第155話 『その日、襲撃された』

 イングリットちゃんとの儀礼的な儀式を終えた後、いつまでも大事な彼女を独り占めにするのもどうかと思ったので、外にいた子供達と遊ぶことにした。

 モニカ先輩は意外そうな顔をしていたけど、私だって子供が好きなんだからね!


 流石にこの状況下で、彼らに魔法を教える事はできないけれど、今は私の存在を覚えてもらうところから始めようと思う。

 女の子達は、お花で遊んでいたりおままごとをしていたので、私も混じってみると一瞬でお友達になれた。彼女達は綺麗なイングリットちゃんに憧れているらしく、最高にカワイイ私を見て、イングリットお姉ちゃんはお友達も綺麗なんだね! とか言って喜んでいた。

 あと、年長組はお化粧とかにも興味があるみたいだったので、私特製の香油をプレゼントしてあげた。勿論イングリットちゃんにも渡してあるので、管理や取扱は彼女に任せてしまおう。


 そして男の子達はワンパクで、お庭を駆け回ったり騎士ごっこをして遊んでいた。当然私みたいな超絶カワイイ美少女を見て戸惑っている様子だったけど、急遽モニカ先輩とのチャンバラ劇を見せることとなり、盛り上がった結果彼らとも仲良くなれた。

 ふふん、私はただの美少女じゃなくて、戦えて強くてカワイイのよ。


 その後は、彼らの日課である孤児院の掃除や、料理の手伝いなどを一緒にやったりもした。

 アリシアやイングリットちゃんには、危ないからだの、お客様にさせられないなどと止められた。けど、私のお願い攻撃がクリーンヒットしたのか、彼女達は膝から崩れ落ちてしまった。

 2人には悪いけど、孤児院の子達とは生活の一部を共にした事で、とっても仲良くなれたように思う。


 そうして一緒に食事を頂いた後、少し休んでからモニカ先輩と一緒に寮へと戻ることになった。子供達は私との別れを惜しんでくれて、とっても嬉しかったけど、また来る事を約束して、お別れした。

 子供達と過ごした時間は短かったけど、彼らにつられてちょっと泣きそうになったのはヤバかったと思う。よく耐えたわ、私。ナイスガッツ。


「シラユキちゃん、今日はありがとう。あの子達、とっても楽しそうだったわ」

「いいえー、私も楽しかったですし」

「それは良かった。でも意外だったわね、シラユキちゃんって結構、子供達の扱いに慣れていたというか……」

子供が好きですから」

「……? そうなのね」


 モニカ先輩は、私のニュアンスに引っかかったのか、一瞬不思議そうな顔をした。


「まあ良いわ。それより、また向こうで遊ぶ時は宜しくね」

「はい。時勢が落ち着いたら彼らにも魔法を教えてあげたいですし。……あ、そう言えばモニカ先輩には、まだ教えていなかったですね」

「あー、そうねぇ」

「どうします? 今から教えましょうか?」

「ううん、良いわ。興味はあるけど、シラユキちゃんはまだまだ忙しいでしょうし。……そうだわ、今度うちに遊びに来たときにして貰えない? お母様は貴女の魔法にも興味津々だから」

「良いですよー。決闘が落ち着いたら必ず」

「ふふ、ありがと。……ん?」


 私達の行手を、見覚えのない男達が阻んで来た。

 時刻は夕暮れ時。街に差し込む茜色の光は、王都を夜の世界へと連れて行こうとしている。今私達がいるのは平民街を少し外れた場所。人通りも少なく、襲撃するには絶好の場所とタイミングなのだろう。案の定、周囲に人影は無いようだし。

 ただ、マップにはちゃんと周囲に人がいる事はわかっている。こちらに気付いていないか、もしくは関わりたく無いと思ってあえて避けているのかのどちらかね。

 なんなら、敵意というか、害意をむき出しにしてこちらの行手を遮ろうとする連中がいるのは、事前にしっかりと見えていたので、あえて人気のないこの場所まで誘導したつもりだった。


