなかったからだ。


 そう言えば、あの資料を読んだのはちょうど、私がアリスと仲良くなったばかりの頃ね。

 場所は王城の資料庫。いつも難しい本を読んでたアリスに興味を持って話しかけたのが始まりだった。あの頃は今よりもずっと荒んでいて、大人は皆信用出来ないと距離を置いていたわ。自分一人で魔法が使える様になってやると意気込んでもいたわね。

 そしてアリシア姉様に出会ったのもあの頃。懐かしいわね。


 王城の資料庫は私たちの勉強の場であり、遊び場でもあった。魔法のことだけじゃなくて、色んなことをアリシア姉様から学んだわ。私とアリスがお勉強をしているときに、ジーノも混ざってきてたっけ。

 ただグレンのバカは本なんて興味はなくて、あの頃から剣を振り回していたからこの場所のことも知らないかも。


 ここの記録をよく知っているアリシア姉様がついて行った以上、大丈夫だと思いたい。あの子がそこらの魔物にやられる事は無いでしょうけど、それでも……。


 逸る心を抑えきれず、身を強ばらせる私の前に、気持ちを安らげるかのような温かい香りが届いた。リーリエママが淹れてくれるお茶だ。


「ソフィアちゃん、アリスちゃん。これでも飲んで落ち着いて。今はシラユキちゃんを信じて待ちましょう」

「リーリエママ……」

「ありがとうございます……」


 喉を潤すと、先程まで聞こえてこなかった周囲の音が耳に飛び込んできた。どうやら不安に思っているのは私たちくらいのもので、皆この状況を祭りか何かのように楽しんでいるようだった。

 そしてリーリエママは、率先して観客の子達にもお茶を配って回っているようだった。貴族も平民も問わず配られるお茶に、普通なら訝しんだり怪しむ物だけれど、受け取った誰もが笑顔になっているわ。

 まあ、リーリエママのお茶を邪険に扱うなんて大人でも難し……あっ。伯父様からもお声がかかってる。リーリエママ、飛び上がるくらいビックリしてるけど、大丈夫かしら?


 でもそこはプロね。一度深呼吸をしたら、ちゃんと仕事をそつなくこなしているわ。伯父様に、お父様に、ザナック様。その後ろに控えるナンバーズにも。


 一仕事終えたリーリエママが、隣に戻ってきた。


「はぁ、とっても緊張したわ」

「ママ、お疲れ様なの」

「お疲れ様でした」

「今のやりとりで、リーリエママの知名度がさらに上がったわね」

「はうぅ」

「あ、これももしかして、後日のあの発表に備えた予行練習かもしれないわね」

「そ、そうなの!? ママ、今から緊張しちゃうわ」

「ママ、ファイトなの!」

「うぅー」


 ああ、この親娘を見ていると癒されるなぁ……。


「それにしても、リリ姉様も、リーリエママも、落ち着いていらっしゃいますね」

「もう、アリスちゃん。落ち着いてなんていないわ」


 リーリエママが頬を膨らませてプンプンしている。

 何この人、可愛すぎるんですけど。


「あ、もしかしてお姉ちゃんのこと?」

「はい」

「あ、シラユキちゃんの事だったのね。それは勿論、シラユキちゃんだもの。心配はしてるけど、不安には思わないわ」

「うん、だってお姉ちゃんだもんね」


 親娘は顔を見合わせて頷いて見せた。


「2人は強いわね。私も、あの子のことは大丈夫だと思いたいけど……やっぱり不安だわ。このダンジョンのこと、シラユキから何か聞いてるの?」

「ううん。昨日の会議で聞いた以上のことは知らないの」

「中級ダンジョンの何倍も長くて、魔物の数も多いって話、よね。まさか昨日の今日でいきなり挑むだなんて思わなかったけど」

「お姉ちゃんは思いつきで行動するから仕方ないの」

「ふふ、そうね。あの子の話から察するに、中級ダンジョンと比較にならない広さだと思うから、かかる時間は何倍にも見積もる必要があるわね。それにシラユキちゃんの事だから、素材は全部回収して進むだろうし、下手すると帰ってくるのは明日になっちゃうかもしれないわ。それもあって、あの人も誘ったんじゃないかしら」


