第135話 『その日、来客があった』
「お邪魔しますです!」
「お邪魔しますわ」
扉を開けると、隣室のココナちゃんとアリエンヌちゃんがやって来ていた。記念すべき来客一号ね! あ、でもアリスちゃんが一号か。
なら二号と三号ね!
「いらっしゃい! まだ椅子とかちゃんとしたものが用意出来てないけど、入って入って」
と思ってたけど、アリシアがどこからともなく木製の椅子とテーブルを取り出していた。
「こんなこともあろうかと」
「流石アリシアね!」
「と言うのは冗談で、旅を始める際に用意していたキャンプ用の椅子とテーブルです。マジックテントのお陰で日の目を見ることはなかったのですが、出番があって良かったです」
「ああー」
そう言えばそうだったわね。マジックテントがちゃんとした物なのか判断出来てなかったから、念のために買ったんだった。
あの頃は行き当たりばったりだったから、碌に所持アイテムの検証も出来ていなかったのよね……。
あれ? それは今もそうかも??
「え、貴女様は……」
「はわわ、綺麗な子なのです!」
「紹介するわ、私とソフィーの妹のアリスちゃんよ!」
「……い、妹のアリスティアです。よろしくお願いします」
アリスちゃんは何か言いたそうだったけど、諦めた顔でそう自己紹介をした。何事も諦めが肝心よ!
「え? 妹さん……?」
「アリエンヌ、そう言うことだからよろしくね」
「は、はいっ! 承知しましたわ!」
流石に容姿から、アリエンヌちゃんはアリスちゃんのことを知っていたのかな。ソフィーからのお願いというのもあって、受け入れたみたい。
ココナちゃんのような王都の外から来た平民は、知るよしもないわけで、尻尾をブンブンしながらアリスちゃんと握手している。
自分の容姿に怖気付かないココナちゃんの反応が嬉しいのか、アリスちゃんもハニカミながらそれに応えている。
うーん、尊い。
このシーン、写真に収めたい。
っていうか最近、写真に収めたいシーンが増えてきているのよね。いい加減素材を集めて高性能カメラを作成したいわ。
ダンジョンっていつから入れるようになるんだっけ??
アリエンヌちゃんもアリスちゃんと挨拶を交わしたところで、本題に入ろうとするも、またしてもノックの音が鳴り響く。
今日は来客が多いわね。まだ入居してから10分も経ってないんだけど。
「はーい、どちらさまー」
「お姉ちゃん!」
「あ、リリちゃーん!」
扉を開けると同時にリリちゃんが飛びついてきた。1日ぶりのリリちゃん!! という事は……。
「ふふ、遊びに来ちゃった」
「ママ!」
1日ぶりのママも抱きしめる。
2人共、昨日から初等部の寮に行く為の準備だとかで、ほとんど時間が取れなかったから、丸一日出会えていなかったのと同義よね。はぁ、リリちゃんとママを抱きしめていると愛しさが込み上げてくるわ。2人共大好き。
「お姉ちゃん、今日はね、お友達も連れてきたの!」
「ほぇ、お友達?」
もうお友達が出来たの? 流石リリちゃん、コミュ力高いわね。私が今日学校でしてきたことなんて、方方に喧嘩を売ってきただけよ?
「お久しぶりですわ、シラユキお姉様。私のこと、覚えていらっしゃいますか……?」
「ん? あ、アーネちゃん!」
「はい! 私なんかのことを覚えていて下さるなんて、このアーネスト、感無量です。そして会わせてくださったリリさんも、ありがとうございます」
「友達だもん。当然なの!」
ほぁー、以前にリリちゃんにはポルト領主のお嬢様、アーネストちゃんと友達になれるはずだと伝えたけど、まさか入学初日から仲良くなれるだなんて。
それはちょっと想定外ね。いい意味で。
「それにお姉ちゃんの事を姉と呼ぶなら、リリと一緒なの。会いたがっていたから放っておけなかったの!」
「まあ! リリさん、なんてお優しいのかしら。ならばリリさんの事は、これからリリ姉さんとお呼びしますね」
「え? リリがお姉ちゃんなの?」
「はい。尊敬できる方の妹を名乗る時は序列が存在しますから。一番先に妹となられたリリ姉さんが一番上の妹となるのです」
そうなの?
