第158話 『その日、酒場に寄った』
毒竜の解体を完了させ、素材類は全てマジックバッグへと投入した。内部は異空間になっているから、中の素材同士がくっついたり接触したりなんてことにはならないんだけど、気分的には良くないから念入りに『浄化』はしてある。
毒系はその内、マジックテントのコンテナに放り込まないとなぁ。その為にはソフィー達に教える必要があるんだけど、いつ教えようかしら。
驚く顔が目に浮かぶわ。ふふっ。
そして私は今、アリシアとスメリアさんの3人で、会議室の一室を借りていて、休憩中だ。うるさい筋肉バカは今ここにはいない。
流石にあの一連の解体作業は疲れたわ。私自身のスキルが何か成長したわけでもないし、使う予定がまるでない素材達だったから、得るものがないせいか疲労を感じやすいのよね。
生産スキルのスキル上げは、今回の何倍も集中力を要するけど、あれはやっぱり自分の成長を実感出来るし、得られるアイテムがあるからこそ楽しく継続出来るのであって、ただただ解体し続ける作業だと、どうしてもね……。
でも全部終わったときの達成感はしっかりとあるし、アリシアともさっき濃厚な『MPキッス』をしたから、プラマイ0……。いえ、プラスプラスね!
アリシアのお茶を飲んだ後は、先程のご褒美でフラフラとしているアリシアに、膝枕をして貰う。そして彼女が落ち着いてからは耳かきの合わせ技で、ひたすらのんびり甘え倒した。
この至福のひと時を邪魔するものは、誰であろうと許さないわ。
だから、憩いの最中にこちらへと走ってくる無粋な音が聞こえたので、今度は邪魔されないように魔力をふんだんに込めた氷で扉を塞ぎ、開かなくした。
あと、音も入ってこないように部屋の壁に沿うように風の膜を貼り、騒音対策もバッチリだ。
ふぁ〜、これでようやく、至福の時を堪能出来るわ。極楽……。
意識、飛んじゃいそう……。
「むにゃ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ふぁ?」
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、シラユキちゃん」
「むにゅ……」
ああ、居心地良くて眠っちゃってたわ。アリシアの膝でするお昼寝は最高ね。
「どれくらい寝てた?」
「はい、30分ほど。あのような作業をしたのですし、やはりお疲れだったのですね」
「えへ、そうかもー」
お膝の上で向きを変えて、アリシアのお腹で深呼吸する。
「スゥーーー」
「お、お嬢様!?」
「はぁぁ。……しあわせの香りがする」
「そ、それは、良かったです」
起き上がって座り直すと同時に、アリシアが新しいお茶を淹れてくれたので、ゆっくりと飲み干す。はぁ、落ち着いたらお腹空いてきちゃった。もうお昼も過ぎているし、どこかで昼食をとりたいな。
「お嬢様、まずはアレをなんとかしていただけますか」
「アレ? ……あっ」
アリシアが指した先、氷漬けとなった扉が目に入った。
眠ったことで風の障壁は制御が解けて消え去っていたが、物理的に存在してしまっているあの氷は、私が操作の権限を放棄してもその場に残り続けている。
こういうことができるから、土や氷は防壁としても優秀なのよね。特に氷なんかは、直接触れたら凍傷の危険があるし。
一度手放したと言っても元は私の魔力で生み出された存在だ。なのでもう1度パスを繋げば再び操作することも容易となる。
『パチン』
魔力を繋いでから指を鳴らし、氷を霧散させる。
すると、扉の向こう側にいた気配が動き、そっと扉が開かれた。
「……もう大丈夫なのか?」
筋肉バカが恐る恐ると言った様子で入ってきた。
「悪いわね、疲れて寝ちゃってたみたい。邪魔が入らないよう扉は封鎖していたわ」
「そうか……。スメリアも問題なかったか?」
「ええ、とっても可愛い寝顔を見させてもらいました」
「えへ」
「スメリアが良いなら構わん。それでシラユキ、コイツが代金だ。受け取ってくれ。正式に毒竜を討伐したことによる報酬と、頭部の買取額だ」
袋を受け取ると、ズッシリとした重さが伝わってきた。
「結構重いわね。いくら入ってるの?」
「白金貨80枚分だ」
「……多くない?? ピシャーチャは全身入れて300枚だったのよ。あれは中位竜クラスだから納得の値段だけど、今回は下位竜程度の討伐と、頭を渡しただけなのよ?」
「各地で確認したことだが、お前がシェルリックスでもナイングラッツでも、
「なるほど……」
毒竜の出現地点はナイングラッツの目と鼻の先だものね。
それに、シェルリックスからは確かにピシャーチャの討伐報酬は貰ってなかった。買取金に含まれてると思ったんだけど、そういえばアレは領主様が決めた価格だったわね。
