第057話 『その日、ピシャーチャの解体をした』
『シーン』と静まり返る訓練場に、ハワード達が駆けつけてきた。
「おう、嬢ちゃん待たせた……な、なんじゃこりゃあああ!!?」
あら、良い反応をしてくれるじゃない。他の職人仲間達も、ピシャーチャを見上げて「でけえ」とか「やべえ」とか呟いている。そう言いつつも、彼らは恐れる事無く近づいてきたわね。彼らは怖いもの知らずなのか、それとも頭のネジが全部抜けてるのかしら。
「これが数百年に一度現れては、暴虐の限りを尽くした魔物であり、マンイーター達の産みの親であるピシャーチャよ」
「こいつがか! ってーことは、マンイーター共は……」
「巣に乗り込んで全部殺してきたわ」
「ガハハ! すげえな嬢ちゃん!」
ハワードの笑い声に、周囲で唖然としていた観客たちも生気を取り戻していく。
「ハワードは怖くないの?」
「この化け物をか? それとも嬢ちゃんが?」
「失礼ね。こいつの事よ」
「嬢ちゃんが色々ぶっ飛んでんのはこの目で見てきたしよ、流石に驚いたが、死体だろ? ってことは素材の山じゃねえか! これでビビッてたら職人は名乗れねえな!!」
「ふふっ、そう」
前回の教育が効いたのかしら。ハワード達は今から素材をどうするかしか頭にないみたいね。
素材の下へ走り出したハワード達と入れ替わりに、再起動したメルクや領主様がやってきた。
「嬢ちゃん、本当にやりやがったんだな。マンイーター達は本当に全滅したのか? もし生きてたとしたら、親を殺されて怒り狂ってるんじゃねえのか?」
「アリシア」
「はい。マンイーターの幼生体58匹、マンイーターの成体17匹。それぞれの頭部をここに入れています。確認を」
マジックバッグ(中)を、アリシアがメルクに投げ渡す。メルクと領主様は、その中身を確認し愕然としていた。
そして私もその総数に驚いた。
「ねえアリシア? いつの間に集めたの?」
「昨日お嬢様がお休みの間に解体いたしました。手持ちの短剣では難しかったので、つるはしを使用させていただいたところ非常に簡単に首を落とせました」
「そ、そう……。頑張ったのね」
「はい!」
つるはしで解体とか……かなり大変だったと思うけど、凄く嬉しそう。あとで彼女の為に解体用のナイフをプレゼントしましょうか。カワイイので今はナデナデで我慢してもらおう。
ナイフは、総ミスリル製の特化型にして彼女用にカスタマイズしましょう。それをするためにも、さっさと生産スキルの鉄ゾーンは超えてしまわないといけないわね。
「もちろん、胃袋も回収しております。ただ、お嬢様ほど浄化が上手くできませんでしたので、中身はそのままですが……」
「気にしないで。そこまでやってくれていたなんて、私は感動したわ」
「お嬢様……!」
正直ミスリルを想像以上に集めてくれただけでもありがたいのに、私が存在を忘れ去っていたマンイーター達まで解体してくれていたなんて。ほんと、出来たメイドだわ。
彼女の頭を撫でてカワイがっていた所で、貴族の坊ちゃんがやってきた。
「……こ、この前のことは申し訳なかった。許してほしい」
高圧感が抜けきり、どこか諦めがついたかのような感じの顔をしている。あと、まだ震えているみたいね。このレベルじゃ、まともに敵と戦ってこなかったんだろう。そんな状態でピシャーチャの近くまで寄ってこられたのは貴族としての矜恃かしら?
……多少はまともな感じになってきたわね。でも、貴方が許しを請うのはその部分じゃないわ。
「その件はもう、気にしていませんわ。ただそうね、誰がテラーコングをどういった方法で連れてきたのか教えてくれたら、水に流しますわ」
「……!」
坊ちゃんが『ビクッ』と体を震わせる。領主様が怪訝な顔で割り込んでくる。
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「シラユキ殿、何をおっしゃるのです。私たちより倒された貴女の方が詳しいのではありませんか? 奴らは人に懐かぬ暴れ者。人が手を出せる領分ではありますまい。なあバートン。……バートン?」
坊ちゃんは、「なぜ」とか「どうして」とか呟いている。
「貴方の懐にある魔道具がどういったものか、ちゃんと鑑定したのかしら?」
「……何の話だ」
「どうせ他人には絶対に見せるなとでも言われていたんでしょうけれど、それは貴方の思うような代物ではないってことよ。アリシア、エスタちゃん」
「はい、ここに」
「はいはーい。コレを鑑定すれば良いんですねー?」
アリシアの手には坊ちゃんが大事に隠し持っていた宝玉があった。それを見た坊ちゃんは慌ててポケットを探るが、そこにはもうない。
「なっ、いつの間に!?」
別にアリシアの手グセが悪いわけではなく、『ローグ』という職業がそう言う諜報向けの職業なだけだ。アリシアは悪くないんだから!
