第016話 『その日、待ち伏せを受けた』

「えへへ」


 リリちゃんの笑顔が眩しい。魔法が使えるようになって、皆から魔法を褒められて、嬉しさが滲み出ているのだろう。

 だけど、言わなきゃいけない。言わなきゃ……!


「あ……、あのね、リリちゃ」

「リリ、先ほど君が使ったのはファイアーボールではない」


 告げようとモゴモゴしてたら、シェリーが代わりに言ってくれた。

 さすが副ギルド長、気が利く。


「えっ、そうなの?」

「ああ、私のこの不格好な物と比べるのはなんだが、炎はバチバチとはならんのだ。そうだろう、シラユキ」


 良い感じにシェリーが纏めてくれた。微笑みがカワイイ! 優しい! 好き!


「ええ、リリちゃんが使ったのは炎属性のファイアーボールじゃなくて、雷属性のサンダーボールね」


「『ファイアーボール』」

「『サンダーボール』」


 実演のために両手に1つずつ魔法を呼び出す。私が出した『サンダーボール』はリリちゃんのとは違い、完全な球体となっていて、その中に幾つものスパークが乱反射を起こしている。しかし、球の外側には一切漏れ出ていない。


「ほんとだ、全然違うよ! でもさっきお姉ちゃんがバリバリドッカンしてたのはどうして?」

「あれは炎の他に雷や風も同時に使っていたからよ。コレは現状私にしか使えないから教えなかっただけよ」

「そうなんだ! お姉ちゃんはスゴイね!」


 2つともすぐに消し、なでくりなでくり。

 同時に使うという言葉に他のメンバーは遠い目をしていた。多分吹き飛んだオークの拠点を思い出したのだろう。


「さて、リリちゃん。私は本来、雷を教えるつもりはなかったわ。雷は球体で呼び出すのが非常に難しいの。さっきリリちゃんが出したように雷は不安定で、完成度が低いと破裂して、術者も怪我を負ってしまうことが多いわ」

「えええ!?」


 っていうか最悪死ぬわ。


「でも出せてしまった以上、忘れようとしたりしても突発的に出してしまったら危険だから、きちんと覚えさせます。雷を完全にマスターしたら、他の属性なんてチョロいものよ。頑張ってね!」

「わ、わかりました! リリ頑張ります!」


 なでくりなでくり。

 そう言えばシェリー、まだデコボコボール維持してるのね。維持も疲れるからそろそろ止めておきましょうか。


「シェリー、ソレの維持も疲れてきたでしょう? お疲れ様。もう消しても大丈夫よ」

「消す……とは?」

「えっ? ……ちょっと待ってシェリー、世間一般的な、発動したけど不要になった魔法の処理方法を教えてくれる?」

「ああ、被害が出ないようその辺に放り投げるんだが……その反応は、いや、シラユキも先ほどから消していたな」

「……呆れたわ、なんて杜撰な教育。それなら広範囲魔法が不要になったらどうするのよ……全く」

「広範囲魔法を使用できるものなど、数えるほどしかいないからな……」


 ため息が出る。この世界にはエコという概念はないのだろうか?


「はぁ、乗り掛かった船よ。……シェリー、先ほど魔力を魔法に変えたのとは逆よ。魔法から手のひらに向けて魔力にするの。魔法から魔力が自分の中に戻ることをイメージする。それだけよ、やってみて」

「ふむ……おおっ、こんな具合か」


 見る見るうちにデコボコボールは縮んでいき、ビー玉サイズに近付くと消失した。

 周りからも「おおー!」と歓声が上がる。


「今、消える直前の大きさを見ていたわね? あれが魔法として存在できる大きさの限界点よ」

「なるほど。ひとつの講義の中でも新しい要素がいくつもあって面白いな」

「そう言ってもらえるなら、教えた身としては嬉しいわ」


 そして思っていた以上に魔法に対する知識もない事を勉強出来たわ。

 大変だけど、やりがいはありそうね。やってやろうじゃない。


「それにしても、本来魔法とは、専門の教師から習ったとして、最初の発動までに大体ひと月から数ヶ月要すると言われている。それがこうも短期間で……私に至っては適性無しとされていた炎属性だ。この教育方法が世間に広まれば、世界が変わるぞ」

