第138話 『その日、壁ドンされた』
その日の朝は、少し眠かった。
昨日は皆とたくさんお話をして、夕食も皆で食べて……。それから隣室のココナちゃんとアリエンヌちゃんは自室へと帰り、リリちゃんやママ、それにアーネちゃん初等部組は自分たちの寮へと戻ってしまった。
勿論、初等部組は寮が同じ敷地内とはいえ、安全かは分からないので帰るときはナンバーズを護衛に付けた。
そして待ちに待ったお風呂タイム! と思ったけど、残念ながらソフィーとアリスちゃんの2人は、私とは別々に入ることになった。4人でも余裕で入れる大きさなのに、ソフィーからダメって言われちゃった。しょんぼり。
でも、それが引き金になっちゃったのかも。
久しぶりにアリシアと2人っきりでお風呂に入って、洗いっこをして、寝室でも2人っきり。
まるで出会ってすぐの時みたいに……。
ベッドではしばらくアリシアと見つめ合って、抱き合ったり啄むようなキスをしたり……。そんな風に、ちょっとドキドキする空間にいたらお互いに昂って、中々眠れなくなって……。
ふぅ。
……うん、昨日はアリシアへの想いが抑えきれなかったわ。
えへ。
「ふわぁ……」
んん、それにしても、やっぱり眠い。
アリシアがさっき、おはようのキスをしてくれたけど、まだ頭がぼんやりしてるんだもん。
「むにゃむにゃ……」
「大きい欠伸ね。昨日の疲れが残ってるんじゃない?」
「はぇー?」
寝巻き姿のソフィーが、扉越しにこっちを見ていた。
あ、寝巻き姿のソフィー、カワイイ。とても愛でたいわ。
……昨日の昂ぶりを思い出してきてしまう。ああ、愛でたい……。
「おはようソフィー、カワイイ寝巻きね」
「……ありがと。あんたは人に見せられない格好をしてるわね。恥ずかしくないわけ?」
「んぅ?」
今の格好を見てみると、アリシアが選んでくれたちょっとアレな下着姿が透けて見える、これまたアレなネグリジェだった。
うんまあ、カワイイと思ってもらえるならこんな姿、いくらでも魅せられるわね。勿論、見せていいのはカワイイ女の子と、カワイイ男の子限定だけど。
「そんな姿でリビングには来ないでよね。もし来たら、視線合わせてあげないから」
そう言って、顔を赤らめながらソフィーは部屋を出て行った。
んもう、カワイイわね。
このまま飛び出して抱きしめたいところだけど、視線を合わせてくれないのは嫌だわ。
着替えなきゃ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おはよー」
「おはようございます、シラユキ姉様」
「ん、おはよう」
「……おはようございます、お嬢様」
ネグリジェが見えなくなるように。そして身体が冷えないように。毛糸がモコモコしているバスローブを羽織って行く。アリシアは昨日の熱が残ってるのか、まだ少し顔が赤い。
その格好に満足したのか、ソフィーは視線を合わせてくれた。
「んぎゅー!」
嬉しかったのでそのまま抱きしめて頬にキスをする。
「あっ、ちょ! なにするのよ……」
「おはようのキスよ」
「……知らないわ。なによその文化」
「アリシアとは毎朝してるわよ。だからソフィーともするの」
「そんなの、そっちだけにしてよ。私を巻き込まないで」
「ソフィーは……私とキスするの、嫌?」
嫌って言われたら、悲しいな……。
「ちょっと、その目は反則でしょ!」
「……いや?」
「……いやじゃ、ない、けど」
「じゃあ良いわよね!」
「で! も! ……恥ずかしいから、部屋の中だけにしてよね。良い!?」
「うん!」
抱きしめなおして、いつもより長い長いキスをソフィーの頬にする。
ああ、頬だけじゃ我慢できない。もっと全身でソフィーを愛でたい……!
