第032話 『その日、領主に挨拶した』

 はぁー……アリシアのひざ、気持ち良すぎて眠くなってきた。

 うとうと……うとうと……。


「シラユキ、ずいぶんリラックスしているな」

「んぇ? ……んー、アリシアがいれば、安心だもん。アリシアより、強い奴なんて……あ」

「どうしました、お嬢様」


 起き上がり周囲を見る。特に不審な点はない。窓の外に映るのはポルトの街。そして御者さん。馬車による砂ぼこり。

 部屋の中には私とアリシア、メアにシェリー。……そういえば足りない。


「ねぇ、そういえばゼルバは? 先に領主のところに送ったの?」

「いや、あいつならこの馬車に乗っているぞ。ただし馬車の外にいるが」

「……この馬車、荷台なんてあったの?」


 箱型の部屋を馬が牽引する一般的なタイプにしか見えなかったけれど……。

 それにマジックバッグがあるこの世界だ。小型の馬車にそんなスペースを作るだろうか?


「いや、荷台ではない。馬車の外に括り付けて引きずっている。シラユキがバトルホースに夢中になっている内に結んでおいた」

「えぇ!?」


 窓の外を見ると、砂ぼこりが舞っている中に人影が見える。あの姿形は……確かにゼルバっぽい。

 市中引き回しの刑か……中々にムゴイ。この世界はステータスがあるから、そう簡単に死なないとはいえ……。やりおるなシェリー。

 まぁ、この空間に居座られたらいやだから、そのままでいていいけど。


 あーあ、夢見心地だったのに、すっかり目が覚めちゃった。

 ここからゼルバに石でも投げて当てるゲームでも……あぁ、このDEXなら外しようがないか。


「シラユキさん、あんな奴の事より、魔法書の進捗はどうですか!?」


 メアが鼻息荒く言ってくる。この子、珍しいものに目がないのよね……。特に全部が魔法言語で書かれた魔法書なんて、気になって仕方がないのだろう。

 読まずに保管しますとか言い出したらどうしてくれよう。メアそっくりの裸の彫像を氷と岩で作りまくってやろうかしら。この子、自分の胸の事気にしているみたいだし、効き目は高そうね。フフフ。


「あ、あの、シラユキさん? なんだかとっても顔が怖いんですけど……」

「あら、大丈夫よ? 魔法書はもう出来上がっているわ。ここだと何だから、今晩渡すわね」

「あ、はい! よろしくお願いします」

「今晩か……覚悟はできている」


 そんなに重く受け止めなくても、抱き枕以外になにもするつもりは……そんなにないわよ?

 元々は何かする可能性はあったけど、今はアリシアがいて発散出来ているから、内なる欲望シラユキも満足しているみたいだし。


「ところでお嬢様、あそこのゴミは、私より強かったのですか?」

「えっ? なんで?」

「私より強い奴、で起き上がりましたので……」


 自分より強い相手がこの街にいたのかもしれないと、ショックを受けてしまっているようだ。昨日でアリシアの自信を色々へし折りすぎたせいかも……。


「あー、強くはなかったよ? でも厄介な事をしてきてさ。呪いのアイテムで強制的に操るみたいな。私も操られちゃったし」

「それは!? ど、どの程度ですか?」

「うーん、5分くらい? 身体に触られる前に抜け出して『アイスソード』で串刺しにしたけど」

「それは不幸中の幸いでしたね」


 実際にその5分間でボコボコにされてたシェリーは苦い顔をしている。魔法の効果でほとんどの攻撃を無効化していたから、ダメージは負わなかったみたいだけれど。


 そうこうしている内に、馬車は領主の館に到着した。ネコミミ装備はマジックバッグに収納し、いつもの格好になる。

 ここは少し高い丘に建っているみたいで、津波とかの水害が起きた時、領民が逃げてこられるようにしているみたい。腐っていない珍しい貴族ね。

 ゼルバの動向を探れなかったり、ゼルバに一等地を渡してしまったりと、人が好過ぎるのは困りものではあるけれど。


 先に降りたアリシアの手を取って馬車から降りると、何人ものメイドさんと執事服の似合う老齢なお爺さんが出迎えてくれた。


「ありがとうアリシア」


 アリシアという名とその姿に動揺が走るも、さすがはプロ。執事さんもメイドさんもすぐに持ち直した。私ならしばらくアワアワしそう。長い間彼女を控えさせていただけに、特にね。

