第077話 『その日、1日ぶりにイチャついた』

「ここがナイングラッツの街ね!」


 エルフの里を出てからも、姉弟を連れて色々と寄り道をしたせいで夕方近くになってしまった。そしてようやく街の名前を聞いた。というか川の名前でもあるのね。

 やっぱりというか、ゲーム時代では一度も聞いたことがない名前だった。やっぱり意図的に流されていなかったのかしら? うんもう何でもいいわ。早く家族に会いたい!


「ああ、この街の布製品は上質でな。ここで作られた衣服は我が集落でも人気なのだ」

「行商の人が来た時は毎度ちょっとした騒ぎになっていたよね。最近はそれどころじゃなかったから、そんな交流も止まってしまっていたけど、早く再開したいよね。お互いにさ」

「ああ……そうだな」


 イースちゃんとキース君の姉弟が、昔を懐かしむような顔をしている。確かにあんな悲惨なことが起きたのだから、楽しいイベントごとは早めに来てほしいものよね。


「とりあえずギルドに行きましょう」

「はい」

「承知した」


 『探査』で3人の場所は分かっている。人が沢山いるみたいだし、多分そこがギルドなのでしょう。もしくは酒場と一体になった宿屋だけど……、まあ行けばわかる!


 街は閑古鳥が鳴いてるかと思いきや、そこそこ人が居て、それなりに賑わっている。あれれ? 毒がそこまで回ってなかったのかしら。街を横断する川もそこそこ綺麗だし、汚れもそんなにない。

 そして珍しそうにエルフの2人が見られているが、視線は好意的だ。毒が流れてきた場所の人達だから、嫌悪感を持たれていたりしないか心配だったんだけど……。大丈夫そうね?

 と言うか、この街でも私が中心に見られていない。むむ、もう少しくらい私を見たって良いじゃない。ちょっと不満だわ。


 それにしても街のこの風景は、活気があり過ぎて不思議な感じがする。それに記憶にあるゲーム時代の廃墟と見比べるのが楽しい。


「シラユキ殿、ここがギルドのようです」


 おっと、考え事をしていたら到着した。まあ状況はアリシアに聞けばわかるでしょ! いざ突撃ー!


「こんばんはー!」


 入店一番、元気よく挨拶をする。賑わっていた人たちの視線が集まった。急な挨拶に対して、困惑した空気を感じる。


「お、おう、こんばんは?」

「元気いいな嬢ちゃん、他の街からきたのか? 丁度いいタイミングで来やがったな!」


 でもそれはすぐに氷解した。何だかとっても明るいし温かいわね。コミニケーションをとるのに丁度良さそう。『探査』で見るよりも、この人達に直接聞きましょうか。


「ねえお兄さん。昨日、私の家族が到着しているはずなんだけど、ご存知かしら?」

「え、昨日来たと言ったら……」

「もしかして……」

「あ、あんたが薬を作ってくれた人かい?」


 その言葉が上がってから、周囲の人達から見える表情が、徐々に期待の表情へと切り替わっていくのを感じた。


「解毒のポーションのことかしら? そうね。私が作って、アリシアに作り方を教えて一緒に作ったから、まあ間違いではないわね」

『おおお!』


 歓声が上がると同時に、方々から涙ながらに『ありがとう』と感謝の声が聞こえてくる。

 ここまで熱量のある感謝のされ方をするという事は、やっぱり、最高品質の薬を使わないとやばいレベルで毒に侵されていたのね。ふむ、それが1日でここまでの活気を見せているということは……あの子達が相当頑張ったのかしら?

 それならめいっぱい褒めてあげないと。


「あんたの家族はこっちだ、ついてきてくれ」

「ええ。お願いね」


 ギルドの中を通り、2階にある食事用テーブルの一番奥へと案内される。するとそこには……。


「あ、お姉ちゃんだ!」

「リリちゃーん!」


 リリちゃんがのんびりしていたので、駆け寄って抱きしめる。スリスリしてナデナデして、匂いも嗅ぐ。いつも使ってる石鹸の匂いがするわね!

