第069話 『その日、方針を取り決めた』

「リーズ、姉さん、苦しいよ……」


 その言葉にリーズちゃんは『ハッ』となって我に返ったけれど、姉2人はカープ君を放さなかった。

 この2人はお姉ちゃんだものね、仕方ないわ。でも、あんまり長引くようなら私も混ざろうかしら?


 さて、この『ウォーターボール』はどうしようか……あら? とあるものが目に入った。

 を目で追い掛けていると、同じように視線を動かしていたカープ君と目が合った。けど、気まずそうに目を逸らされたわね。ふむ?


「……ねえ皆、私お腹すいちゃったわ。案内してもらえるかしら」

「あっ!」

「そ、そうでしたわ。申し訳ありませんシラユキ様、ご案内致しますわ! カーサ、マーサ、いつまで抱き着いているのですか。シラユキ様をご案内致ししますわよ!」


 お姉ちゃん達が名残惜しそうに離れる。その間も、カープ君の『ウォーターボール』は健在だった。

 しっかり管理できているみたいね。


「カープ君、そのウォーターボールはそのまま保った状態で移動しなさい。維持をするだけでも、それなりの修練になるわ」

「わかりました」


 そのままカープ君を先頭に、神樹の根を降りていく。仲良くお喋りしながらでも、カープ君の維持能力に問題はない。こういう面で視ればリリちゃん顔負けね。あの子は最初、ここまで安定していなかったもの。

 雷と水の難易度の差はあるけれどね。もしかしたらカープ君、この維持だけでも結構スキルが上がってるんじゃないかしら。


 そのまま地面に辿り着き、再びを視る。

 ……うん、やっぱりわね。何となくからは感情が伝わってくるし、このままお預けするのも可哀想ね。そろそろプレゼントしちゃいましょうか。


「ねえ皆、私のウォーターボールの近くに、何か感じたりしない?」

「その近くに、ですか? ごめんなさい、わかりませんわ」

「綺麗な事しかわかりません!」

「(フルフル)」


 リーズちゃん達はわからないようだった。しかし、カープ君だけは神妙な顔をしている。


「カープ君、遠慮しないで良いのよ」

「あっ、えっと……。僕もリーズや姉さん達と同じで何も見えないです。ただ、何かが居るような気配だけは感じられます。成人した頃から時々感じていたんですけど、なんだかよくわからないし、気のせいなんだとばかり思っていました。けれど、シラユキ様はいらっしゃるんですか?」


 やっぱりカープ君、さっきはこの子達を気にしていたのね。


「ええ、視えているわ。……それじゃあ、貴方のそのウォーターボール、この子達にプレゼントしてご覧なさい。きっと喜んでくれるわ」

「プレゼントですか? でもどうやって……」


 目に見えない気配だけの存在にプレゼントするっていうのは、ちょっと難しいことかもしれないわね。でも、結構簡単なのよ?