 視界の端に浮かぶ『神丸』という異国の文字。最初見た時は何事かと思ったけれど、こんな長大で難易度の高いダンジョンに挑むとなれば、それ相応の実力者を連れていかないとクリアは難しいだろうし、足手まといになる。

 それを思えばこのメンバー編成は、今出来る中で最良のチームだと言える。欲を言えば、ここにミカエラ様が居てくれれば心強かったんだけど……。今日の突撃はシラユキが突発的に言い出した事みたいだし、都合が合わなかったんでしょうね。

 ナンバーズの言い分によれば、食後の運動的なノリで神丸さんを誘ったみたいだし。


 まったく、シラユキったら……。

 こんなに長く掛かることが分かってるなら、事前に説明くらいしていきなさいよね。帰ったらお説教だわ。


「ふふ。帰ってきたら、まずは頑張ったことをうんと褒めてあげてから、少しお説教ね」

「全くよ! ……あれ?」


 今、私……声に出していたかしら?



◇◇◇◇◇◇◇◇



 体重を乗せた踏み潰し攻撃をいなし、漆黒の腕を斬り付ける。身体に入り込んでくる神聖属性の波動を嫌がり、地団駄をする黒竜に蹴りをお見舞いして一旦距離を置く。

 度重なる神聖属性の攻撃で、もう奴のヘイトは完璧に私に釘付けのようだ。私を鋭い眼で睨み、怒りを放つかのように漆黒の咆哮が空間に響いた。


『グオオオオ!!!』


『状態異常『暗転』レジスト』

『状態異常『恐慌』レジスト』

『状態異常『恐怖』レジスト』

『状態異常『憔悴』レジスト』

『状態異常『混乱』レジスト』

『状態異常『酩酊』レジスト』


「はっ! 効かないって言ってんでしょうに!」


 バトル開始と同時に、先手で咆哮を受けたのと同じ内容だった。アリシアと神丸は状態異常を複数まとめてレジストした事にビックリしたみたいだけど、2回目となれば動きが止まることはなかった。

 神丸は咆哮の最中も力を溜め、技を腹にぶちかましている。


 こっちも負けてらんないわ! 懐に飛び込むのと同時に、後方に声をかける。


「アリシア、私に合わせて!」

「いつでもいけます!」

「3、2、1……『セイクリッドランス』!」

「『ホーリーランス』!」


 特大の魔力を1本の槍へと凝縮させ、カウントダウンでタイミングを測り、2方向から攻撃を放つ。


 アリシアの放った槍は鱗に阻まれ弾かれるも、ヒビが入る程度には通じたようだ。すかさずそこに神丸が連撃を加える。


『パキン』


 また1枚、横腹の鱗を削る事に成功したようだ。


 そして私が懐から投げた聖槍は、鱗の薄い胴体へ深々と突き刺さった。普通の魔物ならそれだけで倒せてしまうが、竜にとっては致命傷には程遠い。

 また、黒竜は厄介な事に、傷の修復と攻撃を同時に行う、攻防一体の技も持っていた。


『ギャオオオオ!!』


 叫びと同時に黒竜の身体から黒い粒子が噴き出し、突き刺さった聖槍を弾き飛ばした。その粒子はえぐられた傷を埋め尽くし、傷を塞いだ。これは完全な治癒ではなく、傷を一時的に処置するために身体を闇の物質で埋め立てた様な物らしい。

 だけど、その粒子は傷を埋めるだけの物ではない。その粒子を操り攻撃に転じるのが本来の使い方だ。

 粒子は黒竜の全身から噴き出し、部屋を覆い尽くさんと広がり始めた。


「全員退避! 入り口に集合!」


 猛ダッシュで入口へと逃げていき、反転。

 神丸と肩を並べ、アリシアを庇うように前に出る。


「神丸、極光の4、合わせなさい」

「応!」


 神丸と2人、獲物を頭上に掲げる。


「『セイクリッド流、4の型』」

「『極光流、肆之太刀』」


 それぞれの武器に光が宿り、輝きは瞬く間に膨れ上がった。


「「『極光剣オーロラブレード』!!」」


 振り下ろされた武器から神聖属性の力が解き放たれ、空間を飲み込まんと押し寄せてきた真っ黒な粒子にぶつかり合う。神聖属性の波動と暗黒属性の波動。双方は相殺し打ち消し合う。