「いつかは広めるけれど、すぐにとはいかないわ。世の中には絶対悪用する輩もいるもの。そいつらに対抗できる環境が出来てからね。一般に広めるのは」

「しかし、この力があれば自衛の力がない辺境の村などでは、魔物に滅ぼされたりする危険が下がるかもしれないぞ」

「急いで改革したって、滅ぶ原因が魔物から人間に変わるだけ。……シェリーなら分かるでしょ?」


 人間の悪意で今の状態に陥っているシェリーだからこそ、よく分かるだろう。過ぎたる力は身を滅ぼす。しかし、力がなければ力に飲まれる。このバランスを整えるのは民ではない。王だ。

 この国の王はまともだった記憶がある。たぶん大丈夫だろう。


「それに、国が抱える魔法師団よりも強い国民が山ほど現れたとして、国はそれを黙って指咥えてみてると思う?」

「……そうか、国家転覆を疑われるし、魔法を伝えたシラユキもどう扱われるか分からないな……」


 それはちょっと飛躍した最悪のパターンだけれど、可能性もないわけではない。

 頭が腐ってるならともかく、頭がまともなら、力を与える順番は頭からだ。


「ではシラユキはどうするつもりなんだ?」

「王都に行って魔法学園に入学するわ。そして学園の中から魔法の根幹を作り替える。それだけよ」

「王都の魔法学園か。確かにそこならば最先端の魔法の授業が受けられるだろう……。しかし、あそこの生徒のほとんどは貴族の人間だ。場合によっては、利権に走る貴族にちょっかいを出されるかもしれないぞ」

「この国には『決闘システム』があるでしょう? なら話は簡単よ。正面から叩きのめすわ」

「ははっ、なるほど。シラユキなら出来てしまいそうだ」


 『決闘システム』とは、簡単に言うと勝ったやつが正義という暴論システムだ。プレイヤーのPvPに用いられていたが、NPCでも使われていた。

 NPC側の使い方としては、『命令したい貴族』と『反抗する下級貴族や平民』という図式で勝負を行い、貴族が勝てば平民に命令を出すことが出来、相手が勝てば命令を跳ね除けた上で逆に命令が出来、その上武力も示せる。というもの。


 貴族が平民に命令を出すというのは本来滅多にあってはいけないことなのだが、子供の貴族はわりとその辺腐ってるので好き放題している。という設定だった。

 今思えば、この図式も現状を知れば得心がいった。貴族だけが魔法を幼少のころから教えてもらっているし、下を見れば自分より魔法が扱えない弱者ばかり。決闘を盾に少し脅せば、下の者は諦めるしかないのだろう。

 1度でも公衆の面前でボコボコにされてしまったら、その後はずっと笑いものになるからだ。怖くて決闘までして逆らえない。……うーん、ホント腐ってるわね。

 メインストーリーでもそういう絡まれ方をして、圧倒的な力でボコボコにする展開だった。1年昔程度なら、その辺りの展開は変わっていないだろう。

 絶対絡まれるわ。だって私、最高にカワイイし!! 絡まれないなんて、別方面に腐ってなきゃありえないわ。


「そのためにはギルドマスターを助けて、紹介状を作ってもらわなくちゃ。シェリーもお願いしてくれる?」

「当然だ。それにそういった理由ならメアリースも喜んで手を貸すだろう。結果的に冒険者の死傷率もグッと下がるからな」


 皆もウンウン肯いている。リリちゃんはポケーっとしている。よくわかってないらしい。……カワイイからいいか。

 なでくりなでくり。


「それじゃ、休憩終わり! そろそろ街に帰ろっか。あ、リリちゃんとシェリーはさっきの魔力の半分くらいを使って、魔力を体の中で自由に動かせるようトレーニングしててね。歩くだけなんてもったいないわ」

