第170話 『その日、前哨戦が始まった』

 キャサリンちゃんが希望した魔法は、先程見せた『フレイムトルネード』以外の5属性のトルネードだった。つまり、2段階目のトルネード全種である。観客達もそれは高望みしすぎだろうと笑っていたけど、私は別の意味で困っていた。だってこの魔法、範囲魔法な上に多段ヒットする魔法にもかかわらず、相手が一撃で沈むんだもん。連発披露となると……。

 あ、そっか。


 とりあえず思いついた事を試すためにも、希望通り風属性の『ゲイルトルネード』でやる気を失った第四陣営を吹き飛ばした。そして無人となったフィールドで他の4種も順番に繰り出した。


 この決闘、対戦が終了しても終了処理を勝者が行うまでは、結界が残り続けるのだ。

 そして結界があれば、ダメージ判定は有効となる。


 攻撃対象は人間じゃなくても、結界内で発動すれば、結界や地面なんかにダメージ判定が出るので、きちんと威力の高い魔法であることが証明出来るのだ。そのダメージ表記と、結界の外に漏れ出す各属性のエネルギーから、それらがレベル2のトルネードだと、誰も信じて疑わないだろう。


 流石にレベル1トルネードは限界値で2000から3000ほど。レベル2トルネードの限界値である8000から9000のダメージを叩き出すには、このふざけたステータスでも到達できない。

 魔法にはそれぞれに、威力限界値が定められている。ボールは3000から5000くらいで、ランスは25000から28000だったかな。

 けれど、範囲魔法は基本的に連続ヒットによる小さなダメージの積み重ねでダメージを稼ぐ魔法なのだ。その為キャップ値も低く設定されている。それをレベル2の域まで引き上げる為には手段は3つに限られる。

 1つ目は、魔法職はレベルが上がれば魔法の限界ダメージを上昇させるアビリティを習得していく。今の私はレベル15しかないから、全ての職業の恩恵を受けると言っても、そこまで影響はないかな。

 2つ目は、威力増強系の装備を身に着ける事。

 3つ目は、薬とか薬品とか称号とか加護とか。そんな感じの特殊バフを受ける事。


 けど、そのどれもが知識として存在していないのだろう。観客たちはそんな私の心配をよそに、素直に感動してくれていたわ。

 一般客や生徒達は大興奮だし、貴族席にいる教師陣かな。あっちも凄い盛り上がり様だわ。

 皆、この集まりが私の魔法発表会だと思い始めてないかしら? 間違いではないけど、青組のアウェーっぷりが加速しているわね。少し対戦相手が哀れに思えて来たわ。

 さっさととどめを刺してあげましょう。

 本命以外を。


 そう思っていると、リーダーと思しき生徒が、最後の指示を出していた。今までの第一から第四までもリーダーシップを取ってる奴はいたけど、彼は別格の様ね。

 試合が始まる前から彼らは存在感があったし……。これは、期待出来ちゃうかな?


「お前たち! この勝負、勝てる見込みが無いかもしれない。だが、途中で投げ出すことは許さん! 圧倒的強者と戦える機会はそう多くはない。胸を借りる気持ちで全力で挑み、己が糧とするんだ! この戦いにおいて、俺から指示はしない。各自の判断で動け!」

『おう!!』


 へえ……。あれを見せられて、闘志が折れていないわね。リーダーだけじゃなくて、他の子達もガッツがあるじゃない。


『両者、準備は宜しいですね? それでは決闘最終試合、第五戦目。……開始!!』


 この戦いに参加している時点で、全員カス野郎だと思っていたけど……。少し、見直したわ。せっかくだし、最後は本来の戦闘スタイル、剣と魔法の魔法剣士スタイルで相手をしてあげる。


 生徒と護衛からなる4〜6人のパーティが複数の塊となって、それぞれが個別の意思を持って襲いかかって来た。私もその動きに合わせて、一番突出していたパーティに向け吶喊する。


「来るぞ、迎え撃て!」

「側面に回れ! 援護をする!」

「我らは共同で戦う! 毒薬をありったけ持て!」


 様々な方法で私を攻撃しようと動く彼らを見て、私は昂った。

 彼らは、個人で好き勝手に動くような先ほどまでの連中とは格が違うみたい。チームでの戦いを何度も経験している、練度の高い動きだった。


 ああ、良い。良いじゃない!