 ここでまた1つ、マップの便利な機能がある。

 敵意や害意を現す赤い印だが、人間が赤くなるタイミングによって、どういう種類の敵対行動なのかが一目見てわかるのだ。

 まず、を認識して初めて赤く光るタイプ。これは、私を目視したことで、私を害そうという気になった者で、最初からそのつもりではないと言うこと。

 そしてもう1つは、私の視界外から既に赤かった奴ら。これは最初から待ち伏せをしていて、私個人、もしくはやってくる人間を無差別に襲ってくる悪い奴ら。


 で、今回はその後者である。

 ずーっと前。なんなら、教会から外に出た辺りから、ずっと赤かったわ。イングリットちゃんに言われたことを思い出して、教会を出る前に起動したら案の定でびっくりしたわ。

 彼らは、他の人たちを完全に無視して私達が来るのをひたすらに待っていた。

 なんか、変な恨みでも買ったかな。と思ったけれど、その顔ぶれは見たことのない人たちで。でもこちらに向けてくる害意は本物で。


「へぇ、結構な上玉じゃねえか」

「貴方達、何のようかしら」


 モニカ先輩は、臨戦態勢で声をかける。あからさまに敵対的だけど、それだけだと先に手を出しづらいわよね。


「俺達が用があるのは、そこの銀髪の女だ。お前に用は無いが、一緒にいたのが運の尽きだったな。貴族の女ならそれなりに金になる。許しを乞うなら、身代金が支払われるまで手は出さないでおいてやっても良いぜ? ギャハハ!」

「なんですって?」


 耳障りな笑い声ね。そいつらの発言にモニカ先輩は顔を顰め、アリシアはぶちギレ一歩手前だった。顔の表情が凍りついている。

 うーん。にしてもコイツら、何が目的なのかよくわかんないわね。私だけを目的としている以上、それを指示した人間がいるわけで。

 そう考えている間にも、向こうさんの名乗り口上は続いていた。序盤から聞くに耐えない内容だったから完全に聞き流していたけど、別に大丈夫だったよね?


「話は終わった? ところで、こいつら何か重要なこと言ってた?」

「え、シラユキちゃん、聞いていなかったの?」

「大丈夫です、お嬢様。モブに相応しい名乗りでしたので、覚える価値すらありませんでした」

「そ。なら良いわ」


 私の対応があまりにドライだったからか、彼らはまた騒ぎ立てる。ソレを私は、言葉と認識することすらせず、騒音の一種として聞き流すことにした。


「で、あんた達誰の差金?」

「へっ、お前が知る必要はねえ」

「あっそ」


 最近買った恨みと言えば、1つしか無い。決闘関係ね。

 なら、この刺客を放った奴本人か、その関係者がどこかで見て……。あ、コイツかな? それっぽい反応が遠巻きにいるわ。

 なら、コイツを倒すにしても逃すにしても、私の実力を見せるのは得策じゃ無い。震えて怯えてるように見せようかしら。

 討伐に関しては、忠誠心カンストの美少女メイドに任せてしまおう。うちのアリシアは綺麗でカワイイだけじゃないってのを思い知らせるわよ!


「アリシア、ゴミ掃除の時間よ」

「承知しました」


 期待の眼差しを送ると、それに応えるようにアリシアが短剣を抜き放つ。その隣で、モニカ先輩も自前の武器を手にした。どうやら戦ってくれるみたいね。

 それは、魔物の爪を用いて作られた、拳用の武器だった。

 モニカ先輩は肉弾戦派なのか。


「アリシア姉さん、私にもやらせて。ちょっと今、虫の居所が悪いのよ」

「承知しました、モニカ様。では参りましょうか」

「ええ!」


 アリシアは高速で動き、容赦なく手足の腱を斬る事で相手を行動不能にして行く。

 対してモニカ先輩は、インファイトがお好きのようで、魔法を用いずに超接近して殴る蹴るの大立ち回り。相手が武器を持っていようと構わず懐に潜り込み、剣身を直接叩いたり相手の顎を突き上げたり。同じ格闘家相手には、より素早い動きで立ち回り、カウンター攻撃で沈めて行く。


