第012話 『その日、オークの集落へ潜入した』

 北の森の石碑前に戻ってきた。あとは街へと戻るところなのだが、少し気になる点がある。

 先程のダンジョンで召喚された魔物についてだ。


「テラーコングや災厄竜も気になる存在ではあるけれど、その前に精鋭オークね。出来立ての集落に3体も出現するのは不自然だわ」


 1年後の未来では、確かに大規模集落となり精鋭オークどころかその上の将軍も生まれていたし、シナリオの展開によってはキングも生まれていた。

 しかし、この時点では小規模なオークの集落であったと、正史ではそう聞いていた。

 ……調べる必要がありそうね。


 そういえばさっき、レベル5に上がった時にスキルを習得したはず。あれがどんなものか、確認しておこう。


『スキル一覧』


 そこには、すべての職業がそれぞれ取得するレベル5のノーマルスキルやエクストラスキルに加え、見慣れた名前ながらも存在しなかったスキル名があった。恐らくこれがそうなのだろう。


「あっ、本来制限がかかって使用できないはずの職業専用のスキルもある。……そっか、全部使えるんだったわね。超便利ね……」


『システムメニュー』


 存在を知らないスキルを使用するといくつかの項目が出てきた。


『HP、MPの視覚化』

『パーティ編成機能』

『時刻表示機能』

『マップ機能』


「すごい欲しかったやつきたー!」


 早速『HP、MPの視覚化』をタップし、ONにする。すると見えている視界の左上に、HPとMPのゲージと、数値が表示された。

 しかし、現在値を表すはずの数値が何やらおかしかった。


『HP 0000/0000』

『MP 0000/0000』


「うん? どゆこと? 無限って訳でもないわよね? ……ということは」


『ゼクスランス』


 その辺の中空に向け、魔法を放った。


『MP 9970/0000』


「やっぱり、表示限界を超えていたのね。……グランドマスター対応のスキルのくせに、そのステータスには対応していないとか、ダメねぇ……」


 元の世界でも『WoE』の運営は、そういう変なところで抜けているところがあり、よく修正のアップデートが行われていた。


「そういうところは原作再現しなくていいのに。……それとも、この世界も運営の手が? ……そんなわけないか」


 そして気づいた頃にはMPは再び『0000/0000』に戻っていた。


「自動回復も速すぎるわね。これは後衛職の自動回復スキルの重ね合わせ効果ね? 規格外だわ。そりゃあ『浄化』を使いまくっても息切れしないわけね」


 次に『パーティ編成機能』。しかしこれはお一人様では確認のしようが無い。決してボッチではない。


 次は『時刻表示機能』。この世界、時計があることはあるのだが、かなりの貴重品のようで街の中央に建つ時計塔にしか取り付けられておらず、一度街を出ると太陽の位置でしか把握ができなかった。

 時刻表示を押すとしっかり今の時刻が表示される。


『999年2月13日 14時17分43秒』


「まだ夕刻までは時間がありそうだし、オークを確認する余裕はありそうね」


 次に私は、最後の『マップ機能』をタップする。すると目の前に半透明の平面地図が現れた。

 この世界に来てから踏破した場所は明るく、視界に収めた場所が薄暗く表示され、そして見てもいない場所はブラックアウトしていた。


「それじゃあここに『探査!』」


 ノーマル職業『狩人』のレベル5エクストラスキルの『探査』は、自身を中心とした周辺から、魔物や人などの魔力を持った存在を調べることができる。

 範囲は使用者のDEX依存であり、今のステータスならば最大20キロ四方まで調べることが可能だ。だが今は、オーク以外の情報は不要のため、北の森をフォーカスしオークと人間を探す事にする。

 先程のマップに無数の赤点と青点。ごく少数の黄点が現れた。赤が魔物や魔獣などの敵性存在。青が薬草や果実、鉱石などの魔力を持った素材。そして最後に黄色が人間だ。

 そしてそれぞれの色合いには濃度があり、濃ければタップする事で情報が見える。薄ければタップしても反応しない。


 スキル『探査』で、対象の情報が見れるようになるには条件がある。


 1つが『一度対象を目視していること』

 1つが『触れたことがあり、名前を知っていること』


 マップの使用が大前提ではあるが、上記のどちらかを満たせばタップ出来るようになり、それぞれの条件を満たすことで、対応した情報が開示されていく。

 開示される情報は上から順番に……。


『現在の姿形』

『名前、その他の情報』


 が判る。そのため、戦ったことのある精鋭兵は、今どこでどんな姿でどう動いているかまでが分かってしまう。恐らくこの世界に来た時に、一度その情報データはリセットされているのだろう。オークやワイルドウルフなど、名前も姿形も知っているが、この世界に来てから一度も見ていないため、マップには反映されない。

 この機能はプレイヤーには無効で、NPCには有効である。この世界にプレイヤーは今のところ居ないので知り合いを探す事に苦労することはない。ある意味ストーカーし放題ね。


 ただ、NPCがこのスキルを活用するには『マップ機能』による連携が必要であるためこの世界では活用されていないだろうし、存在すらも知らないだろう。つまり今、クルルちゃんの動向をバレずに探ることだってできてしまう。

 なんて恐ろしい! ……使わないけど。今は。


 そして現在、オークの集落と思しき場所には100体近くの魔物がおり、全部薄っすらとしており、精鋭兵らしき反応はない。恐らく全部がただのオークだろう。先程呼び出して殺した個体があの村唯一の精鋭兵だったのだろうか?

