第159話 『その日、思いがけない敵が現れた』

「シラユキ!」


 歌と踊りが終わり、舞台を終えた彼女達の後を追って、楽屋らしき所に行くと、着替え終わったリディが待ってくれていた。

 ちなみに道中、不思議なことに止められる事なく顔パスで入れてしまった。不思議だなー。


「リディ、会いたかったわ」

「あたしもよ! すっごい偶然ね、今日は日曜日だし学校がお休みなのよね。もしかしてお昼を食べに来てたの?」

「それもあるけど、メインは違うわ。貴女に会いに来たのよ」

「え、あたしに!? あはは、嬉しいけど、ないない、そんなの無いわ。シラユキがあたしなんかに会いに来てくれるわけ……」

「ちょっとー、リディまでそんなこと言うの? こんなにリディの事大好きなのに、酷いわ」

「う……。で、でも、貴女と離れることで改めて思ったのよ。シラユキの輝きはとっても眩しくて、一緒にいられたのがまるで奇跡のような時間だったんじゃないかって。学園に入った貴女は今後も沢山の人と関わっていくだろうし、あたし達との短い旅の出来事なんて、すぐに過去のものになっていくんだって……」


 そう独白する彼女をそっと抱きしめ、安心させる。


「もう、ばかね。貴女達と別れて、私はすごく寂しかったのよ? 貴女もイングリットちゃんも、どちらも私にとっては大事なお友達なの。どれだけ年月が経とうと、どれだけの人達と関わろうと、その事実は変わらないわ。だから、そんな悲しいこと言わないでちょうだい」

「シラユキ……。シラユキー!!」

「よしよし、良い子ね。もう大丈夫よ」


 むせび泣く彼女を抱きしめ、慰めていると……楽屋に居た他の人達ももらい泣きしてしまったみたいで、ハンカチで顔を押さえているのが見えた。


「貴女の踊り、とっても素敵だったわ」

「ぐす……ありがとう、シラユキ。でもまだまだよ。あたしが目指した踊りはこんなものじゃないし、貴女みたいに輝きたいの。だからもっと成長してみせるわ。だから……」

「ええ、楽しみにしているわ」

「約束ね」

「うん、約束」


 手を絡め合ったあと、もう1度ハグをした。

 そうすることでようやく気を持ち直したみたいで、ようやく仲間に見守られていた現状を思い出したみたい。


「あっ、カーラ!? これは、その……」

「リディ、手遅れよ。弁明は諦めなさい」

「……はい」


 渋々と言った様子で口を噤むリディが面白かったのか、共演者のカーラさんがクスクスと笑う。


「リディエラさんがこんな風になるなんて。噂以上の方のようですね」

「うわさ?」

「はい。私やリディエラさんだけでなく、数多の人々を救って下さった聖女様だと聞いております」

「あー、えっとー……」


 ……だろう??


「お嬢様、かと」

「あ、全部ひっくるめて?」

「はい、そう思います。リディエラ様はイングリット様と仲がよろしいようですので、そちら方面の話も聞いているのでしょう」

「うん、その通りよ。シラユキに不利益になりそうなことは喋ってないけど、それ以外の差し障りのない事は話したの。『吟遊詩人』や『踊り子』は、今まで日の目を見る扱いをされていなかったのに、ある日突然尊敬の目を向けられるようになったんだもの。どうして事態が好転したのかみんな気になっていたみたい。そして、あたしが教会から正式な『職業書』を貰った事が始まりだったから、問い詰められて……」

「ポロッちゃったと」

「うん……ごめんね、迷惑だった?」

「ううん、そんなことないわ。不名誉な扱いじゃないんだもの。怒ったりしないから安心して」


 その言葉に、リディは心からほっとしているような顔をした。

 まあ以前、不名誉な二つ名を付けたら相手をボコるとは言ったから、それを恐れているんだと思うけど。でも『聖女』よ? イングリットちゃんを差し置いてそう呼ばれることに、申し訳なさはあっても機嫌を損ねることがあるわけないじゃない。


「あの、シラユキさん。改めてご挨拶をさせて下さい。『吟遊詩人』をしているカーラです。この職に就いてから長く活動をしているのですが、この様に大切に扱われる事が殆どなくて……。最初は困惑しましたが、シラユキさんにはとても感謝しています。私達を助けて下さり、本当にありがとうございます」

「どういたしまして」

「シラユキと離れてから、すぐにカーラと知り合ったの。彼女、結構腕が立つみたいで、一緒にパーティメンバーとして活動しているのよ。あ、でも心配しないで。最近は冒険者の活動をしなくても実入りがいいから、簡単な依頼しか受けてないから」

