第137話 『その日、新しい生活を見守った』

 すごく巨大で、住む世界の違う人たちがいる学び舎。

 それが私が外から感じていた、この学校に対するイメージだった。


 国中から集められた才能のある子供たち。

 輝かしい将来が約束された貴族の子供たちだけでなく、平民にだってその恩恵に与る可能性を秘めている。ここには夢があり、希望もある。


 あの頃、もしこの学校に入っていたら、何か変わっていただろうか。

 メイドではなく、学生を選んでいれば酷い目に合う事は無かったかもしれない。けれど、今この時に受けている幸せを思えば、不確実な未来よりもよっぽど……。


「……ママ?」

「ううん、なんでもないの。この学校、とっても広いのね。ママびっくりしちゃった」

「そうなの。初等部の最初は、全ての科がごちゃ混ぜだから、人が多すぎて困惑するーって、ソフィアお姉ちゃんが言ってたの」

「ソフィアちゃんかぁ」


 ソフィアリンデ・ランベルト。公爵家の次女で、愛称はソフィアちゃん。

 とっても偉い爵位の御令嬢だし、最初はソフィア様って呼ぼうとしたんだけど、シラユキちゃんに止められたのよね。娘の友達に様なんて要らないって。

 それは確かにそうなんだけど、あの子は爵位なんて気にしないから、その内陛下に対しても同じ事を言いそうで怖いのよね。

 流石にママ、いくら娘の友達の親戚のおじさんが相手だったとしても、陛下に対して呼び捨ては出来ないわ。


 それとソフィアちゃんって、特別な子って感じがするのよね。

 シラユキちゃんとあんなに対等に、臆せずに話せるっていうのも珍しいんだけど、シラユキちゃんが公爵家から頂く報酬として、彼女と友達になる事を求めたのが印象的だったわ。

 まるで以前から彼女の事を知っていて、ずっと仲良くなりたかったみたいで、不思議な感じがした。


 ただ、彼女が良い子なのは間違い無いわね。父親と姉を心から尊敬していて、追いつこうと日々努力を重ねているんだもの。

 もしシラユキちゃんと関わらずに生きていたら、彼女をこう評する未来は来なかったでしょうね。そのくらい、別の世界を生きてる子なんだもの。


「リリはソフィアちゃんの事、どう思ってる?」

「うんと、ソフィアお姉ちゃんは、ずっと昔から努力を重ねてきたの。とっても頑張り屋さんなの。でも魔法の鍛錬に長い時間をかけて積み上げて来たからこそ、壁にぶつかってどう努力して良いのか困っていたみたいなの。お姉ちゃんと出会った事で、その壁はバラバラに壊れて、さらにやる気に火が付いたみたい。リリも負けない。絶対追いつく!」

「そうね、頑張りましょ」


 ふふっ、魔法の事となると目の輝きが違うわね。

 王都に到着してから、早い事でもう1ヶ月ほどが経過した。けれど、私もリリも、今までの旅のように劇的な成長は望めなかった。

 その理由は、シラユキちゃんにも言われたんだけど、街中で鍛錬は欠かさなかったとしても、魔法の効果を実感出来るが存在しなかったからだとか。

 魔物と戦う機会がないと腕が鈍るって言うし、やっぱり成長するなら戦いは避けられないのね。


 魔法に関してはママもあまり成長出来なかったけど、弓の方はそこそこ練度を高められたつもり。第二騎士団の御好意に甘えさせて貰って、鍛錬場を何度か借りさせて貰えたから。

 ママ1人で向かうのは心細かったけど、団長さんとスパーリングをするっていうシラユキちゃんに家族総出で同行させて貰っちゃった。


 2人の剣舞は、見る者すべてを魅了した。

 最初は団長さんもシラユキちゃんの力量が分からずに加減をしていたみたいなんだけど、難なく受け流すシラユキちゃんに対して段々と火がついて、途中からは本気で打ち込み始めていた。


 王国最強と謳われる第二騎士団の団長、ミカエラさん。

 その実力は噂に違わぬもので、目にも止まらない高速の剣技を放ちながらも、その一撃はどれもが必殺の一撃。シラユキちゃんの剣とぶつかり合う音と衝撃が、全てを物語っていた。

 そして巧みなのは剣の腕前だけではない。盾の扱いも非凡な物だった。相手の攻撃を捌くだけでなく、時には相手を弾き飛ばすチャージやバッシュ。

 敵の体幹を崩し、自身の攻撃へと繋げる片手剣スタイルの究極系。


 女性とは思えない力強さも相まって、女性を虜にする王子様。そう評価されるのも頷けるくらい、彼女の剣舞は綺麗で、格好良かった。彼女はその域に達するまで、並々ならぬ努力を積み重ねてきたのだろう。


