閑話4-4 『陛下とその重鎮達』

 王城の大会議室。そう呼ばれるその部屋の中央では、エルドマキア王国の名だたる重鎮達が、円卓を囲んでいた。


 円卓の奥に座るは、エルドマキア33代目国王、ヨーゼフ・フォン・エルドマキア。その隣には宰相であり、この会議の進行を務めるザナック。

 さらに背後には、護衛役として1人の騎士と1人の魔法使いが控えていた。


 他にも王国の西を担当するランベルト公爵家。北の地を守るレンベルト侯爵家。東の地を守るヒルベルト侯爵家が円卓を囲っている。

 そんな彼らの背後には、配下である名のある街を統治する領主たちが控えていた。

 

 この部屋は、国にとっての一大事か、それに類する厄介ごとを共有する際に使われることがほとんどであり、事情を知らない者は今から一体どの様な話が飛び出すのかと戦々恐々としていた。


 しかし西側の諸侯は、今から展開される議題に予想がついている為、比較的和やかな空気を出していた。


「うむ、みなご苦労。此度集まってもらったのは他でもない。最近城下で噂になっている、銀髪の少女に関しての話だ」


 陛下の言葉に騒めきが広がる。

 たった1人の少女の取り扱いで、この会議が開かれたという事実が信じられないのだろう。

 司会進行役のザナックが立ち上がり、各諸侯を見回した。


「彼女の噂は、大なり小なり皆様のお耳にも届いている事でしょう。ご存じかと思いますが、まず彼女は、今月の頭に我が国を訪れたばかりのBランク冒険者でした。しかし彼女はただのBランク冒険者ではなく、大事な情報をランベルト公爵家に持ち込まれたのです。その内容による恩賞の為、陛下を含め私達は彼女と接触を図りました。そして人となりや技量、知識を知った結果、彼女はこの国の繁栄に、必ず必要となる人材であると我々は判断致しました。つきましてはここにいらっしゃる皆様にも、彼女に関して現在判明している情報の共有と、取り扱いに関する注意事項の説明をしたいと思っております。ここまでで、何かご質問はありますでしょうか」


 その問いに、赤毛の獅子の様な男が手を挙げる。

 彼の名は、オグマ・ヒルベルト。東の地域一帯を纏め上げるツワモノである。


「ザナック、いや、この場合はヨーゼフ様か。俺は馬鹿だからよ、政治に関してはまるで分かんねえ。だからこそそっちに強い妻を同伴させてもらってる訳だが、それでも聞いておきてえ。繁栄の為にしちゃ、随分と人選が偏ってんじゃねえか?」


 オグマは空いた席……南側の陣営を指さした。


「ふむ。マリアよ、お主も同じ意見か?」


 陛下はそう言って、オグマの隣に座り、共に円卓を囲む女性を名指しする。


「いいえ、陛下。夫の疑問は当然かと思いますが、それは夫に少女の情報を共有していなかったからです。私もこの人選を見て、先程改めて理解したばかりでございます」

「なんだ、マリアが分かってんなら俺は良いぜ。悪いなザナック、割り込んじまって!」

「はは、構いませんよ、オグマ様」


 ガハハと笑うオグマとは逆に、物静かな男がいた。彼は北の地域一帯を担当する男、カーマイン・レンベルト。眼鏡をかけ、軍服をキッチリと着こなした男だった。

 彼が子飼いにしている特殊部隊は、情報収集能力がずば抜けて高く、盗賊ギルドと同等かそれ以上と噂されていた。そんな男が、ゆっくりと口を開く。


「……その少女に関しては、僕も少なからず耳にしているよ。西側が少女を囲って、過保護にお世話をしているとか」

「お、そうなのか? カーマイン」

「いや、あくまでも噂だよ、オグマ。それに僕に聞くよりも、本人に聞いた方が早いだろう。なぁ、ルドルフ? 少女とは随分……でいいお付き合いをしているらしいじゃないか」