 先ほどまでのは戦いですらなかった。お互いに一方通行で、交互に戦力をぶつけるだけだったけど……。やっぱり戦いはこうでなくっちゃ!!


「さあ、踊りましょ!」


 タンク役の衛士の懐へ飛び込み、盾を剣でかち上げる。ガラ空きとなった懐に蹴りを入れて吹き飛ばすと、左右から襲いかかる振り下ろし攻撃をバックステップで躱し、お返しに単発ランスを2発打ち込む。

 術後の隙を狙って、側面から毒薬入りの瓶が投げ込まれた。それら1つ1つを掴んでは相手に投げ返していると、背後から魔法が飛んでくる。無詠唱で『ストーンウォール』を出現させ、攻撃を防ぐ。

 魔法が着弾するのを確認したのち、あえて柔らかく作った箇所に蹴りを入れて瓦礫の散弾とし、目を庇って動けずにいる者たちを斬り伏せる。


 それでもまだまだ、青組の攻勢は終わらない。

 剣、槍、斧、短剣、弓、魔法、薬品。様々な手段が四方八方から飛び交い、全員がチームの勝利のために動いている。


 そんな彼らの活躍を、遠くで見守っている集団があった。

 先程のリーダー率いる、神丸を擁した1組のパーティだ。彼らはこの乱戦に飛び込むことはなく、その場でじっと待ち続けている。

 ……そう、貴方達は戦いが終わるのを待っているのね。

 なら、これが終わるまで待っていなさい。私はまだ彼らと戯れていたいもの。さあ、続きをしましょう!!



◇◇◇◇◇◇◇◇



「……ふぅ。中々楽しかったわ。またやりましょうね」


 青組の集団を倒し終えた私は、剣を下ろして一息つく。


『シラユキ選手、青組による怒涛の攻勢を凌ぎ切りました! 青組は今回、パーティごとに攻撃を仕掛け、シラユキ選手も真っ向からそれに対抗しました! フィールドでは乱戦が起き、シラユキ選手も危ない場面が何度もありましたが、手傷を負うことなく全て撃退! 実に素晴らしい戦いでした! 全力で戦ったからでしょうか。シラユキ選手も、敗北した青組の選手達も、双方満足気です! 皆さん、健闘した両者に盛大な拍手を!』

『パチパチパチパチ!』

『ありがとうございます! そして残すは司令塔の1パーティのみとなりました! ……おおっと、何々……? 彼らは全員、シラユキ選手との一対一を望む様です!!』

『おおおお!!』


 観客たちのボルテージが上がる。


「俺がこの戦いのために集めた面々は協調性というものを微塵も持ち合わせていないようだからな。個別に戦いたいのだそうだ」

『との事ですがー?』


 まあ、神丸戦前の余興には良いかな。

 断る理由はないわね。


「良いわよ」

『おお、流石はシラユキ選手! 懐が広い!』


 しかしまあ、相手のパーティは何というかイロモノ集団ね。

 リーダーの『騎士』風味の生徒に、全身をボロのマントで覆った『暗殺者』っぽい人。荒くれ者感満載の『武闘家』。異国情緒満載の『侍』っと。

 脳筋だわー。


『それでは早速行きましょう! 1人目の方、どうぞー!』


 1人目は……ボロ布の『暗殺者』ね。


「主人よ。例の話、本当だろうな」

「ああ、奴に勝てれば取り分は総取りだ。念を押すが、順番はこれで良いのだな?」

「ああ。暗殺者風情にやられる様には見えねえしな」

「某も構わぬ」


 ふうん、順番を決めてるのね。

 ジャンケンでもしたのかしら?


 暗殺者とならず者と傾奇者がジャンケン……愉快な光景ね。


「我が名はシャドーステップ。盗賊ギルドの白金プラチナの位にいる」

「名前っていうか異名よねそれ。……まあ良いわ、ご存知かもしれないけれど私の名は『キィンッ』……シラユキよ」


 足元に金属片が落ちる。今しがた剣で払い落としたのは針だった様ね。


「名乗りの最中に毒針とは、随分なご挨拶ね?」


 キャサリンちゃんが何か叫んでるけど、今はコイツから視線を外すわけにはいかないわ。

 コイツ、殺気の隠し方が巧妙ね。毒針に気付いたのも、こちらに届く直前だったし、乱戦中だと危なかったかもね。

 現在私は、ダメージを一定値まで無効化する『プロテクション』系は封じている。それを使うのはちょっとズルだと思うし、フェアじゃないもの。だから防ぐ手段としては、自前の回避と弾き、最後の頼みの『魔力防御』くらいしかない。

 油断すれば即ダメージ。そうなれば、ご褒美は貰えないわ……!


