第189話 『その日、新薬が出来上がった』

「……」


 どうしてこうなった。


「お嬢様、その薬は一体……?」

「ふむ、不思議な色味の液体であるな。だがこの香り、どこか懐かしい……?」


 調合されたその液体は、黄色い濁りが渦巻き、強烈な生姜のような匂いが漂っていた。作る予定だったものは、もっとマイルドな香りのはずだったのに……。

 うーん、なんだかこれを嗅いでるだけですっごい元気になりそう。それはそれで良いんだけど、一応これ飲み薬だし。嗅いでるだけでこれなら、原液を飲んだらどんなことになるやら……。


********

名前:狂走薬

説明:特殊な魔力によって調合され、素材の力が限界まで引き出された薬品。服用した者は効果時間中、痛みを感じなくなり疲れ知らずになる。

効果:痛覚遮断、スタミナ総量2倍、スタミナ自動回復:大、高揚、暴走レベル1

効果時間:200分

********


「……」


 うん、ヤバいもの出来ちゃった。

 それにしても、どうしてこんなことに? why??

 シラユキちゃんわかんない。てへっ。


 ……いや、現実から目を逸らしちゃダメよ。ちゃんと一番最初にしっかりと明記されているわ。


 『特殊な魔力によって調合され』……か。

 うーん、確かに調合する時に、本気で魔力を込めちゃったけど、まさかそれでこんなことになるなんて。

 試しにアリシアにも作ってもらおう。アリシアのスキルなら、問題なく作れるレベルだから。


「じゃ、アリシアも作ってみましょうか」

「こ、これをですか!?」

「あーいや、これはちょっとした失敗作というか、完成度高すぎて別の存在に昇華しちゃったと言うか……。まあ、昨日のアレみたいなものよ。これのことは一旦忘れなさい」

「なるほど」


 納得しちゃったわね。流石アリシア。

 ソフィーなら絶対「いやいや、どういう事よ!?」って言って来ていたわね。簡単に想像出来るわ。まあ、あの子のそんなところが愛おしいんだけど。


「それでお嬢様。素材はこの『メキメキ草』『生命の木の実』。それから魔力水ですか?」

「ええ、そうよ。今回は2つずつ出しといて。私も隣で作ってあげるから」

「はい! お願いします! それにしてもこの素材、スタミナポーションの素材の一部を使うのですね」

「ん? スタミナポーションを知ってるんだ?」

「はい。故郷の集落で、凄腕の薬剤師が調合をしておりましたので。王国でも、何人かは作れる人がいるそうです。それでお嬢様、これから何をお作りに……」


 目を輝かせるアリシアに、私はニッコニコの笑顔で返した。

 するとしばらく私の顔を見ていたアリシアが、何かに気付いたように手元の素材と、私の作り上げたを見比べた。


「ま、まさかこれだけでスタミナポーションが作れるのですか!?」

「おお、久しぶりの食いつき。そんなに驚く事なんだ?」

「それはもう! あの薬剤師が使っていた素材には、もっと高価な素材が注ぎ込まれていたのに、それがこんな安上がりな……」

「ああ、一応効果の高い物を作ろうとしたら、もっと色々素材がいるわよ? これはその中でも一番簡単で効果の弱めな物だから、とってもリーズナブルなの」


 まあそれでも、やりすぎるとが出来上がっちゃうんだけど。視界の端に収めた『狂走薬』は、いまだ神丸が興味深そうに見ていた。

 ちょっと濃厚だけど生姜の香りがしてるし、味も多分生姜ジュースに近いはずだから、神丸も好きそうな気がするわね。中毒性はないけど効果は強力だから、一度飲んだら病みつきになっちゃうかも。


 ……何も言わなければ、興味本位で手を出しちゃいそうね。

 それならそれで、いいけど。


「神丸。気になるなら飲んでも良いわよ、毒じゃないし気付薬みたいな位置付けだからね」

「おお、良いのか?」

「元々は、ダンジョンの後半を駆け抜けるのに必要だと思って作ったからね。進みながらも体力を回復させ続けるこの薬は、きっと助けになるはずよ。だけど、こっちの調合が終わって出発する際に使ってね。今飲んでも無駄になるから」

「うむ。承知した」


 昂って、スタミナも無尽量に溢れかえってる中休み続けるなんて、苦行も良いところだわ。文字通り気が狂いそうになるわね。


 手際よく調合用の一式を取り出すアリシアに向けて実践を開始する。


「さて、まずはこっちの『メキメキ草』だけど、根っこは邪魔だからカットして、草の部分を微塵切りにして。そして魔力水に放り込んでよーく揉み解すの」

「はい」

「ここの工程は、別に手作業でする必要はないわ。練度の高い貴女なら、風で刻んで水魔法を操作して掻き混ぜるだけよ」

「やってみます」


 アリシアの手本となる様に、私も目の前でゆっくりと工程を見せる。

 まずは刻んだ『メキメキ草』を魔力水の中に放り込み、まるで洗濯機の様に回転させる。また、回すだけじゃ無く、水圧を操作して中に溜まった薬効を絞り出す。

 手作業でコレをやるとなると、物理的にガリガリゴリゴリしないとだから、結構根気のいる作業なのよね。でも水魔法で操作をすれば圧力も凝縮も思いのまま。アリシアが行う作業をじっくりと眺めて、十分に薬効を搾り取らせたところで次の段階へと進める。