「本当に耳が早いな、君は。聞いて回る分には良いが、彼女をあまり刺激しない様にしてくれ。今後の関係性にシコリが出来てしまう」

「それは、これからの話次第だね」

「私はね、君のためを思って言ってるんだよ?」

「ほぅ……?」


 両者の間で火花が散る。

 そんな2人を視界から外し、オグマは妻マリアに耳打ちする。


「なあマリア、俺はどうすれば良いんだ?」

「あなた、良い子ですから大人しく待っていてくださいね。しっかり説明をしてもらいますから」

「そうか。マリアがそう言うなら待とう」


 1侯が欠けた中でもカオスなこの状況に、ヨーゼフは溜息をぐっと堪え、咳払いを入れる。


「おほん! ではザナックよ、まずは彼女がここまでやって来た、経歴の説明を頼むぞ」

「承知しました、陛下」


 そうして会議が始まった。

 まずザナックは、改めて本日の議題である銀髪の少女のパーソナリティを開示していく。そして続けてポルトから始まる一連の活躍と騒動。それに付随する諸侯誅罰を、当事者である西側の領主達の証言を交えながら、話を進めていく。

 そのあまりにも悪辣な計画と、魔人の尖兵と化していたアブタクデに対して、オグマは怒りを露わにした。


 そんなオグマをマリアが宥め、再び魔人との戦闘において、第二騎士団がどのように戦い、その少女がどのように活躍したのかを、が証言をした。


 活躍の話を終えたところで、他にもシラユキから齎される技術革新と新たな職業情報などの議題がある事を匂わし、ザナックは後ろへと下がった。


 オグマはアブタクデの話で憤慨したが、それ以後は大人しくしており、話が終わると心から安堵したような表情で、西側の諸侯を見た。


「なるほどなぁ。今の話、マリアからもある程度聞いてはいたんだよ。その少女の内容を省いた、西側の被害状況だけをな。俄には信じ難い出来事だったが、マジだったみてえだな。ポルトに、ティムズ、グラッツマン。どいつもこいつも懐かしい面々だが、お前らも随分と厄介な面倒事に巻き込まれてたんだな。同情するぜ」


 この会議室において、派閥の長以外の貴族が会議に口を挟む事は許されておらず、静聴するのが美徳とされている。

 しかし、トップから直々に話を振られた際は別だ。


「お久しぶりです、ヒルベルト侯爵様。確かに街の近郊に突如竜などという前代未聞の災厄が出現するなど、常人では太刀打ち出来ない案件でした。その分代え難い出会いもありましたから、彼女達と出会えたのは、不幸中の幸いだったかと」


 そう答えるのはグラッツマン子爵。

 その竜に関して、実はもう1体別の竜が存在していたことが、部下からの報告により把握しているのだが、その少女の為に子爵は陛下以外には隠し通すと決めていた。


「ほぉ、それ程までか。ティムズは私財を全部差し出したらしいが、こんな所で油を売っていて良いのか? 財政難とかに陥ってたりするならうちからも援助するぜ?」


 そう問われたシェルリックスの領主は、困ったような顔で答えた。


「その件でしたらご心配には及びません。元々陛下も、伝説の怪物と戦う為に、大規模戦闘用の貯蓄をご用意されていたのです。それが不要になったとのことで、一部ですが先日支援をして頂きました。それに、彼女が見つけた鉱脈と、彼女によって新たな力に目覚めた我が街の職人達。彼ら精鋭が作り上げる製品があれば、1年以内に取り戻してみせますよ」

「へぇ、流石ティムズだな。その嬢ちゃんにやった金は端金だったってことかい」

「そんなまさか。彼女に支払ったのは紛れもなく、私財の殆どでしたよ。あれは街を救ってくださったことに対する感謝と、息子が迷惑をかけたことに対する謝罪のつもりです。端金なんかではありません」


 語気を強めたシェルリックスの領主が、珍しくも獅子を睨みつける。


「おおっ、怖え怖え」

「あなた、おふざけが過ぎますよ」

「はは、すまねえ。本心で言ってるのか気になっちまってよ。悪いな、ティムズ」

「いえ、私も熱くなりました。先程の無礼、お許しを」

「おう。んで、一番不味かったのはポルトだよな。今はもう大丈夫なのか?」


 そう言って彼は、西の領主達に声をかけて行く。彼らとは管理する地域が異なる為、本来であればここまで親身に声をかける事は奇異な目で見られがちだ。

 しかし、彼にとっては、認めた相手であれば派閥も地域も関係がないようだ。北のカーマインも、過去に散々咎めてきたが効果がない為、もう諦めていた。

 

「オグマ様、ご心配ありがとうございます。しかし我が街で起きた事件は全て、人を見る目が無かった私が不甲斐なかったが故。これからは身を粉にして、迷惑をかけた領民達を支援するつもりです」

