第110話 『その日、面倒なのに遭遇した』

 私は今、悩んでいた。

 謁見の間まで徒歩で戻るべきか。それとも能力を活かして飛んで戻るべきか。


 うーんでも、戦闘中ならいざ知らず、普段から身体能力を使って常識はずれな事をするのはナンセンスだわ。カワイくない。

 そんな事を考え、結局徒歩で戻ろうかと思った矢先、背後から呼び止められた。


「お待ちを、そこのレディー!」

「っ!」


 ゲーム中、幾度となくこの声に呼び止められた。そんな記憶があるからか、咄嗟に身体が硬直してしまう。中性的であり凛々しさも感じられるハスキーボイス。振り返るまでもなくわかる。背後にいるのはだと。

 硬直した身体を無理やり動かし、逃げるように歩き出す。


「ああ、どうか待って欲しい! 私にそなたの美しい顔を見せて欲しいのだ」


 逃亡むなしく、回り込まれてしまった。


 鎧を身に纏っているとは思えない軽快な動きで、行手を遮られてしまう。

 いや、出会ったらお話をしなければと考えてはいたんだけど、どうにも苦手意識というか趣味嗜好の相容れなさから来る反発感か、無意識に逃げてしまったわ。

 別にこの人のことは嫌いじゃないんだけど。


「おお! 近くで見ると、より一層美しい! レディーから感じる圧倒的な強者のオーラ、そして見る者を魅了するその美貌! こんなに痺れた出会いは貴女が初めてだ!」


 興奮した騎士様は、尚も捲し立てる。


「陛下から魔物が突如演習場に現れるが、強い女性が倒す為手出し無用。第一騎士団及び第二騎士団は演習場外部で待機。そう陛下から指示を受けていたが、私は疑問だった。武力で名を馳せた陛下が、強い女性が現れると言ったからだ。しかし、私の疑問はすぐに解けた。そこに現れたレディーが私の想像を遥かに超えた存在だったからだ! 風に靡く銀の髪、柔らかな相貌、憂いた瞳、この世の物と思えぬ輝くドレス、鼻持ちならぬ宮廷魔術師共すら腰を抜かすほどの驚異的な魔法! 私はすっかりレディーの虜だ。君の表情を曇らせる原因を教えて欲しい。即刻排除しよう。私は君の笑顔が見たいのだ」


 過去最高に長い口説き文句をありがとう。憂いた瞳はあなたのせいでもあるんだけど、それは言わないでおいてあげるわ。


 はぁ、この人は1年前だろうと何にも変化がないのね。王国で悲劇があってもなくてもブレがないって言うのは、彼女の信念は王国の基盤よりも堅固という事だ。……納得だわ。


「あの、騎士様? お話をする前にお名前を聞かせていただけますか?」

「ああっ、私としたことが! これは失礼した。私は第二騎士団団長ミカエラ・レヴァンディエスと申す者。以後お見知りおきを、レディー」


 そう言ってミカエラは私に跪いた。

 まるで姫に傅く騎士のようだわ。実際この人、騎士なんだけど。


「そう、ならミカちゃんね。私はシラユキよ、よろしくね」


 ついゲーム時代に呼んでいた名前を口に出してしまった。初対面の割には、ちょっとフランク過ぎたかしら。そう心配するもミカちゃん呼ばわりされたミカエラは、しばし驚いた顔をしていたが、すぐに顔を綻ばせた。


「……ははっ、仲の良い友人同士は愛称で呼び合うものと聞いてはいたが、よもや私がその様な経験をする事になるとは。ミカちゃん……素晴らしい響きだ! レディーからその様に呼んで貰えると嬉しく思うよ」