 拳のみならず脚を使ったパフォーマンス寄りの攻撃も多くて、見ていてとっても楽しいわ。

 中でも、飛び蹴りや踵落としと言った豪快な足技が炸裂することがあり、そんな時はスカートがふわりと捲れ上がったりするんだけど、防御はきちんと対策されているようで、中にはスパッツらしきものがチラ見えした。

 いや、うん。私的にはそっちの方が好きだから良いけどね。


 にしてもモニカ先輩の動き、喧嘩慣れしていると言うか……。やっぱりどこかで見たことがあるような気がするのよねぇ。ううーん。


 まあそれはともかくとして、あれが片付くのは時間の問題ね。20〜30人いた敵が、今ではもう半分を切り始めてる。私は私で出来る事をしよう。

腰を抜かしたフリをして、フラフラした感じで建物へと寄りかかり、周囲に聞こえるか聞こえない程度の声量で呟く。


「エイゼル」

「申し訳ありません、私が代わりに」


 そう言って、街中の陰から現れたのは、町人に擬態したツヴァイだった。


「おろ。2人はどうしたの?」

「はい、エイゼルは信頼のおける衛兵を呼びに行きました。ドライは周辺の警戒です」

「そ。なら良いわ。奴らの尋問はそっちに任せて良いかしら」

「お任せ下さい。シラユキ様は何をなされてるので?」


 私がいつもとは違う様子に面食らった様子。ちょっと心配そうな顔をしてるし、良い演技ができているみたいね。


「正面右奥の建物の陰から、こちらを覗き込んでいる不届き者がいるのよ。コイツには誤った情報を持ち帰らそうと思ってね。誰か1人、そいつの追跡をお願いするわ」

「捕らえなくて宜しいのですか?」

「色々考えたんだけど、襲撃は無駄骨に終わったことを報告させるのに使いたいわ。あと、オマケで私は背後で震えて見ていただけって報告してもらえれば御の字ね。ついでに情報収集出来れば万々歳」

「承知しました」


 ツヴァイは一礼すると、路地へと消えていく。きっとドライを呼びに行ったのかな。

 そうこうしているうちにならず者達は退治され、彼女達が心配そうに駆け寄って来てくれた。

 コッソリと演技である事と、監視している奴の対処と説明をした。


「なるほど。怯えるお嬢様は大変可愛らしいものでした。そやつもきっと勘違いをしてくれた事でしょう」

「えへへ、ほんとー?」

「もう、ビックリしたわ。それで、そいつはまだ見てるわけ?」

「いえ、どうやら逃げ出したようですね。ドライが追いかけています」

「そう、これで一安心ね」


 そうこうしている内に、衛兵達が駆けつけて来てくれた。

 彼らはモニカ先輩の顔をよく知っているようで、事情聴取もそこそこにすぐに帰してくれた。先輩、顔が広いのね。

 ならず者達は知らなかったみたいだけど。


「はーっ、スッキリしたわ」

「お疲れ様でした、モニカ先輩。カッコ良かったですよ」


 良いものを見させていただいたわ。


「ふふ、ありがとね。それにしても良かったの? あいつらを衛士隊に任せちゃって」

「こっちで呼んだ分なので平気ですよ」

「そうなんだ、手が早いわねぇ。にしても、シラユキちゃんも気付いてると思うけど、こいつらを雇ったのは決闘参加者の誰かよ。決闘を挟まずにこんな連中をけしかけてくるなんて、許せないわね」

「あんな雑魚でも、大人数集まれば一般人には恐怖ですよね。それを手足として、他者を従わせるために常時使ってるなら、どんどん潰していかないと」


 非力な女の子や平民が、あんな武力をちらつかされれば従うしか無い。

 全部の貴族がそうでは無いとは言え、一部でもそんな連中がいる以上、安心して学園生活を謳歌は出来ない。それに、そんな連中が好き勝手にできるルールがあるのなら、今後の為にもこの決闘の褒美に、ルールの改正まで持っていくべきね。


 もし今日のこれが、一個人の戦力として使われたのなら、明日も別の勢力から襲撃される可能性があるのかしら?