「その辺でいいわ。薬効エキスが魔力水に染み出している濃度をよく覚えておく様に。色合いもそうだけど、自分の魔力で出来た中に存在する異物の混入度で覚えるのよ」

「はい」

「では次に、魔力水から『メキメキ草』の残骸を吐き出して。操作が難しいなら、自分の手を突っ込んで掴み出しても構わないわ」


 現在、魔力水に構成されている物は3つ。

 1つは魔力水そのもの。そして投入された『メキメキ草』、最後に抽出された薬効エキスだ。それを自らの意思で分離させる。

 アリシアも、私が教えた様に普段の訓練で、自分の魔法に異物を混ぜた上で操作する事で練度の上昇をさせているから、それなりに手際がいいわね。

 でも、ちょっと大変そう。


「細かく刻みすぎた『メキメキ草』を取り除くのには、苦労しているみたいね、アリシア」

「は、はい……」

「何も細かい物を1つ1つ取り除く必要はないわ。魔力水の中で一纏めに圧縮させて、それを1つの塊として排出すればいいのよ」

「なるほど、勉強になります」


 ……うん。目に見える範囲での取り除きは一通り終えたようね。


「それじゃ、今度は魔力水と抽出した薬効エキスを完全に別々になるよう分離してごらんなさい。やり方はさっきと同じよ。けど、捨てるのは魔力水の方だから間違えない様にね」

「お嬢様、抽出したエキスはどちらに?」

「そういう時の為の調合器具よ」


 フラスコに分離しきったエキスを注ぎ入れる。

 自分の魔力で出来た物とそうでない物とで分ける簡単な作業だ。

 けど、形ある物ですら苦労していたアリシアにはまだまだ難しい領域の様で、彼女は必死になって分離作業をしていた。ふふ、一生懸命分離するアリシア、微笑ましい。


「アリシア、難しそうね」

「……はい」

「今の貴女でも簡単に分離できる方法があるんだけど、教えたほうがいいかしら? それとも自分で思いついてみる?」

「う。それは……」


 アリシアは分離した数少ないエキスと、大量に残った手元と、私の顔を順番に見る。


「……お願いします、お嬢様」

「あら、もうギブアップなの?」

「お嬢様、いじめないでください」

「ふふ、ごめんね。アリシアがあまりにもカワイイから」


 これが自室ならもう少しやってみると言っていたかもしれないけど、ここはダンジョンだ。長引けば長引くほど、必然的に帰りが遅くなるわけで。

 それを天秤にかけて頭を下げたのね。


 別に数分くらい遅れたところで、誤差のようなものなのに。


「分かったわ、教えてあげる。アリシアは私のに進めようとした結果、無意識に難しいことをしているだけなのよ」

「手順通りにしたことで、ですか?」

「そう。ねえアリシア、この分離したエキスはこの後どうするのかしら?」

「えっと……。残った材料と混ぜ合わせます」

「その材料の下準備をする間、それまでエキスはどうしておくのかしら」

「フラスコに残しておきます……?」

「そうね。なら最初から、魔力水ごとフラスコに放り込んでも、問題はないんじゃないかしら」

「……あっ」


 アリシアが苦手としているエキスを分離して切り離す作業だが、前提として1つのタスクを常時行なっている。それが、


 魔法を宙に浮かべると言う行為は、魔法行使をする上での基礎とも言えるが、気を使う作業をしながらだとそれの維持に掛かる負担は少なくない。私のなぞった道筋でないと成功しないなんて考えは、思考がロックされているわ。

 確かにアリシアが考えるように、私の手順通り真似する事こそが、正しい製薬方法の近道なのかもしれない。だけど、その手法の全てが、万人向けの難易度ではない事が抜け落ちていたのだ。

 作業の結果さえ正しければ、その過程の手法までなぞる必要がないんだもの。あえて難しいタスクを難しいまま行うのでは無く、自分のやりやすい様に改良して行くのも、成長の第一歩だ。


「……確かにその通りです。先にフラスコに入れておくことで、魔法の形状維持にかける負担は減ります。それに、魔力水から異物を抽出するのでは無く、液体から自分の魔力水だけを取り出すと考えれば非常に簡単になります。逆転の発想ですね」