 割と好感触だった。CHRパワー恐るべし。

 まあミカちゃんは、確かファン達……もとい団員からは様付けで呼ばれていたわね。フランクに愛称で呼ぶなんて、きっと畏れ多いんだわ。


「それでミカちゃん、私に何か御用かしら」

「先ほどの戦い、貴女の強さと美しさに感動しました。お恥ずかしながら、お声を掛けずにはいられませんでした」

「フフ、そうなのね」

「そして陛下からは、その強い女性はこの国の臣民ではなく、訪れたばかりの旅人であるともお聞きしていたのです。宜しければ、どうか私めに城下の案内をさせて頂ければと」

「あら……デートのお誘い?」

「ご迷惑でなければ」


 歯をキラリとさせて笑う姿はイケメンのそれだった。

 それにデートの否定はしないのね。私達、なのに。


 しかも出会ってすぐに誘うなんて、手が早いのね。

 それにデートに誘うのをさも当然のようにしているし、やっぱりこの人にとって男性は、アウトオブ眼中なのかしら?


「ごめんなさい、街の案内は先約があるの。新しく出来たばかりの友達だし、その子との約束を優先したいわ」

「そうですか……。いえ、残念ですがレディーの大事な友人との一時を遮ることは私の望みではありません。ここは身を引きましょう」


 あら、意外と素直に引き下がるのね。


「……ところで。そのご友人とは、異性の方ですか?」


 そこは気になるんだ。


「いいえ。殿方ではないわ。同世代の女の子よ」

「そうか! ああいや、不躾な質問、許してほしい」

「構わないわ」


 ふふ、喜んじゃってカワイイわ。

 ……まぁ私も、アリシアが友人と出かけるとか聞いたら、100%聞いちゃうだろうし、同性だとわかれば安心もするだろう。素が出るかは……わかんないけど。


「それにしても意外だわ」

「と、申しますと?」

「貴女の噂を耳にしていたのだけど、すぐに勝負を挑まれると思っていたの。だけどそんなことは無くて拍子抜けしたわ」


 その瞬間、彼女が纏う空気が一変した。


「……どのような噂かは存じませんが、貴女のような方にまで届いていたとは光栄ですね。そして知っていてなお、私と話をしてくださったと。……それは、勝負になっても勝てると言う自信からですか?」

「あら、貴女のプライドを傷つけてしまったかしら」

「ご安心を、レディー。私も自分が一番強いなどとは自惚れてはいません。それに、実を言うとレディーに勝てるヴィジョンがまるで見えなかったのも事実です。どの様な条件で挑んだところで、君を押し倒せるとは思えない」


 あー……、彼女に挑まれなくする方法に、一定以上の強さを見せつけると言うのもあったわね。私はその手法を取らずに律儀に相手をしていたから、忘れていたわ。

 でもそうなると私が困るのよね。勝負を挑んでもらわないと。


「……そうね、なら魔法の使用を一切禁止した上でなら勝算はあるかしら?」

「魔法を? ……ううむ」

「あら、迷うのね」

「……まず第一に、君が私と戦う事で得られるメリットがわからない。そして第二に、君の身体能力は常人の域ではない。玉座の間に風穴を開け、ここまで飛んできたのだ。魔法の力が働いていたとしても、ある程度本人に下地がないとあのような所業は出来ない」


 欲望に忠実に見えるけれど、こういうところはちゃんと見てるのよね。そういうところがまた、嫌いになれなかったりするわ。

 それに脳筋だったら騎士団長は務まらないわよね。


「頭の良い子は好きよ。そうね、私のメリットは戦いの褒美での縛りになるわね。そして身体能力は貴女が見た通りだわ」

「ふむ……。ではレディーは、私にどのような対価を賭け、どのような褒美を望むのです」

「まず私に勝てば1日デート権を差し上げるわ。私、処女だからそれさえ守ってくれるなら、何でも付き合うわよ」

「ほう!」

「そして私が勝ったら、今後私の家族と大事な友人に、ちょっかいを出さないと誓ってもらうわ」

「……え? そ、それだけかい?」

「ええ。私にとって家族は、世界で一番大切なの。だから手を出される前に可能性は潰しておきたいの」

「シラユキ嬢はその約束を私が守ると信じられるのか? 出会って間もないと言うのに」

「だってミカちゃんには、何かしらの譲れない矜持があるんでしょう? 深くは知らないけど」


 それを聞いたミカちゃんは小さく笑った。


「フッ。レディーは私のような人間を、よく理解しておいでだ」

「貴女のような人は決闘で賭けた物を、それがなんであれ遵守するわ。私にはそれがわかるの。だから信じられる」

「……分かった、その条件で勝負を受けよう。その代わり勝負の内容だが、私の得意な剣技を主体とした勝負とさせて頂きたい。だが、直接剣をレディーに向けるのは避けたい。だから具体的な内容は、後日伝えよう。それでもよろしいか」