「相変わらず真面目だなぁ。もっと肩の力を抜けば良いのによぉ。ま、それがお前の美徳なら仕方ねえな」

「はい、ありがとうございます。ヒルベルト侯爵様」


 主人の挨拶回りが終わったことを確認したマリアは、改めて本題の確認をする。


「陛下、つまるところ南側が呼ばれていないのは、少女を守る為という事で宜しいのですか?」

「うむ。奴の場合、言っても言わなくても彼女にちょっかいを出すだろうからな。それよりも奴らの派閥の幾人かに、アブタクデと資金や奴隷などのやりとりをしていた形跡が見つかった。捜査を進めるまでは信頼出来ん。そこで余は……」


 そして陛下は、西側の面々で取り決めた計画を話す。


「いくらなんでも、その子に対する期待が強すぎねえか?」

「余もそう思うが、本人が任せてほしいと快諾してくれたのだ。余らはその時に出遅れぬよう、準備を整えるだけだ」

「陛下も随分信頼してんだな。尚更その娘に会いたくなってきたぜ。なあマリア、その子をうちに招待出来ねえかな」

「そうですね、モニカも気になってるようですし、今度お茶に誘ってみましょうか。問題ありませんか、陛下」

「構わんよ。さて、次に皆の耳にも届いているだろうが、学園の試験での話だ。筆記試験とそこに記された内容。及び魔法試験の詳細を話そう」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 陛下は北と東の諸侯達に、試験で起きた出来事を説明した。彼らはその内容に騒然とした。

 沈黙を貫いていた派閥の貴族達も、騒めきを抑える事は出来なかったようだ。


「……なあマリア、あの装置は魔法で壊せる物なのか?」

「あなたが直接殴ったのならともかく、魔法でとなると……。私には想像出来ませんね」

「規格外だな……。なあルグニド、あんたでもこの真似は出来ねえか?」


 そう問われたのは、陛下の背後に控えていた1人の魔法使い。若くして宮廷魔導士のトップに上り詰め、かつ第一魔法師団団長の任も兼任している男、ルグニドだった。


「私の炎魔法で出した自己ベストもまた、少女と同じく9999でしたが……壊せるほどではありませんでしたね。しかもそれを6属性全てでとなると、歴代の隊長達を連れてもなし得ないでしょう」

「ふっ。レディーの魔法は、洗練されていて非常に美しいのだ。ルグニド、お前も機会があれば是非見せてもらうといい」


 そううっとりした顔で伝えるのは、陛下の背後に控えていた片割れの騎士。

 第二騎士団団長ミカエラ・レヴァンディエス。


 ミカエラとは同期であり、同じ学園を卒業したルグニドは砕けた口調で接する。


「ミカエラは噂通り、その少女にゾッコンのようだな。お前が直接見た少女の腕前は、どれほどのものだった?」

「レディーになら、背中を預けても構わない。我が隊の人間全員がそう言ってのけた。一応、お前だけなら何人かは認めているぞ。だが宮廷魔導士や魔法師団は論外だ、弱すぎて話にならん」

「……やれやれ。出来ることなら、私達もその少女に魔法を教えてもらいたいものだな。あの装置を壊すほどの実力を既に有しているのならば、魔法学園ではなく直接うちで引き取りたいくらいだ。それに生徒ではなく教師でも問題ないだろうに……」


 そこまで言ったルグニドは、苦虫を噛み潰したように顔を顰める。


「全く、度し難いな。学園の卒業生かつ、貴族でしか教師に就けないなどという下らないルールが、今ほど邪魔に思ったことはない」

「ははは、全くだ。だが教師などと言う煩わしい職務に就いてしまえば、レディーの行動に枷をかけてしまいかねん。生徒という自由に動ける立場の方が、彼女も羽を伸ばせるだろう」

「ふっ、本当に惚れ込んでいるようだ。私も俄然、その子に会いたくなったよ」

「レディーはやらんぞ」

「君も知ってるだろう、僕は女性に興味がないんだってね」

「そうは言うが、レディーは別格だ。お前がコロっとやられても不思議に思わん」

「それこそありえないね」


 本来は厳粛な話し合いとなる傾向の会議であるが、今回の議題ではその内容に各々が楽しくお喋りをし始めてしまった。これに対して陛下は、そうならざるを得ない内容であった為、今度は溜息ではなく笑みを溢すのだった。