「えーっと、なになにー? ……なんですか、この危険なアイテムは」
エスタちゃんが急にマジトーンになった。普段『ポワポワ』している子が真剣な状態になると、どうしてこう魅力的に見えるのかしら。カワイイわ。
「エスタ、それはどういう物なんだ?」
「……そうですねー、名称は不明です。効果は術者の魔力をキーに、中に篭められた土の魔力が周囲に爆発的に拡大。周囲を甚大な『魔力酔い』状態にします」
「何だそりゃ、自爆アイテムかよ!?」
「ば、ばかな! そんな筈は……」
「信じられないなら、自分の目で見てみなさい」
エスタちゃんから鑑定の魔道具を借りて、坊ちゃんに手渡す。彼は恐る恐る魔道具を使うが、そこに表示される文章の内容が、変わることはなかっただろう。
『魔力酔い』は危ないお薬をキメたように気持ち良くなっちゃう類のデバフだ。前に頭がパッパラパーになると説明はしたが、さすがにそんな文章はフレバーにも出てこない。けど、『魔力酔い』の怖さは魔法使いなら学園で教わるはず。
……あれ? 気持ち良くなっちゃうってことは、もしかして『MPキッス』の効果って、『魔力酔い』の数歩手前なんじゃ……。
まあでも、毒も少量なら薬になるっていうし、猫にあげるチュールみたいな、ご褒美的にチョロッと使う程度なら……大丈夫、よね? 限界を超えてMPを渡さなければたぶん……。
一応、アリシアに今度相談しよう。
「貴方の計画では、それをテラーコングと戦闘を繰り広げている前線で使うつもりだった。そうよね?」
「……ああ、そうだ」
「そして貴方は知らなかったかもしれないけれど、その魔道具から発生する土の魔力ってのはね、マンイーター達にとっては極上の餌なの。2日前、ギルドにマンイーターが現れた話は聞いているかしら? アレが現れた場所、貴方が魔道具を落とした場所なのよ?」
「え?」
「何だと!? ……確かに、奴が現れた場所はあの辺りだったな」
メルクが思い出すように呟いた。2日前のマンイーターはメルクが倒したのかしら? まあギルドで彼より強い冒険者は見ていないし、妥当なところかしら。
「改めて仮定の話をしましょうか。その魔道具を使った瞬間、貴方は倒れたでしょう。敵の目の前で。そして、前線は魔力酔いにより崩壊。その後は立て直しを図るも、今度は極上の餌に釣られて目を覚ましたマンイーターの群れやピシャーチャが現れて挟撃を受ける。結果、街は壊滅。原因不明の災害として後世に語り継がれていたことでしょうね」
「そんな……私は何のために……」
坊ちゃんは膝を突いてしまった。これが未来で、この街が崩壊していた本当の理由ね。
坊ちゃんが史実では生き延びていたかどうかは定かではないけれど、生きていたとしても無事では済まなかっただろう。肉体も、精神も。
「お、おい嬢ちゃん、今の話はマジなのか?」
「この反応から見て、マジでしょうね。この街が邪魔だと思ったやつに、彼は良いように使われてしまったのね」
「……そうか」
メルクは、そんな坊ちゃんを何とも言えない顔で見下ろしていた。
領主様は言葉もないみたい。自分の息子が、知らなかったとはいえ街の崩壊を招こうとしていたなんて思いもしないでしょう。
「さて、彼が落ち着いて話が出来るようになるまで時間がかかると思うし、メルク、領主様、それとエスタちゃん。商売の話をしましょうか」
「商売ですか!? 聞きます聞きますー!」
エスタちゃんが場の空気を入れ替えるようにハイテンションになった。
でもこれ、わざとでもあるけど、実際商売の内容にワクワクしてるんだろうなぁ。目がキラキラしている。
メルクと領主様もこちらを見てくれた。
「まずこのピシャーチャ。私が欲しいのはこいつの胃袋とその中身。そして魔石と皮の一部です。あとは要らないので、所有権をお二方に売りたいのですが買っていただけますか?」