女学院とかで見受けられるような特殊ルールでも採用されてるのかしら。
一応ここ、共学なんだけど。
「わかったの。じゃあリリが一番の妹なの!」
「じゃあアーネちゃんは3番目ね。ここに2番目のアリスちゃんがいるから」
アーネちゃんが先だった気がしないでもないが、妹認定のタイミングを考えればこれで合ってるはず。
「はいっ、お姉様の妹になれるなら何番でも構いませんわ! アリス姉さんも、宜しくお願いします」
「……ええ、よろしくお願いしますわ」
「リリなの。よろしくお願いするの」
妹達が仲良くしているシーンは微笑ましいわね。
さて、1人対象者が増えたけどそれが妹ならば優先順位は同等ね! 早速鍛えていくわよ!
「それじゃ、アリスちゃん。そしてアーネちゃんには今から魔法の授業を行うわ。こっちへいらっしゃい」
「分かりました」
「ああっ! お姉様にお会い出来ただけでも幸運ですのに、魔法を教えていただけるだなんて……。光栄の極みですわ!」
「ふふ、アーネちゃんにはずっと前に約束したもんね」
感極まって動けないアーネちゃんを引きずって、2人をソファーに座らせる。
何度か魔法を教えてきた中で分かった事だけど、相手には楽な姿勢でいてもらったほうが身につきやすいみたい。それだけ集中しやすいからかな。
まずは2人の中に魔力を流して、私の魔力を認識させるところから始める。彼女達の手をしっかりと握って少しずつ身体に馴染ませる様に流し込んでいく。
そこで、2人が感知するタイミングに違いが生じた。
ほんの少し。予定していた量の1/10程度の魔力を送っただけで、アリスちゃんはビクッと身体を振るわせた。
「アリスちゃん、もう分かったの?」
「は、はい。今のがシラユキ姉様の言う、魔力……なのですか?」
「ええ、そうよ。……恐らく、今まで身体のどこにも存在しなかったものが現れたから、気付きよりも違和感の方が勝ったのね。でも、念のためもう少し送るわ」
「は、はい」
未知のものに対する恐怖があるのか、少し怖いみたい。そんなアリスちゃんがカワイくて、抱きしめたい衝動に駆られたけど、我慢我慢。
そうしてアーネちゃんには予定していた魔力を送ったところで、彼女も気付いてくれた。
「分かりますわ、お姉様の魔力。とても暖かいです。幸福すら感じられますわ」
「ふふ、良かった」
アリスちゃんには送りすぎても良くない気がしたので、本来の半分で止めておく。
「それじゃ、今から動かすわね。初めはゆっくり動かしたりするから、落ち着いてついてきてね」
「「はい」」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ああ、これであの子も魔法が使える様になると思うと、感慨深いわね。それにしてもシラユキのあの方法、本当に不思議ね。
側から見たら変な儀式でもしているみたい。まあ、実際に体験してみたからこそ分かるけど、とっても不思議な体験なのよね。
魔力を他人に流すなんて発想、普通出てこないわよ。でもそれは、まともに魔力を扱えない状態だったからこそ、出来ることが少なすぎて、そんな事を考える余裕がなかったんだって。
シラユキに魔力の扱い方を教えてもらった事で気付けたわ。
今なら、色んなことに挑戦できるかも。
シラユキと一緒にいる時は、見られるのが恥ずかしくて中々試せないけど、あれもこれも、試してみたい事が沢山あるわ。
でも、シラユキとはいつも一緒なのよね。いつ試そうかしら。
