第141話 『その日、授業を受けた②』

「……知ってるとは思うけど、私の名前はシラユキよ」

「ああ、知ってるとも。……なんだ、その不思議そうな顔は」

「え!? あ、ううん。何でもない、よ?」


 やば、顔に出てたかな。


「……父上から、君は丁重に扱うようにと厳命されている。だが、それがなくとも暴力や権力を振おうなどとは考えていない」


 やだ、バレてた。

 ……ん?


「丁重に扱うという割には、口説いていたわよね?」

「何を言っている? 俺の妃になれば今後の人生安泰だろうが。それに、君はこの学園で敵を作りすぎている。私の妃となることで、少しでも緩和出来ればと思ったまでだ」

「……」


 あれ、コイツってこんな馬鹿だったっけ? 妃になったらなったで、また別のトラブルが起こるでしょうに。

 ソフィーも似たようなこと考えていそう。残念そうな目でこいつを見ているわ。

 ……よし。とりあえずゲーム時代の王子とは別人として考えよう。格差がありすぎて、毎回コイツの発言に混乱させられちゃうわ。


「兄さん……ああ、もう。確かに王家の一員なれるというのは、この国の女性にとって名誉なことかもしれないけど、彼女はその枠に留まらないよ。価値観も違えば、凄いアイテムも才能も持ってる。つまりお金も名誉も求めてないんだから、兄さんのその要求が通るわけないでしょ!」

「むっ、そうなのか?」

「そうだよ。兄さんはもう少し他人の喜色を見る目を養うべき……あっ!」


 ジーノはここが自室ではなく、教室であることを思い出したようで、慌てて口を塞ぐ。


「おほん! この話は帰ってからするとして、ひとまず彼女に名前を覚えて貰っただけで今は満足するべきだ。ほら戻ろう、姉さんが睨んでるし」

「別に睨んではいないわよ? ただ、いつまで居るのかなと思って」

「やっぱり睨んでるじゃないか!」

「ふぅ、分かった。ではシラユキ、ソフィア。またな」

「しっしっ」


 自席に戻っていく2人に対し、犬にするように手で追い払うソフィー。

 うーん、彼らに対しては随分と辛辣なソフィーが顔を出すわね。そんなに仲が悪かった訳ではないはずなんだけど……。


「ソフィー、彼らのことが嫌いなの?」

「……え? あー……。別にそんなんじゃ、ないわ。それよりシラユキの方が嫌いなんじゃないの?」


 歯切れが悪いわね。


「別に? 名前すら名乗らずに知ってて当然ムーブが気に入らなかっただけで。それに挑発にも乗ってこなかったし、意外と立場は忘れていないみたいでちょっと安心したわ。だから好感度としてはプラマイ0ね。それよりもソフィーだわ、あんなに態度に出てるんだから、何かあったんでしょ。なに、嫌なことされた? 私が代わりにお灸を据えて来ようか?」

「いやいやいや、大丈夫。そう言うんじゃないから! ただ、その……」


 ソフィーは急に小さくなって、モゴモゴとしだした。カワイイ。

 顔を近づけてみる。


「内緒にするから、言ってみて」

「……うん。最近ちょっと、嫌な夢を見ちゃって。あいつらの顔を見ると夢で言われたことを思い出して……。当たり散らしちゃったわ」


 ちょっと申し訳なさそうにするソフィーがカワイかったので、気を軽くするためにも夢の内容を聞いてみた。

 ……すると、断片的にだけど、私が現れなかった場合の、正史で起こるはずだった夢を見てしまったんだとか。それも、フェリス先輩と一緒に。


 何なのかしら。助けた2人が、同時にそんな……別世界の記憶を垣間見ただなんて。不思議なこともあるものね。

 その時の感情がフラッシュバックしたのか、瞳を潤ませるソフィーがあまりにもカワイらしくて、優しく抱きしめて頭を撫でてあげる。ソフィーも遠慮がちにだけど、体重を預けてくれたのが嬉しかった。


 そして予鈴のチャイムが鳴った時、彼女もまた思い出したのだった。

 今ここに居るのは、自室などではなく、教室であるのだと。


 私とソフィーに向けられた黄色い悲鳴や視線に晒されて、彼女は全身真っ赤になりつつ、隠れるように机に顔を沈めてしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 次の授業はなんとまぁ、自習だった。

 なんでも、高等部に入ってから専門的な授業が増える分、予習をし直すための時間が用意されているらしかった。流石に毎日予習の時間がある訳ではないみたいだけど、まあ良いんじゃないかしら?


