第073話 『その日、情報を統合した』
「……始める前に1点確認を」
「む、なにかね?」
先ほどからシャルラさんの様子がおかしい。
いえ、こちらにやってきたときからずっと顔色が良くない。
「シャルラさん、貴女も病気に罹っておりますね?」
「ええ、お恥ずかしながら……。ですが私の症状などはまだ軽いものです。頂いた解毒のポーションを飲むほどではありませんわ」
気丈に振舞われてはいるが、血の気が失せた顔をしている。
きっと、歩くという行為すらかなりの体力を使うのでしょう。
「いえ、軽症なのであれば私の手で治癒出来るか試してみたいのです。どういった症状なのか、具体的に教えていただいても構いませんか?」
シャルラさんには申し訳ないが、私の力でこの病を治療出来るか確認するには良い機会だ。軽症の人を治療出来るか否かで、この後の動きが大きく変わる。
私の言葉に周りの冒険者たちは息をのみ、静まり返った。
これで完治出来なければガッカリさせてしまうが、病気の人達が集められた場所で試して不安な感情を伝播させるよりは、いいはずです。
「……わかりました。まず初期症状として全身が気怠く、力が入らなくなります。続いて頭痛と吐き気も発生します。私も、今はまだその程度に留まっておりますが、時間が経つにつれてこの症状は悪化します。血を吐き始めれば歩くこともままならなくなり、最後には寝たきりとなります。その頃から体には黒い染みが現れてきます。その染みは激痛を伴い、全身の至る所に黒い染み広がると耐えきれずに死んでしまいます」
「……」
なんと悲惨で恐ろしい病だろう。
お嬢様は川の近くで呼吸する事さえ危険視されていた。住人が汚染された水を摂取しなかったとしても、川の近くで生活する事さえ危うい。もはや死神が町中を徘徊しているようなものだ。
……む、お母様の顔色が悪い。
「お母様、どうされました?」
「……え、あ、ううん。何でもないのよ。何でも……」
明らかに動揺している様子。どこかでこの症状を見たことがあるのでしょうか。今はお母様も困惑しているようですし、詳しく聞くタイミングではなさそうです。また折を見て確認してみましょう。
お嬢様曰く、家族に隠し事は、あまりしないものだそうですから。
「ではシャルラさん、最後の確認ですが、今の時点で黒い染みなどは発生していないという事でよろしいですか?」
「ええ、それは間違い無いわ」
「承知しました。ではまず……『浄化』!」
淡い光がシャルラさんとその周囲を包み込み、そして消えた。
お嬢様を真似して、周囲の空気を綺麗な物にするようイメージしながら『浄化』を実行する。些細な何かが塵となって消えたが、直感的にお嬢様の『浄化』とは根本的に色々と不足している事が理解出来た。しかし、何が足りないのかは全くわからない。この点は要復習ですね。
「では行きます。……『リカバリー』!」
直視した限りでは見た目に異常はないが顔色が良くない。内側に蝕む病魔を退けるイメージで『リカバリー』を行使した。今までの積み重ねもあってか、神聖魔法スキルが、回復に至るまでの道筋を指し示してくれているような感覚を得ました。
私はその直感を信じて、示された道をなぞるように『リカバリー』の魔法をかけ続けた。
「……ふぅ、完了です」
魔力が半分まで減ってしまったが、成功した自信がある。シャルラさんの顔色も元に戻ったようだ。その結果スキルは大きく上昇し、20にまで至った。恐らく川の浄化の際にスキル上昇をしていたのでしょうが、かなり上がったようですね。魔力は今もなお、微量ながら回復し続けている。
……この感覚を覚えるのは少し失礼ではありますが、どうやら楽しくなってきてしまったようです。魔法を覚えたての、出来ることが広がっていき、魔法で色々試してみたくなっていた時の、あの高揚感。
お嬢様に魔法を教えて頂いた時以上に、今私はワクワクしていますね。
「……」
シャルラさんが自分の身体を不思議そうに見回している。
「如何でしょう、お身体の調子は」
「な、治りました。飲んでいた通常品質の解毒ポーションによる一時的な回復ではなく、身体のどこにも違和感がありません。むしろ病気に罹る以前よりも元気になった気さえしますわ!」