「ねえリリちゃん、初等部はどんな感じだった? 楽しかったかしら」
リリちゃんとアリエンヌは初対面だったのでさっき挨拶してたけど、リリちゃんの良い子っぷりに絆されちゃったみたい。さっきからずっと可愛がってるわね。まあ、その気持ちはわかるわ。
「うん、楽しいの!」
「そうー、良かったわ」
「それにママも一緒だから寂しくないの」
「もう、リリったら」
「えへへ」
リーリエさんがリリちゃんの頭を撫でる。
うーん、こうやってみても、2人が親娘には到底見えないわね。双子の姉妹か、歳の近い姉妹にしか見えないわ。
上位貴族に見初められた女性は出産が早いと聞く。この歳にもなって彼氏も居なければ、婚約者のこの字も無い私やフェリスお姉様は、危機感を感じるべき所なのよね。
お父様はそう言う縁談話は絶対許さないし、私で見つけようにも家格や魔力に見合う異性なんて現れない。
強いて言えば第一魔法師団の団長さんがフェリスお姉様の候補ではあったけど、あの人女性に興味がないって噂なのよね。
はぁ、それを思うとやっぱりシラユキが女の子だったのが最大のネックね。男なら間違いなく、婚約を申し込んでいても不思議ではないわ。
シラユキほどの強さを持っていたら、お父様も許可を出していただろうし、王国に取り込む為にも王家から縁談話が舞い込んでいただろう。
逆に今の、美少女のシラユキに釣り合う男も、居ないし。女の子なら美貌や可愛らしさが求められるけど、男に強さを求めようにもシラユキの上なんて存在しないでしょ。完全に詰んでるわ。
まあ、そんな事をしなくてもシラユキはこの国に居座ってくれてるし、出て行くつもりもないみたい。なんならおじ様達と協力して、もっと良い国にしようと計画している。
だからかな、無理におじ様達も婚約話を持ち出さないのは。機嫌を損ねるとどうなるかわかんないし。
「初等部は高等部と違い、メイドは主人と同伴で授業を受けられると聞きますからね。リリも安心して過ごせるというものです」
「やっぱり、高等部では別室で待機させられちゃうのね。アリシアちゃん、シラユキちゃんは大丈夫だった?」
「ええ、ソフィア様が片時も離れず側にいて下さいますから、お嬢様も寂しい思いはされていない様です。それに別室待機は基本授業だけで、専門職の授業は場合によっては同室で行われることもある様です。今のところ心配はないですね」
「それは良かったわ。ソフィアちゃん、ありがとう」
「い、いえ。おじ様からの依頼もありますし、私も嫌じゃないですから……」
はぁ、それにしてもリーリエさんってこんなに小さいのに、計り知れないほどの母性を感じるのよね。この人に微笑まれると、無性に甘えたくなっちゃう。
私のお母様は、物心つく頃には亡くなってたけど、もし今も生きていたら、シラユキみたいに甘やかしてくれてたのかな。
こんなに可愛くて愛情たっぷりで接してくれるんだもん。甘えたくなっちゃうシラユキの気持ちも分か……いえ。周りの目を気にせず甘えまくるのはどうかと思うわね。もう少しくらい恥じらいを感じるべきよ。
そう言えばシラユキが恥ずかしがってるところ、見たことないわね?
「ソフィーちゃん」
「え、はい?」
「ママに甘えたくなったら、いつでもいらっしゃい。ソフィーちゃんなら大歓迎よ」
「え、ええええ!?」
な、なんで今、考えていた事がバレて……。
「ソフィーちゃん、結構顔に出てるのよ」
「そうですね、ソフィア様はお嬢様ほどではないにせよ、顔に出ますね」
「そ、そうなの!?」
うわああ、恥ずかしいいい!