魔石は本来、ダンジョンに出現する魔物にしか出ないが、竜や一部の特殊個体には魔石が入っている事が多い。
いわゆるボス枠の連中ね。
「おいおい、良いのかよ嬢ちゃん。こんな伝説上の化け物の素材なんぞ、オークションに出せば魔石抜きでも、とんでもねえ値が付くぜ?」
「私、この国の人間じゃないし、舐められてオークションで買い叩かれたりしそうで嫌なのよね。そうなるくらいなら信頼できる筋に売りたいの。その後で余ったら転売してしまっても構わないわ」
いつまでもテントのコンテナにこいつが入っていると思うと、正直気味が悪いのでさっさと手放したいというのが本音だ。口には出さないが、家族もみんなそう思っている節がある。たまにコンテナの方をチラチラと不安そうな顔で見てるんだもん。
「買います買いますー!」
「いや、こんなのを倒す嬢ちゃん相手に買い叩くなんざ、誰も怖くてできねえと思うがな……。まあ、嬢ちゃんが良いならいいけどよ」
「では領主様、素材は5対5でどうでしょうか?」
早速エスタちゃんが交渉を始めている。領主相手に5対5って結構グイグイ行くわね。
「いえ、今回の件ですが、私に買う資格などありますまい。愚息がご迷惑をおかけしたのです。シラユキさんにお礼もお詫びも出来ていないのに、このような品を買わせて頂けるなど……」
「はぁ……。私が良いって言ってるんだから良いんです。領主様は今回、何も関わっていないんですから」
「そうですよー。では6対4でどうです? これ以上はギルドの金庫がマズイかもしれませんのでー!」
領主が買い取ってくれないと、この街がまた狙われたときの戦力増強が見込めないじゃない。
ギルドが全部買い取っても戦力が偏ってしまうし。
「……わかりました。しかし私としてもケジメは付けたい。マンイーターによる実害は無かったにしても、テラーコングは冒険者の方に被害が出ていたのです。料金は全額我がシェルリックス家が出しましょう。分配もギルドが6、シェルリックス家が4で構いません」
「……領主様がそう望まれるのでしたら、私からは言う事はありません」
「ギルドも文句はねえぜ」
「ありがとうございます」
私としては売れればいいから、皆それで納得してるなら良いけど……。この街の領主って、お金いっぱいあるのかしら? まあ金や白金が掘れるから貴金属加工で財もあるのかもしれないわね。
っていうか、こいつの素材、相場なんて無いだろうし……いったいいくらになるやら。もしかしたら、普通に消費しようとしても使いきれない金額になってしまう可能性があるわね。
そうなったら、王都では素材をいっぱい買いましょうそうしましょう。
「……皆さん、ご迷惑を、おかけしました」
多少気持ちに整理がついたのか、坊ちゃんが土下座してきた。和国じゃなくても土下座の文化ってあったのね。
まあ、ここは思ったことを言っておこう。
「私からすれば、テラーコングなどの危険が街に近づいている事を知りながら報告を上げなかったくらいで、貴方の計画は未遂に終わったのだから、特に言う事はないわ。良くも悪くも何もしなかったんだし。……ただ、今回の事を悔いるのはいいけど、そこで足を止めて座り込むか、歩み続けるかは貴方次第ね」
「……肝に、銘じます」
坊ちゃんの事は正直どうでもいいが、せっかく助けたのだから真っ直ぐに生きてほしいところだ。
「嬢ちゃーん、解体はまだかー!?」
ハワードが痺れを切らしたのか呼んでくる。いつまでも話し合いばかりで、解体が遅々として進んでいないしね。それに、時刻は昼をそこそこ過ぎてしまっている。日が暮れるまでそんなに時間はない。
「今行くわ! それじゃ、メルク、領主様。あとの事は任せました。アリシア、お願いね」
「ああ、行ってこい」
「お任せください」
◇◇◇◇◇◇◇◇
話し合いの場から離れ、解体現場にやってくる。するとそこには、数十人ほどのドワーフ達職人が待っていた。