 我慢出来なかったのでそのままほっぺにキスする。


「えへへ」

「リリちゃん、会いたかったわ」

「リリも会いたかったの。えっとね、リリ達ね、いっぱい頑張ったよ!」

「そうなのー、頑張ったのねー」


 よく分からないけど、頑張ったのならいっぱいナデナデしましょう。


「ママに意地悪した悪い奴を、雷魔法でビリビリさせて退治したの!」

「……あら、そうなのね。あとで私もお礼参りしなきゃいけないわね。でもリリちゃん、よくやったわ!」


 私達のママに、ですって? とりあえず腕をへし折っておかしな方向のままリカバリーで強制回復は確定ね。あとは罪の重さ次第で内容追加だわ。

 その悪党とやらは今領主に預けてて、最優先で事情聴取の最中らしい。いったい何をしたら領主まで動くのかしら? そして何をしでかしてくれたのかしらね?

 一先ずリリちゃんを抱き抱えながらソファに座る。食事用のテーブルみたいだけど、一際豪華な作りをしている。まだ料理はないが、かなりVIP感のある家具構成をしているわね。


「あのね、今回はアリシアお姉ちゃんも頑張ったし、ママもすっごく頑張ったの。リリだけじゃなくて2人も褒めてあげてね」

「勿論よ! ところでその2人は何処に?」

「いまはお着替えしてるの。2人共ビショビショに濡れちゃったの。リリはそこまで濡れなかったから平気なの」

「……」


 水も滴るアリシア、見たい。

 というかその2人が濡れるってどんな状況? 悪さをした連中が関係あるのかしら。そもそも私は2人のそんな姿を拝めていないのに、そいつらは見れたのかしら??

 それだけで私刑確定だわ。


 でもギルドでこんな席を用意してもらったり、着替えのために部屋を貸してもらえるなんて、本当に高待遇ね。頑張ったおかげなのかしら?

 あっ、リリちゃんに夢中で姉弟のことを忘れてたわ。2人の事をちゃんと紹介しなきゃ、手持ち無沙汰で立たせたままだったわ。

 そして案内してくれたお兄さんはいつの間にか居なくなってる。空気読んでくれたのね。


「イースちゃん、キース君、ごめんね。2人の世界に入っていたわ」

「いいさ、家族との再会は嬉しいものだ」

「そうですね、仲の良い姉妹で僕達も嬉しくなっちゃいます」

「まあ、再会と言っても1日振りなんだけどね?」

「……その割には大袈裟なような。いや、家族のあり方は人それぞれと聞く。とやかくは言うまい」


 リリちゃんに2人の紹介をし、正面の席に座ってもらう。そしてリリちゃんは雷魔法を使えることを話すと、2人はリリちゃんを褒めたたえてくれる。雷属性って珍しいものね。完全戦闘向けで生活に応用は難しい属性でもあるけど。


「家族は着替え中だからもうちょっと待ってね。2人はこのあとどうするの?」

「そうだな、まずは今後協力態勢を取る予定のギルドマスター、それから領主殿に挨拶をするつもりだ。長老からも手紙を預かっているしな」

「問題はその方々が会ってくださるか、ですね。この街では今回の件で死者が出たと聞きました。僕達の森の管理に問題があった部分もありますし、面会は厳しいかもしれません」

「気にしすぎよ。たとえ管理が徹底出来ていても、一般的に見てアイツは化け物よ。正面からぶつかっていたらエルフ達にもっと被害が出ていたはずだわ。それにアイツを連れてきたかもしれない連中がいるのよね? だったらそいつらが全部悪いのよ」

「シラユキ殿……」


 ちょっとしんみりしちゃったわね。何か話題にできそうなもの……。


「あっ、アリシア! ママ!」


 仲良くお喋りしながらこちらへとやってくる2人に声を掛け、リリちゃんと立ち上がり2人を出迎えた。おや、知らないお姉さん達もいるわね。

 そして気付いたアリシアが駆け出そうとして踏みとどまり、その場で頭を下げる。おやおや?


「お嬢様、おかえりなさいませ。お迎えに上がれず申し訳ありません」

「もう、細かいことはいいのよ。それよりもお疲れ様、アリシア。頑張ったみたいね」


 頭を撫でてあげると、嬉しそうにするもすぐにキリッとした。鋼の意思で何かに耐えてるみたいで面白いわ。


「ありがとうございます。ですがこの度は、お母様が特に頑張りました。ですからお母様を褒めてあげてください」

「で、でもアリシアちゃんの方が頑張ったじゃない。あんなに治療と浄化に駆け回ったのに……。私だけなんて悪いわ」

「先ほども話し合ったではありませんか。今回の件、お母様が一番辛かったはずです。ですからお嬢様にいっぱい甘えてください」


 1日空いただけですんごく仲良くなっているわね。それに褒められるのが大好きなアリシアが、それをお母様に譲るだなんて。……それほどあの悪党とやらに、何かされたのね?? よし、半殺し確定。


 とりあえず、両方褒めればいいのかなと思ったけど、アリシアに目で断られた。

 考えがバレてる。さすがアリシア。……わかったわ、ママを抱きしめればいいのね?


