第154話 『その日、無償の愛を配った』

「イングリットちゃん!!」


 孤児院へと入り、中には誰もいないこと。そしてアリシアが玄関の扉を閉じたことを確認して、すぐさま彼女に飛びついた。

 私に襲い掛かられたイングリットちゃんは、別段驚くことも怒ることもなく、ただただ慈愛に満ちた優しい表情で、抱擁を受け入れてくれた。


 そのままの姿勢でズルズルと応接間まで進み、3人で横並びに座る。勿論シラユキちゃんが真ん中である。

 こう言う席だと、普通は向かい合う対面席に座るものだけど、そんなのシラユキちゃんは知った事ではない。私が望む座り方はこうよ!


「シラユキ様、お久しぶりです。アリシア様も」

「イングリット様、ご無沙汰しております」


 イングリットちゃんに甘える私をよそに、2人は微笑み合う。でも私には関係ない。

 今は彼女をめいいっぱい堪能するのよ!


 ああー、この肉厚柔らかボディー最高ー! またいつか抱き枕にして眠りたいなぁ……。


「シラユキ様、今日は如何なされたのですか? 教会に何かお急ぎの用事が?」

「うん? イングリットちゃんに会いにきたのよ。せっかく学校がお休みなんだもの。別れてすぐは忙しかっただろうけど、そろそろ落ち着いたかなと思って見にきたの」

「ああっ、私なんかの為にありがとうございます。それで、教会にはどのような理由で?」

「だから、イングリットちゃんに会いに来たんだってば」

「えっ?」

「うん?」


 なんだか噛み合わないわね。


「イングリット様。お嬢様はお世辞抜きに貴女にだけ会いにきたのです。教会に何か用事があったわけでも、たまたま近くを通りかかった訳でもありません。学園から出て花屋を目指し、そのまま真っ直ぐこちらへと進まれたのです」

「……!! シラユキ様とまたお話出来るだけでも幸せですのに、私のために会いに来てくださるなんて」


 うん? イングリットちゃん、思考回路変わった?


「イングリットちゃんどうしたの? 旅をしていた時とは様子が違うような……」

「そうですね。……イングリット様、お嬢様は尊く美しい至高の存在では御座いますが、他人行儀に接してはお嬢様が悲しまれます。今までと同じようにして下さい」


 アリシアがそう言うとイングリットちゃんは気落ちしたように頭を下げた。


「……も、申し訳ありません。シラユキ様を悲しませるつもりは無かったのですが……」

「イングリットちゃん、何かあったのなら教えてくれる?」

「はい……」


 そうしてイングリットちゃんはポツポツと語り始めた。

 なんでも教会に帰ってきた彼女は、すぐさまお偉いさんに私との出会いを報告したらしい。そして語られた内容から、私という存在は、教会が信奉する女神の生まれ変わりなのではないかという声が上がり始めた。まあ、やった内容が毒の完全『浄化』や元凶の竜討伐に加えて、『リカバリー』の無料配布だもんね。そうなっちゃうか……。


 そして陛下からも、それを後押しするような情報が伝達されて、その意見に追従する者が何人も現れたとか。その結果、イングリットちゃんの私に対する態度を改める必要があるという風潮が強まったらしく、その結果がさっきのアレのようだった。


 うーん、神格化の弊害ね。


 だからさっきのお姉さんも、念押しをしていたのね。


「イングリットちゃんは私の大事な友達よ。そんな畏まる必要はないわ。だから今まで通りに接して欲しいわ」

「……はい。ありがとうございます、シラユキ様」


 イングリットちゃんは涙を見せながらも、今日一番の笑顔で答えてくれた。うんうん、こうでなくっちゃ!