「うんうん、正解ー」


 なでなで。


「お嬢様の作業工程において、技量的に難しい工程があれば疑問を持ち、他のやり方を提案し、確認する。それが出来て初めて、お嬢様に習う資格があるという事ですね」

「そこまでは言わないけど」

「いえ、これもお嬢様についていく為に必要な事だと判断しました。お嬢様、どうか見守っていてください」

「うん、それはもちろんよ」


 貴女を見放すなんてあり得ないわ。貴女は私にとってかけがえのない存在なんだから。調合を一緒にやっていかないかと誘ったのも、私からだしね。その理由も1人でやるのは寂しかったからだもん。

 レベルが上がるにつれて、貴女の技量がついていけなくなったとしても、私はゆっくりと付き合ってあげるわ。


 だって、もう調合のスキル単体で見れば、もの。


 まあ、あるに越したことはないからこれからもずっと、伸ばしていくけれどね。


「お嬢様、これで如何でしょうか? もうこれ以上、ここから魔力水を取り除くには私の技量が足りません。この状態でも、作成は出来ますでしょうか?」

「……うん、大丈夫よ。初めてでこれだけ出来れば完璧だわ」

「はいっ」

「次は『生命の木の実』ね。これは皮を剥かずにそのまま粉末状になるまですり潰すわ」

「よろしければお嬢様のやり方をもう一度。……今度は少し、ゆっくりと拝見させていただけますか?」


 さっき『狂走薬』を作った時は、速すぎてアリシアも理解出来なかったのね。


「ゆっくりはちょっと難しいから、工程を1つずつ区切って、その都度説明するわね」

「お願いします!」


 まずは風刃。


「風刃で乱切りからの千切り、微塵切りにするわ」


 次に風圧。


「風の壁を2枚作って、パチン。挟み込んだら圧力をかけつつ、壁を回転させながら押し潰していくわ。やり過ぎると薬効までも磨り潰してしまうから、加減が必要だけど……ここは経験則ね。練度が上がれば自然と身体で覚えるわ」

「調合というより、曲芸を見せられている気分であるな」


 さっきから黙って待っていた神丸も、気になっていたのか口を出して来た。


「魔法と手作業でする違いはありますか?」

「魔法だと均一に、狙った大きさに砕けるところかな。あと時短」

「お嬢様並みの知識と練度が無ければ、逆に手作業でした方がマシかもしれませんね……」

「そうかも。でも、潰す作業は難しくても、切る工程はアリシアなら出来るはずよ。ゆっくりでいいからやってみなさい」

「はいっ」


 そうして出来上がった粉末を別のフラスコに魔力水と共に投入して、熱と同時に魔力を与えつつ、じっくりと溶かす。一度沸騰させたら水魔法の要領で温度を下げ、そこにエキスを投入。軽く混ぜて最後に冷やせば完成!


********

名前:強走薬

説明:特殊な魔力によって調合され、素材の力を引き出された薬品。服用した者は効果時間中、疲れ知らずになる。

効果:スタミナ総量1.5倍、スタミナ自動回復:中、高揚

効果時間:120分

********


 ……ほっ。

 先程の反省を活かして、熱してる最中の魔力を込める際にちょっと抑え気味にしたことで、注入する魔力を抑える事が出来た。だいぶマイルドな物が出来上がったわね。

 これならちょっと効果の高いスタミナポーションとして世に出せるわ。何事も、やりすぎてはよくないということね。

 うんうん、シラユキちゃん反省。


 さて、アリシアの方は、と。


********

名前:スタミナポーション

説明:一時的に体力を増強させる薬。服用した者は効果時間中、疲れにくくなる。

効果:スタミナ総量1.2倍、スタミナ自動回復:小

効果時間:60分

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 うん、普通のスタミナポーションね。

 常に走り続けても息切れしないのが『強走薬』なら、こっちは小走りならずっと走り続けられる代物ってところね。スタミナの自然回復量が増すだけでも疲労の溜まり方はかなり抑えられるから、長時間戦い続けるなら欲しい一品よね。

 回復魔法での怪我や、状態異常で喪った体力は魔法で回復出来るけど、消費したスタミナは戻せないからね。


 この薬の需要はかなり高い。

 素材である『メキメキ草』は中級ダンジョンや街の外からも取れるし、『生命の木の実』はここの上級ダンジョンで手に入れたけど、一応やろうと思えば栽培可能なアイテムだったりする。なので、王国内で素材を手にする機会は誰にでもある訳で。これらの調合も、来週調合学科の授業でレシピを流すかなぁ。

 でも最後に行う工程の『魔力を流す』という部分。これは私の授業を受けていない子には厳しいと思うし、魔法が行き渡ってからにするべきかな? スキルも最低15……いえ、20は欲しいし。


「スタミナポーションを、自分の手で作れる日が来ようとは……。お嬢様のもとで学べばいつかは。そう思っておりましたが、まさかこんなに早く実現するなんて予想外です」

「アリシア、嬉しそうね」

「はい、とっても!」

「これからは魔力回復ポーションと、スタミナポーションでスキル上げしていくわよ」

「はいっ!」


 スタミナポーションを胸に抱くアリシアの頭を撫でる。良い子良い子。


『アリシアったら嬉しそう』

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