「ねえソフィー」
「だめ」
「まだ何も言ってない」
「だめよ。そんなに見つめても口は駄目」
「ちょっとだけ……」
「調子に乗んな!」
「あたっ!?」
叩かれた。
痛くはないけど、不思議と痛い。
……そういえば。
人に叩かれたのは、この世界に来て、初めての経験かも……。
「お嬢様!?」
アリシアが心配して駆け付けてくれたけど……。大丈夫、泣いたりしないよ。
痛みと、ちょっとした悲しみと、よくわからない感情がこみ上げて、何だか不思議な気分。
……うん、ソフィーの言う通り、ちょっと調子に乗ってたかも。
反省しよ……。
「……ごめんなさい、反省するわ」
「えっ?」
ソフィーは「やっちゃった」って顔をしてたけど、すぐさま困惑した表情に変わった。私だって反省するんだから。
失礼しちゃうわ。
「アリシア、朝ごはん食べたら身支度お願いね」
「は、はい。お任せください。いつもの様に最高に可愛く仕立て上げます」
「うん、よろしく」
少し困惑した空気の中、朝食が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「シラユキ様。宰相様は本日の夕方にでも、と」
「そう、分かったわ。手が空き次第向かうと伝えて」
「承知しました。それと、こちらが例の招待状となります。急ぎ出来上がったのがこの50枚ですが、念のため発行作業を急いでいます」
「仕事が早いのね。ありがと」
「……では」
寮から学び舎までは少し距離がある。
沢山の生徒達が向かう波の中で、物陰から女子生徒に身を扮したツヴァイが直接伝言を伝えてきてくれた。ツヴァイも年頃の女の子だし、普通に学園の制服が似合うわね。
最初はコスプレかと思ったけど、思った以上に様になっていてビックリしたわ。
連絡事項を終えると、ツヴァイは現れた時と同じ様にして女子生徒の波へと消えて行った。ちょっと私の顔を見て不思議そうな顔をしてたけど、私の顔に何かついてる?
「……ねえ、シラユキ」
「なに、ソフィー」
「大丈夫? 元気が無いようにしか見えないわよ」
「え? そんな事ないわ。いたって元気よ」
「……」
訝しげな視線がソフィーから飛んでくる。けど、私は元気なつもりだ。ただちょっと、最近は調子に乗り過ぎていたかもと反省しているだけで、元気はあるつもりだ。
「いえ、そのようには見えません。シラユキ姉様とは昨日初めてお話ししたばかりですけど、昨日の姉様は、もっとこう……自信に溢れた、活力に満ちた方でした。やはり今朝のことで……」
「そんな事ないわ。反省しているだけよ」
「ですが……。あ、私の教室はこちらなので、この辺りで失礼します。ではまた……」
「ええ、また後でね」
「またね」
その後、私たちは歩き出したけど、会話らしい会話もなく、そのまま教室へと辿り着いてしまう。何か話さないといけないんだけど、何でだろ、何も出てこないわ。
でもまぁ、そんな時もあるわよね。だって、別に喧嘩したわけじゃないんだから。
周りを見ると、アリシアはいつの間にか居なくなっている。もう自分の教室に向かったのかしら。朝ごはんも身支度の最中も、あまりお話し出来なかったから、ちょっと寂しいな。
そう思いながら、扉を開けようと手を伸ばしていると、腕をソフィーに掴まれた。
「……ソフィー?」
「ちょっとこっちに来なさい」
「ソフィー? どこに……もう、どうしたの」
走り出したソフィーに合わせて足を動かす。どうしたのかしら、急に。
色んな視線に晒されつつも、ソフィーの足は止まる事はなかった。私も黙ってついていく。
そうして誰もいない廊下までたどり着くと、ソフィーは私の体を引いた。流されるままに彼女に身体を委ねていると、壁際に押さえつけられた。
『バン!』
顔が近い。今すぐにでもキス出来てしまいそうな距離に、ソフィーの顔がある。お互いの胸が接触して、ちょっとくすぐったい。そしてソフィーは片方の手に体重をかけるように、壁に手をついた。
所謂、壁ドンというやつだった。ドンと言うほど威力はないけど、ソフィーにそんなことされてると言う事実だけで、破壊力があるわね。壁ドンされるのって、ちょっとドキドキするかも……。
「ソ、ソフィー?」
「どうしたのよ。さっきから変よ、アンタ。いつも変だけど、今はもっと変!」
「失礼ね、私は変じゃないわよ」
「変よ! だっていつものアンタなら、この状態で何もしないなんてあり得ないでしょ!」
「私を何だと思ってるのよ。でも……そうね、いつもなら違ったかも。けど、もうしないわ。反省してるもの」
そう言うと、ソフィーは顔を顰めながら目を閉じる。
あ、あれ? 怒ってる……? な、なんで!?