『おおおお!!』
周囲からは歓声が上がった。
シャルラさんはしきりに感謝しているが、私としても感謝している。
今後の治療に取り掛かるにあたって、かけがえのない経験になった。あとは魔力の続く限り試して……いいえ、この武器のお陰で魔力は無尽蔵に湧いてくるのでした。
私の気力が続く限り試して……いえ! いけません。これではお嬢様と同じではないですか。これは高尚な人助けなのです。きちんと丁寧に、誠意をもって治療しなければ。
それにお母様には、先ほど顔色が悪かったところを心配させてしまいましたから、今日は倒れない程度に頑張りましょう。
「アリシア君、川の浄化だけでなく病も癒せるとは……なんと素晴らしい。君が天の使いに見えるよ。この街に来てくれて本当にありがとう」
「私も半信半疑でしたが、治すことが出来て良かったです。では、改めて街の近況を教えてください」
「わかった。では川で起きた事を時系列順に話そうか」
事の始まりは8日ほど前、時刻は昼頃。川の上流から魚の死体が流れてきた。
報告を受けた冒険者ギルドが異常と判断し冒険者を通して調査をしたところ、エルフの森で異常が発生していることが分かった。
しかしナイングラッツの森ではエルフ達が皆殺気立っており、立ち入ることはかなわず追い返されてしまう。
その日の晩から朝方にかけて、川からは異臭がするようになり、川の色が変わり毒性が増していった。
今までと同じように川の水を使用してしまった者たちや、その異臭を嗅いでしまった者が倒れるようになった。
そして一般的な解毒のポーションでは効果が薄く、症状を抑えるだけで完治出来ないことが分かった。
街にある教会所属の神官達も治療に当たるが、こちらも完治に到る事は稀で、病状の者が次第に増えていく一方だった。
ここ数日に至っては川は目を疑うほどに黒く染まり、岸辺には腐乱した汚染物が溜まり始めた。
汚染物の周囲は瘴気が発生し、付近に住む者達は皆病気になってしまった。
勇気ある若者が撤去しようと名乗りを上げたが、数分で全身が黒く染まり息を引き取ったそうだ。
「……亡くなられた方に、ご冥福をお祈りします」
「ありがとう。アリシア君のおかげであの近辺は元通りになったはずだ」
「しかし、川と街が隣接している部分はあそこだけではないでしょう。私が『浄化』したのは、まだほんの一部、街の入り口側だけです。奥は手付かずですから、特に瘴気が酷いところは『浄化』をするまで誰も近寄らないようにしなければ。しかし完全な除去には時間を要するでしょう。川に手を出すのは、住人の治療に目処が立ってからにします」
「本当に助かるよ。しかし君も、今日の出来事でかなりの魔力を消費しただろう。街にも着いたばかりだし、軽いものになるが歓待をさせてほしい。そして今日の所はゆっくり休んでくれ」
確かに、本来であれば私の魔力は空っぽでした。もし今の私の職業が、私がレベルアップしてきた中でももっとも魔力に優れた職業であったとしても、半分を切っていた事でしょうね。本来であれば喜んで受けるべきでしょうが、私はこの会話をしている内に全快近くまで魔力が回復しております。
お嬢様の非常識さが、私にも移ってしまったかもしれませんね。
「いいえ、お誘いはありがたいのですが私の魔力はまだまだございますので、お気遣いは無用です。今日中に汚染地域の除去と、病人の治療を始めさせていただきます」
「エルフは魔力が高いと聞きますが、噂以上のようですね。心強いですが、無理はしないでください。必要があれば冒険者ギルドからも魔力回復のポーションなど提供させていただきます」
シャルラさんが驚嘆と共に協力を申し出てくれる。
魔力回復ポーションですか。確かお嬢様が、次の錬金術でスキルを上げるための対象に選んでいた物でしたね。
素材に魔石の粉末を使うので、ダンジョンの無い地域では素材を大量に確保できないからという理由で、スキル上げはしばらく保留になったのでした。
お嬢様の武器による魔力回復の恩恵は偉大ですが、それでも薬の後押しがあれば効率は跳ね上がるでしょう。
問題はそのポーションの質と値段ですね。