「知らなかったか? 『暗殺者』の挨拶はこういうものだ」

「そう言われると納得しちゃう自分がいるわ。それで? 攻撃はもうおしまいかしら」

「言っただろう、今のは挨拶代わりだ。本番はこれから、そして最後だ」


 そう言うとシャドーステップは姿を消した。


「貴様を相手に手加減はせん。我が異名の真髄、とくと思い知れ!」

『は、はやーい! シャドーステップ選手、目にも止まらぬ速さでフィールド内を駆け巡っています! これを捕捉して攻撃を仕掛けるのは至難の技です! 何せ、シラユキ選手を中心として走り回っていますから、範囲魔法を使うわけにもいきません!』


 ご丁寧にシャドーステップは駆け回っている。慌てて攻撃したところの隙を突くつもりなのかしら。


「貴様の動きは先程までの戦いで見切った。この速さにはついてこれまい!」


 追いかけ回すのが面倒なだけで、ついていけないわけじゃないけど……。付き合い切れないわね。


『パチン』

「がっ!?」


 シャドーステップは盛大にずっこけた。顔面ダイブしたけど、まあ決闘中は生身に影響はほとんどない。痛みも軽減されてるし、後遺症はないでしょ。

 それにしても、もしもノーモーションでコケたりしたら、シャドーステップは完全に間抜けな人になりそうね。辛うじてキャサリンちゃんや観客達も、私が指を弾いたことで、私が何かしたのではと疑ってくれているわ。


『おおっと、シャドーステップ選手! シラユキ選手が指を弾いた途端、盛大にすっ転んだーー!? しかも、起き上がれない様子です!』


 まあ、目に見えないところでナニカしたんだけどね。


「貴方だけとの戦いだったら、鬼ごっこにも付き合ってあげたけど、ごめんなさいね。この後先約があるのよ」

「……こ、れは……!」

「気付いた様ね。そう、最初の毒に対する意趣返しよ。気に入ったかしら?」


 そう伝えるだけ伝えて、剣を振り下ろす。

 シャドーステップが魔力粒子に変わるのを見届けてから、振り返った。


『圧勝ー!! 何がどうなったかわかりませんが『暗殺者』としてのスピードにものともせず! シラユキ選手、異名持ちのシャドーステップ選手を撃破だー!!』

「次!」

「おお、なら俺様が行くぜ!」


 次は『武闘家』か。なら、スタイルを合わせてあげるわ。

 剣を腰に下げ、ファイティングポーズを取る。


「ははっ! あんた格闘術もイケる口か!」

「そうね、武術は一通り出来るわ」

「ヒュウ! イイねイイねぇ、存分にヤリあおうじゃねえか! 俺様は剛拳のルドラーだ!」

「かかってらっしゃい」


 指をくいくいっとする。

 ルドラーは全力で疾駆し、懐へ飛び込み飛び込んできた。


「先手必勝だ! 必殺『連環拳』!!」


 格闘スキル70で覚える、正統派な公式の技で、5回から14回のパンチを連続して放つ技だ。発動回数は使用者のレベルとDEXに依存していて、威力は1発1発は軽いけど、蓄積するとそれなりに痛いわね。

 連続攻撃が売りの技だけど、片手しか使わないので1つ1つの攻撃の間には必ず隙間が存在している。その為、相手とステータス差が開くと避け続けるのも簡単だったりする。


 拳が風を切る音を何度も知覚しながら、ルドラーの攻撃を全てスウェーで躱しきった。


「お、俺様の攻撃を……!」

「8回か。それなりの使い手ね」

「まだまだぁ! 必殺『爆砕鉄拳』!!」

「甘いわ。『シラユキちゃんパンチ』!!」

「ゴハァッ!?!?」


 『爆砕鉄拳』は一撃必殺系の技で、威力は最低でも通常パンチの2.5倍。STRの増強次第では最大8倍まで膨れ上がる。そんなルドラーの拳を『魔力防御』で軽くいなし、カウンター気味にシラユキちゃんのオリジナル必殺技を叩き込む。


