第134話 『その日、新居に入った』

 学園長先生はにこやかに笑う。


「これでは私の立つ背がありませんね」

「そ、そんな事はないわ。学園長先生が話を聞いてくれるだけでも心強いですし、助かりますから。あ、では今の取り決めの中で変なところはありましたか?」


 危ない危ない。

 そういえばまだ私は、キャピキャピの新入生。それも初日なんだった。学園内の特別な決闘に、場慣れした雰囲気でルールを決めていくのはおかしな話だわ。


 ……まあ、アリシアならそれくらい出来ても不思議がらないし、ソフィーも諦めてるけど。変なところは変なんだもの。気を付けないと。


「ふむ……。ではシラユキさん側は1人だけ。救援も支援も無しというのは大丈夫なのでしょうか? 相手は複数いるでしょうし、連戦は避けられないでしょう」

「あ、そこはアレですね。1人1人戦っていたら日が暮れますから、全員と一気に戦う様に考えています。あまりにも多い様なら複数回に分けますが」


 いくら個人の力が強くても、連戦というのは魔力だけでなく体力や気力すら奪っていく。

 ただ、私は魔力と体力は無限にある。無くなっていくのは気力……というかやる気が削がれていく。経験値も何も入らない戦いなんて無益だし、やってる事は弱いものいじめと同じだ。

 どうせなら1戦で済ませてしまいたいし、それが叶わなくともさっさと終わらせたい。


「リタイア不可としたのはその為ですね。お嬢様の強さを目の前で見せつけられれば、2戦目以降の者は戦意が消し飛ぶ事間違い無いですから」

「そういう事。1対1は避けたいけど全員が助っ人を最大まで連れてくる様なら2、3戦に分けても良いかもね」


 ただ、早く終わってほしくもあるけど、逃したくもない。強権で無理矢理人を従わせる者には、同じく強い力でボコボコにして、軽いトラウマでも埋め込まなければまたどこかでやらかすに決まっている。

 私のやる気も大事だけど、この国を住みやすくするための大事な時間だ。1匹たりとも逃すつもりはない。


「なるほど、例えそうなったとしても勝てるビジョンが、シラユキさんにはあるのですね」

「はい。現実を知らない箱入り連中には負けません」

「ぐぬぅ……」


 今日は何度か、ソフィーにダメージ与えちゃってるかも。でも大丈夫よ、貴女はこれから鍛えてあげるんだから。


「では次に……そうですね。シラユキさん側の賭けの報酬についてですが、私から言うことはありません。本来なら自分の身、その全てを賭けの対象にするなど公式では滅多に認められませんが、陛下からも譲歩する様言われていますし負ける心配がないなら好きにさせましょう。次に相手側の負債ですが、丸刈りというのはどう言う……?」

「謝るだけ謝らせてお咎めなしとはいきませんし、ただ金銭とかにしても彼らは一切傷みません。親が出すんですから。ですから、彼らの心の支えであり、貴族を象徴する金髪。これを奪おうかなと。まあ甘い汁を吸ってる中に平民もいるかもしれませんが、そこは同じように区別します」

「確かに、反省させるにはこの上ない処罰ですね。肉体へのダメージではない為、薬などでは治せませんし」

「でしょー?」


 まあ最初はただの嫌がらせ兼、思いつきだったんだけど。ただ、ソフィーと関わっていくうちに貴族はこの髪色を身分の象徴としている節があるみたいだから、有効かなって思ったのよね。実際使えそうで良かったわ。


 あと、ちゃんと反省が見える様な更生を確認出来れば、育毛……いえ、この場合は増毛剤かな? それを錬金術で作ってあげるのも悪くないかもね。

 ま、仮定の話だけど。


「あとはシラユキさんが持ち込む装備なのですが、どのような剣なのかな?」

「これです」


 そう言って『始まりの剣』を見せる。

 いい加減この武器、『打ち直し』をして強化しちゃっても良いんだけど……。なんだかんだ使い続けてるのよね。『不壊』属性で威力も弱いし、対象を斬ってしまう事もない。だから木刀感覚で撃ち合うことも出来るし、相手の武器を壊す心配もない訳で。第二騎士団にお邪魔した時は役に立ったし、やっぱりこのまま弱い状態で良いのかも。

