閑話4-5 『王国暗部、ツヴァイの手記』

 最初にその少女を見た時、この世の者とは思えないほどの美しさに目を奪われました。組織に入団する為の過酷な鍛錬を経験していなければ、今頃心すらも奪われていたはず。

 この仕事を初めてから今まで、上流階級の方々の磨き上げられた自慢の美貌とやらを、幾度も見てきましたが……。この様な人が存在したなんて。目が眩むほどの美しさとは、このような少女を指すのでしょう。


 若いナンバーズには、この少女の相手は厳しいようですね。数秒経っても我に帰れていないのですから。

 そう思うと、一瞬たりとも警戒を解かないエイゼル隊長は流石です。若い隊員達は、この方には心がないのではと噂をしていましたが、そもそもこの仕事において、情に左右されるようでは未熟者なのです。

 ……ですが、一瞬でも少女に見惚れてしまった以上、私も偉そうには言えません。ナンバー2を冠する『ツヴァイ』のコードネームを頂いた以上、恥を晒すわけにはいきません。

 心を乱されぬよう、気を引き締めなければ。その時の私はそう決意しました。



 ですがその決意も、少女の見せた力の一端により、あっさりと打ち砕かれたのです。たった1人で竜を倒し、逸話として残る程に恐れられるかの能力を、完全に無効化するほどの魔法力。

 勝てない。そう理解させられると同時に、体が震えました。


 本日謁見の間で警護に当たっているのは魔法師団の中でも選ばれた人間しか入れない宮廷魔導士の者達。そして第一騎士団から選出された近衛騎士。

 そんな指折りのエリートである彼らですら腰を抜かし、陛下を護衛するという任を忘れて呆けてしまっている。


 少女の力はあまりにも異常だ。もしもその矛先を陛下に向けられたとして、我々で逃げる時間を稼げるかどうか……。

 そう危惧するも、隊長からは『持ち場で待機』と指示が飛ぶ。陛下も楽しそうに見ているし、あの宰相様からも動きはない。


 何も出来ないのは歯痒いが、今は見守るしかなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 その後も少女を引き金として様々な事件が巻き起こされた。

 しかし魔物のトラブルも、経済への貢献も。終わってみれば、どちらも素晴らしい内容で、陛下だけでなく宰相様も少女に心を許した様でした。

 その為か陛下は『ナンバーズ』の全員を呼び出し、彼女と敵対する事はないと断言なされました。また、彼女の機嫌を損ねる事は断じて許さないとも。


 元より陛下から直接の命令が下された以上、我々は逆らうなどあり得ない。

 しかし、本当にこれで良いのだろうか。まるで集団催眠にでもかかったかの様な、奇妙な違和感。

 少女の身振り手振りを見ていると、私も同じように少女の事を好感触に捉えてしまいそうな、様な、気持ち悪い感覚。

 これは何か、壮大な魔法に掛けられているのではないかと心配になってくる。


 こんな事、隊長に相談するわけにもいかないし……。そう思っていた翌日。陛下から勅命が下された。


「エイゼル。そしてツヴァイ、ドライの3名は、これより彼女から齎される新たな知識の情報収集。そして警護を主な任務とする」

「承知しました」

「フォーメーションはエイゼルに任せるが、彼女は知っての通り勘が鋭い上に強さも計り知れん。その為先に顔見せを済ませる。今後は彼女の指示にも従う様に」

「「「はっ」」」


 我々が敬礼をすると同時に、件の少女がお供を連れてやってきた。


「へーかー、呼びましたー?」

「失礼します、陛下」

 

 まるで街を散策する貴族のご令嬢の様だと錯覚してしまいそうな、ラフな出立ちの護衛対象が現れる。実際に少女は平民らしいのだが……信じられない。

 明らかに専用の教養を受けた佇まいだった。


 しかしその風貌は、昨日まで感じていた謎の圧迫感……目に見えない力は鳴りを潜め、至って普通の美しい少女だった。

 少なくとも、理外の力で事は無いだろう。

 そう確信した。理由は、自分でもよくわからないが……。


「うむ、今後シラユキちゃんの連絡要員として彼らを付ける。敵だと思われては困るから、先に顔合わせを済ませておこうと思ってな」

「えー、いくらなんでも、付き纏われたからっていきなり攻撃したりはしませんよー」

「そうかの? ワシなら周りを妙なのがウロチョロしておったら、とりあえずとっ捕まえて吐かせるんじゃが」

「敵意や害意があるかどうかは、なんとなくわかりますから」

「そうかそうか。シラユキちゃんは凄いのう」

「いえー、それほどでもー」


 陛下はすっかり少女に絆されてしまった様で、顔がもう孫娘を可愛がる好々爺のようになっている。この様な表情をするのは、王女殿下や姪御様。お妃様と内々で接する時くらいではないだろうか。