「このウォーターボールを差し上げます! って強く思いながら気配に向けて差し出せば、きっと届くわ」

「はい、やってみます。……あっ!」


 まっすぐ伸ばしたカープ君の手から、『ウォーターボール』が離れていく。その状況を『魔力視』で視れば、『ウォーターボール』の周囲を淡いモヤが漂っている。

 そしてその『ウォーターボール』が神樹の方へと飛んでいき、そのまま吸い込まれるかのように消えていった。


「あの、多分ですけど『ありがとう』って聴こえました」

「そう、貴方の魔力が美味しかったのね。良かったわね」

「は、はい。えっと、今のはもしかして……」


 カープ君は思い当たる節があるみたいね。リーズちゃん達も今の不思議な現象を察したのか、身体を強張らせた。


「皆気になってるみたいだし、今から答えを見せるわね。……さあ、貴女達に『生命の蒼玉』を捧げるわ。受け取って」


 淡いモヤが私の周囲を飛び回った後、『生命の蒼玉』は勢いよく神樹へとぶつかった。そして同時に、そのモヤと神樹が煌々と光り輝く。

 神樹は『メキメキ』と音を出しながら高く太く成長していった。生い茂る天蓋には、幾つかの青い実が成り、清浄な空気が周囲一帯に満ちる。

 そして淡いモヤは人の形を型取り、長い髪の少女達へと変貌していった。


 淡いモヤにしか見えなかった4体の下位精霊は、上質な魔力を取り込む事で中位精霊へと進化したのだ。


『~! ~~!!』


 精霊は、それぞれが多様に喜びを表現しているようで、クルクルと飛び回り、感謝の念を伝えてきた。踊りまわったり飛び跳ねたり、全身で頬擦りをしてきたりと忙しない。

 もうその姿は『魔力視』を使わずともくっきりと映り、皆がカワイらしい笑顔を向けてくれる。手の平にちょこんと座るその姿は、大きさは手乗りハムスターほどだが、その容姿は精巧なお人形さんのようで愛らしい。

 指でツンツン撫でてあげると、お返しに指を抱きしめてくれる。


 ああ、意思を持って動く精霊ちゃん達、とってもキュートでカワイイわ!

 うーん、お持ち帰りしたい。


 『精霊使い』の能力を使えばこの子達と契約することが可能だ。そして、『家』を私が所持するに登録することで、彼女たちを連れていく事が出来るようになる。

 今、私の手元にある中で力のある石となると、精霊銀ミスリル、霊鉄、白金鉱、アダマンタイト鉱石、王鉄鉱、ヒヒイロカネ。それとこの集落で見つけた『翠の宝珠』ね。中でも『翠の宝珠』はこの子達の魔力が溢れる事で発生する鉱石だ。だからこそ、この子達の『家』としても相性がいい。


 ……っと、持ち帰ることばかり考えたけど、この子たちにはこの集落を守ってもらう必要がある。残念だけど、連れていくことは出来ないわ。


 とっても!

 非常に!

 残念だけど!


「貴女達を連れていくことは出来ないけれど、私の代わりにこの集落を守ってあげて」

『~~? ~~!』


 そう告げると、精霊たちは顔を合わせ、何やらお話をしている。中位精霊は言語を介さず、直接テレパシーのような物で意思の疎通をする。精霊同志は繋がりがあるためテレパシーで複数と会話できるけど、人族には一方通行のため、私がその会話に参加することは出来ない。


 ――待ってて。


 そんな感じの意思が飛んできた。そして1体の精霊がものすごい勢いで頭上へと飛んでいく。何かしら?


 見上げて待つこと数秒。すぐさまがその子は降りてきた。青い果実と共に。


「あら、くれるの?」

『~~、~~~!』

「ふふ、ありがとう」


 どうやら力をくれたお礼を持ってきてくれたみたいね。


********


名前:世界樹の果実


説明:秘薬ネクタルを生成するために必要な伝説の果実。その実には膨大な生命力が内包されており、食べると体力と魔力が回復し続ける。エルフ達にとっては、精霊から下賜される中で最高峰の神物として扱われる。


********


 ネクタルは錬金術スキルが80を超える高性能な薬だ。その材料の1つであるが、この果実そのものは比較的入手がしやすい。理由としては精霊に魔力をプレゼントして、神樹に産んでもらう事で無限に貰えるからだ。

 ただ、神樹も外部エネルギーであるプレイヤーの魔力以外にも、内包された力を使うのでクールタイムはあったけど。


 でも、この世界では私の認識とは違って、非常にありがたい物のようね。フレバーテキスト通り受け止めた方が良さそうだわ。……だって、気付いたら隣にいた子達が、精霊達に跪いてるんだもの。そして昨日以上にキラキラした目で私と『世界樹の果実』を見ているわ。

 照れちゃうわ。えへへ。


『~~~』


 そして精霊ちゃん達、まだまだお礼がし足りないみたい。引き続き私の周囲でフヨフヨしたり、スリスリしたり、追加のお願いを催促してくる。カワイイ。

 追加で実をもらうのも子供たちの手前、要求し辛いし……。本音を言えば精霊ちゃん自身を要求したいところだけど。他に何かあったっけ?


 ……あっ、そうだわ。


「ちょっと太めの枝を貰えるかしら。武器の素材にしたいの」

『~!』


 了解のジェスチャーをして精霊たちは一斉に神樹へと手を向けた。すると、目の前の枝が生えてきた。……これを枝と見るべきか、根っこと見るべきか。まぁそれはさておき、直径1メートルぐらいの枝が出来たけれど、ちょっと太さが物足りないわね?