 なんなら最近のマイトレンド武器、刀だし。


「これは……。見事にただの剣だね」

「はい、何の効果も無い剣です」


 壊れないだけで。


「ふむ。騎士科の学園長に見せても、きっと同じように何の強みもないただの剣だと判断するでしょうね」

「あ、そう言えばこの学校、魔法科以外にも騎士科と調合学科があったわね。そっちでは貴族による横行は起きているのかしら?」

「魔法科ほどではないにしろ、ほどほどに起きてはいますよ。今朝の入学式は魔法科の生徒のみでしたが、もう各科でこの決闘は噂になっている頃でしょう」

「そう……。なら、ルール追加ね。参加者は魔法科だけでなく、騎士科と調合学科からも参加を求めるものとします」


 忘れていたわ。横行は魔法科だけと考えていたけど、そっちにも貴族が幅を利かせていたり派閥を生成したり、色々やってるんだったわ。

 この前ミカちゃんがこぼしていたもの。


「なら、単純に参加者が想定の2倍以上にはなるんじゃない? 報酬が足りなくなるんじゃ……」

「あー、そうね。じゃあ武器ランク8の剣1本にランク6の剣数本を騎士科に。武器ランク8の杖を1本にランク6の杖数本を魔法科。最後に最高品質の回復ポーション10個と解毒ポーション10個を調合学科に。私の体は各科共有。それで良いんじゃないかしら?」


 今日は夜更かし確定かな?

 いやでも、ランク6程度なら慣れれば1時間で複数本余裕だし、薬品はアリシアも慣れてきたはずだし大丈夫な気がしてきたわ。


「報酬の準備が大変ね……。大丈夫なの??」

「大丈夫よ、何とかなるわ」

「その辺りの加減は私には分かりませんが、今はシラユキさんを信じましょう。ではこの訂正したルールで学内及び各寮に張り出しをします。参加者は希望制と指名制の2種類としましょう。希望者は各寮長、及び教師や教授に参加する旨を伝え、参加者の名前を随時貼り紙に追加して行く形にします。指名制はシラユキ君名義で招待状を送る形にして、受け取った相手は厳正な審査の上で『可』となれば、強制的に『決闘』への参加を認める事にしましょうか。また今日からの1週間、全学年・全学科において『決闘』の実施は規模問わず不可としましょう」

「いいですね。では、参加したら辞退禁止も追加で」

「ふむ。ではそれは隅っこの方にでも」

「あと、学園側でも強権を振り回している生徒は把握されてます?」

「ええ。ですが、それらに関しては生徒会の方が詳しいでしょう。私経由で彼女達から名簿を受け取り、シラユキ君名義で招待状を送っておきましょう」

「よろしくお願いしまーす」


 そうして細かいルールなども取り決め、被害者達からも参加を強制させる招待状などの発行を依頼し、ひとまず満足した私達は、そのまま学園長室を後にした。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ソフィーに付いていき、女子寮へと案内してもらう。話を聞く限りでも魔法科だけで女子寮は3つもあるらしい。それだけ人数が多いっていうのもあるらしいけど、そのおかげか魔法科の女子寮は年代別でキッチリと分ける事が出来ているのだとか。

 他の学科や男子は1寮か2寮の為、年代がごちゃ混ぜらしいんだけど。それを聞く限り、やっぱり魔法科って女の子が多いみたいね?


 魔法科女子寮はそれぞれに名前があり『花』、『月』、『雪』とあるらしい。……雪月花かな?

 今年は、花が現在3年生。月が2年生。雪が1年生らしい。雪月花の並び順としても、雪という銘で考えても、ちょうど良い采配だわ。


「ここが『雪』の寮よ。3階建てで部屋も100以上あるらしいわ。食堂やお風呂は各部屋のものを使っても良いし、共用の場所を使っても良いの。出入りするときは寮長に木札を渡して部屋の鍵と交換してね。鍵は1人1つ。従者にも配られるわ」


 ソフィーが実践しながら説明してくれるのを黙って聞く。ゲームではこの辺、明確な表現がなく端折られていたから深くは知らないのよね。だからちゃんと聞くわ。

 寮長はこの学園のOBらしい。ちゃんと挨拶をして顔を覚えてもらう。


 まあ、私を忘れるなんてなかなかないと思うけど。


「私とシラユキは3階の…313号室ね」

「隣の部屋と、結構距離が空いてるのね」


 こういう寮は初めてだけど、普通のホテルとか、そんな感じの間取りを想像してただけに、隣室との距離に驚愕した。

 だって、20メートルくらい離れてない??