 しかし、お二人の穏やかな表情と異なり、会話の内容は物騒な事この上ないが。


「おほん、まずは此奴がエイゼル。影の部隊『ナンバーズ』の隊長じゃ。『ナンバーズ』は実力順に番号が与えられるのじゃが、隊長だけは名を冠することを許しておる。実力としても、盗賊ギルド時代のアリシアと同等じゃと自負しておる」

「エイゼルさんね、よろしくー」

「宜しくお願いします、シラユキ様」

「なるほど、貴方がエイゼルですか」


 そう言ってきたのは、少女の隣に控えていたエルフのメイド、アリシア様。

 アリシア様の活躍を知らないものは『ナンバーズ』には居ない。

 その腕前もさることながら、盗賊ギルドで成し遂げられた数々の偉業は、もはや伝説として語り継がれるほど。職業レベルや魔法の腕も凄まじく、陛下の仰る通りエイゼル隊長に引けを取らない傑物だ。


 そして恐ろしいことに、その情報は何年も前のものなのだ。あれから成長していないとは思えないし、場合によっては隊長をも超える実力を備えている可能性すらある。

 もし彼女が敵なら、最大級の警戒対象だった事だろう。


 だが今は、少女の側近であり、家族でもあるらしい。少女に手出しをしない限り、アリシア様は味方であるはずだ。


「お噂はかねがね」

「私も耳にはしておりました。仕事柄、お互い出会うことはありませんでしたが」


 どちらからともなく手を出し握手をする。

 エイゼル隊長と同格……。折角の機会だ、アリシア様の動きも参考にしたいところ。

 

「ほへー」

「なんじゃ、シラユキちゃんはリアクションが薄いのう……」

「あ、ごめんなさい。一応2人はこの国で上位に入るんですよね。なんか不思議な感じがして」

「まあシラユキちゃんに比べれば実力不足に見えるかもしれんし、別に良いわい」

「致し方ありません。お嬢様に比べれば、我々などスライムの背比べですから」

「えー? そこまでは言わないけどー」

「はっはっは」


 陛下が笑っておられる。

 本来であれば、陛下に恥をかかせた我々の修行不足を悔いるべきところなのだが、相手が悪すぎる。先日の闘いを見る限りでも、この国の精鋭が集まったところで少女に勝てない事は証明されている。

 それにしても、隊長と同格のアリシア様が、自身を最弱のスライムに喩えるとは。今の私では差がある事は理解出来ても、それがどれほどの格差かは計り知れていない。

 アリシア様は、少女との実力差をどこまでご存知なのだろうか。


「あはは。ところで彼らは魔法は使えるんですか?」

「うむ。ナンバーズは全員使える者しかいれておらん」

「なるほどー。じゃあ暇な時にでも彼らの魔法を見てあげますね」

「む、良いのか? こちらとしては願ったりだが」

「一応陛下の身を守る最後の盾なんですから、鍛えて損は無いんですよ。私としても」

「助かる。それでこの娘がツヴァイ。この男がドライじゃ」

「ふむふむ。2人共よろしくね」

「はい、よろしくお願いしまっ!?」


 差し出された手を握ると同時に、少女が急に近づいてきて、匂いを嗅がれた。

 体臭は消してるはずだけど、何か気に食わなかったのだろうか?


「素材は良いのになぁ……。こんな漆黒装備じゃなくてもっとお洒落したらカワイくなるはず。勿体無いわね」

「……え?」


 可愛い? 私が……?


「陛下ー、この子達、本当に私が貰って良いんですか?」

「ぬっ? いや、連絡係として預けるだけで、決してあげるわけでは無いぞ?」

「でも私に指揮権を下さるってことは、私が自由に使って良いということでは?」

「……この3人は『ナンバーズ』の中でも情報を扱う分野でも特に優秀な者達でな、頭の出来だけでなく速さも特化しておるんじゃ。だからシラユキちゃんに全部取られると、ワシの仕事にも差し障るのでな。自由にされると困る……」