 『セイクリッド流』と『極光流』は、ゲームの運営が用意していた神聖属性の力を武器に宿し放つ、剣術と刀技の流派だ。その技構成は非常に似通っていて、最終奥義以外はほとんど同じ効果で、違うのは技の呼び名くらいだったりする。

 習得には一定の武器スキルを必要とするのは他の流派と変わらないが、神聖属性のスキルが0でも、何故かある程度再現出来てしまうのが謎だったりする。多分神丸もスキルは0だと思う。魔法の練度からっきしだと思うし。

 でも魔法を教えれば色々扱える技の種類も増えるだろうし、いつかは教えてあげてもいいかも。


『グオオッ!!?』


 そうこう考えているうちに光の奔流は黒い粒子を押し流し、黒竜をも飲み込んでダメージを与えていた。


 黒い粒子を噴き出して治療をされ、神聖属性の技で弾き返す流れは、かれこれ4回目だ。ここまで回数をこなせば皆慣れた物で、何も言わずとも神丸は好機と見て側面に飛び込んでいくし、アリシアも残った粒子の残骸を、邪魔になりそうなところだけ『浄化』で掃除して回っている。

 そして黒竜も、傷を塞いでも失った体力は戻らないようで、限界が近いらしい。随分と呼吸が荒いわ。それにあの粒子では鱗までは修復できないようで、ところどころ地肌が剥き出しになっている。

 特に正面はそれが顕著で、神丸が陣取る脇腹も、見るも無残なほどにズタボロだった。


「そろそろ止めを仕掛けるわ! 全力技準備!」

「承知! ……鬼の力を我が身に! 『鬼神の構え』!」


 今まで脇腹でチクチクと攻撃を加えていた神丸からの圧力と迫力が一気に増した事で、黒竜の注意が一瞬、私から逸れた。

 シラユキちゃんはその隙を見逃さなかった。


「『セイクリッド流、3の型・極光閃オーロラレーザー』!」

『ギャオオオオ!!?』


 知性があるから通じるかは分からなかったけど、今まで攻撃は全て腕か腹、喉に集中させてきた。それまでの布石が効いたのか、剣から飛び出した閃光は、寸分違わず黒竜の目を抉つ事に成功した。


 その光景を見届けた神丸は笑みを深め、より一層修羅の道へと身を投じる。


「夜叉神よ、我が身を喰らえ! 『夜叉の構え』!!」


 視界の次に奪うのは、鬱陶しい腕と脚、尻尾の動き。両手に土と暗黒の魔力を溜め込む。


「『結合魔法デュアルマジック』『鎖縛の陣』!!」


 壁や天井、地面から真っ黒な鎖が飛び出し黒竜の身体を縛り付ける。魔法に耐性を持っていても、『暗黒属性』と『土属性』の複数の因子を持つ鎖は、物理的にも存在している為抜け出すのには多少の時間はかかるはず。

 そして今回は視界を奪った分、すぐには現状を認識出来ないはずだ。その時間さえ確保出来ればいい。


 バックステップで距離を置くと、アリシアからの声援が届く。


「お嬢様、決めてください!」

「ええ!」


 光の盾を仕舞い、剣を刀へと変貌させる。すると同時に部屋全体に木霊するように詠唱が聞こえてきた。


『『世界を喰らうは終焉の蛇』』


 私も負けてられないわね。


「『空を断ち、海を断ち』」


『『その尊き三叉の、鋭き顎をもって、世の全てを呑み込まん』』


「『大地を断ち、世界を断つ』」


 神丸の刀には荒れ狂う水の龍が顕現し、私の刀には世界を断ち切る魔力の奔流が蠢く。両者共に視線を合わせ、同時に最大火力の奥義を放つ!