今まで利用した経験がないのでどの程度の物かはわかりませんが……まあ、お嬢様が作られるものより効果が高いなどあり得ないでしょうし、値段も気にするほどではないでしょう。
タダで提供してもらえるという事ですし、ありがたく頂戴しましょうか。
「ありがとうございます。では20本ほどお願いできますか?」
「わかりました、すぐに準備しますね!」
「それと今回の件でシャルラさんにはお願いがありまして」
「はい。あ、報酬のお話ですね? 勿論全員の完治が望めなくとも、相応の報酬はご用意させていただきます!」
あ、危ない。このまま放置すれば最悪の結果になってしまうところでした。
「まあ平たく言えばそうなるのでしょうか……。私とお嬢様は、現在ランクBですが、今までもそれ以上の貢献を既にしてきている自負があります。それを踏まえてのお願いですが、今回の事件。もし最後まで解決に至れたとしても、私達家族のランクは一切上昇させないでください。お願いします」
「「お願いします!」」
「「ええっ!?」」
私が頭を下げると、お母様とリリも頭を下げた。これにはシャルラさんだけでなくグラッツマン子爵も困惑しているようだ。気持ちはわからないでもないが、ここは譲れない。最悪脅してでも……。
ドワーフを脅すことに関しては全く心は咎めませんでしたが、他の種族には少し抵抗があるので、あまりやりたくないですね。
「……理由は解りませんが、承知しました。皆さんのランクには手を出さない事をお約束します」
「ありがとうございます。胸のつかえが取れました」
「そ、そんなに嫌だったのかね……」
「ですが国や本部の方には、その……」
「ええ、そこは承知しております。本部には
一番の心配事がなくなってスッキリしました。お母様もリリも安心したようですね。……やはりこの2人は、共にお嬢様を想う大事な家族です。
「では次に、川以外でトラブルはありましたか?」
お母様の『探査』に出てきた赤い縁の者達、あれが気掛かりです。あれは誰に対しての敵意なのか……。お母様とお話をした際に、この辺りに知人は居ない事は聞いております。
ですので個人的な恨みの線は薄いとなると、この街にいる全ての人間が憎悪の対象になっていると考えるべきなのでしょうか? 人間に憎悪を向ける魔物以外の種族……。
最悪魔族の可能性すら出て来ます。
魔族は非常に厄介な存在です。今回の件の、主犯か関係者かもしれません。
「はいなの!」
「リリ、どうしました?」
「えっとね、冒険者さん達が井戸が使えなくて困ってるって言ってたの。あと、水を売ってくれる人がいるけど高いって嘆いてたの!」
周囲の冒険者たちを見ると、皆恥ずかしそうにしている。まあ一般的にお金を持っている冒険者が高いと嘆くのは……いえ、論点はそこではありませんね。使えなくなった井戸に、水を売る商売人、そして本来であれば高品質な水が潤沢に使える街。……少し都合が良すぎますね。
「リリ、この短時間でよく情報を集めましたね。お手柄ですよ」
「えへへ」
「ははは、優秀な冒険者は情報を大切にするものだ。さて、確かに我が町の問題は川だけではない。川とは本来切り離されたはずの井戸が、日に日に使えなくなっていったのだ。その理由が高濃度の毒による汚染だというのは判明しているが、その原因が全く掴めていないのだ。元々街にある井戸は、川の水が不要な際の生活用として割り切っていた物なのだが……」
「本来別の水源であるはずの井戸がですか……」
怪しいですね。
「うむ。川が使えないことが判明してからは町中の人間が井戸の利用を始めたのだが、至る所で毒に侵された病人が出てきてしまってな。今でも無事な井戸は数えるほどしかない。そんなとき、彼らは現れた」
「ええ。どうやら王都で作った魔道具の試作品を持って売りにきていた貴族の子弟とその行商人のようでして、身分の方は保証できますわ。調べた限りでは、川が汚染される前から滞在をしていて、色んな魔道具を売っておられました。ただ、今回の事件以降少し足元を見ているようでして、仕方がないとはいえ多少値が張るのです」
その者たちは要チェックですが、先に問い詰めると何をしでかすかわかりませんね。後回しにしましょうか。
「潤沢な川がある以上、この街には高出力の水の魔道具はないのですね」