 イングリットちゃんを抱きしめ、堪能しつつも落ち着かせると、次第に王都までの道中行動を共にしていた時の彼女へと戻ってくれた。


「シラユキ様、リディエラ様にはお会いされましたか?」

「ううん、まだだよ」

「そうでしたか。彼女とはお休みの日によくお話をするのですが、シラユキ様のおかげで生活が一変したようです。とても会いたがっておりました」

「そっかー」


 イングリットちゃんはこの王国に所属しているけど、リディは初めての土地だもんね。知り合いなんて私達以外に居ないし、私とは中々会えないわけで。その結果、同志であり仲間であるイングリットちゃんと、頻繁に会う結果となったと。

 ……それにしても。


「イングリットちゃん、少し見ない間にバストサイズ大きくなったね?」


 元から大きかったけど、先月揉みしだいた時より重量感が増したように思える。タプタプ。タプタプ。


「あっ、ん。そ、そうでしょうか」

「ええ、私の目と感触がそう告げてるわ。……はっ! まさか誰かに揉まれてたりするの? イングリットちゃんは私のなのに、一体誰が……!」

「もっ、揉まれてません! 身体を許しているのは、シラユキ様だけです」

「えっ、そう? それなら良いんだけど」


 でもこれだけ大きくて優しいお姉さんなんだし、孤児院の子供達にイタズラで揉まれてそう。まあそのくらいで目くじらを立てたりはしないわ。

 モミモミ。モミモミ。


「んっ。あの、いつまで……」

「あ、ごめんね。なんか楽しくなっちゃって」


 と言いつつも揉む手は止めない。モミモミ。


「んぅ……」


 声を抑えるためか、指を咥える仕草がまた……んんっ!

 それにしても、やっぱり大きい胸は良いわね。ここには夢と希望と、愛と幸せが詰まってるわ。シラユキの身体は綺麗さとバランス重視だからそれなりのサイズに留めてるし、アリシアも大きい方なんだけど、やっぱりここまでの巨大さはないから満足感の違いはあるわね。モミモミ。


「はん」


 あまりにも揉み続けたせいか、アリシアったら自分の胸を見て何か考え出しちゃった。

 違うのよ、アリシアはアリシアで良いのよ? モミモミ。


「んふっ、シ、シラユキ様。だ、大事な」


 でもこれはこれというか、別腹というか。


「お話が、ありますのでっ。この辺りで、許してください……」

「あら」


 考え事をしていたら、イングリットちゃんは息も絶え絶えの様子だった。……エロい。

 こんなお姉さんがいたんじゃ、孤児院の子達の初恋は、全員失恋で終わりそう。


「じゃあ名残惜しいけど、んっ」


 イチャつきの締め括りとして、不意打ちのキスをした。

 家族やソフィーには、顔に出るからか雰囲気でわかるのか、不意打ちが全然決まらないんだけど、イングリットちゃんは久々だから効果抜群ね。ちゃんと驚いてくれたわ。


「んっ! ……はぁ、唐突過ぎます」

「ごめんね。それで、なあに? 困りごと? しつこく言い寄って来る迷惑な男がいるなら、世界から消してやるわよ」

「ち、違います! そうでは無くて、教会の事なんです」

「ふむ?」


 もしかしてソレが、上の方々がイングリットちゃんに下手に出るようお願いをした、本当の理由なのかしら?


「シラユキ様は今の教会が、どんな状態で成り立っているかご存知でしょうか」

「それって運営費とかの事? 確か国からの支援金や、信者からの寄付金、それから治療した患者さんからの治療費とかかしら」

「はい。その通りです。そしてそのお金を使って、教会の維持や孤児院の運営費。そして『神官』達のお給金となっています。ただ、それよりももっとお金がかかっていることがありまして……」

「ふむふむ」


 なんだっけ。どこかで聞いたことがあるような、ないような?


「こんな事をシラユキ様にお願いするのは気が引けるのですが、『リカバリー』の魔法書。もしお持ちでしたら、その……安く、お譲りいただけないでしょうか」

「ああー」


 そっかそっか、それがあったわね!

 ただのボール系魔法ですら金貨数十枚とか数百枚とか頭のおかしい状況なんだから、より一層出にくい『リカバリー』なんて、とんでもない値段になるわよね。

 しかもパーティシステムが使えないから、『神官』達のレベルも育っていない。自分たちで取りに行くこともままならないわよね。

 私がナイングラッツの街で、アリシアを経由して無償で魔法書を配った事からこんな話になったのね。


 こういうところでもこの教会の方針と言うのかしら、謙虚さが出るわね。神がどうのこうのという理由で無料で進呈するべきだの、強権で寄越せとも言わずに、可能であれば安く売って欲しいと。うんうん!