「そっかそっか。カーラさんの腕が立つのも本当みたいだし、安心したわ。でも、リディは美人なんだから悪い奴には気をつけるのよ? 変な男に言い寄られてないか心配だわ」

「あはは、シラユキがそれを言う?」


 私は良いのよ。


「お嬢様の安全は私が守りますので」

「ああ、アリシアさんがいるから平気だったわね。シラユキは抜けてるところもあるし、大変だろうけど応援してますね」

「ちょっとー。どう言う意味よー」

「ふふふ」


 その後、今日のお仕事は終わりだと言う2人と一緒に、ギルドへと向かうことにした。


「本当は、報告は明日でも良いんだけど、場合によっては明日以降の指名依頼とかが来ている可能性があるからね。先に見ておきたいのよ」

「あー、基本的に当日の滑り込み依頼とかは無いのね」

「ええ。昔だったらそんな扱いも受けていただろうけど、これでも『最上位職』だからね。失礼な呼び出しはされなくなったわ」

「パーティを組むようになってからは、私も込みで呼ばれる事が増えたので、大変助かってます」

「何言ってるの。カーラの演奏技術はいつ聴いても惚れ惚れする技量なんだから。依頼者側が雑に扱おうものなら無視しちゃって良いのよ」

「ふふ、そんな扱いでも仕事は受けなければ生活できませんでしたが、今では大違いですね」

「ほんとよねー。シラユキ様様だわ」


 両側からハグされる。


「こ、これで良いのかしら?」

「ええ。シラユキはこうされるのが凄い好きなの。お礼をするならこれが1番よ」

「えへへ」

「ほらね?」

「そうみたいね……」

「おうおう、往来で見せつけてくれるじゃねえか」


 幸せな空間を堪能していると、ガラの悪い赤丸の連中が行手を遮った。……デジャヴかしら? 昨日も見たわよこんな連中。

 問答するのも面倒だわ。


「……アリシア、リディ。から、ちょっと取ってもらって良いかしら」

「お任せを」

「任せて」

「はっ? ちょ、おい待……」


 ゴミが何か言おうとしてた気がしたけど、瞬く間に視界から片付けられてしまった。


 ……うん、綺麗さっぱり全員路地の方に捨てられたわね。


「ありがとう、お陰で視界がクリアになったわ」

「勿体ない言葉です」

「当然のことをしたまでよ」

「わぁ、アリシアさんって凄いのね。リディエラと一緒に戦った時も驚いたけど、それよりもずっと速いなんて」

「そりゃそうよ。なんたってアリシアさんは、2つ名持ちの有名人なんだから」

「えぇ!? すごい!!」

「そうよ、アリシアはすごいのよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 戻って来たアリシアの頭を撫でて労った。


「あ、そう言えば聞いたわよシラユキ。決闘の話!」

「え? 何で知ってるの?」

「だってお客さんの間で噂になってるんだもの。闘技場を使うほどの大規模な決闘の場合は、学園外の人でも見に行けるらしくて。それに昨日から今日にかけては、闘技場の景品を一般公開しているでしょ? 1日もあればそんなとんでもない出来事、すぐ噂が広がるわ。それに、そんなこと出来るのはシラユキしかいないでしょ」

「一般公開は聞いていたけど、観客の話は聞いてないわ……」


 学園内だけに収まる騒ぎだと思っていたのに、割と大事になってきたわね。


「そうなの? でも良いじゃない、シラユキは目立つことが好きなんでしょ? 一対多で勝てば、知名度が上がってすっごい人気者になれるわよ」

「!!」


 決闘に勝利すれば学内の掃除だけでなく、街の人からの人気もうなぎ登りになるって事……? 想定外だけど、嬉しい誤算だわ。やば、すっごくやる気がみなぎってきたわ。

 技術を市場に流すときも、私の知名度があるのとないのとでは伝わり方に違いが出て来そうだし、その展開は全然有ね!!


「勿論、あたしも観に行くわよ」

「私も観に行きます」

「そっか、うん! 派手に暴れるから楽しみにしててね!」

「あはは、一瞬で終わらせないでよー?」

「あー……。善処するわ」


 そんなに外からの観客が来るのなら、多少なりとも演出が欲しいところよね。敵の攻撃の集中砲火を受けてみたりすれば盛り上がるかしら。


 狼藉者の扱いはナンバーズに任せ、私達はギルドへと出戻りした。リディとカーラは依頼の確認をしに行き、私はと言うと貼り付けられている依頼を見て時間を潰すことにした。


 流し目で順々にみていくと、Bランク以上の所に気になる依頼が出ていた。


『圧倒的武力の持ち主を求む。我こそはと思う者、以下記載の場所に集合されたし。依頼に見合う強さを示した者には前金として金貨100枚。成功報酬白金貨10枚。締切日4/7』