「本来は、陛下の時のように大々的にパレードでもするものだが、シラユキは求めていないんだろう? だったらせめて、報酬として受け取ってくれや」
「……ありがと。受け取っておくわ」
「おう」
使い道が全くないんだけど。王都に豪邸でも建つんじゃない? 学園で過ごす3年間で、おそらくもっとお金は溜まっていくだろうし、卒業したらそんな感じで住居を構えるのもありかもね。
「ああ、それと毒竜の頭の公開だけど、私名義で公開してもいいけど決闘の後にしてよね」
「ああ、南の連中を叩くんだろ? 話は聞いてる、水を差すつもりはねえからよ」
「別に南の人だけじゃないと思うけどね。アンタも思うところがあるんだ?」
「学生時代、南の連中にはスメリアがよくちょっかい出されてたからよ。まあ、今でも南は商売敵なんだが」
筋肉バカがそう語ると、スメリアさんは懐かしそうに顔を赤らめた。あらあらご馳走様。
「お嬢様、残念ながらスメリアと筋肉バカは関係が良好のようですね」
「おいアリシア、残念って何が残念なんだよ!」
「言葉通りの意味ですが?」
「うふふ」
アリシアの元パーティメンバーだけあって、やっぱりストレートな物言いが多いわね。でもそれは、心底嫌いって感じじゃなくて、ある程度気を許してるところから来るライン超えをしないギリギリのところで戯れあってるみたい。
こんなアリシアは、私に対しては決して出さないけど、嫉妬したりはしない。だって辛辣なアリシアとか、泣いちゃうもん。私。
私とスメリアさんはしばらくの間、言葉で戯れ合う2人を柔かな表情で眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「申し訳ありません、お嬢様」
「ふふ、ヒートアップしていたわね」
「はい……」
アリシア達のじゃれあいが落ち着いたところで、私とスメリアさんで引き離し、お暇した。最初は軽い口論だったけど、殴り合いに発展しそうな雰囲気が出ていたものね。
まあ、それもフリだったのかもしれないけど……私ってそういうの読むのが苦手だから、よくわかんないし。
「そんな事より! 私、お腹が空いたわ」
「は、はい。承知しました!」
私たちは今、リディがお仕事に行っている酒場へと向かっている。
今彼女は、『踊り子』として直接お店側から指名依頼が来るほどの人気者で、今日もその依頼を通して出向しているみたい。人気者の指名だから高額な報酬が約束されてるみたい。店側は彼女と直接アポを取る手段がない為、冒険者ギルドを通して仕事を発注しているらしい。
そして彼女は、ここ最近そういう仕事を中心にお金を稼いでいるとか。
今まで彼女達『踊り子』や『ダンサー』は、職業に就いていない素人の踊り手さん達と一緒になって、酒場などに出されている求人へ応募したり、自ら売り込みをして踊ることでお給金を得ていた。
けど、先日私から齎された情報により、王家と教会の両者から『踊り子』と『ダンサー』の職業が存在していることが公開され、結果世間一般に認知された。それにより彼ら
例えば感情の昂りによる、近接戦闘能力の一時的な上昇。また、特殊な例としては心身を癒す効果なども見受けられた。それにより職業持ちの彼らに対する扱いは急上昇し、人々の憧れの対象であった『最上位職』というイメージも後押しして、酒場への売り込みという形ではなく、現在の店からギルドへの直接依頼という形に収まったのだ。
そういう経緯もあって、リディはすっごく私に感謝していたと、イングリットちゃんからも聞いている。
久々に会えるのが楽しみだわ!
「お嬢様、到着しましたよ」
「ええ、早速入りましょう」
アリシアと手を繋いだまま酒場へと入る。
その酒場は、柄の悪い連中が屯するような場所……ではなく、食事処と酒場が合体したような、民衆向けの施設だった。ちょっとお高い系だけど、貴族向けってほどでもない。
中はお昼を多少過ぎた頃合いだったからか、大繁盛というほどではないにしろ、それなりに人がごった返していた。みんなリディが目的なのかしら?
とりあえず2階の奥まったテーブル。酒場を見下ろせる席に着座して、ランチセットを2つ注文した。それと、せっかくだったのでドリンクはカップル用の物を頼んだ。
「お、お嬢様……?」
「せっかくのデートなんだもの。少しはそっち方面も楽しまないとね」
「はい!」
食事を楽しみ、ストローが一体化したカップルジュースを飲んでいると歓声が上がった。つい一瞬、私達の行為に熱狂したのかと思ったけど、違ったみたい。
1階奥にあるステージに置いてあったピアノの前に、1人の女性が立っていた。彼女は一礼すると、席についてゆっくりとピアノの演奏を始めた。
『状態異常『魅了』レジスト』
ん???
