第023話 『その日、魔法書を作った』

「ふぁ~……むにゃ」


 ベッドの上から這い上がり、窓の外を見ると、薄明かりの優しい光が目に入ってきた。


「朝、かぁ……」


 伸びをしながら、ゆっくりと記憶の整理を始める。


「昨日は帰ってすぐにお風呂に入って、晩ご飯を食べて……寝ちゃったんだっけ」


 それから夢の中で、ずっとシラユキとお話をしていたんだった。2日間の行動内容が話題の肝だったし、今も私の中で見ていてくれているのだろう。

 情けないところは見せたくないが、気ままに楽しんでとも、目覚める前に言われたし。

 のんびりと過ごそうと思う。


「……うん? ……!?」


ふと鏡を見ると頭が爆発していた。

言い方を変えよう。髪の毛が大変なことになっていた。


「ああ、乾かしきらない内に寝ちゃったからかな……。モジャモジャ……。こんな時は、朝風呂!」


髪を梳くよりも風呂に入った方が楽だと思い、そのまま風呂場に突撃した。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふぅ、さっぱりしたわ」


 窓の外を見てもまだ日差しが薄い。今何時かしら?

 システムメニューから確認する。


『エピリア暦999年2月14日 7時25分11秒』


「……バレンタイン! と思ったけど、この世界に行事として存在したかしら? 運営のイベントとしてはあったけど……まあ、いいわ。お菓子作りの材料も、キッチンも、何にもないし。とりあえず今日の予定を考えましょ」


 まずはギルドに呼び出されると思う。詳細な時間はわからないけれど、昼前には呼ばれるでしょうね。

 次にリリちゃんの適性審査。これもたぶん昼前には終わってると思うから、そのまま『魔法使い』に転職させて、レベルを上げるのを手伝ってあげよう。

 ……そうだ、魔法書をプレゼントしなきゃ!


「まずは羊皮紙を……そうね、シェリーにもプレゼントしたいし、冒険者組も必要だろうからボール系は2個ずつ12枚ね。あとは魔力インクに、羽根ペン。きっちり仕上げなくても良いから、飾りは不要ね」


 初日に道具屋で購入していた数々をマジックバッグから取り出し、机に並べた。

 エクストラ職業『紡ぎ手』の魔法書作成は単純だ。

 紙、インク、ペン。この3つを用意する。あとは『頭に叩き込まれた』魔法の使い方を、そのまま紙に書きだすだけだ。

 魔法の難易度が上がれば、紙、インク、ペンのそれぞれの質も上等なものが求められるが、下級魔法なら今の物で十分だ。ただ、厄介な点として『魔法の使い方を書き写す』という工程だ。


 頭の中の情報を書くだけなので、模写というか転写というか、カンニングしながら答えを書く。というだけなのだが、その情報量が非常に多い。そのまま書き出せば、下級魔法ですらA4サイズのノート10ページ分を超えてしまうだろう。雷属性なんて30ページを超えてしまう。

 読む方は、内容を理解しつつ読む必要はなく、『全ての工程を読んだ』という結果をもとに、改めて魔法書の内容が『頭に叩き込まれる』。しかし、理解する必要がないとはいえ、最初の魔法ですら30ページ以上の長文を読まなければならないのは苦痛だ。


 それを抑えるのが『魔法言語』だ。これもまた、『WoE』で収集することになる『紡ぎ手』の必須技能であり、これを修得することで1節から最大1ページまでを、たった1文字に集約することができる。

 『魔法言語』だけは『紡ぎ手』でも生み出す事が出来ない物で、ダンジョン奥の宝箱や、ボスからのドロップなど、入手手段が限られていた。『魔法言語』が無くても魔法書自体は作れるのだが、面倒な工程を短縮できるため、出回るまではそれなりの値段で取引されていた。