「そりゃ、王家や貴族が出資してる王国唯一の魔法学園よ? 身体を休めるための部屋なんだから、大きくて当然じゃない」

「ああ、その辺の感覚は貴族そのものね」


 そりゃ広くて当然だわ。

 ホテルではスイートばっかり泊まっていたのに、一部の感覚は庶民のままみたいね、私。


 ……それを思うと、リリちゃんやママ、大丈夫かしら。寮の入り口でへたり込むママが想像出来るわ。

 ああ、心配になってきた。


「ちなみに私の部屋は、2階の220号室です」


 アリスちゃんの部屋の位置は、2階の角部屋にあるようだった。


「あ、そう言えばアリスちゃん。相部屋の子に連絡した方がいいかしら。今日は遅くなる可能性があるって」

「私には相部屋をしてくれる方がいませんので大丈夫です」


 心配をしたら、闇の深い返答が返ってきた。


「えっと、じゃあメイドさんとかは……」

「私の容姿や才能の無さを嫌って、誰も寄りつこうとしませんから」

「……こんなにカワイイのに。そいつら頭と目が腐ってんのね」

「言うわねシラユキ。一応ここまだ廊下なんだけど」

「でも事実だもの」

「そうね、私もそう思うわ」

「きょ、恐縮です……」


 2人でカワイイ妹を撫でる。


「それじゃ、早速入りましょ。中を見たら驚くわよ」


 イタズラ顔でソフィーが言い放つ。受けて立とうじゃない!



◇◇◇◇◇◇◇◇



「おお……」


 広い。

 寮の説明を受けた時、2段ベッドでも置いてあるこじんまりとした小部屋をイメージしてたけど、規模がまるで違う。

 入ってすぐのところはリビングかな。左にはキッチンがあって、家具や調理器具一式が揃ってるみたい。食堂を使っても良いし、ここで自炊しても良いって事ね。

 右には扉が2つあって、中を覗けばどちらも個室のようだった。まず目を引くのは、1人じゃ絶対に持て余す大きさのベッド。そして隣には同じ感想を抱く広さの勉強机があって、何も置いていない場所には高級そうな絨毯。

 うーん、ホテルのスイート並みにくつろげる、広々とした空間だわ。正直私、この絨毯でも眠れるかもしれない。


 個室の奥には更に部屋があって、そこは普通の部屋で、小さなベッドがポツンとあった。こっちは使用人専用なのかな?

 私が最初に想像していた寮の部屋がこんな感じの狭さだったわね。


 そして再びリビングに戻って、ちょっと考え込む。

 これ、テーブルを端に寄せれば私のマジックテントを出せそうね。天井も高めだし。コンテナの中身をいつでも出し入れ可能なのは大きいわ。

 マジックバッグの容量は有限だもの。バッグ自体を増やしても管理が面倒になるだけだし、雑多な物や巨大な物入れは、やっぱり欲しいところよね。


 にしても、ほんとにこんな空間を2人で使ってもいいのかしら? 待遇良すぎじゃない?


「もうこれ、屋敷とかそんなレベルじゃない? それと私の部屋の使用人部屋は使わないかも。ソフィーは誰か連れてきてるの?」

「最初はそのつもりだったけど、アリシア姉様が居ると、きっとどの子も萎縮しちゃうからやめたの」

「はい。ですから、お嬢様のついでにお世話をさせていただくことになりました。事後報告となり申し訳ありません」

「ああ、それなら良いのよ。ソフィーとはずっと一緒にいるんだから一緒にお世話してくれた方が効率がいいわ。それにアリシアなら、1人増えたところで問題ないだろうし」


 もうソフィーも家族みたいな大事な存在だもの。ソフィーなら、アリシアにお世話されているのに対して嫉妬したりしないし、違和感もない。

 うーん、それならやっぱり、使用人部屋かぁ。……どう使えばいいんだろ?