 明日までじゃん。

 にしても、この記載されている貴族らしき名前と言い、依頼が出てきたタイミングと言い、どう考えても目的が4/8の件に見えてしょうがないんだけど。


「ほう……面白そうな依頼だな」


 聞き慣れない声がしたので振り返ると、異国情緒丸出しの男がそこにいた。天笠に草臥れた着物、腰には2本の帯刀を差し、顔つきはいかにもな風来坊。

 見た目はアレだけど、肌をちり付かせる威圧感に存在感。そこから結構な実力者だという事が視るまでもなく理解させられた。


「へぇ……」

「む? ……おお、失礼した。もしやお主達もコレを受けられるのかな?」

「いいえ、気になって見ていただけよ」

「そうであったか。……残念だ」

「……!」


 目の前の男からの圧が増し、こちらを見下ろしてきた。

 すぐさまアリシアが間へと割って入り、男を睨みつけている。アリシアは腰を低くし、警戒しているけれど……大丈夫よ。ここでいきなり暴れたりはしないでしょ。多分。

 私は何食わぬ顔で聞いてみた。


「お侍さんは旅の方かしら?」

「うむ。某は武者修行の旅に出ておってな。強敵や強者を探しては己が実力を確かめておる。しかし旅には路銀が不可欠ゆえ、たまにこうやって依頼を受けておるのだよ」

「そう」

「……それにしても、長耳の娘っ子もさることながら、お主も中々の胆力を持っておるな。某の事は警戒するまでも無いかね?」


 男から発せられる圧が、また1段階増す。今の異常な状況は、周囲にも知覚されているようで、誰もが私達から距離をとっているようだ。


「圧力の垂れ流しなんてナンセンスね。プロなら、周囲に漏らさず対象だけに留めてみなさいな。周りの迷惑になるでしょ」

「む、あいや失礼。某はまだまだ修行中の身。未熟であった、許されよ」


 そう言って男は圧力を解くが、アリシアの警戒は解かれる事はなかった。

 まだ、男の視線は長年探し求めていた獲物を見つけたかのような、獰猛な獣のままだったからだ。隠しているつもりがあるのかは知らないけれど、バレバレね。


「お侍さん、その目をやめて下さる? うちの子が怯えちゃうから」

「ううむ、やはり抑えられん。この国では期待していなかったが……。お主とは是非とも手合わせがしたい」

「はぁ……。全く、女の子にかける言葉じゃ無いわね」

「……そう言えば故郷の女子からも、ジンマルはオトメゴコロがわかっていない! とよく解らぬ事でドヤされたものだ」

「故郷の子達は苦労してるのね」


 ふむ、ジンマルねぇ。ジンマル、じんまる……。和国の、神丸……?


 ……ああ!

 出身国は分かってるのにどこで出逢えるか全く見当がつかない、『神出鬼没NPCランキング』上位の、あの神丸!?


 目の前の男の正体を把握したところで、筋肉バカが焦ったようにやってきた。


「おいおい、何の騒ぎだ!?」


 筋肉バカは神丸の向こうからやってきたせいか、辿り着いてようやく私達の存在に気付いたようだった。私をみて諦めの顔を浮かべたけど、別に私から喧嘩を売ったわけじゃ無いのよ??


「ううむ、お主はギルド長であるか」

「そうだ。ギルド員同士の揉め事は御法度だ。やるなら双方納得のいく条件下での決闘となるが……」

「ほう!?」

「受けるわけないでしょ」

「うぬぅ……」


 今私の強さを公開するわけにもいかないわ。


「ねえギルマス。この依頼なんだけど、明後日のあの件って事で間違いないかしら?」

「ん? ああ、間違いねえぜ」

「なら神丸、これを受けなさい。そうすれば私と正式に戦えるわよ」

「ほう、真であるか」

「ただし、得られるのは金貨100枚までだけどね」

「……何か事情があるのか?」

「簡単な話よ。私に負けて、成功報酬が得られないだけだから」

「!?」


 一瞬、に向けて『威圧』と『強圧』を同時に放った。本来は重ね掛けが出来ないスキルだけど、『グランドマスター』だからこそ出来る荒業だ。

 その結果、圧し掛かる重圧は2乗され、神丸ですら少し後ずさりせざるをえなかった。これで少しはくれるといいんだけど。


 一瞬すぎて、アリシアですら詳細は分からなかっただろう。私が何かをしたのは気付いてるかもしれないけど。

 そして神丸はというと、震えた手を握りしめ不敵に笑った。


「よもやこのような土地で、これほどの強者と相見えるとは……。ギルドマスター、某はこの依頼を受けるぞ」

「あいよ。じゃあ手続きすっからこっちに来い」

「ではまた会える時を楽しみにしている、白銀の女王よ」


 ギルマスに連れられ、去っていく神丸と入れ替わるようにしてリディ達が戻ってきた。


「シラユキ、大丈夫だった!?」

「へーきよー」


 少し落ち込むアリシアをハグしながら、いつもの調子で無事を伝える。リディはほっと一息付くも、警戒するように神丸の後ろ姿を眺めた。


「あの男、この辺りでは見かけない風貌だけど、只者じゃないわね」

「あの男は私の決闘の敵側に、助っ人として参加するみたい。けど心配しないで、負けたりしないから」

「応援してるわ、頑張ってね」

「ええ」


 その後、リディ達と少しお話をしてから帰路についたが、それでもアリシアは落ち込んだままだった。


『あの人、有名なNPCだったのね?』

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