「うん、わかった!」

「はは、なかなかスパルタだな、シラユキは」

「覚えたことは覚えたうちに復習! これが成長のコツよ」

「それは確かに。そうだな、リリに負けないよう私も頑張るよ」


 そうして冒険者組は元通り前を歩き、私たち修行組は後ろを歩く。

 当然私も、ただ歩くだけなんて勿体無いことはしない。

 レベルが8になり、キャップが上昇したことで上げられるスキルが増えた。スキルが50を超えてくると、並列でのスキル上げは集中力が必要になり、それ相応の技量が求められる。歩きながらとなると至難の技だ。

 今日はまだ戦闘がある予定なのだ。ここで疲れるわけにもいかないので、1つずつ集中的に上げていこう。


 まずは炎。とりあえず手のひらに『ファイアーボール』を出す。大きさはそのままにひたすら魔力を込めていき、圧縮を繰り返す。熱は外部に漏れないよう内へと込め続ける。

 スキル値が80に到達する頃には、熱気が全くないにもかかわらず、見ているだけで汗がにじみ出そうな圧迫感を感じさせる光り輝く灼熱の玉が出来上がっていた。


「ふぅ……」


 結構疲れたわね。ふと集中を解くと、皆の視線がその玉へ吸い込まれていた。


「あれ、どうしたのみんなして」

「シ、シラユキ。どうしたのではない! なんだそれは。全く熱くないのに、凄まじい存在感だぞ」


 集中し過ぎて気付かなかった。前を歩く冒険者組は肩越しにこちらを見ている。

 見た目は小さい太陽みたいなものだし、眩しかったかな? ゴメンね。


「突然君が何かを始めるから、何事かと思ったが……。集中していて声もかけづらいし、終わったと思えばまたとんでもない物を……一体それはなんだ」

「何って、炎を極限まで圧縮しただけよ」

「だけって……そんな、簡単に……」

「それに私も暇だったから、炎魔法のスキル上げね」

「……」


 シェリーはただ言葉もなく驚愕していた。

 もしかしてまたドン引きさせちゃった?


「熱気は抑えてるからわかりにくいけど、ちゃんと炎だし、熱量が半端じゃないから。だからリリちゃん、直に触ったら指が溶けて無くなっちゃうよ」

「……っ!」


 太陽に手を伸ばすように、無意識に手を伸ばしていたリリちゃんが慌てて手を戻す。

 危ないものをいつまでも出すわけにはいかないので、魔力へと戻していく。シェリーの時とは違い、大きさは変わらず、輝きが薄れていき、光が収まると同時に消えてなくなった。


 次はどの属性を上げようかと考えていると、視界に港町ポルトが映った。

 ……と、不意に良くない物が見えた。


「『デバフアーマー』」


 個別に魔法を使用し、皆の全身を淡い光が包んだ。


「む、シラユキ、今なにか」

「おおっとぉ、ここから先は通行止めだぜ!」


 目をギラつかせた男が、突然現れた。

 いや、その男だけではない。示し合わせたように次々と人間が現れた。私たちと距離はあるものの、半ばまで囲まれている。

 マップで見る限り人数は23人。随分と多い。


「なっ!? お前たち何処から……いや、その魔道具、覚えがあるぞ。透明化の魔道具はギルドの保管室に仕舞っていたものだ」

「おっ? なんだなんだ、行方不明だった副ギルド長じゃねえか! ボスが悲しんでたぜ? 隷属の首輪嵌めてゴブリンの巣穴に放り込む優秀な母体が居なくなったってよぉ! ゲヒャヒャ!」

「っ!? この下衆が……!」


 うわ、汚い笑い声。

 今のでカワイくないポイント、プラス100点ね。

 それに今、シェリーに何をするって?