「あれは、そんなつもりで言ったんじゃ無いわ」
「えっ? どういう……」
「だから、今朝のあれは……。シラユキを拒絶したわけじゃないの」
「えっ? で、でも……嫌だったんでしょ?」
「私がいつ、嫌って言ったのよ」
「でも、叩いてきたじゃない」
「あれは……! は、恥ずかしかったからよ」
「つまり、嫌だったんでしょ……?」
「違うつってんでしょ! ……ああもう、何でわかんないかな。アンタには恥ずかしいって感覚がないのかもしれないけど、普通はそう言う行為は恥ずかしいの! でもそれは嫌とかそう言うんじゃなくて、恥ずかしいからつい手が出ちゃったの!」
えっと……? つまりどう言う事?
「アンタは今まで恥ずかしがってる相手でも強行突破して来たから気付かなかっただろうけど、アンタは他とは違って特別だから、皆拒絶はしなかったの。分かる!?」
「つまりみんな、嫌だったけど拒絶出来なかったって事よね?」
「ちっがーう! 本当に嫌なら、皆嫌って言うわよ! なんでアンタは、自分の美貌には自信たっぷりのクセに、そう言う所は小心者になるのよ! いつもの自信はどこに行ったのよ!」
「だって……」
ソフィーの言う通り、今までは恥ずかしがられても、そのまま押し通せば皆最後には受け入れてくれたし、多少の無理は押し通せたかもしれないけど、それって結局、私の自己満足だったんじゃないかって。CHRによって無理矢理言いくるめてただけなんだって思うと、無性に酷いことをしてきたんじゃないかって思えてきて……。
「はぁ……。私が説得下手なのは知ってるでしょ、分かりなさいよ」
「……わかんないよ。ソフィーが言いたい事、全然わかんない」
「私は、今のアンタが嫌い」
「!!」
「私が好きになったのは、自信なさげで活力のない今のアンタじゃない。自信満々で活力に満ちていて、常に全力で楽しんでてキラキラ輝いてるアンタが好きなの。あとね、キスされるのは嫌じゃないわ。恥ずかしいから困るだけで、シラユキとする事自体は嫌じゃないわ。……ここまで言われて、わかんない?」
「えっと……? つまり、キス、していいの?」
「……そう言ってるでしょ」
「怒らない?」
「怒らない」
「嫌じゃ、無かったの?」
「微塵も」
「他の皆も、そう思ってるの、かな」
「アンタにキスされて、最後に嫌そうな顔をしていた子を、一度でも見た?」
「み、見てないよ。でも……んっ!?」
ソフィーに唇を奪われる。
それは衝撃的で、全身に電気が走った。
甘ったるくて、幸せな……夢心地の味わい。
「あっ……」
ソフィーの口が離れると、名残惜しくてつい、私から追いかけた。
ソフィーはそれを黙って受け入れてくれる。
「……目は覚めた?」
「さ、覚めました」
「自信は取り戻せた?」
「うん……ありがと」
「あと……朝は叩いてごめん」
「うん、いいよ」
「さ、教室に行くわよ。寝坊助さん」
「うん! えへへ」
2人で手を繋ぎ、教室まで向かう。
「ねえ、ソフィー」
「なによ」
「えへへ、大好き」
「私もよ」
案の定というか、先程までのソフィーとの会話は、結構廊下中に響いていたみたいで、実際にそのシーンも何人かに見られていたみたい。
壁ドンしながら私の唇を奪うソフィーの噂が、その日のうちに学内で広がってしまっていた。のちにその話を聞いたソフィーは顔を真っ赤にして頭を抱えていたけど……。宣言通り、嫌ではなさそうだった。
死ぬほど恥ずかしがっていたけど。