「もう少し太くしてくれる?」

『~!!』

「……そうそう、それくらいそれくらい」


 最終的に、太さとしては直径2メートル、長さは5メートルほど。素材として使うには、やっぱり余分に欲しい所よね。

 そして彼女達は、トカゲの尻尾切りのように根っこを切り離した。本当に神樹の扱いは自由自在みたいね。根っこを受け取ると嬉しそうに微笑んだけど、なんだか精霊達の姿がちょっと薄くなってしまった。魔力を使わせすぎちゃったかな?


「お礼よ。『MPキッス』」


 スキルの本来の使い方を発揮できる数少ない場面なので、遠慮なく使用する。4体いるので直接ではなく投げキッスだ。

 飛んできた純粋な魔力を受け入れ、ちょっと疲れ気味の顔をしていた精霊たちもみるみる元気になり、輝きも取り戻した。

 この子達中位精霊は、実体を持たないから、人間に使うような反応は見せない。それはそれでちょっと残念な気もするけれど、回復してくれたようで何よりだ。


 実際私の魔力は無限みたいなものだし、この子達が疲れたら私が回復をすることで神樹関係の素材が無限に採取できるかもしれないのよね。

 24時間以上働けます。体力が尽きる事はありません! ……流石に冗談だけど、ブラック企業も真っ青なこと、こんなカワイイ子達には出来ないわ。ほどほどにしましょ。ほどほどに。


 おバカな事を考えている間に、精霊達は満足したのかお眠のようだ。手を振って神樹様の中へと帰っていく。カワイらしく欠伸する様子がまたカワイイわ。やっぱり欲し……いえ、ダメよ。我慢我慢。

 頂いた果実や根っこは、鮮度を維持するためにもマジックバッグに収納しちゃいましょう。


「さて皆、これが答え……」


 改めて振り返ると、お世話隊以外にもギャラリーが増えていた。と言うか、またしても集落中のエルフが集まっている。

 どうやら神樹が大きな音を立てつつ輝いた事で、様子を見に来たようだ。そして、私が精霊から果実を頂戴したり、色々要求するシーンを目撃してしまったようだった。


「あー……。ほら皆、立って立って。もう精霊はいないわよ」


 いつまでもその姿勢のままでいる彼らを見遣って声をかける。だって、何も言わなければずっとそのままで居そうなんだもの。

 エルフ達はその言葉に、どうしたものかと顔を見合わせる中、長老が1人立ち上がる。


「シラユキ様、色々とお聞きしたいことがあるのですが、まずは1つ、宜しいでしょうか」

「ええ、良いわよ」

「あの精霊達は、この神樹様に宿った方々なのでしょうか」

「ええ、元から住んでいた子達みたいね。私の魔力で成長出来たみたい。これからもこの地を守ってくれるみたいよ」


 その言葉に、エルフ達は喜びを露わにする。精霊が生まれたことを喜んでいるのか、この地の安全を喜んでいるのか。


「それはともかく、長老」

「はい、何なりと!」

「お腹空いたわ」


 もう腹ペコだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 その後、野菜多めの料理を食べつつ、長老からの報告を聞く。

 まず、昨日の練習の結果、ある程度の者達で翠鉛鉱の採取ができそうである事。

 そして精霊の顕現により集落全体の加護が増したこと。

 付近の岩場にて、精霊の顕現後、昨日確認した時よりも大量の翠鉛鉱が見つかった事。

 最後に、紡績街の領主と行商人を束ねるギルドマスター、シェルリックスとポルトの領主宛の手紙が準備出来たと言う。


「そう。それじゃあ予定通り、私は街に行って家族を迎えに行くわね。数日以内には戻ってくるから、その間に果物と翠鉛鉱の用意は宜しくね」

「はい、お任せください。……それと、例の件ですが」

「それも問題ないわ。カープ君、いらっしゃい」

「は、はい!」


 カープ君が深呼吸をする。お世話隊の女子組は黄色い声援をあげる。

 長老も察したのか、周囲に居たエルフ達を呼び止め、カープ君を見るよう伝えた。

 長老は神妙な顔付きになっていたが、他のエルフは状況は理解できないまでも空気を読んで見守ってくれていた。


 カープ君に、これ以上助言の言葉はいらない。何故ならば精霊が喜んで持っていったからだ。精霊が気に入るほどの魔法とは、それ相応の技量と魔力、更には完成度が要求される。