 それでも。

 それでも、あの子には届かない。


 楽しそうに微笑みながら、難なく全ての攻撃を躱し、受け流し、踊る様に剣を振るう。団長さんは必死に食らいつこうとするのに対して、シラユキちゃんは余裕があるのか、その表情は常にニコニコだった。


 そしていつものことだけど、この打ち合いは決して長くは続かない。

 何故なら、彼女達の戦いに武器がついていけないからだ。


 その日も結局、団長さんが持っていた練習用の片手剣。刃を潰した鉄製の剣が根元から砕け散った。

 清々しい表情で互いを褒め合う両者に、観客達から惜しみない拍手が贈られる。第二騎士団にお邪魔した日は、毎回こんなイベントが繰り広げられ、いつしか第二騎士団の名物にまでなっていた。

 たまに陛下も様子を見にこられていたし、噂では第一騎士団の人も顔を出していたとか。


 しばらくは学校があるから行けないって言った時、団長さんすっごく寂しそうな顔をしていたけど、大丈夫かしら?


「ママ? 教室についたよ」


 隣にいたリリから頬をツンツンされる。

 シラユキちゃんが発端だけど、最近ボーッとしてると頬を突かれるのよね。


「あ、ごめんなさいリリ。考え事をしていたわ」

「お姉ちゃんのことでしょ? 何を思い出してたの?」

「この前、最後に騎士団にお邪魔した時のことね。あの日もシラユキちゃんは強くて格好良かったけど、あの壊れない武器もシラユキちゃんの不思議の1つだなぁって」

「あ、『始まりの剣』でしょ? あれって、見た目はただの木の剣だもんね。でも絶対壊れないし傷一つつかないもん、不思議だよね」

「怪我させる心配はないから便利だって言っていたわね。そんな事より、シラユキちゃんが怪我して泣いちゃわないか心配だったわ」

「大丈夫なの。お姉ちゃん、魔法で完全防御してたから、痛みも怪我もしないって言ってたの」

「それでもやっぱり心配なのよね……」


 最近はレベルアップしてないから情緒は安定しているけど、痛みには弱いから心配だわ。でも、それを避けるためにあの子も鍛錬をしてるのよね。けれどそれとは別に、不安を感じても泣いちゃうみたいだし、寂しい思いをしていないかしら。

 ……あの子にはアリシアちゃんがついてるんだし、心配しすぎるのも良くないわね。

 よし、ママも頑張らなきゃ。


「ママ、席は自由なんだって」

「そうなのね。……今更だけど、メイドという体裁ではあるけど親同伴なんて、ママ達だけよね。なんだか気後れしちゃう」


 このクラスにいるのは、平民が3割の貴族が7割かしら。貴族といっても、制服が同じである以上、それっぽい風格を感じさせるかどうかや、煌びやかな装飾品の有無。あとはメイドや執事が同伴してるかどうかの判断ね。

 でもそう見えるだけで、本当はママ達みたいに実は平民って可能性も……ううん、それはないわね。

 こんな特殊な平民、そうそういないと思うし。


 ふふ、そんな可能性を考えちゃう辺り、ママもシラユキちゃんに染まって来ちゃったかしら。


「ママは細かい事気にしすぎなの。公爵様が許可してくれたんだから堂々とするの」

「そうね、気にしない様にするわ」

「うん。それじゃあ席は……あそこが空いてるの」


 リリが席に座った瞬間、周囲にいた貴族達の視線が集中した。

 ひえっ。


 そんな中、1人の貴族らしき少女がリリの前に立った。


「ごきげんよう」

「こんにちはなの」

「失礼ですが、貴女はどこの家の方かしら?」

「??」

「リリ、この人はきっと、貴族かどうかを聞いているのよ」

「あ、リリは平民なの」

「そうでしたか、では知らないのも無理はありません。その席はクラスの中心となる方が座るべき位置。悪い事は言いませんから、別の席に移られた方が良いかと」


 この子は優しい子なのね。リリのことを心配して注意しに来てくれたんだわ。でも、そんな席があるなんて説明、ママは受けてないんだけど……。


「あ、もう誰かの席だったの? それならごめんなさいなの」

「構いませんわ。これは貴族間の習わしの様なものですし、平民の方がご存知ないのは仕方のない事。それに実際、誰がこの席に相応しいかはまだ決まっていませんから」

「そうなの?」

「はい、そうなのです。それに、貴族が集まる中に平民の方が平然と入って来られることを、誰も予想していなかったのもまた事実。こちらの不手際でお手数をかけて申し訳ないですわ」