「ええ、構わないわ」


 私がそう答えると、周囲から歓声が上がる。


「おお、ミカエラ様との一騎打ちだ!」

「お相手の女性は剣技も扱えるのか!?」

「魔法の腕は素晴らしいものであったが……」

「凶悪な魔物を相手に、接近して魔法を使ったのよ。きっと近接戦闘にも自信があるんだわ!」

「それにしてもあのお方は、天上から舞い降りた天使のようだ……」

「美しすぎる……」

「あの人を守って死ねるなら、俺は本望だ……」

「同感だ。彼女はどこかの姫君なのだろうか……」

「ミカエラ様とあのお方のツーショット……尊い」


 私とミカちゃんを遠巻きに見ている彼らは、鎧から察するに第一騎士団と第二騎士団ね。

 第一騎士団はほとんどが男性で構成されていて、女性の隊員は少ない。逆に第二騎士団は女性でのみ構成されていて、その殆どがミカちゃんのお手付き……。もとい、ミカちゃんが直接スカウトした子達だ。


 ミカちゃんは手が早いとはいえ、人気は高いみたいで、騎士科の女の子達は第二騎士団に所属するのを夢見ているらしい。昨日も、ソフィーがそんな事を言っていたわね。

 そして所属している団員達も、ミカちゃんを敬愛していたり尊敬していたりするみたい。

 ミカちゃんはまぁ、おっぱいの付いたイケメンとかプレイヤーに揶揄されている通り、黙って立ってれば格好良いのよね。いや、喋っても格好良いんだけど。

 欠点としては、美しい女性を前にしたら黙っていられずに口説き出すし手も出すだけなんだけど。……十分欠点か。


 困った人ではあるけど、私は嫌いにはなれないし周りからも好かれてるわね。

 ただ、それはそれとして家族に手を出したら許さないと言うだけで。


「ははっ、やはりシラユキ嬢とお話をしたかったのは私だけではなかったようだ」

「まあ、ミカちゃんが先に来たら皆遠慮しちゃうわよね」

「……やはり、シラユキ嬢は良い。今まで私を相手に、対等に接してくれる人は居なかった。そんな貴女だからこそ、私のものにしたい」

「あら、気が早いわよミカちゃん」

「ははっ、失礼した。では勝負の内容だが、出来ればシラユキ嬢にも楽しんでもらえるものにしたいと考えている。期待して待っていてくれ」

「ええ、楽しみにしているわ」


 ミカちゃんは私の手を取り、口付けをしてきた。

 ちょっとくすぐったかったけど、跪いて手の甲にキスをする騎士様という構図は、1枚絵になりそうなほどに美しい姿だった。そしてちょっとゾクゾクした。

 あ、このシーン写真に収めたい。カメラが出来たら、ミカちゃんにも協力してもらおう。


 その光景を見て、観客は更に盛り上がっていた。


「さあお前たち、私は彼女を陛下の下までお連れする。私が戻るまで、演習場の掃除は任せる」

『はっ!』

「あら、エスコートして下さるの?」

「ご迷惑でなければ」

「ふふっ、お願いするわ」

「ありがたき幸せ」


 そうして私とミカちゃんは、他愛のない話をしながら玉座の間へと向かうのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「あっ」