 そして皆真面目に自習をする中、手持ち無沙汰になった私はココナちゃんの様子を見る事にした。どうやら彼女は計算が苦手らしく、数学のノートを広げて耳をしょんぼりとさせていた。

 愛でたい気持ちを耐え、周りの様子を伺うと、どうやら平民組は大体数学が苦手みたい。畑仕事やら大人に混じって肉体仕事とかをしていた子達は、お金を持って計算することって殆どないものね。

 それでも最初の算数や引き算は、町や村の私塾的なところで習うらしいんだけど……。


 なので私は、そんな彼らのために九九表を作ってあげることにした。

 やっぱりと言うか、九九表そのものが存在しないらしく、便利だと言うことで貴族組だけでなく先生も物欲しそうに見てた。

 なので。


「先生、学校にはコピー関係の魔道具ってありますよね?」

「ああ、あるぞ」


 まあ、無いとテスト問題の作成で不備が出たりするし、人の手で1枚1枚作るのは大変だものね。


「なら、コレをコピーして来てください。代わりに私たちだけじゃなく、上の学年にも他の学科にも、ついでに言うなら初等部の子達にも配って来てあげてください。これを覚えてさえしまえば、掛け算なんて楽勝ですから」

「……わかった。その案、飲もう」


 そう言って、九九表片手に教室を出ていく先生を見送り、作成に時間がかかると踏んでもう1枚作成し、苦手な平民組に九九歌を教えるのだった。

 歌っていると楽しくなったのか、イシュミール先生がノリノリで歌い出し、貴族の子達も口ずさみ始めた。何だか妙な光景だわ。……ていうか恥ずかしいから、せめて心の中で歌ってほしいかも。言い出しっぺは私だけどさ。


 そうして授業が終わる頃にはモリスン先生も戻って来て、クラス全員分の九九表が配られた。

 どうやら学園長に掛け合って、その有用性を説いた上で、学園中に配るためのコピーが出来る前に私達のクラス分だけ先にもらって帰って来たみたい。

 モリスン先生って、口調はぶっきらぼうなとこがあるけど、生徒思いのいい先生よね。


 ……やっぱりモリスン先生、今思い出してもゲームでは1度も見かけなかったわ。となるとその理由も……はぁ、やんなっちゃう。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 お昼は食堂で、友人達と学食を堪能し、待ちに待った選択授業の時間がやって来たわ! さーて、何から見て回ろうかしら。

 選択授業は魔法科の物だけじゃなく、他の科目の必須授業も選択することが可能となっている。

 薬学の専門知識の授業、各地の経済の授業、軍事指揮の授業、各種武器の実戦練習、魔法陣研究の授業、魔道具作成に必要な基礎知識、鍛治の知識、裁縫の知識、サバイバル訓練……。

 はぁー、目移りしちゃう。


「ん?」


 ふと視線を感じて顔を上げると、友人達がこっちを見ていた。


「え、なに? みんなどうしたの?」

「あんたが何を選ぶか、皆気になってるのよ」

「……どうして?」


 そう聞くと、ヨシュア君が前に出た。


「それは僕が代表して。皆、魔法の使い方を教えて貰った時からそうだったけど、今日の授業を受けてより確信したんだ。シラユキさんと同じ授業を受けた方が、きっと有意義な時間を過ごせるんだって」

「流石に、どの授業でも貴方達の面倒は見切れないと思うわよ?」

「勿論構わないさ。ただ、君のような人が、この学校で教える授業をどう一新していくか。皆も気になってるんだよ」

「ふぅん? ならいいわ、好きになさい。じゃあ期待に応えるためにも、まずはどの授業から壊しに行こうかなー」

「ほ、ほどほどにしなさいよね?」

「きこえなーい」


 じゃあまずは……よし。満点を逃す羽目にあった薬学から、喧嘩を売りにいきましょうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「んまぁ! 魔法科からこんなに沢山の生徒達が来てくれるなんて、先生感激しちゃう!!」