 そんな和やかな空気の中、たった1人、真剣に思考を進めていた男が立ち上がった。


「陛下」

「どうした、カーマイン侯」


 カーマインの真剣な表情に、陛下も緩んでいた顔を締め直す。


「今回、南の連中を呼ばなかったのは先の問題が片付いていない為というのと、その少女に迷惑をかけない為と聞きました。それゆえ分かりません、私がここに呼ばれた事が。陛下は私の方針をご存知のはず」

「うむ、もちろん大事な臣下だ、当然把握しておる」

「では何故です」


 カーマイン・レンベルトという男は今まで、領地のためならばと利用出来る物は全て使う。そう噂されていた。そしてそれは事実だった。

 実際、領地の為という理由で違法スレスレの行為を何度か行なっており、陛下だけでなくこの場にいる面々も、認識していた。だがそれは、彼が治める地域は、そうせざるを得ないほどに、危険と隣り合わせである為、黙認されていたのだ。


「お主ならば、彼女に手を出すことでどのような結果になるか、分かるだろう? メリットとデメリットを正確に捉えられる目を持っている。あやつらとは違う。だから呼んだのだ」

「私が下手に手を出せばどうなるか、陛下には予想がついているのですか」

「いや、分からぬ。何せ彼女は全てにおいて規格外なのだ。成功して得られる物は大きいだろうが、その分拗れれば、とんでもないしっぺ返しが来るだろう」

「時間を。考える時間をいただきたい」

「構わぬ。この場は何も、彼女に手を出すなという警告の場ではない。お主の地域の情勢も把握しておる故に、な」


 カーマインの発言により、和やかな空気が少し飛び、会議らしい空気になってきたところで、陛下は咳払いを入れた。


「……ここにおる皆は知らん話をしよう。これは直接彼女の家族から聞いた話だ。彼女の母であるリーリエ殿は、10年ほど前とある貴族の館で働き、不正な労働の末に身篭り、放逐されたそうだ。その貴族は前回の誅伐に含まれていた為彼女が手を出すことはなかったが、もしそやつが難を逃れていた場合、屋敷は焦土と化していた可能性が高いという。ポルトでの活躍でも触れたが、100体規模のオークの集落が、魔法の一撃で消し炭にされている。街中で使うとは思いたくないが、彼女は怒らせない方が良い。特に家族に関してはだ」


 話を聞いた諸侯は、沈痛な表情で頷いた。


「……誓いましょう。今後、もし今後少女に手を出す事があったとしても、少女の家族には一切の手出しをしないと」

「私もです。それに、彼女には大事な家族を救って貰った恩義がある。もし彼女達を泣かせる存在が現れれば、私は黙って見ているつもりはありません」

「俺もだ。てかそもそも、その話すら胸糞悪い。母親のそんな話を聞かされて冷静な子供なんて居るわけねえぜ。ちなみにその貴族、なんて名前の奴だよ? 俺がとっちめてやる!」

「あなた、怒る気持ちは分かりますが、いけませんよ。その者の処遇を決めるのはその子達であるべきです。あなたが横から掻っ攫っては、恨みを買うだけですよ」

「う、うむ……それもそうか」


 そうしてシラユキの取り扱いに関して、1つ目の取り扱いルールが決定した。

 続いて筆記試験の内容に移り、そこから得られた情報をもとに双璧を派遣し、ダンジョンから得られる新たな素材の情報。そして双璧とは別に人員を何組か送り込み、同様の結果が得られたことを伝える。


「結果的に、ダンジョンで得られる素材に幅が出来たということですね。場合によっては王都近辺では得られなかった素材も産出される可能性がある、と。……ふ、ここに南が居れば騒ぎ立てていたに違いありません」

「あいつら商売っ気が強いからな」

「そのせいで此処に呼ばれなかったのは皮肉ですね」

「では次に、彼女が公開した職業への転職条件。並びに今まで扱いが不明だったアイテムの1部が判明しました」


 そうしてザナックは、『付与士』に関する資料を円卓の面々に配り、最後に白紙の……いや、が書かれている紙を円卓に2枚置いた。


「この資料は見終り次第、燃やして処分しますので熟読をお願いします」

「徹底してんな。配下には見せて構わねえか?」

「構いません。この部屋に入っている時点で、陛下が閲覧を許可したも同義ですから」


 各諸侯は、資料を読み終えると同時に、円卓に置かれた紙がを理解した。


「ザナック宰相、これが資料にあった物ですか」

「そうです」

「この『ワード』の2文字なら、見た記憶がある。対して高くもない代物だった気がするが、この資料にあったような効果が、本当にあるのか?」

「では、まずはカーマイン様から確認を」


 そう言ってザナックは2枚の紙を手渡しする。


「では失礼して。……おお、持っているのに直線を描いている。まるで薄い板でも持っているかのような感覚だ!」


 その言葉に、北の諸侯が大きくざわめいた。


「次は耐久性のチェックをお願いします」

「……良いのですか?」

「はい。特に2枚目に関しては、全力でやっても構いません」

「わかりました」


 カーマインは、最初は恐る恐ると言った様子だったが、次第に力を込め出しそれでようやく1枚目の紙を少々割く事が出来た。しかし、2枚目はどれだけ力を込めても割くことは出来ないようだった。