 シラユキちゃん、いっくらでも上げちゃうわ!


「イングリットちゃんには言わなかったっけ、私が簡単に魔法書を配る事が出来ていた理由」

「……はい。直接はお聞きしていません」

「でも見当はついてるんでしょ? それは報告しなかったんだ?」

「はい。シラユキ様のご好意で助けて頂いた身。私の一存で貴女様の不利益になるようなことは致しません」


 イングリットちゃんはまっすぐこちらを見ながら答えてくれた。あぁ、イングリットちゃんのこういう所が好きなのよね。

 彼女には、確かに魔法書を作れるとは明言しなかった。でも『グランドマスター』に関しては説明をしているから、『紡ぎ手』の能力が十全に使用出来る事は理解しているはず。にも関わらず、彼女はそれを報告しなかった。


 やっぱり、彼女を信頼してよかったわ。


「素晴らしいですね。流石はお嬢様が認めた方です」

「あら、イングリットちゃんを先に認めたのはアリシアでしょ」

「ふふ、そうでしたね」

「わ、私は当然のことをしたまでですから……」


 そう言うイングリットちゃんに頬擦りをして、改めて確認する。


「可能な限りの魔法書を、今からここで書き上げるわ。勿論お金は要らないわ。その代わり、またイングリットちゃんを抱き枕にさせてね」

「ああ、ありがとうございます、シラユキ様! 私の身で良ければ、いくらでも好きになさってください!」


 いくらでも!?


「んんっ、それで、『リカバリー』の魔法書は、この教会だけで何枚足りていないの?」

「『神官』で会得出来ていない者は、確か27名です。見習い達を含めると、100人を超えてしまいますので、今は無理しないで下さい」

「100は流石にしんどいわね。でも27枚くらいならどうとでもなるわ。教会で使っている上質な羊皮紙ってあるかしら?」


 『リカバリー』の紙は普通の羊皮紙で済ませてしまって、上質な紙はお仕事代として貰ってしまおう。


「はい、余分に貰ってきますね」

「よろしくねー」


 またしても色々と揺らしながら出て行ったイングリットちゃんは、すぐに戻ってきた。


「早かったわね?」

「心配だったのか、外に沢山の方がお見えになられてましたので、折角ですからお願いして参りました」


 あら、上司とかに丸投げしてきたのね。

 それなら、良い質の物が手に入りそう。


「外かぁ。そういえば甘える事に夢中で、マップを開いていなかったわね」

「周囲の敵対者を把握できると言う技能の事ですね。信頼して下さるのは有り難いですが、シラユキ様ほど美しく、素晴らしい力をお持ちの方には、よからぬ考えを持つ者もいるでしょう。どうか、お気をつけて下さいね」

「ありがと。でも大丈夫よ、今は優秀な護衛もついてるし。……ところで外の人達って、そんなに凄いお偉いさんとかもいたの?」

「はい。神官長や、司教様。教皇補佐の方まで来ていらっしゃいました」

「わーお」


 随分な人達が来てるのね。

 教会の階級がどういうものなのか知らなかったので、この機会に聞いてみると、結構な役職があるみたいだった。


 神官見習い < 神官 < 神官長 < 副助祭 < 助祭 < 司祭 < 教皇見習い ≒ 聖女見習い < 司教 < 大司教 < 枢機卿 < 教皇補佐 < 教皇 ≒ 聖女


 凄く細かくてビックリしたわ。実際「<」や「≒」に若干の差はあるみたいだけど、大体あってるならそれで良いわね。手伝いはしても入信するつもりはないし。……それに、入ったら無条件で最上位扱いされかねないし。