 調合用の教室。その中央一番前の席を陣取っていると、巨体にピンクが映えるオネエさんが入ってきて、開口一番にクネクネしている。この人が先生なのは、ゲームの時と一緒ね。


 そして先生が驚くのも無理はない。

 なんせ、魔法科Sクラスの生徒全員が私について来ちゃったのだ。私も友人達だけに留まるかと思っていたのに、まさかあの王子2人だけじゃなくて、他の貴族生徒達もくっついてくるだなんてね。

 もしかして、さっきのヨシュア君の言葉に惹かれてついて来たのかな? それとも九九表のおかげ? それとも……ううん、思い当たる節が多すぎるから、考えるのやーめよ。


「しかも、コレは……。魔法科のSクラスの生徒達全員参加!? せ、先生期待されてるのね!? 頑張っちゃうわよぉ!!」

「ふふ、カワイらしい先生ね」

「あらん、ありがと! 貴女は確か、魔法科で1番注目されている、新入生代表の子ね? 1年生の中でも一際輝いてる子に褒められるだなんて、先生嬉しいわっ!!」


 オネエな先生が身悶えた。この先生を初めて見る大多数の子が、ポカンと口を開けて先生を眺めてる。逆に魔法科ではない……調合学科の生徒は何度か目にする機会があったのか、極端な反応は示して無かった。

 それでも死んだ魚のような目をしてる生徒が何人かいるけど。


 まあ、初撃のインパクトは強い先生よね。慣れたらカワイく思えるし、普通に良い人なので仲良くしていきたいところだわ。

 ちょっと声が野太いけど、それはそれ。

 逆にそんな属性を持ってる方が、私としては好感度高いわ。


 だって、私は元の身体のまま、シラユキちゃんを演じようなんて微塵も思ったことはないもの。だからこそ彼……ううん、彼女の考えや行動は素直に尊敬出来る。

 愛でたくなるようなカワイさとはまた違うけど、彼女のカワイらしさは偽物でも紛い物でもない、本物だわ。


「シ、シラユキ。本気なの?」

「なにが?」

「あの先生、男の人……よね?」

「身体はそうかもしれないけど、心は乙女だわ。そして彼女はカワイくなるよう努力してる。それを認めてあげるだけで良いのよ」

「あんた……凄いわね」

「シラユキちゃんったら良い子! 抱きしめたくなっちゃうわ!」


 話が聞こえていたのか、先生は大きなガタイで急接近してきて、こちらを見下ろしていた。ソフィーが仰け反り、若干怖がってるけど……まあこの体格差だもの。威圧感はどうしても感じちゃうわよね。


「先生なら構いませんよ? だって女の子同士なんだもの、恥ずかしがる必要はないわ」

「んまっ! 先生を見て怯えないどころか、女の子扱いしてくれるなんて。度胸もある上に優しいのね。よくよく見れば、貴女もとっても可愛いわよ!」

「ふふ、カワイらしい先生に褒められて光栄だわ。お名前は何とおっしゃるのかしら」

「あら、失礼! 先生の名前はね、アランドロス・ヴィスコンティーよ。気軽にアラン先生って呼んでね」

「はい、アラン先生」


 バチコン★とウィンクするアラン先生に、ニッコリとシラユキちゃんスマイルをおみまいする。


「ああん、ホントに良い子! 先生シラユキちゃんのこと大好きになっちゃったわ!」


 えへ。褒められた上に大好きって言われちゃった。

 最初はハグだけならと思ったけど、もう少し攻めたことされても許しちゃいそう……。例えば、そうねぇ……。


「……ユキ。シラユキ!」

「ほぇ?」

「わ、私もシラユキの事、大事にしてるんだからね!」

「うん?」


 ソフィーが急に抱きしめてきて、アラン先生を睨んでる……。


「あら、うふふ。大丈夫よソフィアちゃん。大事な親友を取ったりなんかしないわ」

「うー……」

「大丈夫よ、ソフィー。私の親友は貴女だけよ?」

「うー……」

「もう、いつまでうーうー唸ってるの? 仕方のない子ね」


 ソフィーを撫でて落ち着かせると、今度はハッとなって真っ赤になり大人しくなった。忙しい子ね。

 それにしても、急にどうしたのかしら。そう思って直接確認してみたところ、どうやら私が、見てられないような危ない顔をしてたらしい。

 それで咄嗟に、あんな行動に出たんだとか。……それってもしかして、アラン先生に気を許してた時かしら。そんなに変な……危ない顔をしてたの?