 陛下の困ったお顔、初めて見たかもしれない。


「むぅ。じゃあツヴァイだけ下さい」


 しかし少女も折れない。

 なぜ私なのだろう。特に秀でたところのない身体に、平均的な……いや、良くもない顔だと思っているのだが……。


「ぬぅ、しかしな……」

「じー……」

「う……」

「じーっ……」

「ええい、わかったわかった。ツヴァイは自由に使って構わん。だが、所属や帰属は『ナンバーズ』のままとする。また、その結果能力が良い方向にシフトする様なら、他のメンバーも検討するものとする。それで良いかの」

「わーい。ありがと陛下!」


 花が咲いたと錯覚するほどに眩しく微笑んだ。

 これが少女の本来の魅力に違いない。不思議な感覚だが、私はそう感じた。


 その後、続けてドライの紹介があったが、今まで隣で沈黙を保っていた男が、口を開けば一変した姿に、さしもの少女も仰天していた。陛下も苦い顔をしている。

 黙って仕事をする分には、『アイン』は彼の称号ともなり得るはずなのだが、ドライのこういうところはなんとかならないものだろうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 公爵令嬢であり、陛下の姪御様でもあらせられるフェリス様とソフィア様。2人とデートだと喜んで駆けて行った少女を追って、我らも新たな任務を遂行する。

 陛下からは『ナンバーズ』としての『ツヴァイ』は続投し、本来の仕事をこなしつつも少女に寄り添って行動するようにと厳命された。


 ややこしい立場になったが、それが陛下からの命令とあれば。見事完遂してみせましょう。


「……規格外ですね」

「そうだな」

「え? なにがっすか?」


 相変わらずドライの言葉は……。いや、今はそれは大した問題ではない。


「あの少女、私達の尾行に気付いています」

「そりゃそうっしょ。俺達がついて行くってこと知ってんですから」

「そうではない。彼女は私達の位置を正確に把握している。時折こちらを見ているからな」

「はぁ? マジっすか?」

「マジだ」


 隊長の言葉遣いがドライみたいになるなんて、珍しい。

 いや、それくらいありえない事なのだ。私達の隠密をこの距離で把握出来るなんて、そんなの我々『ナンバーズ』ですら至難の技だ。

 本当にあの少女は異常だ。


 護衛対象はショッピングを楽しんだ後、昼食を取るようだった。


「……店に入るようだ。私は中に入る。お前達は外部の警戒に当たれ」

「「はっ」」


 少女たちが食事を楽しむ間、私達は周囲に不穏な影がないか警戒をしつつも、携帯食を黙々と頬張った。

 そうして暫くした後、沈黙に耐えきれなくなったのか、ドライが背を向けながら話しかけてくる。


「しっかし彼女、すっげえ可愛いよなぁ。是非ともお近づきになりたいぜ」

「ドライ」

「わーってるよ、警戒は解いてないって。でもあの子も変わってるよなぁ。出会ってすぐのツヴァイが可愛いだなんてよ」

「……それについては同感ですね。私みたいな不細工を捕まえて可愛いだなどと……。しかし、何らかの武勇に優れている方は何処かのネジが外れているとも聞きますし、少女もその類では無いですか?」

「いやいや、そこまで言ってねえって! 第一、ツヴァイは普段素顔を見せねえんだから分かりようが……」

「お前たち、お喋りはそこまでだ」


 隊長が隠し通路から出てきてひと睨みされる。


「も、申し訳ありません、隊長」

「すいません隊長」

「ふぅ、まあ良い。それよりも今から陛下に情報を届ける」


 そう言って報告する内容を私達に共有した後、陛下の元へと急ぎ伝えに行った。


「隊長も忙しないなぁ」

「仕方がありません。今の話が事実であれば、この国で財を成してる者達は衝撃を受けることでしょう。しかも少女の様子を見るに、それも数ある知識の断片に過ぎない様子」

「だなぁ。陛下があの子を厳重に保護しろってのも頷けるぜ」

「……と、移動する様ですね。……!?」

「どうした、ツヴァイ」

「また対象と目が合いました。しかも、今度は手を振っています」

「マジかよ、すげーな彼女。100メートル以上の距離を一発で見抜いたのか、2回目ともなると本物だな。ハハッ!」


 はぁ、それにしてもドライはどうしてこう、口を開けばチャラくなるのでしょう。いつまで経ってもこの口調を直そうとはしませんし、優秀なのにこれでは、貴族の専属護衛は出来ないままですよ。