 ちなみにさっきここまで案内してくれた女性が司教様だったらしい。

 割と上の方の人だったのね。


「それにしても、外で待ってるなんて……。皆、ひまなのね」

「「……」」

「まあ良いわ。そんなに暇ならその人達に呼んできてもらおうかしら、『リカバリー』を習得していない『神官』の人達を」

「承知しました。すぐさま伝えてまいります」


 なんとも言えない顔をしていたイングリットちゃんだったけど、私の言葉を聞いてすぐに行動に移ってくれる。

 行ったり来たりさせちゃって申し訳ないわ。


 そうして、イングリットちゃんや教会の人達の協力もあって、教会に所属する『神官』達は、無事に『リカバリー』を習得する事が出来たようだった。

 ちなみに見習いの人たちっていうのは、100回治療の『試練』がまだ完了していない、レベル0の人達の事を指すようで、レベル1へとなれた人達がようやく、正式に『神官』となるようだった。

 まあ、試練を突破出来ていないのは、スタートラインにも立てていないのと同義だし、『神官』として扱えないのも理解できる。そりゃそうだわ。


 教会のお偉いさん達は私に挨拶やお礼がしたいみたいだったけど、とりあえずその場に来ていた中で一番権力の強かった教皇補佐の人に、代表として済ませてもらった。

 だって私、当初の目的としてはイングリットちゃんに会いに来ただけなんだもの。彼女との貴重な時間を減らしたくないわ。


 本格的に教会のお手伝いをして、改革に手を出しても良いんだけど……。今はまだ、その時ではないわね。

 こちらの準備も整っていないし、決闘も終わっていない。彼らに対して出来る支援は、いまのところこのくらいが限界だと思う。

 イングリットちゃんにだけは正直でいようと思ったので、そのまま彼女に伝えてみると、真意は伝わったようでとても喜んでもらえた。

 それに、今すぐどうにかしないとダメになるような脆い組織でもないので、急がなくても良いとも言ってくれた。


 お偉いさん方には帰ってもらい、再びイングリットちゃんと3人で楽しい時を過ごしていると、ふと思った事があったので聞いてみた。


「そう言えばイングリットちゃん。『聖女』の話はどうなったの?」

「はい。『聖女』に必要な巡礼の儀式はつつがなく完了したのですが、転職はまだ神に許されていないようでしたので……。今は『聖女見習い』という立場を預からせてもらっています」

「そうなんだ、とっても昇進したのね。今の強さ、見てもいい?」

「勿論です! ご自由にご覧下さい」


「『観察』」


**********

名前:イングリット

職業:神官

Lv:17

補正他職業:魔法使い、魔術士

総戦闘力:791

**********


「なるほどね。このまま『神官』のレベルが40になれば間違いなく『聖女』になれるわ。頑張りなさい」

「……!! はい、頑張ります!」

「それと、私の教えた練習方法。かかさずやってるかしら?」

「はい。治療に来る方々を対象にしたり、教会内部での掃除や汚れ取りに『浄化』を積極的に行なっています。スキルも順調に成長し、あれから27まで成長しました」

「良いわね」


 出会った当初は、スキルが12と貧弱だった。

 それでも、彼女の年齢から考えれば、頭1つ抜きん出たー有望株だったらしいのだが。


 本来、『浄化』によるスキル上げは、対象の穢れの多さに比例して成長力も変わってくる。

 私の退治した邪竜や、アリシアが『浄化』しきった毒の川に比べれば、日常生活のゴミや汚れでは大した成長は望めない。でも、ちりも積もれば何とやら。怪我人の治療も後押しして、それなりに成長をしてくれているようで安心したわ。

 そんな彼女には、ご褒美をあげなくっちゃ。


「頑張っている貴女に、相応しいものをあげるわ」


 事前に用意していたソレを、イングリットちゃんに手渡す。それが何なのかを一瞬で理解した彼女は、恭しく受け取りそれを読み込んだ。

 魔法書は瞬く間に灰となり、イングリットちゃんは私の前に跪いた。


「シラユキ様。頂いたこの御力、必ずや私の糧とし、『聖女』となる為の力へと役立てる事を誓います」


 久々に見た彼女の祈りポーズは、美しかった。

 彼女の想いに応えるべく、私は祈る彼女を見下ろしながら心からの言葉を贈った。


「期待しているわ」


 アリシアは私の後ろで感慨深そうに頷いていた。


『じゃあ、アリシアも聖女見習いになるのかしら?』

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