 まあ、来たら来たで、その時撃退すれば良いか。


「それにしてもショックだったわ」

「何か嫌なことがあったんですか?」

「だってさっきの連中、シラユキちゃんの事は認識出来ていても、私の事を知ってるやつが1人もいなかったのよ。私もまだまだって事よね」

「まあ私は、特徴的なこの銀髪がありますからね。この国でこんな目を引く銀髪、私以外にまだ見てませんよ」

「確かにね……」

「それにほら、私って特別カワイイですし?」

「仰る通りかと!」


 カワイ子ぶってみると、アリシアから全力肯定される。それを見ていたモニカ先輩は、たまらず吹き出してしまったようだ。


「ぶふっ! もう、貴女達って本当に最高ね!」

「お褒めに預かり光栄です」


 ふふ、今日も1日楽しかったわ!



◇◇◇◇◇◇◇◇


 円卓を囲むのは複数の男達。皆、誰もがこの世の全ては自分の思うがままだと信じてやまない目をしていた。そんな中、男達に想定外の報告が届いた。


「失敗しただと!?」


 年若い男が怒りをあらわにすると、男の従者は深く深く頭を下げた。


「申し訳ありません。対象の周囲にいた者がとりわけ優秀だったようで……」

「警護がいたのか……。それで、その警護をしていたのは何者だったのだ」

「はっ。報告にあったエルフのメイドと、『狂犬』でございます」

「『狂犬』だと!? まさか生徒会副会長が護衛にまわっているとは誤算だった……くそっ!」

「いえ、どうやら対象は教会から出て来たらしく、その時偶然にも一緒になったのだと思われます」

「……行きの時は共にしていなかったと?」

「そのようで……」

「くっ、運の良い女だ」


 嘆く男とはまた別の男が会話を継ぐ。


「まあ良いではないか、『狂犬』が居たのは不運だったが、メイドの質が分かっただけでも僥倖としよう。そのメイドが持っていた武器は業物だったのだな?」

「はっ。メイドの尋常ならざる動きや、武器の輝きから察するに、魔剣に類するものだったように思えます」

「ほう……。やはり例の景品以外にも魔剣を所持していたのか。そのメイドも何とかして手に入れたいが、契約に入っていないのは難点だな」

「そして対象ですが、戦いが始まるやすぐさま物陰に隠れ、震えていたように見えました」

「ふん、やはりか! あれほどの宝具を持ち、あのような世迷いごとを言い放つなど常軌を逸していると思っていたが、よほどの世間知らずだったようだな。魔法や座学といった成績は優秀なのかもしれないが、いざ大人数に囲まれると震えて逃げ出すなど、そこらの女子と変わらんではないか。……大貴族を救ったという話や、化け物を退治したという与太話までが飛び交い警戒していたが、要らぬ心配だったな」


 また別の男が同意した。


「そうだな。だが、相手の懐にはまだ余裕がある事が分かったのだ。決闘の前に勝負をつけ、我々にとって良い結果となるよう報酬を変えさせようではないか」

「確かに。あのメイドを捨て置くのは勿体ない」

「あの世間知らずには過ぎた宝だ。我々が有効活用してやらねばな。はははは!!」


 下品な声で笑い合う男達。そんな彼らの会話に、聞き耳を立てる者が近くに潜んでいることを、彼らは知る由も無かった。

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