「ツヴァイ」

「なんです」

「あれはツヴァイに手を振ってんだぜ。隠れてちゃ可哀想だろ。それに拗ねられては困るし、ここは振り返しておけよ」

「……一理ありますね。わかりました、そうしましょう」


 ドライに指摘されたのは癪だが、言う通りに手を振り返してみる。すると少女は、満足したかのように微笑んだ。

 はぁ、嬉しそう……。私の様な者に手を振るだなんて、本当に変わったお人ですね。


 冒険者ギルド直営店での買い物を済ませ、少女たちは一路東地区へ向かう。


「……予定では次の目的地は盗賊ギルドのはず。ドライ、先方と揉め事になる前に先触れをお願いできますか」

「あいよー」


 少女達は二手に分かれる様だったが、護衛対象から離れるわけにもいかず、そのまま盗賊ギルドへと着いていった。



 そうしたところで、再びトラブルが起きた。


「おいおいおい、あの嬢ちゃん飛んでいっちまったぞ!」

「くっ、隊長がいない時に……」


 まさか魔人が現れ、第二騎士団と戦闘になるとは。

 第二騎士団は精鋭揃いとは言え、魔人の能力は未知数。応援を呼ぶべきか迷っているうちに、警護対象の少女が飛び出して行ってしまった。


「……ドライ、貴方は少女の後を追って下さい。目的地は分かっていますから、そこで見た情報を可能な限り記録した後、陛下にご報告を。現場での判断は貴方に任せます」

「了解!」


 『ナンバーズ』の中でも俊足と名高いドライは、屋根を伝って北東の平原へと駆けて行った。


「私は、少女のご家族と姪御様を護らねば」


 今までよりも近い距離に身を隠し、警護を再開する。

 そして無事に、メイドギルドで合流を果たした様だった。


 そこで、思いもよらぬ少女の弱点を聞いてしまったところで、アリシア様に声をかけられた。


「ツヴァイ、聞いていましたね。貴女も今後はお嬢様の身辺を守る身。もしお嬢様が泣き出す様なことがあれば、すぐにでも補助に入るのですよ」

「承知しました、アリシア様」

「それでは私はお嬢様を迎えに行きます。ツヴァイはここで待機し、リリやお母様にも自己紹介をしておきなさい」


 その後、ご家族の方々とランベルト姉妹に改めてご挨拶をし、顔を覚えて貰う。その際リリ殿とリーリエ殿から不思議そうな顔をされたが、やはり私の顔が良くないからだろうか。

 そんな私の素材が良いと言っていたあの少女は、やはり少し特殊な感性を持っているのかもしれない。


 そう思って待機すること数刻、幸せを満喫しているかの様な晴れやかな表情の少女が、アリシア様を連れて戻ってきた。


「ただいまー。あら、ツヴァイもいるじゃない。皆を守っていてくれたのね、ありがとう」

「とんでもございません。では私はこれで」


 いつまでも表に姿を晒し続けるのは『ナンバーズ』として良くない。すぐさま影に潜らねば。

 そう思い撤退しようとするも、少女に捕まった。


「はいストップ。さっきから気になっていたんだけど、鬱陶しくない?」

「……いえ、私の顔は見てくれが良くありませんから。昔はよく指を差されていましたので、今は隠しているのです」

「メカクレは嫌いじゃないけど、両目隠れるのはどうかと思うのよね。あと貴女、誤解しているわ。指さされていたのは顔が酷いのでは無くて、カワイくて噂されていただけよ。今の貴女は私の配下の様なものだから、この場で好きにさせて貰うわ。アリシア、手伝って」

「はい」

「え? え?」


 抵抗する間も無く、私のは広げられた。

 すると少女は、突如目の前で果実を絞った。そして無詠唱で呼び出した魔法の水と合わせ、果実の香りがする液体を作り出し、私の肌へと塗って行く。髪だけでなく肌も少女によって手入れがされ、それが目にも止まらぬ速さで進められていく。

 私は生まれてこの方、香油というものを付けたことはありませんが……。この香り、好きかもしれません。


「かんせーい! って、あら? すごい数のギャラリー……」

「それだけお嬢様の腕が素晴らしいのです。ここはメイドのプロが集まる審査会場、皆さんお嬢様の技術に目を奪われたのですよ」

「はぇー」


 化粧をされている間にわらわらと集まってきたメイド達から、心からの拍手を受ける。これは少女の技術に対しての物だと思うが、それでも少し気恥ずかしい。


「あーん、もう。恥ずかしがるツヴァイもカワイイわね!」

「えっ?」

「そうね。シラユキの技術もそうだけど、この子すっごいバケたわね!」

「ええ、この様な方が護衛に着いてきて下さっていたなんて、勿体ない話です」


 護衛対象達が私の容姿を褒めている……? なんだか不思議な気分だ。


「よし、じゃあツヴァイ。今日は私達、もう宿を取って休むから、これ以上の護衛は不要よ。今から報告する魔人のことも併せて陛下に伝えていらっしゃい。それまで、鏡を見ることは禁止よ」