「ええ、お恥ずかしながら……」
「今回の件に関しては、我々の危機管理の意識が足りなかったようですな」
「それで、井戸の毒はその者達が……とは考えなかったのですか?」
「まさかそんな! ……確かにタイミングは怪しいかもしれませんが、あの毒は人の手で作り出せる類の物ではありませんわ」
確かに、水で薄まればほとんどの毒物は効果が薄れる。にも拘わらず致死性だけは変わらず在り続ける毒など、人の手で生み出せるとは考えにくい。
……まあ、お嬢様なら可能かもしれませんが、あれほどの技術を有する者が他にもいるとは考えたくない。その線は捨てたとして、お嬢様が1人で向かったという事と瘴気を発生させる毒となれば、正体はきっと魔物の類でしょう。
強大な魔物を操るなど、正に魔族の領分ではありませんか。タイミングを見計らい、屋外で赤い縁の連中と、もしかしたら別枠かもしれない貴族の子弟と行商人は、見つけたらこっそりと『観察』を実行して、正体を暴かなければ。
もし魔族なら家族が危険に晒されます。
連中に関しては慎重に動かなければなりませんね。
「それに、その貴族の子弟が毒を撒くなど、まるでメリットがありません。確かそこそこにお金を持っている一族で、今回手にした程度の利益では小遣い稼ぎ程度にしかなりませんわ」
グラッツマン子爵もこれには同意見のようだ。当初は疑いはしたものの、可能性が薄いという事で早々に対象外とされたのでしょうか。しかしこういった物は疑ってかからなければなりません。私達だけでも警戒しておくに越したことはありませんね。あとでお母様たちにも注意しておきましょう。
「そうですか……。しかし、井戸の毒による症状は、川の水と変わらなかったのですね?」
「……ええ、それは間違いありませんわ」
「仮定の話になるが、毒の汚染により地中が穢されてしまい、井戸にまで浸透してしまったのかもしれない。そう考えれば筋は通るのだ」
ふむ。お二方はそれで納得されている様子。であれば、今はそこを追及するのは時間の無駄ですね。今は解決の為に時間を割かないと。
「他に必要な情報はありますか」
「うむ、街の教会に重病人達が預けられていて、症状が軽いものは自宅で今まで通り生活をさせている」
「わかりました、まずは教会の重病人の治療から始めましょう。解毒のポーションだけでは心配ですので、私も神聖魔法で支援します」
「助かります。エリッサ」
「はいギルドマスター!」
近くに控えていた受付嬢が、トレーにマジックバッグと金貨を載せてやってきた。
「こちらが売って頂いた解毒のポーションの代金と、預かっていたマジックバッグです。中には約束の魔力回復ポーションを入れております。もし不足するようでしたら仰ってください」
「ありがとうございます。お金はお母様が預かっていてください」
「わ、わかったわ」
マジックバッグを受け取る際に、代金をチラ見する。金貨が全部で45枚ですか……。リリはきちんと言い値の半額で良いと伝えたと思いますが、かなり色を付けて頂いたかもしれませんね。
まあ最高品質なんてダンジョンで稀に出土する程度の高級品ですし、滅多にお目に掛れるものではないですからね。それが自作出来て、更には大量に持ってこられた上で、街のこの状況。
相応の値がつくのも当然ですか。
お母様は、金貨に直接触れずに、トレーに乗せたままマジックバッグへと流し込んだようです。その際、出来る限り金貨を直視しないようにしていました。やはりお母様の庶民っぷりは抜けないようです。
お嬢様に言わせれば、こういった行為も可愛らしいのだとか。
ふむ……。なんとなくお嬢様の気持ちが分かる気がしますね。
「それでは出発しましょう。案内をお願いします」
まずは患者の居る部屋が大部屋か個室かによりますが、規模から考えて礼拝堂でしょうか。まずは建物内部の空気は、全て『浄化』で綺麗にして……。
あっ、神官達に『リカバリー』の魔法書を渡さなければ。
現場の空気次第ですが、お嬢様の素晴らしさを彼らに語る時間はあるでしょうか?
心配です。
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