 やっぱり身ぐるみだけじゃ優しいみたい。逆に首輪嵌めて領主にでも売り飛ばしてやろう。ついでに彼らは強めにお仕置きね。


 ゴブリンはオークと同じで他種族を捕らえて子供を作る。

 行為から出産までのサイクルがオークは20日前後だが、ゴブリンは10日前後と短い。その上多産の為母体は消耗しやすい。

 また、ゴブリンは嗜虐性が高く残虐だ。捕虜を遊びで殺してしまう事も多い。そのため、環境も良く、生存率も高く、救出される可能性の高さも相まって、どうせ捕まるならゴブリンよりオーク……という認識のようだ。


 今回シェリーが狙われたのは、レベルの高い頑丈な母体の方が長持ちすると考えられたのだろう。

 この話には覚えがある。未来では、突然大発生したゴブリンにより、どこかの街や国が呑まれたうえ、奴らの大規模な支配領域が出来上がったというものだ。

 結局増えすぎた奴らに対抗できる手段が、消極的なものしかなく、奴らの領域はゲーム上無くならなかった。結果的に、その母体はシェリーではなく別の誰かだったのだろうが、今からならそんな未来も防げるかもしれない。

 街や国が健在なら、ゲーム時代で実装されていなかったカワイイ子やカワイイ服、景色や素材が見つかるかもしれない。ああ、夢が膨らむ……!

 よし、あとで地図を確認して、この悪巧みは徹底的に邪魔してやろう。


 ふと、微風が3方向から吹いてきているのを感じた。

 囲みの頂点、それから両端からのようだ。……魔力を含んでいるし、魔法? にしては出力が……魔道具かしら。

 それぞれに視線を投げていると粗野な声が飛んでくる。


「ヒャハハ、気付いたところで遅え! あんたが強え事は判ってんだ、封じる手段くらい用意してるぜ。やれ!」


『状態異常『麻痺』レジスト』


 システムメッセージは全員が聞こえるのだろう。その内容に全員が警戒の色を示した。


「シラユキ!」

「大丈夫よ。対策済みだから」


 平然とした私の声を聞き、皆が安心した顔を見せる。

 シラユキさんが言うなら大丈夫か。といった空気を感じる。

 思っていたより信頼度高くて嬉しいわね。少し空気が粉っぽいが、その程度だ。


『状態異常『麻痺』レジスト』

『状態異常『麻痺』レジスト』

『状態異常『麻痺』レジスト』


「な、なんでだ! なんで麻痺粉が効かねえ!? 上質な物使ってんだぞ!」

「まさかとは思ったけど、成功確率も知らないのね……。もういいわ、お返しするわね」


「『ウィンドウェイブ風の波』」


 属性魔法スキル10で修得する『ウェイブ』シリーズの風属性版だ。

 効果は指向性の属性魔法の波を発生させるというもの。風魔法は威力皆無の風を流すため、主に目くらましなどに使われる。


 風の波が私を中心にして四方に広がった。風は、周囲に漂う麻痺粉や、魔道具による微風を巻き込んで押し返していく。

 強くし過ぎて粉を吹き飛ばさないよう威力は微調整して……。


「がっ!」


 麻痺にかかったのだろう。取り囲んでいた全員がバタバタと倒れていった。


「それじゃ、捕らえましょうか。シェリー、死なない程度になら痛めつけても問題ないわよ」

「いや、この鬱憤は裏切り者に注ごうと思う。今は捕縛を優先しよう」

「そう? あっ、リリちゃん、ここにちょうど良いがあるから、縛り終えたら魔法の練習台にしてもいいわよ」


 自主練でも魔法スキルは上げることが出来るが、それは経験者だからできる事。そうでないなら、魔法は獲物が居た方が上げやすいわ。

 肉を変質させる炎や雷なら、特にね。


「えっ、でも、魔法って人に向けたらいけないんでしょ?」

「悪い人達相手ならいいのよ」

「そうなんだ!」

「い、いいのだろうか……?」


 その後、いくつものバチバチ音と、何人もの悲鳴が草原を駆け抜けた。


『ああ、静かに怒る私もカワイイわ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る