「しょ、承知しました」


 そうして訳のわからぬまま、更に訳の分からない内容に困惑しつつ、その情報を持って王城へと帰還した。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 今まで何度となく入った陛下の私室。ここだけは他の部屋と異なり、入り口は正面の扉しかない。

 脱出用の扉はあるが、そこは出口専用。普段は封印されており我々の様な影に生きる者達も、正面から入ることを強制される。

 この様な作りの部屋は王都でもいくつかある。陛下の御身の為だ、面倒だが仕方がない。


 早速いつものように、陛下の護衛をする近衛兵に声をかける。


「陛下にお目通りを」

「む、どこの御令嬢が迷い込んできたのだ? ここは陛下の寝室、通すわけにはいかん」

「……? 何を言っている。私はツヴァイだ。何度も通っているだろう」

「ツ、ツヴァイだと!? お前が……? 少し待て、確認する」


 何なのだ、一体。

 確かに少女によって私の視界は広げられたが、私を私と認識出来ないほど変化したとは思えない。


「……確認出来た。信じられんが、通って良いぞ」

「……? 失礼する」


 訝しげな中に、感じたことのない種類の視線を受けながら、兵士が開けた道を通る。


 そして何故か、陛下が待っておられた。少し違和感を覚えつつも、跪き、頭を下げる。


「ツヴァイ、ただいま帰還しました」

「……うむ、おもてを上げよ。……ぬぉ!?」


 顔を上げると、驚きの表情をする陛下と目が合った。そしてその表情は次第に柔らかいものへと変わり、終いには笑い出してしまわれた。


「ははは、これが半日貸した結果か! ふはは、これは愉快だ、まさかこれ程とは!」

「……陛下?」

「あいやすまん、まずは報告から頼むぞ」

「はっ!」


 少女の口から齎された、魔人の情報を報告する。


「うむ、興奮するミカエラやドライの証言だけでは当てにならなかったが、なるほどの。彼女にとっては魔人すら簡単に撃滅出来る存在か。やはり彼女からも改めて報告を受けねば」

「現在あの方は、東地区の最高級ホテルに入られたとの事」

「では明日以降、都合の良い時に登城するようお願いしてきてくれ。それとツヴァイ、お主、自身がどれ程変わったか理解しておるのか?」

「いえ。あの方には陛下に報告するまで鏡を見るなと言い渡されまして」

「くはは! そうかそうか、これは見抜けなかったワシへのイタズラのつもりか。ふふ、良い。鏡を見ることを許可する」

「はっ」


 懐から手鏡を取り出し、そこに顔を映し出す。


「? ……え!?」


 知らない美人がそこにいた。

 長い髪は後ろで綺麗に束ねられ、艶やかな唇に血色の良い肌。鋭い目に驚きに満ちた表情。いや、驚いているこの人は、私なのか……。


「エイゼル、ドライも来い。良いものが見れるぞ」


 私のそばに見知った気配が降りてくる。天井付近にでも控えていたのだろう。

 2人の顔を見ると、ドライは悔しそうに天を仰ぎ、普段顔色ひとつ変えないエイゼル隊長ですら驚き固まっていた。


「ははっ、エイゼルが驚くとは良いものが見れた。シラユキちゃんは別れ際に何か言っておらなんだか?」

「は、はい。もっと自信を持ちなさい、と」

「うむ。お主は今見た通り美人じゃ。今回せっかくシラユキちゃんに化粧されたんじゃ。今後隠したりせぬ様にな」

「は、はっ!」


 と、陛下からの指示を全うしようとするも、結局自分では上手く身支度が出来ず……。

 それから数日間、少女の元でレクチャーを受けることになってしまった。

 護衛対象の手を煩わせるなどと落ち込みもしたが、少女は喜んで受け入れてくれた。だがそれがきっかけで、少女だけでなくご家族とも仲良くなれた様に思う。


 今後は『ナンバーズ』の女性を全員連れてきて欲しいとも言われている。彼女達があの少女……いえ、シラユキ様によってどのような変化が齎されるのか。不謹慎だが、少し楽しみに思えてしまう。

 これから私は、『ナンバーズ』のツヴァイであり、シラユキ様直属の護衛ツヴァイでもある。シラユキ様に負担をかけないよう精進せねば。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

閑話は4-5で終了となります。

本編再開はもう少し時間がかかりますのでお待ちください!

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