 また『魔法言語』で書かれた魔法書は、プレイヤー、NPC問わず、『魔法言語』を修得していなくても読む事が出来る。そしてダンジョン産の魔法書は、全て『魔法言語』で書かれている。

 そのため、読むのに時間がかからない魔法書は高額であり、読むのに時間のかかる『魔法言語』なしの魔法書は、作成に時間を要する割に安価だった。

 

 シェリーの言っていた雷魔法の金貨30枚前後。この価格になっているのは、はたして前者なのか、それとも後者なのか。もし前者であればサービス開始直後よりもちょっと値が張るかなといった程度。後者ならば……この世界はヤバイ。


「でもたぶん、後者なんだろうなぁ、今までの惨状を見ると……」


 考えている間に、12冊の魔法書が出来上がっていた。全てを『魔法言語』で記入した場合、炎、水、土、風に関しては21文字。氷と雷に関しては46文字。羊皮紙1枚で事足りてしまった。

 正直、魔法書が高いのは見栄えの問題もあるのだろう。ダンジョンで見つかるような下級魔法も、重厚で立派なガワに本体が守られており、分厚いのに開けば1ページしか記入がないという残念な感じであった。その上、魔法書は読了すると燃え尽きてしまう特性を持っており、立派なガワを用意するのはなんだかなーという感じがする。


 まぁ確かに? 本棚に並べるなら立派な見た目が必要ですけども? 使用する目的の魔法書に、そこまで美観を求められても、最後には燃え尽きちゃうわけだし……。 

 レイアウトとしてなら全然いいけれど、使用する方にまで見た目はこだわりたくはないわね。


 ただ、それは量産品に対しての感情だ。プレゼントであればそんなの関係ない。ガワが用意できなくても多少の見栄えはなんとか出来るのだ。

 そのため、リリちゃんにプレゼントするための魔法書だけは、魔力を多めに籠めた。そうすることで『魔法文字』は光り輝き、1枚だけの魔法書でも、神秘さが増している。

 こうすることで効果が高まるとかは、特に全くないのだが、キラキラと輝くことで特別感が溢れている。プレゼントなのだから、多少輝いていて高級感があったほうがソレっぽい。


 念のため問題がないかチェックする。


*********

名前:サンダーボールの魔法書(真)

効果:すべて『魔法文字』で記述された完全なサンダーボールの魔法書。条件を満たすものが読むことで、誰でもサンダーボールを修得する

必要技能:雷魔法スキル3以上

作成者:シラユキ

*********


「うん、十分ね。……まだ時間もあるし、スキル10の『ウェーブ』シリーズも1つずつ作っておきましょうか」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「昨日の今日でシェリーも大変ねぇ……」


 朝食を部屋で採り、片づけてもらっている際に執事のおじさまから、ギルドから使いが来て「ギルドマスターがシラユキ様を呼んでいる」と、伝え帰っていったと聞いた。

 思ったよりも早い呼び出しだった。時間は……8時を回ったところね。

 今日も私は『白の乙女』を身にまとい、冒険者ギルドへと向かった。


「「おはようございます、姐さん!!」」


 ギルドに到着するなり、舎弟1号と2号に出迎えられた。


「……おはよう。朝から元気ね」

「「ありがとうございます!!」」


 しかもハモっている。いつの間に仲良くなったのかしら?

 その後も助けた冒険者組、囚われていた女性達、色んな人たちに取り囲まれて、お礼を沢山言われた。


 みんなそれぞれ魅力的でカワイくて、内なる欲望シラユキが我慢できなくてイロイロとお触りしちゃったけど、割と好感触ね?

 おかしいわね、リアルでやったら痴女もいいとこだけど、もしかしてバカ高いCHRのせいかしら?


「シラユキさーん、お待ちしてましたー!」


 集団から抜け出してきたところで、クルルが声をかけてきた。

 ここでクルルは1つ、大きな過ちを犯してしまった。猛獣相手に、受付カウンターから出てきてしまったのだ。

 尻尾モフモフ! モフモフ!!