 まぁ、もうそういった心配は不要ではあるけど。


「お初にお目にかかります、シラユキ様。私は執事のレイダスと申します。短い間ですがよろしくお願いいたします」

「丁寧にありがとう。シラユキよ、案内よろしくね。私以外の事は知っているでしょうし、行きましょうか。……ゼルバ、来なさい」

「はい」


 ボロボロの姿でゼルバは起き上がり、こちらへとやってきた。


「あなた、臭い上に汚いわね。その状態で動き回られても面倒ね。『浄化』」


 ゼルバについた汚れも土も、全てが粉となり、風に乗って消えてなくなる。小さな傷はそのままだが、まぁいいだろう。


「よし。レイダスさん、これで構わないかしら?」

「お手間をおかけしました。ありがとうございます。そして神聖魔法の力には感服いたしました。王都にいる神官でも、それほどの実力者は中々おりますまい」

「そのようね。シェリー、こいつの紐、よろしくね」

「ああ」


賛辞の声を受け流し、先へと進む。……『スン』とする私にアリシアが耳打ちしてくる。


「穢れを落とすお嬢様のお姿、まるで天から舞い降りた天使のようで、とても可憐で美しいお姿でした」

「そう?」

「はい」

「えへ」


 途端に機嫌を良くした私は、アリシアの手を握り奥へと進んだ。

 さすがアリシアはわかってる! 


「こちらでございます」


 応接間らしき扉を開くと、男爵っぽいお髭のおじさんに、妻と娘っぽいのがいる。良いのかしら、首輪がついているとはいえ犯罪者同伴なんだけど。

 勧められるまま席に座る。アリシアは私が手を離さないので、そのまま隣に座ってもらう。後ろに立とうとしたって無駄よ。隣は外さないんだから。


「ようこそいらっしゃいました、私がこの街の領主であるアーガスト・ポルト男爵です。こちらは私の妻のシーネアと娘のアーネストです。お噂のシラユキ様を一目見たいと言って聞かないモノで……。同席をお許しください」


 シーネアさんとアーネストちゃんがペコリと頭を下げる。

 アーネストちゃんは儚げな感じの美少女だなぁ……肉付きと顔のあどけなさから見て、12歳か13歳か。

 リリちゃんがロリちゃんすぎるだけで、本来は12歳前後ってこのくらいよね。うん、世界は間違っていなかった。


「初めまして、シラユキと申します。同席に関しては、領主様が宜しいのであれば構いませんわ。ただ、あまり聞かせるべきではない話も出るかと思いますが……」

「私は構いません!」

「ええ、私たちの事は御心配には及びません。これでも私は領主の妻であり、娘もゆくゆくはこの地を治めるのです。綺麗ごとだけでは政治家は務まりませんわ」

「はは、耳が痛い話です……」


 領主様はどうやら尻に敷かれているみたい。もう奥さんが領主でも良いのでは?


「では、シラユキさん……改めて、この度はありがとうございました。今回のそもそもの問題は、ゼルバを野放しにしてしまった私にあります。メアリース殿やシェリー殿も、話は聞きました。この度はご迷惑をおかけしました」

「いえ、領主様……顔をお上げください。確かに私たちは奴らの罠にかかり、囚われの身になっていました。しかしそれは、私とシェリーの実力が足りなかったまでの事。ギルドは街のトラブルを解決する機関。そのトップがそのザマだったのです。……領主様が謝る必要はございませんわ」


 まるでメアがギルドマスターのように話をしている。普段のメアが残念過ぎるだけにひと際目立つわね。でもそう思えるのは身内だけ、か。


「そうです、領主様。今回は私たちの油断が招いたこと。嫌な事件ではありましたが、良い勉強になりました。……それに、良い出会いもありましたし」


 シェリーが『チラリ』とこちらを見て言ってきた。

 あら、嬉しい事言ってくれるわね。キスしてもいいかしら。え、ダメ? そう……。


「私も気にしていませんわ。目の前を羽虫が我が物顔で飛んでいたんですもの。鬱陶しかったから払い落としたに過ぎませんわ。私にも結果的に利がありましたし、その過程で不幸にあっている人々を助ける事が出来たのは僥倖でしたわね」

「はは、お話に聞いていたように美しいだけでなく謙虚なお方のようだ。聞くところによると闇ギルドだけでなく、悩みの種だったオークの集落を1人で攻め落とせる強さもお持ちだとか。なるほど、アリシア君が惚れ込むだけのことはあるみたいだね」


 ……おや?