 私と言うお手本があったにせよ、1度目の魔法であのレベルの魔法が行使出来るのであれば、あとは信じて待つだけだ。


「行きます、『ウォーターボール』!」


 緊張して上手くできない、といったこともなく、カープ君は1発で成功させた。


 その光景を見ていたエルフ達の反応は様々だった。一緒になって喜ぶ者達、仰天する者達、泣いて喜ぶ者達、開いた口が塞がらない者達。長老は泣いて喜ぶ側にいるようだった。

 それからはカープ君を主役にして、私と長老は少し離れた場所で相談を始める。

 と言っても、私のそれは相談というより要求とも取れるのだけれど。


「それでは今回の件、エルフの王にお伝えさせて頂きます。忌み子などというものは実は存在しなかったというのは、信じてもらうのは中々困難でしょうが、必ずやり遂げてみせます」

「お願いね。追い出されてしまった子達はまだどうするかは決まっていないけれど、集落にまだ残っている子達なら、救えるはずだわ。それと、国になら『紡ぎ手』もいるでしょうし、私が教えた魔力の検知方法、試せるように練習させてね。それが出来るようになれば、エルフの国は更に魔法文化が発展すると思うの」

「必ずや。土魔法の利便性も併せて伝える事で、なんとか説得してみせましょう」

「よろしくね」

「ではこちらの書簡を」


 そう言って各街の手紙を受け取る。


「こっちがポルトで、こっちがシェルリックス……あら、2つしか手紙がないわよ?」

「その事なのですが、全てをシラユキ様にお任せする訳にもいきません。あの街はお隣さんですし、今後は私達も積極的に交流しようと思っております。ですので、街の領主への手紙とギルドマスターへの連絡は彼らに任せるつもりです」


 長老が合図を送ると、近くで控えていた2人のエルフが姿を現した。


「シラユキ殿、短い間ですが再び、よろしく頼む」

「露払いはお任せください」


 イースちゃんにキース君だった。2人は守り人の中でも腕が立つようだし、外部と連携するための顔つなぎとしても申し分無さそうね。


「2人ともよろしくね。さて、1日か2日ほど集落を離れるけど、忘れ物はないかしら?」

「準備は出来ている」

「僕も大丈夫です」

「よし……あ、そうだわ。カープくーん!」

「はい!」


 カープ君が笑顔でこちらへと走ってくる。この顔が見たかったわ。それに子犬のようでカワイイわね。

 さて、カープ君には大事なことを伝え忘れていたわ。魔法を教えてそのまま放置してしまうところだったわね、危ない危ない。


「これから私は街に向かって家族を迎えに行くんだけど、カープ君には宿題を出します!」

「はい!」

「水魔法を私が戻るまでに可能な限りスキルを高める事! 私が教えた魔力操作と貴方の技術なら、壁なんてほとんど感じる事なく、かなりの勢いで成長するはずよ。貴方の可能性を私に示してごらんなさい!」

「はいっ! 全力でやってみます!」


 うんうん、良い返事ね。カープ君の職業は、さっきチラッと見ちゃったんだけど、狩人レベル13だったのよね。レベルが一緒で親近感を覚えたのよねー。……とにかく、前衛職でもレベルが13もあれば、魔法スキルの最大値も40近くまである。だから、数日あれば結構成長してくれるんじゃないかしら。

 期待しちゃうわね。


「特定のスキルまで成長していたら、私から特別に魔法書をプレゼントしてあげるわ。頑張りなさい」

「はい!!」

「それじゃあ長老、あとは任せたわよ」

「お気をつけて」


 家族にプレゼントするための少量の果実をマジックバッグに詰め、向かうは川下の街。やっと家族に会えるわ! たった1日だけど、感覚としてはもう何か月も会ってないんじゃないかってくらい寂しかったわ! 早く会いたい!!

 ……そういえば、結局あの街の名前聞いてなかったわね。何て言うんだろう?


『色んな子にスキンシップしたけど、やっぱり家族が一番恋しいわ』――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


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