「うっ!?」

「おや?」


 陛下の待つ謁見の間手前、ばったりと出会った私達は三者三様の反応を示した。

 私は待っていてくれたことが嬉しくて。

 アリシアは私の傍に良からぬ者の姿を見て。

 ミカちゃんは意外そうな……でも興奮を抑えきれない顔で。


「おやおや? そこの麗しいエルフのお嬢さん、どこかで会ったことがっ!?」


『ガシャンッ!!』


 ミカちゃんは盛大にすっころんだ。私に足を引っかけられて。

 今、勢いよく顔から地面に落ちたけど、今のシーンを彼女のファンに見られていたら悲鳴が上がっていたかもね。


「……ふふっ。レ、レディーは足癖が悪いようだ」

「怒らないのね」

「いや、すまない。君を口説く最中だと言うのに早速他の子にうつつを抜かしてしまった。今のはあまりに不誠実だった、許してほしい」


 彼女の身体能力であれば、いくらアリシアに夢中になっていたとはいえ、私の足を回避ないし、受け身なりなんなり出来ていたと思うけど……。そういう事もあって甘んじて顔面ダイブを受け入れたのかしら。


「そこは別に気にしてないわ。あの子はカワイイんだもの」

「おお! シラユキ嬢は心が広いのだな」

「どうかしらね? このことに関しては広いとは言えないわ」

「うん?」


 不思議そうな顔をするミカちゃんは放置して、困惑を続けるアリシアを手招きした。

 苦手なモノが近くにあっても、彼女は優先順位を間違えない。アリシアはミカちゃんをチラ見するが、駆け足で私に駆け寄ってきてくれた。


「お嬢様っ! ご無事で……!」

「ええ、私は大丈夫よ。心も体も無傷で戻ったわ」

「はい……!」


 見せつけるかのようにアリシアを抱きしめて、安心させる。アリシアは私の強さを知ってるけど、それとこれとは関係ない。大事な人が未知の相手と戦いを始めたら心配するのは当たり前なのだ。

 状況を理解出来ず、未だ混乱の最中にいるミカちゃんへ、一部を強調しながら宣言する。


「紹介するわミカちゃん。私のの、アリシアよ」

「……ミカエラ様、お久しぶりです」


 アリシアは嫌そうに挨拶した。

 アリシアったら、本気で毛嫌いしてるんだなぁ。


「フフッ、なるほど。そう言う事か。……君が出した条件は、つまりはそういうことだったのだね?」

「ええ。だから彼女のことは諦めて。私は絶対にアリシアを手放さないから」

「お嬢様……」


 ミカちゃんは不敵に微笑んだ。


「諦める? フフ、シラユキ嬢、何を言っているんだい。私が君との勝負に勝ちさえすれば良いだけさ。必ずやシラユキ嬢もアリシアも、私のものにして見せよう」

「……ミカエラ様。お嬢様とどのような決め事をされたのかは存じ上げませんが、お嬢様の事を舐めてかかると足元を掬われますよ」

「おやアリシア、私の心配をしてくれるのかい?」

「油断してすぐに勝敗が決しては、お嬢様が楽しめませんから」


 おー、アリシアが珍しくバチバチしてる。


 それにしても、ミカちゃん。

 彼女がどんな勝負を挑んでくるかは完全にランダムだ。実際はその時の気分によるんだけど、ゲーム内では彼女の気まぐれっぷりにパターン化は不可能とされていたから、今の私では予想しかできない。


 一番可能性が高いのは剣術勝負。完全な決闘ね。

 でも今回、私の身体能力の高さを知られているし、剣を向けたくないとも宣言している。真っ向勝負を仕掛けてくるとは思えない。でも彼女は搦め手を嫌う。他の闘いとなれば……。


「お嬢様」

「んひゅ!?」


 耳元で甘い声で囁かれた。あまりのくすぐったさに飛び上がってしまう。


「考え事も宜しいですが、今は陛下にご報告をされに来たのでしょう? それに他の皆さんも中でお待ちです。心配していたのは私だけでは無いですし、早く顔を見せて安心させてあげてください」

「アリシア……。そうね、行きましょ!」


 そんな私たちの様子を、悩ましげにミカちゃんは見ていた。


「くっ、美しい子達が戯れ合う姿もまた良いものだ……」


『アリシアは渡さないんだからね!!』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


この作品が面白いと感じたら、ページ下部にて評価していただけると嬉しいです!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る