 相手が平民だと知っても優しく接してくれる。優しいだけじゃなく、とっても良い子だわ。

 この子、シラユキちゃんに知られたらとんでもなく可愛がられそうね。


「ううん、こっちこそごめんなさいなの。えっと、リリです。これからよろしくね」

「私はカトラス男爵家三女、エレンシー・カトラス。よろしく、リリさん」

「リリで良いの。エレンシーちゃんもよろしくなの」

「ふふ。私もエレンで良いわ、リリちゃん」

「うん、エレンちゃん!」


 ふふ、もうお友達が出来たのね。

 ママもエレンシーちゃんのお付きの人と目礼する。


 昔のママなら、リリが貴族の人と関わりにならない様に、出来るだけ距離を置いたりしてたと思う。ましてや、貴族が集まる席のど真ん中に向かうリリを見たら、全力で止めていたと思うの。

 でも今は、本当に怖いものは魔物と、弱者を食い物にしようとするほんの一部の貴族だけというのが分かっている。シラユキちゃんと一緒にいれば、貴族の人と関わり合いになるのは確実。なら、安全な場面でも貴族との接触を避けていては何も変わらないわ。

 可能な限り信頼出来る貴族の人達を増やさなきゃ。


 それにしても、この力は本当に便利ね。ママ、貴族に近づく時は、今後もこのマップを手放せそうにないわ。


 とりあえず、不自然に空いてる席には何らかのルールが働いている可能性があると判断して、リリと一緒に壁際の席に座ることにした。すると、先程の一幕を観ていた子達が集まって来た。


「君、凄いね!」

「そうだよ、貴族の人達と面と向かって話し出来るなんて、君も本当に平民なの?」

「私なんて、緊張して目も合わせられなかったのに……。すごいのね」

「えへへ、そうかなー? あ、リリだよ。よろしくね」

「「「よろしく!」」」


 ふふ、リリは新しい環境でも問題ないみたいね。元から心配はしていなかったけど、安心したわ。


「それでえっと、この人はお姉さん? メイドさんみたいだけど」

「お姉さんじゃないよ、ママだよ」

「リリのママです。あ、でもメイドとして隣にいるだけだから、私の事は気にしなくて大丈夫よ」

『ママ!?』


 平民の子達だけじゃなく、クラス中から驚かれてしまった。ふふ、驚かれるのは慣れっ子よ。

 昔は威厳とかが足りていないのかと心配していたけど、今はシラユキちゃんに褒められるから全然気にならないわ。もしろ嬉しいとも感じちゃうもの。


 そんな賑やかな空気の中、このクラスの担任となる先生が入ってきて、クラスの説明がなされた。

 なんでも初等部の3年間は、魔法科だけでなく全ての科に関する基礎知識の勉強が主らしいの。だから希望の科が異なる子供達がごちゃ混ぜになっていて、1週間ほど使って全員のテストを行うみたい。

 その点数を元に、クラス分けが決定されるんだとか。


 初等部は入学するにあたってテストもないし、王国中から条件を満たした子供を掻き集めたみたいだし、優劣の選別が何も出来ていないって事よね。


 そしてそれは、生徒だけでなく、お付きの人間もテストの対象になるんだとか。

 これは本来不要なものだと思うけど、貴族の格式や見栄の関係で存在しているのかも。シラユキちゃんやソフィアちゃんがこの場にいたら、そうバッサリと斬り捨ててしまいそうだわ。ただ、幸いな事にお付きの人のテスト結果は、主人には影響しないみたいね。


 そしてクラス説明が終わると同時に、軽い自己紹介が始まった。生徒が簡単な名前や出身地を話してから、先生が2個から3個ほど質問をして生徒たちが答える形式のものね。

 自己紹介は貴族の子達から始まり、今まで努力してきたであろう魔法の属性を宣言したり、何歳から使えたとかの経験談や、スキル値はいくつだと明確にアピールをしている子もいた。