「リーリエさん、ココナも良いですか?」
「良いわよ。いらっしゃい」
「はいです! ……わふぅ」
ココナちゃんが飛びついて甘えてる。うわぁ、尻尾の動きが凄い。
「母様と同じ匂いがするです」
「ふふ、良い子良い子」
「えへへ」
そのままリーリエさんは、慣れた手つきでブラッシングを始めた。ココナちゃんも気持ち良さそうにしているし、私も混ぜてもらおうかな……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ふと皆の方を見たら、ママが大人気だった。
まあ気持ちはわかる。ママは私達のママだけど、皆のママでもあるんだもの。あの小さな身体にバブみを感じるのはおかしなことじゃない。ママなんだもの、当然の反応だわ。
自分の姉がそんなことになっていることに気付かないアリスちゃん。そしてアーネちゃんの方は、良い感じに仕上がっていた。
魔力の認識は問題なく追従出来ているし、複数に分裂させても、多少薄めてしまっても問題なく感知してくれている。
あとは『魔力溜まり』の認識だけど……とりあえず難易度の低いアーネちゃんから先に済ませよう。
アリスちゃんには、魔力を頭部に移動させて把握出来るかどうかからのチェックね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
結論から言うと、アーネちゃんはすぐに『魔力溜まり』を把握する事ができた。今は自分の魔力を動かすことに注力して貰っている。
逆にアリスちゃんは苦戦していた。
何故なら、頭部というのは非常に狭い。そんな中で自分の『魔力溜まり』と、私が動かしている魔力とがぶつかり合ってしまい、認識の妨げになっているらしい。
頭にあんまり魔力を送っても、熱くって思考がボーッとしちゃうから、これ以上送る訳にもいかないわ。逆に少ないと彼女の魔力に飲まれて感知出来なくなるし。
うーん、中々難しいわね。
「アリスちゃん、どう? 何か分かった?」
「……シラユキ姉様が動かす魔力とは、似て非なるものがある事は分かりました。ただ、その存在は大きすぎて、輪郭が不鮮明といいますか……。それが本体なのか余波なのか、掴みきれないのです」
「ああ、そこまでは分かったんだ? ならもう、邪魔にならない様私の魔力は抜いておくわ」
というか、感知しようとしてる存在の近くをウロチョロしてる私の魔力が、完全に邪魔だったかも。動かすことに夢中になりすぎてて、アリスちゃんに状況確認する事を怠ったせいね。
反省反省……。
頭に『魔力溜まり』がある人は、他のタイプに比べて魔力量が極端に多い為、『魔力溜まり』は巨大化する。ステータスの成長がINTに傾倒している為か、完全に魔法使い専用ビルドと言っても良い。
だから普通の子とは違って魔力が溢れているんだろう。『魔力溜まり』に収まっているべき魔力が
「アリスちゃん、輪郭が動き続けているのは力の余波よ。だからまずは、微動だにしていない大元の本体。その場所を認識して」
「はい」
頭の熱っぽいところを探すと言うのは、中々難しいことだろう。集中力も使うだろうし、今日でダメでも何日か時間をかける事も視野に入れた方がいいかもね。
胴体にない特殊型は、扱いを丁寧にしていかなきゃ。
「なんとなくですが、把握出来たと思います……」
おお、意外と速い。
才能があるのかも。
「では次に、波打っている余波の一部分を千切ってみせて。アリスちゃんの魔力総量は普通の人より大きいから、今はそれだけで十分よ」
「はい……!」
本体から一部を切り取ろうにも、波打ってる外周部が邪魔をして上手く取り出せないだろう。そう思って外周分から操作させる事を学ばせる。自分の意識とは無関係に動き回る存在を、正確にコントロールする術を身につける事が出来れば、魔力の操作も格段に上手くなるだろう。
「どう、でしょうか」
「いくつか零れ落ちちゃったけど、しっかり捕まえたわね。上出来よ。あとはそれを自分の意志で動かしてごらんなさい」
「はい! ……あっ、消えてしまいました」
「『魔力溜まり』が大きくて、操作していた魔力を見失ってしまったようね。大丈夫、貴女の魔力は元の場所に帰っただけだから、焦らずもう一度切り取って」
「はい……」
さて、ここまで来ればあとは見守るだけ。アーネちゃんの方は、と。
……うん、ちゃんと魔力を身体の中で循環できているわね。
そのまま、その魔力を使って、いつものように魔法を使わせてみる。
「『ウィンドボール』! ……ああ、出来ました、お姉様!」
「良くやったわ、アーネちゃん。今の感覚を忘れないうちに、そのまま魔力還元まで覚えちゃいましょうか」
「はいっ、お姉様!」
カワイイなぁ、アーネちゃん。ここにいる妹達全員抱き枕にして眠りたくなっちゃうわ。
『妹は何人居ても良いものね!』
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