彼女がピアノの伴奏と共に歌を歌い始めると、観客達は静まり返り、その演奏を聞き入るように傾聴し始めた。
食器の音さえ鳴らさぬよう、最新の注意を払っているかのようで、ここで咳払いの一つでも入れれば睨まれること間違いなしの空気を出している。
それにしても、『魅了』か。歌と演奏で『魅了』を与えられるのは、一部の種族と、一部の職業だけだ。そしてその効果にも違いがある。
悪意を持って『魅了』を使えば洗脳のようなものとなり、弱い『魅了』であれば人の心を落ち着かせ、演奏を聞き入らせる為などに使われる。
アリシアは……。聞き入ってはいるようだけど、『魅了』には掛かっていないわね。様子を見る限り、レジストされた通知は届いていないみたい。
こういうレジストの通知は、プレイヤーである私だけはしっかり感知できるんだけど、他の子達は『デバフアーマー』を使わないと、たまに通知が来ないみたいなのよね。
不確定要素が多いけど、なんでなんだろう。
まあそれはさておき、余計なことを考えていたら演奏が終わっちゃった。良い歌と曲ではあったんだけど、『魅了』が気になり過ぎてそれどころじゃなかったのよね。
立ち上がり、一礼する彼女を視る。
「『観察』」
**********
名前:カーラ
職業:吟遊詩人
Lv:37
補正他職業:槍使い、シーフ
総戦闘力:1605
**********
「やっぱりかー」
「お嬢様?」
「彼女、『吟遊詩人』みたいね。それも結構実力があるわ」
演者としてだけど。
戦闘能力は後衛職側だから、ソロで戦うにはちょっと厳しいかもだけど。
それを聞いたアリシアも同じように視た。
「なるほど……。では彼女も、お嬢様に救われた存在なのですね」
「うん?」
彼女を?
「はい、リディエラ様の『踊り子』と同じように、『吟遊詩人』はハイランクの職業であると伝え広めたではありませんか。『最上位職』ほどではないにせよ、『上位職』を雑に扱う者はいません。こうしてそれなりの格を有する食堂で演奏出来るのも、お嬢様の触れ込みあってのことかと」
「そ、そうかなー。あのお姉さん、綺麗な人だし演奏も上手なら引っ張りだこだと思うんだけど」
「いいえ、それは違います。今までは『吟遊詩人』という存在は趣味の延長線に位置するような存在として認知されていました。その為、どれだけ歌や演奏が上手くとも蔑ろにされがちだったのです。ですが、『上位職』になる為には長い時をかけ、血の滲む努力や才能が必須となります。そんな彼女達を蔑む者達はもう居ないでしょう。今まで蔑ろにしていた者達はきっと、バツが悪い事でしょうね」
そっか。私の思いつきの発言は、彼女達のような存在も救えていたんだ。
なんだか不思議な気持ち。
「それにしても、長い時をかけ、血の滲む努力や才能、かぁ」
「如何されましたか?」
「リリちゃん、半月で『魔導士』になってたなーって」
「うっ。そ、それは……」
「それは?」
「……お嬢様、あまりいじめないで下さい」
「ふふ、ごめんなさい」
まああの子の努力を笑うつもりはない。むしろ命の危険を乗り越えて得た経験なのだ。血が滲んでいたのは間違いではないもの。
『おおおおお!!』
先程以上の歓声が起きる。
何事かと思っていると、先程の女性カーラさんの隣に、煌びやかな衣装を纏った妖艶な美女がいた。
ううん、あれはリディだわ。
あの場にいる彼女は、寝起き時のものぐさな彼女を微塵も感じさせないわね。職業の力無しに、ただその場にいるだけで人を惹きつける魅力を放っている。
ふふ、とっても綺麗よ、リディ。
そうしてリディの後ろに2人の少女が並ぶ。彼女達は……うん。『踊り子』ではないわね。バックダンサーってやつかしら。
カーラさんは楽器をピアノから弦楽器に持ち替え、奏で始めた。そうしてリディが中心となって舞が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『パチパチパチパチ』
踊り終わった彼女達に向け、私は心からの拍手を贈った。
彼女が見せた踊りは『戦武の猛りI』に『慈愛の踊りII』。
前者は前衛の心を鼓舞させ、戦いへの意欲を刺激することで攻撃力を上昇させるバフ付きの踊りだ。ゲームで見るのと生で見るのとでは、やっぱり臨場感が違うわね。
そして後者は、
『最上位職』としてだけでなく、この効能が知られれば『踊り子』は今まで以上の待遇を受けることだろう。なにせ、彼女の踊りを
あとは踊りの繋ぎに、彼女のオリジナルの踊りが少々。
効能を度外視しても、彼女の踊りは素晴らしかった。彼女が出せる全力の踊りを堪能できて、私は涙を流し、それに感化されたスピカが飛び出した。
『〜〜?』
「ふふ、大丈夫。ありがとうね」
『〜〜!』
甘えてくるスピカを撫でて可愛がっていると、この子の鱗粉が視界に入ったのだろうか。
リディが私たちの存在に気が付き、役者の顔から一気に、女の子の表情へと変化した。ふふ、『踊り子』としての顔も綺麗でいいけど、やっぱりこっちの顔のリディの方が好きだわ、私。
『CHRが高いと、あんな風に見えちゃうのね!』
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