 対して平民の子達は、殆どが土属性や水属性、たまに風属性の子がいる程度で、炎属性の子は珍しいのか1人現れただけで貴族の子達がざわついていた。


 ……うん、なんて言うのかしら。

 とっても平和だわ。


 ママ達が今まで見せられてきた、経験してきた世界とは違って……とっても可愛らしいんだもの。

 ママ、ほっこりしちゃう。


 そして、リリの番が回ってきた。


「はじめまして、名前はリリです! 出身地は港町ポルトです。成人の儀で『魔法使い』になって、家族皆で旅をしながら王都まで来ました。よろしくお願いします!」

「はい、リリさん、元気があって良いですね。他の子は乗合馬車などを利用する中、王都まで徒歩の旅は大変だったでしょう。どうして歩いてこられたのですか?」


 後で聞いた話だけど、本来は街を治める領主様が街の為の一環として、馬車代を肩代わりしてくれるみたい。でもあの時は、テラーコングという怪物が街道を封鎖してる可能性があるとかで、運行が見送られていたのよね。


「お姉ちゃんが折角だから歩いて行こうって言ったんです。採取したり魔物を討伐する絶好の機会だって」

「なるほど、お姉さんはリリさんに経験を積ませたかったんですね。それでどうでしたか。何か、得られるものはありましたか?」

「リト草の採取方法と、魔物を討伐する方法、解体の方法を勉強しました!」

「まあ! 素晴らしいですね。ダンジョンでは魔物が消えてしまう為解体は学べませんし、採取も外とは環境が異なる為、本来どの様に存在しているか知らないと中々苦労するものです。リリさんは素晴らしいお姉さんを持っていますね」

「はい、自慢のお姉ちゃんです!」


 そうしてリリの自己紹介が終わった。

 終わってみれば、終始シラユキちゃんの事ばかりだった気もするけど……。何も間違っていないし、波風を立たせることなく無事に終わったわね。

 実際のレベルも、今の職業が既に『魔法使い』ではない事も、扱える属性魔法も何も開示することなく。


 そうして皆の自己紹介も終了し、本日は授業もない為これにて終了との事。

 そして先生から、各人に直接。もしくはお付きの人間に、寮の部屋の鍵と、同室する人の名前とクラスが記載された用紙が手渡される。


 そこに記載された名前には、見覚えがあった。


「リリさんは此処にいらして?」


 顔を上げると、思い当たった人物が別のクラスからやって来ていた。


「アーネスト様」


 直接会話した事は無かったけれど、ポルト領主の1人娘のアーネスト様。ポルトは大きい様で狭い港街だったから、何度かお見かけした事があったのよね。

 そして彼女が、リリのルームメイト。きっと同じ街出身という事で一緒にしてもらえたのかしら。


「アーネちゃんなの」

「まあ、リリさん! お久しぶりです。元気にしていらして?」

「うん、アーネちゃんも元気そうなの」

「ええ、とっても。お姉様に助けて頂いたこの身、せめて病とは無縁で居なくては申しわけが立ちません。ところでアーネちゃんと言うのは……」

「お姉ちゃんがね、アーネちゃんとはお友達になれるって言ってくれたの。ダメだったかな?」

「そ、そんなことありませんわ! 同じ街の出身としても、お姉様を敬愛する同志としても、リリさんとは仲良くしていきたいわ」

「えへへ、よかったの」


 シラユキちゃんったら、そんなことを言っていたのね。

 そしてアーネスト様のお付きのメイドさんは、何度か買い物の際に、ポルトでご一緒したことのある人だった。

 礼儀正しくて、魚に対する目利きは漁師顔負けの腕前をしていたわ。この人の言う通りにお魚を買うと、外れがないって有名だったのよね。

 お互いに顔見知りだったから、軽く会釈をして互いの主人にも挨拶をする。


「まぁ、リリさんのお母様! 噂に違わず、そっくりなんですね。あ、お母様も私のことはアーネとお呼びくださいまし。遠慮は無用ですよ」


 お付きの人を見ると頷いていた。それなら、仕方ないわね。


「アーネちゃん。お部屋の確認したら、お姉ちゃんのところに行かない? 魔法を教えてもらおうよ」

「よ、宜しいのですか? 私としては願ったりですが、初日ですしお忙しいのでは……」

「お姉ちゃんはそんな事で迷惑に思ったりしないの。むしろ初日だからまだ暇な方なの。これからいっぱい色んなことに首を突っ込むだろうから、今が一番良いタイミングなの」


 そうなのよね。シラユキちゃん、やりたい事いっぱいあるみたいだし、予定がある程度決まっている初日の方が、足取りを捕まえやすいのよね。


「妹の貴女がそう仰るのでしたら……。是非、お願いしますわ!」

「うん、一緒に行こうね!」


 ふふ、リリったら。アーネちゃんの為というのもあるんででしょうけど、自分が会いたいからって思いも強そうね。

 ママもそうだけど、半日会えないだけで寂しがってちゃダメよね……。

 うーん、どうすれば良いかしら?

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