 魔法でもそうだった様に、武器スキルもオリジナルの創作技の作成が出来たWOE。カッコいい他プレイヤーの技をいくつもマスターしてきたシラユキちゃんも、オリジナルのスキルを作りたい! そう思っていくつかの流派を興した。

 その中でもカワイさに全振りした『シラユキちゃん流格闘術』は、正直言ってネタで作ったと思われてたけど、その効果が知られてからは、それなりに強い流派の1つとして認知されていた。ただ、特定のステータスだけを集中的にあげる装備を用意する必要があったので、結局私以外に使いこなせる人は殆どいなかったんだけど……。

 その理由は、本来威力補正がSTRやDEXであるべきはずの格闘術が、この『シラユキちゃん流格闘術』は、全てにおいてCHR依存だからだ。


 『シラユキちゃんパンチ』は見た目も中身もただのストレートなんだけど、ステータスのCHRが2上がるにつき、威力が1.01倍ずつ加算されていくという性能を持っている。それだけなら大したことないんだけれど、一番の注目点は事だ。

 本来であれば使い物にならないんだけど、使用者がCHR特化型なら話は変わってくる。

 アリシアが使ったとしても、2.0倍くらいが限界だと思う。だけど、今の私がつかえば21倍くらいになる。

 全力パンチが、だ。


 そんなのに耐えられたのはくらいなもので、人間が耐えられるわけもなく。

 本日最高の6万点を叩き出し、ルドラーは吹き飛びながら魔力へと還った。


 ちなみにもっと威力倍率の高い『シラユキちゃんキック』は、あの魔人にぶち込んだ。


『またしても圧倒ー! 可愛らしい名前とは裏腹に、恐ろしい威力のパンチが炸裂ぅぅぅ!! ただのパンチにしか見えませんでしたが、あれにも何か秘密があるのかー!?』


 さて。次の相手は……そう、司令塔の貴方が来るのね。


「見事な腕前だな。貴様の化け物じみた実力を前に、俺はそんな言葉でしか称賛することが出来ない」

「あら、随分と謙虚なのね。最初の勢いはどこへ行ったの?」

「貴様に勝てるビジョンがまるで見えんからだ。最初は高ランクの武器に加え、美しく強い貴様が1年間使えるというから参加したが、どうやら決断を誤ったらしい。見事に釣られてしまったようだ。まさか剣も魔法も、何もかもがレベルの違う相手だったとはな」

「4戦目まではアレだったけど、この5戦目は楽しめたわよ。貴方達も中々やるのね」

「当然だ。奴らの様な腑抜け連中と同じにしてもらっては困る。彼らは俺が集めた信頼出来る部下達だからな」


 うーん……。なんかコイツ、話してみて改めて思ったけど、今までの屑共とは違うみたいね。っていうか5戦目の子達は実力や連携力だけじゃなく、気合や威勢も良かった。

 普通、温室育ちのボンボンなら、あんな実力差を見せつけられたら心が折れちゃうもんじゃないの?

 もしかして彼らは、ただの屑連中では無い……?


「1つ聞きたいのだけど、良いかしら」

「なんだ」

「貴方は何故この戦いにの?」


 この決闘は、決闘常習犯として生徒会や学園からマークされているか、私の作った招待状がないと参加出来なかったはず。彼らは、どちら側の人間なんだろう……?


「くだらん事を聞くな。その様なこと、貴様には関係無かろう」

「えー、教えてくれたって良いじゃ無い」

「ふん、俺が勝つことが出来れば教えてやっても良い」

「何よそれ。良いわ、後で自分で調べるから」

「ふん、そうしろ。……フェルディナント伯爵家が長子、レオンだ」

「シラユキよ」


 互いに剣を構え、名乗りを終える。

 気を利かせたキャサリンちゃんが試合開始の音頭を取る。


『シラユキ選手対レオン選手、バトル開始!』

「うおおおおおー!!」


 レオンは疾駆し、吼えながら渾身の一撃を繰り出した。


『彼、ちょっとカワイく見えてきたわ』

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