「ママ」

「あっ……シラユキちゃん」

「頑張ったわね」


 よくわからないけど、優しくなでてあげる。すると小さく震え始めた。

 な、泣いてる!?


 視線で助けるもアリシアは頷くばかり。

 頷いてないで助けてよー!!


 落ち着くまで撫でていると、呼吸を整えたママが顔を上げた。


「ごめんなさい、シラユキちゃん。ママはもう大丈夫だから」

「……よしわかった。ママは今日1日放さないからね」

「ふぇっ?」


 いつもはリリちゃんの特等席だけど、今日はママを膝に抱えてソファに座る。そしてリリちゃんはいつものママの位置に。アリシアは定位置という名のベストポジションに。

 ママはとっても恥ずかしそうにしていたけど、私が動かないと見ると諦めたようだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ママ達から、昨日から今日にかけての出来事と、出会った時の病気の話を聞いた。

 確かにあの時は、ママがどんな理由で体調を崩していたか深くは考えなかったけど、まさか毒竜の毒を加工した粉末を使われていたなんて。私のママになんて真似を。全殺しですら物足りないわ。

 毒を希釈して死なない程度まで効能を下げてから、永遠に苦しめてあげようかしら。


 ふつふつと湧き上がってくる怒りで、拳を握りしめると、ママがそっと手を重ねてくる。


「シラユキちゃん、ママの為に怒ってくれてありがとう。ママは貴女のおかげで今も生きていられるわ。あの時、助けてくれてありがとう」

「ママ……」


 ああ、だめ。ママ大好き。

 明日捕らえられた連中のとこに向かって、情報吐き出させていないようなら、全力で手伝おう。

 ママを褒めると言うより、私がママに甘えるようにハグしていると、前方から遠慮がちに声を掛けられた。


「あの、失礼ですが『白雪一家』シラユキファミリーのリーダーさんで宜しいでしょうか」

「んえ? そ、そうよ」


 声の主を探すと、アリシアと一緒に居たお姉さん2人が立ち往生していた。ああしまった、また忘れてた。


「ご家族の親交を温めている中、申し訳ありません。私はこの街のギルドマスターをしております、シャルラと申します。この度は川の調査並びに、希少なポーションを売って頂きありがとうございました。おかげでこの街は救われました」

「気にしないで下さい。私はやりたい事をしたまでですし、この街に関しては家族が頑張ったお陰ですから」


 左右にいるアリシアとリリちゃんを見る。2人共誇らしげだ。ママは見えないけど、素直に受け入れてくれてるみたいね。


「今回の事件、首謀者の尋問は始めたばかりですが、森で何があったかを伺っておきたいのです。教えて頂いても構いませんか?」

「えっと、川の源泉に毒竜が居座ってて毒を垂れ流してたの。そいつをぶっ飛ばして、毒に侵されていた森とエルフ達をまとめて治療して、ついでに交渉して戻ってきたわ!」

「……」


 シャルラさんともう1人のお姉さんがポカーンとしている。アリシアはうんうん頷いているし、リリちゃんは目をキラキラさせている。

 イースちゃんは「ざっくりと纏めたな……」とボヤき、キース君はくすりと笑っている。


「交渉の結果は、そこにいるイースちゃんとキース君に聞いてくださいな。2人共、橋渡しは終わったわ。あとは頑張りなさい」

「助かりました、シラユキさん」

「ああ、ありがとうシラユキ殿。ではシャルラ殿、集落の族長から手紙を預かってきた。今後の話を別室でさせてもらえないだろうか」

「……はっ、はい! 分かりました、こちらへ!」


 姉弟と一緒にシャルラさんは離れていく。そしてポツンと1人残ったわね。格好からして『神官』かしら? スタイルの良さからか、『神官』服がパツンパツンになってる。これは凄い。


「えっと、その、巡礼神官をしておりますイングリットと申します。この度は私の力不足で、街の皆さんをお救い出来ないところでした。この度はご助力、本当に感謝しております」


 ぺこりとイングリットさんが頭を下げる。

 『巡礼神官』……そういえばそんな設定があったわね。確か、経験豊富かつ優秀な『神官』を『教皇』や『聖女』にする為の試練ね。今回のことでイングリットちゃんは『リカバリー』を必死に使っていたのだとしたら、十分に転職できる条件を満たしたわね。


「力不足を嘆く必要はないわ。貴女は持てる知識を総動員してやれることはやったんでしょう? なら、これからはもっと救えるように、色々と知識や経験を蓄えて、次に活かせばいいのよ」

「シラユキ様……有難うございます」


 むっ、ちょっと信者臭がしたけど、気のせいかしら?