「きゃうん! はっ、はわわ……! シ、シラユキさあん……」

「……ハッ! なんて魅惑的な尻尾なのかしら。つい撫でてしまったわ」


 そういいつつも手は尻尾を撫で続けていた。モフモフ! 柔らかい……いい毛並みね……。


「ああ、だめですぅ、そこ、そんなに撫でられると、わたしぃ……」

「止められないわ。……はぁ、犬が飼いたくなってきちゃったわ。持って帰っちゃダメかしら……」


 コテンと仰向けになりお腹を見せるクルル。これはアレね? 撫でろってことね!?


「その辺にしておけ、シラユキ。彼女は気が弱いがウチの大事な従業員なんだ。連れて帰られては困る」


 服従のポーズに手を出そうとしたら待ったをかけられる。

 そこに現れたのは、冒険者ギルドの制服に身を包んだシェリーだった。しかもメガネだった。

 メガネ女子カワイイ! でも、ちょっと疲れが顔に出ているわね。寝てないのかしら?


「あら、シェリー。カワイイ格好ね。似合ってるわ」

「う、うむ。ありがとう。……しかしなシラユキ、呼び出したのはこちらだが、来て早々、職員や冒険者の腰を砕くのは勘弁してほしい。仕事に支障が出る」

「あ、あら?」


 後ろを見るとクルルに続いて、まさぐった女性たちがへたり込んでいた。そんなに強くした覚えはないんだけれど……。


「まあいい……ギルド長が待っている。案内するからついてきてくれ」

「はーい」


 私はみんなに手を振ってから、シェリーのあとをついていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ギルド長、シェリーです。シラユキを連れてまいりました」

「入っていいわよ」


 ギルド長室に入ると、そこは書類の山だった。

 メアは書類と対面しながらも、私を出迎えてくれる。彼女も顔色がよくない。疲れているんだなと思ったが、私は、今彼女の目の前にある書類に目が行った。

 正確には、書類を押さえつけている物体だ。


「乗ってる……!」


 メアの胸が、まるで文鎮のように書類を押さえつけていた。なんて羨ましい……。


「え? ……あっ! もぉー、シラユキさん? 私いまから大事な話をしようとしてるのに、変な空気にしないでくださいよー」

「だって、柔らかそうだったし……」

「き、昨日あんなに、す、好きにしたじゃないですかー」

「それはそれ、これはこれよ!」

「そ、そんなー!」


 メアににじり寄っていくと、後ろから羽交い絞めにされる。


「待てシラユキ。それは終わってからだ。話が進まん」

「……はぁい」


 それは私も思っていた。内なる欲望シラユキ、拒まれないからってやりたい放題だ。割と何とかしなければ……。

 どうにかして発散を……発散できるものを常備する? 男ならまだしも、女の体だし、内なる欲望シラユキの場合性欲じゃなくって愛でたいだけだからなぁ……ふぅむ。

 リリちゃんを常備するのも、問題が2つある。まずリリちゃんはこの街の子だ。よそに勝手に連れていくわけにはいかないし、もし出来たとしてもリリちゃんの見た目だ。幼女感がある美少女をイロイロ撫で回す私……ううん、色々と駄目だろう。もう少し大人な女の子じゃないと……。


「終わったら好きにされちゃうんですかー!?」

「メア、そんなことより話を」

「そんなことってー! うぅ、わかりましたよぅ……」


 考え事もほどほどに、私、メア、シェリーの3人は、応接用のソファに座った。メアとシェリーは私の対面だ。メアの胸に視線が行くのはもう仕方ないとして、今は話を聞こう。

 視線にメアも気付いているのだろうが、咳払いをして切り替えたようだ。


「まずはこの度、私とシェリー、並びに冒険者や街の住人達を命の危機から救っていただき、誠にありがとうございました」


 メアとシェリーは立ち上がり深々と礼をした。さすがに内なる欲望シラユキも、この状態では暴れたりしないようだ。非常におとなしい。

 常にこうしてくれてたらいいのに。いや、私も少なからず楽しんではいるけれども。


「どういたしまして。私個人としても、実入りのあるモノでしたから」

「そう仰ってくださるとありがたいです。ところでシラユキさんは、聞くところによるとギルドに登録したばかりとか。ランクもEのようですし、今回の活躍の報酬代わりに、ランクをBに」