「ええ。その上お嬢様の知識は、悠久の時を生きるハイエルフを超え、知識を独占することなく他者を導く姿にも感銘を受けました。私の定めた賃金もきちんと理解してくださいました。お嬢様は他者を思いやることが出来、慈愛にあふれ、可愛らしく、尊い方なのです」


 アリシアさんが胸に手を当て、片手でお祈りのようなポーズをしていらっしゃる。

 あ、私が手を離さないからね? 離すつもりはないけれど。


「ははは、これは相当入れ込んでいるね」

「私も惚れさせるつもりで彼女を誘いに行きましたが、こうなるとは想定外でしたね」

「はは、世の中、中々上手く行かぬものだ」

「そのようですね」


 アリシアが『ハッ』となりお祈りモードから戻ってきて、『ペコリ』とした。


「というわけでして、お久しぶりです。領主様」


 ……今更挨拶した!?


「うん、久しいね。幸せそうで何よりだよ」

「はい。とっても幸せです」


 ……アリシアって結構マイペースなのかしら。シーネアさんもアーネストちゃんも慣れてる感じがする。

 まあ今は、こいつに話させようか。


「それでは本題に入りたいと思います。宜しいでしょうか」

「ああ、すまないね。お願い出来るかな」


 領主の視線が、私の後ろで佇むゼルバへと送られる。それは、いろいろな感情が見え隠れする視線だった。


「ゼルバ。貴方の当初の目的と、この街に来てからの活動内容を時系列順に答えなさい」

「はい、わかりました」



◇◇◇◇◇◇◇◇




「いじょうです」


 ポルト男爵が怒りで震えている。それはゼルバに対してか、それとも気づかなかった自分に対してか。


「私が来なかった場合の予定も教えなさい」

「はい、『あのおかた』からいただいたくびわをつかい、よくじつあーがすとにつかい、かいらいにします。そしてつまとむすめを、あーがすとのめのまえでおか」

「もういいわ。黙って頂戴」


 今後何するつもりか聞き出そうとしたら、何を言い出すのかしら。

 まぁこの2人は美人さんだから、狙われそうではあるけれど。変な空気になっちゃうじゃない!


 あーもう。ほら、2人の顔を……あら? アーネストちゃんが頬を染めてこちらに熱い視線を送っているわ。

 え? 今そんな顔する話した!?


「……レイダス」

「はい、旦那様」

「聞いていたな。先程こやつの口から出てきた名の者を至急捕えよ! 一切の容赦は要らぬ!」

「直ちに」


 レイダスさんは早足で部屋を出た。扉の外から、兵達に指示を出す声が聞こえてくる。

 レイダスさんが隊長なのかしら。


「シラユキ殿、私は……いや、家族もこの街も危ないところだったようですね。この度は、本当にありがとうございました。是非とも御礼をさせてください。私に可能なことであれば、幾らでも叶えましょう」