「アリシアが眠るときは私のベッドなのは確定だし、用途が浮かばないわね……。うん、この使用人部屋をどうするかはアリシアに任せるわ。好きに使っていいわよ」

「承知しました、お嬢様」


 一通り見て回った私は、ちょっと手遅れだけど靴を脱ぐことにした。

 入り口で靴を脱ぐ文化は王国には無いんだけど、やっぱり違和感があったのよね。改めてここを『自室』として認識したからかしら。

 アリシアは私のマジックテントでそう言うのを好むことを知っていたので、私に倣って脱いでくれたけどソフィーとアリスちゃんは変な顔をしてるわね。


「何してるの?」

「うーん、私、自分の部屋では靴を脱ぎたいの。この辺は生活してきた文化の違いだから無理に脱がなくてもいいけど……ううん、やっぱり脱いで欲しいかな?」

「そんな顔しなくてもいいわよ。確かに、自室くらいはゆったりしたいと言う気持ちはわかるし、靴はない方が気楽よね。分かった、ならこれからこの部屋では、入り口で靴を脱ぐ様にしましょ。お客さんが来た時にもそのルールは徹底させて」

「うん、ありがとうソフィー。アリスちゃんも」


 姉に倣っていそいそと靴を脱ぎだすアリスちゃんがいじらしくてカワイイ。

 うーん、文化がないから玄関口っていう概念がそもそもないのよね、この部屋。

 なら、それっぽいものを作りますか。幸い床は大理石? みたいな石だし、魔力を流して形状を変化させて……。


『ゴゴゴゴ』


 ちょっと振動で揺れたけど、騒音は出してないはずだから近所迷惑にはなってないはず。


 玄関口を少し低く……いえ、じんわりと傾斜にすればいいかな。そうして軽い段差を作り上げる。

 あとは靴置き用の棚も必要よね。これは壁を突起するように伸ばして、それっぽくしましょうか。


『ゴゴゴ』


 ちょっと壁が揺れたけど大丈夫のはず。

 そのまま私とソフィー、アリシア用の靴棚を作って、あとは少し離れたところにお客様用のスペースを作ろうかな。あ、でもアリスちゃんは妹なんだし、私達の棚は4人分にしましょう!


『ゴゴゴゴゴ』


 また揺れたけど気にしない。

 この部屋に何人お客さんが来るのかは分かんないけど、まあこれくらいで十分よね。少ないなら増量しましょ。


「終わったわ!」

「お疲れ様です、お嬢様」

「床や壁の素材をそのまま流用したから、その部分ちょっと脆くなってるかも。魔力で補強したから大丈夫だと思うけど、後日同じ素材で埋め立て直しておいた方が良さそうね」

「承知致しました。時間のある時にでも調達してきますね」

「うん、よろしくー」


 テーブルについてアリシアの淹れてくれたお茶を飲む。はー、生き返るー! ついでに私達が歩き回ったことで、汚れたであろう床を『浄化』で掃除しておく。床や絨毯が多少光ったが、気にならなかった。


 あ、今は私達4人分の席しかないけど、お客さんが来た時用に椅子やテーブルを増設しないとなぁ。普段はマジックバッグに収納して仕舞えばいいわけだし、どこかでお洒落な家具を買ってくるべきかな?


「え? え? ソ、ソフィア姉様。今のは一体、何が起きたのですか……?」

「魔法なのは辛うじてわかったけど、正直私にも何が何だか……。まぁでも、シラユキに掛れば魔法なんて、それはもう息をするように実行出来るって事だけは確かね」

「あのような魔法、見た事も聞いたこともありません……」

「シラユキ曰く、名称のある魔法だけが全てじゃないらしいわ。私もあまり理解出来ていないんだけどね」


 困惑している姉妹をよそに、私はアリシアと家具の相談を始めた。そんなおり、来客を告げるノックの音が、部屋の中に鳴り響いた。


『ここが3年間お世話になるおうちなのね!』

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