「あ、そういうのは結構です」

「えっ、……ええー!?」


 そういう急な昇格は嫌いだったのでお断りする。こういうのはコツコツ上げていくのが楽しいのだ。……でもこれからテラーコングとかもろもろあるし、一足飛びどころじゃなさそうなのよね。気が重いわ。


「だから言っただろう。シラユキなら断ると」

「で、でもでも、今回の活躍を考えればこのくらいは当然ですし、シェリーより強いならせめてシェリーと同じランクCぐらいには」

「いらないわ」

「だ、そうだ。だがシラユキ、オークの集落を吹き飛ばしたのは間違いなく君の功績だ。ランクは今日付でDに上げておく。構わないな?」

「それくらいなら良いわよ」

「そ、そんなぁ……。私に差し上げられるものなんて、このくらいしか……あとは、もう」


 メアは視線を落とした。自分の体に。

 もう真面目なギルドマスターモードは終わったみたい。仮面が剥がれやすい人なのね、メアは。……外したのは私かもしれないけれど。


「もちろんそれは貰うけれど」

「はう!」

「王都にある学園の紹介状を作ってほしいの」

「ほえ? 紹介状、ですか?」

「ええ。……あら、シェリー言ってなかったの?」

「ああ、すまない。処理する案件が多すぎて忘れていた。メア、改めて紹介しよう。シラユキは魔法業界に革命を起こす天才だ。魔法の才のない子供に短時間で魔法を使用させ、適性のないと言われていた属性の魔法を前衛職に使わせることが出来たんだ」

「はぇ? え? ……ええええええ!?」


 メアはシェリーと私を交互に見て、驚き慌てふためいている。……この人、本当にギルドマスターなのだろうか? なんというか頼りないところしか見てない。胸はマスター級だけど。


 まさかその胸を使ってギルドマスターに!?

 ……ないわね、そういう策士にはまるで見えない。良くも悪くも純朴だわ、この人は。


「信じられないのも無理はない、実演した方が早そうだな。……『ファイアーボール』」


 シェリーの手に火の玉が生まれる。それは真ん丸な円を描き、その周囲を火の粉が煌く。


「あら、きれいな円球を保てているわね。昨日とは大違いじゃない」

「ああ、息抜きにギルドの訓練場で練習をしてみたんだ。シラユキの魔法を参考にしたら上手くできてな。今朝スキルも3になった」

「おめでとう。頑張ったわね、シェリー」


 『ファイアーボール』を魔力に戻し、シェリーは嬉しそうに口角を上げた。ああもう、カワイイわね!

 メアは『ファイアーボール』のあった位置に視線を固定したまま、ポカーンとしていた。

 そうだわ、せっかくだからコレを渡しておきましょうか。


「シェリー、コレ読んでみて」

「む、羊皮紙か?」


 マジックバッグから取り出したを、シェリーは怪しむことなく読み始める。そして数秒もしない内に羊皮紙は燃え上がり灰になった。


「なっ……今のは魔法書か!? しかも今、ものの数秒で理解できてしまったぞ! シラユキ、今のをどこで」

「ね、ねぇ、シェリー? 今の魔法書、全部『魔法言語』じゃなかった? 羊皮紙1枚で収まるなんて、まるでダンジョン産よ!? でも、見た目は羊皮紙だったし……」

「それは今朝作ってきたの。見栄えが悪いのは勘弁してね」

「「ええええええ!!??」」


『マスターが真面目なお話をしてるみたいだから、私我慢するわ』

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