「凄まじいですね。今回は紙でしたが、物は問わないというのは本当ですか?」

「そのようです。ただ、金属製の武器や防具となりますと、製造過程の柔らかい状態でないと厳しいと思われます。一度冷えて固まってしまえば、金属は文字を彫ることが難しいですからね」

「最悪、この『付与士』に鍛治を学ばせた方が早そうですらありますね」

「おいカーマイン、俺にも触らしてくれ!」


 そう言って2枚の紙を奪い取ったオグマは、無邪気な子供のように遊び始めた。


「……主人が戯れた程度では破れない紙ですか。とても良いですね。ところで、ここに記載されている『強度の増加は固定値』と言うのは、どう言う意味でしょうか?」

「これは例の少女が発言した内容をそのままにまとめただけでな。意味はよく分かっておらんのだ」


 陛下は渋面でそう答えた。

 『固定値』という概念自体が、知識として存在しない彼らには、この言い回しは全く伝わっていないのだった。


「理論上、全ての物の強度が上げられる。それだけでも価値があります」

「そしてコレは、物理的な強度だけに留まらないと。ルグニド、実演して貰えるか」

「承知しました、カーマイン様。炎よ、燃やせ。『ファイアーボール』」


 1枚目の紙に着弾するが、激突した部分は焼け焦げるも、全焼するには至らなかった。


「本来であれば、1枚の紙程度、塵に出来る程度の威力はあるのですが……ダメージは焦げたくらいで燃え上がることすら無いようですね。2枚目を試しても良いですが、心が折れてしまいそうです」


 ルグニドの評価に、各地の諸侯は騒めきを大きくした。


「安心せよルグニド。2枚目の紙に関しては、かの少女でも全て燃やすのは『ちょっと苦労する』ようだ」

「ちょっと、ですか……。それでも苦労するという言葉を慰めにしておきましょう」

「レディーは凄いからな」

「君はさっきからそればかりだな……」


 ルグニドは乾いた笑いで友人を見遣る。


「そうだ。数日後レディーが我が騎士団の訓練に参加する事になったのだ。暇ならお前も見に来い」

「え? その子、魔法使いじゃないのかい? どうして精鋭で知られる第二騎士団の訓練なんかに……。しかも見学じゃなく、参加だって?」

「ふっ、そのような懸念など。レディーを一目見れば吹き飛ぶさ」


 後ろの会話が少し気になりつつも、陛下はカーマインに視線を送る。


「カーマインよ、どうだ?」

「……少女が起こす奇跡のような知識は、今提示された物だけでも多大な利益を生み出せるでしょう。その可能性には目を見張る物があります。そして少女は、それを制するだけの実力も備えている。それが一度爆発した場合の危険性は、計り知れない甚大な物となる。……南の連中は欲深く傲慢だ。その危険すら自分達で処理出来ると思い上がるでしょう」

「そういうことだ。奴らは今まで失敗をして来たが、次へと活かす事なく財をもってそれらを帳消しにして来た。だが、彼女に対しても同じようなミスをした場合、それは取り返しのつかない事態となる。最悪、この国がどうなるか判断がつかぬ。今後も彼女には、この国に根付いて欲しい。その為丁重に扱って欲しい」

「……承知致しました。でしたらその少女の好物を教えて頂けますか。まずはご機嫌取りから始めてみましょう」

「うむ。彼女は愛らしいものを好む。そしてそれを見つけ、輝かせる事も好むようだ。お主達も『ナンバーズ』の顔は覚えていよう」


 陛下が手を叩くと同時に、何人かの女性が影から現れた。面識のある彼女達の大きな変化に、何人もの諸侯が興奮と驚きの混じった声を上げる。

 騒がしくも賑やかな会議は、日が暮れるまで続くのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


閑話は4-5まで投稿予定です。本編再開はもう少し後になると思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る