やっぱりこの街の職人って、全員ドワーフなのね。
「おう、待ってたぜ! どこから始めるよ!」
「その前に、さっき話がついたことを共有するわ。私が欲しいのはこいつの胃袋とその中身、それと魔石と背中の皮を少々。あとはギルドと領主に売ることにしたから、解体した素材で貴方達も加工に使う事になるかもしれないわ」
もしかしたら、鍛冶のスキル要求が高すぎて加工できないかもしれないけど……。
スキルを使わない加工なら、まだ可能性はある。革細工とか織物は、生産スキルいらないし。
「マジかよ!! 太っ腹だな嬢ちゃん!!」
「は? 誰が太ってるって? ぶっ殺すわよ?」
「ええええ!? ち、ちげえよ! ふ、懐が広いって意味だよ!」
「なあんだ、それならいいわ」
紛らわしい言い回しをしないでほしいわね。女の子には言ってはいけない単語があるのよ、まったく。悪気があって言ったわけじゃないくらいはわかるんだけど、なんかイラッとしたのよね。
それにちょっと殺気が漏れてしまったせいで、職人たちが委縮しちゃったわ。
「まずは胃袋を取り出すわ。切断は私がするから、貴方達は穴を広げたり、引っ張ったりで力を貸してほしいの」
「合点だ! ならまずは、こいつを引っくり返さねえとな」
よくよく見ると、ピシャーチャは腹這いになっていた。しょうがないわね。
「よいしょっと」
ぶよぶよの肉を掴んで、放り投げる勢いで持ち上げた。
一瞬ピシャーチャの巨体が浮いて『ドスン』と地面が揺れたが、まあお腹がこっちを向いたし、これで良いだろう。
「……すげえな。やっぱりこいつを倒すだけの力はあるんだな」
「こいつとの戦闘で腕力は役に立たなかったけどね。ヌメヌメしてるしブヨブヨだし。殴っても衝撃は逃げるから終始魔法で攻めるハメになったわ」
「弾力ねぇ……装備に加工するならなにがいいかねぇ」
「これに包まれたら衝撃を受け流したり出来そうね。包まれたくないけど」
「同感だ」
ブヨブヨの皮を身に纏って、ピンボールのように跳ね回る姿を想像する。たぶん防御面では最高かもしれないけど、同時に精神も摩耗しそうね。元がコイツだと知ってるから余計にね。
「『ゲイルブレード』。それじゃ、切り裂くわよ!」
『合点!』
何十人ものドワーフが合唱した。テンション上がってくるわ!
『スパッ』と腹を切り裂き、中から出てくる液体を『浄化』で消し去りつつ、胃袋を引っ張り出す。
ピシャーチャの体の大きさからある程度予想はしていたが、想像以上に大きな胃袋が出てきた。
テラーコングが丸まったら、1匹丸々入り込めそうなほどの大きさだった。うーんデカイ。そして中もパンパンに詰まっていた。これは期待できるわね。
「マンイーターは腹に鉱石を蓄えると聞いたが、コイツの腹はそんなレベルじゃねえな!」
「ええ、何が出てくるか非常に楽しみだわ」
胃袋を取り出し、連結を切り離す。そして端っこを切って中身を盛大にぶちまけた。
まるで遺跡で発見した宝箱から、黄金が飛び出してきたかのような感動を覚える光景だった。同時に異臭もしていたのだが、それすら気にならないほどに目を奪われてしまった。
出てきたのは多種多様な鉱石に加え、名のある色とりどりの宝石達。
鉱石だけでも金鉱、白金鉱、アダマンタイト鉱石、王鉄鉱、ヒヒイロカネが入っていた。特に王鉄鉱は、一番出てきてほしいと思っていた鉱石だ。
なぜならこの鉱石は、『シラユキを造るために必要な素材』の内の1つを作るための、素材の素材の素材だからだ。これを加工し『王鉄』を作り、そこから加工し『聖鉄』を作り、更に加工し『天上の聖杯』を作る事でホムンクルスの素材となるのだ。
ここに来てようやく、本来の目的の第一歩を手に入れたのだった。
『最初の1つ目ね!』
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