 あら、太っ腹ね。じゃあまずは一番欲しいものから……。


「来月、王都の魔法学園に特別枠で入学したいのです。メアからは推薦状を貰いましたが、あればあるだけ良いとも聞きましたので、頂けますか?」

「お安い御用です」


 正直欲しかったのはこのくらいで、あとは途中から欲しくなったものだ。


「それと昨日、成人の儀にて、1人雷の魔法を発現させ、魔法使いになった子がいたのですが、ご存じですか?」

「ええ、勿論です。我が領民が魔法に目覚めたとはとても喜ばしいことですから」

「その子は私が魔法を教えた子でして、彼女を初等部へ連れていくつもりなのです。彼女の分の推薦状も下さいな」

「おお、そうでしたか! 喜んで協力させていただきましょう!」


 本当に領民が大切なのね。お礼と言わずとも、喜んでやってくれそうな感じがするわ。


「あとは、そうね……。ゼルバ、あの御方とやらの名前と役職を区切って言いなさい」


 片言すぎてわかりにくいものね。


「あぶたくで、はくしゃくです」

「アブタクデ伯爵ですと!?」

「やはりご存知なのですね」


 最初のストーリーで、方々から恨みを買って碌な死に方をしないストーリーの要にいた人物だ。

 こいつの名前が出てくるのは、もう知ってはいたが……名前の通り、見た目も悪で豚な伯爵ね。


「ええ、私と同じく、寄親であるランベルト公爵閣下に仕える者なのですがどうにも昔から悪い噂の絶えぬ男でして。一度王都の晩餐会で妻と娘を紹介した時の、悍ましい顔が忘れられません」

「あの人は、怖いです……」

「生理的に無理ですわね」


 男爵一家からの評価が散々だ。だけど、その時に目をつけられたのだろう。

 アブタクデ伯爵は、プレイヤーから『汚い方のオーク』という、とってもお似合いな称号を賜っていたほどだ。その嗜好や思考は察して余りある。


「ゼルバの隠し金庫から、そいつからの指示書を見つけました。ゼルバに関しては男爵にお任せしますので、この指示書は、私が直接ランベルト公爵にお届けしたいです」

「シラユキ殿が……?」


 ランベルト公爵はメインヒロインのお父様だ。早めにコネを作っておきたい。


「領主様、この件はシラユキに任せた方が良いでしょう。ゼルバが倒されたことは遠からず伯爵の耳にも届くでしょう。そうなれば必ず、刺客などを送り付け邪魔をしてくるでしょう。しかし、シラユキが相手なら、私たちは安心できます。実力は勿論の事、人間的にも信頼出来ます。……ボディタッチは多いが」


 ナイスアシスト! と思ったけど小声で『ボソッ』とつぶやいた。そんなこと言っちゃうんだ? ふーん? 

 そーっとシェリーに手を伸ばすと『パチン』はたかれた。残念。

 

「ふむ……確かにシラユキ殿ならば、ギルド員からも全幅の信頼を得ているようですし、王都まで何があってもたどり着けそうです。……いいでしょう。では公爵閣下への手紙も併せてご用意しておきます」

「ではそういう事で」


 私の用事は終わったことを伝えると、ポルト男爵はメアやシェリーと、今後の対策に関して話し始めた。

 なんだか暇になっちゃったわ。帰ったらダメかしら……。


「……あの! シラユキ様、お時間よろしいでしょうか?」

「あら、何かしら」


 どうやって帰ろうかと思っていた矢先に、アーネストちゃんから待ったがかかった。


「私も来月、初等部に入るのです……。なので、その、ご迷惑でなければ、シラユキ様に、魔法を教えてほしいのです」


 アーネストちゃんがモジモジしながら確認してきた。正史では亡くなっている人達と関わるって、改めて思うと不思議な気分ね。

 この子もカワイイし、この世界のどこかにまだ、助けられるカワイイ子が沢山いるのだろう。可能な限り助けてあげなくちゃ。


「そんなことならいくらでも教えてあげるわ。いつが良い? 今からする?」

「ああっ! ありがとうございます! でも、シラユキ様はお忙しいと聞きますし、学園でまた、教えてくださいまし……。あ、あと、お姉さまとお呼びしても構いませんか?」

「アーネストちゃんみたいなカワイイ妹は大歓迎よ」

「嬉しいです! お姉さま、私の事はアーネとお呼びください。ああ、お姉さまとの学園生活、楽しみです……!」


 アーネちゃんはうっとりしている。お姉さま呼びしてくる後輩ちゃんかぁ。ゲームにはいなかったなぁ……。こういう楽しみ方もありよね。

 その後、ポルト男爵とギルド間での情報共有も終わり、昼食をごちそうになってから、私たちは領主の館を後にした。


『後輩かぁ……あの子たち、元気にしているかしら』

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