うん、ソフィーが望むなら、私はこれからも、自信満々に生きていこう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おいソフィアリンデ、シラユキ。貴様ら学年上位だからって、初っ端から遅刻とは良い度胸だな?」
教室に入ると、モリスン先生がお怒りだった。
時間をかけ過ぎたせいか、1時間目の授業はとっくに始まっていて、完全に遅刻してしまったようだった。けど、これはまあ必要経費だ。あの時間のおかげで、私はソフィーと、もっと仲良く……深く分かり合えたんだもの。
「あ、ごめんなさい先生。ソフィーとはちょっと、絆の確認をしてたので遅れちゃいました」
なのでここは、正直に白状しようと思う。
「ほぉ、その絆の確認とやらは、授業よりも優先度が高かったと?」
「はい、勿論です!」
「……そうかそうか、なるほどな」
「あらー!」
あ、モリスン先生の笑みがどんどん色濃くなってく。反対にイシュミール先生は目を輝かせていた。
隣にいるソフィーは、いつもなら呆れた視線の1つは飛ばしてくるのに、今日はまんざらでもなさそうな顔をしてる。さっきの事もあって、ソフィーの考えも変わったのかな……?
ソフィーの手を強く握ると、あっちも握り返してくれる。
えへへ。
「良かろう。なら……」
そういってモリスン先生は、黒板に数式を書きなぐって行く。
あら、四則演算だけじゃなく三角比も出てきた。ソフィーも習っていない問題が出て来てクエスチョンマークが浮かんでるわね。
「これらを全て答えてみろ」
「モリスン先生、大人げないって言われません?」
「ふん、授業より大事なんだろう? だったら問題ないはずだが?」
「モリスン先生、大人げが無いですー」
「イシュミール先生は黙っていてください」
まあ、確かに?
私達の関係性と、こんな数式程度とで比べられちゃ、たまったもんじゃないわね??
「では左から順番に81。1744。5698。45.5で、最後の三角比は0です」
「はっ?」
「えっ??」
「合っていますか? 確認を」
イシュミール先生とモリスン先生が、答えをチェックし始める。そして顔を上げた2人の表情は、それぞれ明暗を分けた。
「合ってます! 正解ですよ、シラユキさん!」
「……合っている。シラユキ……お前、まさか暗算したのか? 今の今?」
ふふ、悔しそうな顔してる。一矢報いることに成功したかしら。
「許してくださいますね?」
そう確認すると、モリスン先生は天を仰ぎ、諦めの為か盛大な溜息と共にこちらをみた。
「……はぁー、わかった。許そう。俺も大人げなかったが、お前も大概だな」
「誉め言葉として受け取っておきます。ソフィー、席に行きましょ」
「あ、うん」
未だぼんやり気味のソフィーを連れて席に着く。
あー、それにしても最初の授業が数学で良かった。ふざけた魔法の授業とか、興味のない歴史の授業だったら間違いなく赤恥掻いてたわね。
あれ? 魔法は恥は掻かない、かな? 結果として答えは間違えるかもしれないけど、私の知識の方が正しいんだし。……あ、でも体裁的には恥を掻いた扱いにはなるのかな?
とりあえず遅刻はしちゃったけど、今日も良い1日になりそう!
隣に座る、まだ顔が少し赤いソフィーを見て、そう思った。
『ソフィー好き好き! 大好き!!』
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