『『神命濁流術・秘奥義』『玖之太刀・真濁龍剣』!!!』

「『断界流、肆之太刀・断界』!!」


 3体の水の龍は、黒竜の腹を食い破り、身体の内外を縦横無尽に駆け巡り、全身を喰らい尽くす。

 そして世界を断ち切る力は、抗う力を失った相手の胴体を、袈裟斬りに切り裂いた。


『グオオォォ……』


 断末魔の叫びと共に、黒竜は倒れ伏す。

 黒竜の硬さは今まで相手してきた連中とは一線を画すわね。相性の悪い魔法武器では、例え相手が弱っていたとしても、身体ごと真っ二つに……とはいかなかったか。

 それでも斬られた跡はパックリとしており、中の様子が窺えた。奥で爛々と輝いているのは魔石かしら? 消滅する前に取り出せたら、宝箱の分と合わせて2体分の魔石になり得ると考えれば、是非とも取り出したいところだけど……。

 死んだばかりの黒竜の体にはまだまだ魔力が残っている。そんな状態だと慎重に刃を入れたところで力不足と魔法武器の相性の悪さで消滅までに辿り着けないし、豪快に切り落とせば魔石が割れかねない。


 扱いが楽なのと、今まではそれで十分だったから魔法剣を使ってきたけれど、そろそろ自分用にちゃんとした形ある武器が欲しくなってきちゃった。


「ふぅー……」


 残心の後、一息ついているとアリシアが心配そうに伺ってきた。


「……倒せた、のですか?」

「ええ。ほら、徐々に消えて行っているでしょ?」


 指し示した先、黒竜の手脚や翼の先から、黒い粒子へと変わり始めていた。

 巨体な分、消えるのに時間がかかるみたいね。この速度だと……うん。勿体ないけど、魔石倍増計画は諦めよう。その代わり何か……おっ。


「『断界流、壱之太刀・破天』!!」


 丁度良い位置にあったを切り落とす。人一人分を超える大きさのそれは、大きな音を立てて転がり落ちた。粒子に変わる前に急いでマジックバッグに収納する。


「お嬢様、戦利品ですか?」

「うん、せっかくだしね。アリシア、神丸。疲れてるところ悪いけど完全に消え去る前に鱗とか出来るだけ剥いじゃいましょ。宝箱にも入ってくるだろうけど、剝ぎ取った分だけ報酬が増えるからね」

「承知」

「やってみます」


 そうして綺麗な鱗をシラユキちゃん24枚、アリシア4枚、神丸9枚を確保した辺りで、黒竜は完全に消え去り通知が届いた。


『シラユキのレベルが16になりました。各種上限が上昇しました』

『限界突破! アリシアのレベルが51になりました。各種上限が上昇しました。超過経験値発生。アリシアのレベルが52になりました。各種上限が上昇しました。超過経験値発生。アリシアのレベルが53になりました。各種上限が上昇しました。超過経験値発生。アリシアのレベルが54になりました。各種上限が上昇しました』

『限界突破! 神丸のレベルが76になりました。各種上限が上昇しました』


 うーん、色々と言いたいことはあるけど……レベルが上がったわ!


「お嬢様、おめでとうございます!」

「やったー!」

「じゅ、16だと? その強さでか……くく、世界は本当に広いな。おめでとうシラユキ」

「えへへ、ありがと。2人も限界突破おめでとう」

「あ、そうでした。これが限界突破……初めての経験なので、不思議な気持ちです。それにしてもこんなに上がるなんて、やはりそれだけ強敵だったのですね」

「某もまたこれで高みに登れる。感謝するぞシラユキ」


 互いを称え、成長を褒め合う。

 ふふ、長時間苦労を共にしたパーティでダンジョンを制覇して、お互いに成長できるととっても気持ちが良いわね。今日の突発ダンジョン突撃作戦は大成功ね!

 さーて、宝箱の中身は何かなー?


『マスターも成長できるなんて、とても濃厚なダンジョンなのね!』

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