 私はまだ、何もしていないんだけれど。


「あの、アリシア様、あの件はシラユキ様にお願いされるのでしょうか?」

「はい、お嬢様なら必ず解決してくださるでしょう」

「でしたら、後学のためにも見学をお許し下さい!」

「えっと……何のこと?」


 見学となると、何かの『治療』か『浄化』作業かしら?


「お嬢様に先ほどご説明したように、今回の毒物騒ぎの首謀者は捕らえましたが、時間経過でこの街全域が瘴気に飲まれるトラップを設置していたのです。期限は私が先ほどの巡回で延ばしてきたので余裕はあるのですが、その解除をお嬢様にやって頂きたく」

「トラップ? へぇ、後で詳しく聞こうかしら」


 何それ、面白そう。


「その見学がしたいなら、私は構わないわ。その前にアリシア、この子に魔力の扱いは教えた?」

「いいえ、将来有望そうでしたので、お嬢様が直々に教えた方が良い方向につながるかと思いまして」


 確かにアリシアの教え方は、魔法を使ったことない人を対象とした、魔力を認識させるためのもので、魔法を何となしに使えてる人たちには、ちょっと不向きなのよね。そればっかりは仕方がないわ。


「そう、貴女がそう言うなら優秀な人なのね。それじゃ今日はもう遅いし、イングリットさん、明日の朝に魔力の扱い方をレクチャーするわ」

「はいっ、よろしくお願いします! それでは私はここで失礼しますね」


 そう言うとイングリットさんはお辞儀をしてギルドを出ていった。気を使わせちゃったかしら。でも正直ありがたいわ。今日は4人でのんびり過ごしたいもの。

 人がいなくなったことで、ママがこちらに体重を預けてきた。それがまた嬉しくて、ハグを強める事でお返しする。


「ところで宿って取ってあるの?」

「いいえ、領主の館にお世話になっております。滞在中は気軽に使って構わないと許可も得ておりますので、今日もお世話になりましょう。グラッツマン子爵は、今日は戻られない可能性がありますが」

「犯人達の尋問を指揮してるんだったわね。でも領主の館で歓待を受けるよりも、私は家族とゆっくり過ごしたいわ。良い感じの宿は調べてあるんでしょう? 今日はそこに泊って、領主様には明日、こっちから出向けばいいのよ」

「畏まりました」


 反対側から袖を引かれる。


「あのね、お姉ちゃん」

「うん、なあに?」

「エルフの森でね、果物ってあった? リリね、あそこの果物を絞ったジュースを冒険者さんに奢ってもらったの。とっても美味しかったの!」

「ふふっ、リリったら。でもママも、あのジュースは美味しくて好きだわ。シラユキちゃん、どうかしら……?」


 あ、お土産が欲しいのね? リリちゃんが魔法以外でおねだりなんて、よっぽど気に入ったのね。それにママまで。

 私いくらでもあげちゃうわよ!


「今日は急ぎで戻ってきたから、そんなに数はないけれど、この街である程度の用事が終われば、もう1度エルフの集落へお邪魔するつもりよ。色々と助けた報酬をくれるみたいだから、果物はその時に沢山頂戴とは伝えてあるわ」

「わぁ、お楽しみなの!」

「今日持って帰ってきた分は、今晩一緒に食べましょ」

「うん!!」

「まあ、いいわね。それに領主様のお屋敷で果物を持ち込んで食べるのは、ちょっと遠慮しちゃうけど、宿なら気にならないわね」

「そうでしょ? だから今日は宿でのんびりしましょ」


 ああ、幸せ。やっぱり家族と一緒が一番だわ。

 学園に入ったら2人とは離れ離れになるのね……。リリちゃんやママは強い人だから耐えられるかもしれないけど、私、果たして我慢できるのかしら……?


『多分無理じゃないかしら』

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