 うっとりトリップ顔、キメてた?


 ううん、さっきの私、アラン先生に対して何を思っていたんだっけ? ……思い出せないなぁ。

 そんな風に記憶の掘り返しをしている内に、アラン先生は授業の概要説明を終え、生徒達に調合の基礎知識から教えてくれた。


 なんでも初等部では、薬学の勉強は終盤にするらしく、実践はせずに知識としてだけ教えられるらしい。だから皆、薬学科の生徒や趣味で手を出した生徒は別として、まだ本格的な作成に取り掛かったことはないんだとか。

 まあ作られたアイテムは実際にダンジョンなんかの戦いの現場で消費されていく消耗品だ。初心者の、それも初等部の子供になんて、素材が勿体なくて使わせられないわよね。

 ダンジョンに入れば無限に素材を得られるけど、この世界の成長具合から鑑みても、無制限に使えるほど素材が潤沢にある訳でもない。だからこそ、学園側である程度は管理されてるのかも。


 でも先生曰く、そんな環境は最近になって改善されたらしい。なんでも、初心者ダンジョンで高品質の素材を得られるようになったんだとか。

 ……それってもしかしなくても、アレよね? まあ、大した素材は得られないけど、この国の水準で言えば良いものになるのかも。役に立ったようで何よりだわ。


「という訳で。さっそくだけど皆には、今から体力回復ポーションを作って貰うわ。素材は沢山用意できたから、1人3回分まであるわよ! まずは先生が実演するから、よーく見ててね」


 そう言ってアラン先生は、ポーション作りを口で説明したり、要点を黒板にまとめたりしながら、実演をしてくれた。

 その動きは洗練されているけど、やらなくていいことまで丁寧にやってくれている。うん、まさに無駄のない無駄な動きと言うものね。

 最初に出会った頃のアリシアも、あんな感じで作っていたんだろうなぁ。懐かしいわ。


 そして作り終えた先生は、皆によく見えるように掲げてくれた。……ふむ、味は苦くて飲めたものでは無いけれど、一応回復量としては高品質に分類されるものね。

 教師というだけあって、品質はしっかりしているわ。飲みたく無いけど。


「みんな、如何だったかしら? 今度は貴方達が作る番よぉ」


 そして先生の言葉を合図に、皆も作成の為に準備を始める。教室に入った時から、机には先生が用いたのと同じ素材が配られていたのだ。

 そこには、入試試験でも出ていたように、明らかに不要な素材が2つも混ざっていた。絶対必須の『リト草』。そして『澄んだ井戸水』に加え、テストの答えであった謎の粉。……なにこれ??


 じっと見つめて『観察』してみる。


**********

名前:ヤクミ草の粉末

説明:葉に薬効が含まれている『ヤクミ草』を粉末状にしたもの。ポーションに混ぜる事で薬効が上昇するが、とてつもなく苦い。

**********


 なるほどね。完成させられる品質が酷いから、回復量を伸ばすためにこれで誤魔化してるのね。

 そりゃリリちゃんみたいな子供は嫌がる訳だわ。私だってこの粉、舐めたくないもの。


 しかも薬効を確かなものにするためか、一回分の量が非常に多い。こんなに混ぜたら溶けないでしょ!? ってくらいある。

 例えるならコップ1杯の水に、大さじ2杯の砂糖をぶち込むような、暴挙と言える量が目の前にあった。このヤクミ草、何が問題かって、とてつもなく苦い上に、味がお薬そのままなんだもの。もし飲むよう強制されたら、泣いちゃうかも。……多分。

 うん、絶対ごめんだわ。


「それじゃ、始めて頂戴。手順はさっき教えた通りだけど、それでも分からなくなったら手をあげてね」


 そう言って先生が手を叩くと、皆作業を開始した。

 さて、ここでどうするかと言えば……。ま、実力を見せるべきでしょ!


『これが噂のオネエさんね!』

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