 というかこんなに数がいる時点で、小規模な集落などでは断じてない。恐らく中規模クラスはある。……でも、街はまるで把握していないみたいね。

 そして人間。光点の反応は全部で6人。5人は1か所に固まっており、もう1人は少し離れた場所にいる。

 そして5人の中の3人がタップ可能だった。


 タップが出来るということは条件を満たしているということ。

 しかし、昨日こちらの世界に来たばかりの私が直接触れたのはクルルちゃんと、『ロイヤル』のボーイ君とオジサマ、あとは吹き飛んだ男ガボルの4人だけ。

 名前を知っているのも、クルルちゃんと、ギルドマスターと、舎弟になった男ガボルの3人だけ。

 しかしクルルちゃんと舎弟ガボルは街の外には出ていない。となると、街で見かけただけの誰かだろう。


 そう思ってタップすると、ある意味予想通りの情報が出てきた。


「……これが現地人の体かぁ。私が知る限りは普通の人間ね」


 彼女たちからすれば不幸の真っ只中かもしれないが、非常に目が潤った。装備も、衣服も、下着も、すべてが剥ぎ取られ、手足を縛られた状態で吊り下げられていた。


 そして『探査』の状態から、現在彼女たちは無事で、ことが分かった。

 ケガらしいケガもないこともそうだが、彼女たちと重なるようにオークの光点があれば、最中だろうと判断したからだ。


 彼女たちが捕まったのは昨日の夕方から今日の朝にかけてだろう。その上でオークの光点は少し離れた場所にある。

 まだ無事であるがその状態がいつ崩れるかわからない現状、すぐに救助が必要であることは明白。このまま眼福状態を眺めていたい気にもなるが、それは現地でも出来る。今は準備をしよう。


『隠蔽』

『隠密』

『影渡』


 『隠蔽』はエクストラ職業『ローグ』のレベル5ノーマルスキル。同じく『ローグ』のレベル1ノーマルスキル『観察』を阻害するスキルである。

 この世界にはローグ、というかエクストラ職業の人口自体、正直期待薄ではあるが、念のために使っておく。


 『隠密』はエクストラ職業『忍者/くノ一』のレベル5スキル。気配を薄くし、匂いを消し、足音もなくす。見つかりにくくなるが決して見えないわけではないし、声を出せばすぐバレる。


 『影渡』はハイエンド職業『上忍』のレベル5スキル。『影の世界』に入ること可能となり、影から影に移動してくことも可能となる。

 影同士の移動の制限は初期は5メートル以内。職業レベルの上昇に伴い、効果が上昇していく。移動していくさまを地上から見た感じは、影が伸びて一時的に引っ付くような感じで露骨に怪しいのだが、それはゆっくりと動いた場合で、持ち前のAGIをフル活用すれば、プレイヤーでも目視は困難だ。


「完全隠密形態・美少女シラユキちゃん、参上!」


 決めポーズを影の上で『ビシッ!』と決める。

 『白の乙女』と輝く銀髪によりこの上なく目立っており、『隠密』の効果が著しく低下しているが、気にしてはいけない。

 この二つは私のアイデンティティーなのだ。これを外すなんてとんでもない!


 『どぷんっ』と水の中に飛び込むような波紋を立て木の影に飛び込む。

 影の中の景色は真っ暗な海のような世界で、目の前には暗黒の世界が続いている。しかし、ところどころ、本来地上に影があるであろう場所からは明るい外の景色が、影の形そのままに映り込んでいた。


「まるで、分厚い雲から光が差し込む『天使の梯子』みたいね……」


 頭上の影と自分は、漆黒のロープで繋がっており、水の中を走ろうとすると、繋がっている影へと引っ張られるような感覚を覚える。これが『影渡』のセーフティなのかしら?

 そして別の影の下に辿り着くと、元あったロープが千切れ、再び直上へと繋がった。


「コレが影の中を進む感じなのね。楽しいわ! ゲーム中だと俯瞰視点だったから、実際にどういう動きをしてたのか知らなかったのよね……待てよ?」


 これ、街中ですればスカートの中が覗き放題になってしまうのでは? ……この世界に、欲望に忠実な『上忍』が居ないことを祈ろう。


 移動する森の中はどこもかしこも影だらけ。風が吹けば影も動く。

 移動したってバレることはない。気楽に移動し放題だ。


 この森はオークのテリトリーだ。その為至るところに、彼らお手製の罠が仕掛けられている。

 動物用から人間用まで、多様に配置されており、シーフや狩人などの専門職でも、慣れが必要な巧妙な隠し方をしているものも見受けられる。

 しかしこちらは影の中。地上の罠なんて気にする必要はなく、気楽に通過が出来る。


 それに、いくらオークが鼻が利き、匂いに敏感だからといって、影の中まで匂いを嗅ぎ分けられるはずがないのだ。

 あまりの余裕に鼻歌を出しそうになるが、さすがにバレるので、ニッコニコの笑顔でオークの拠点へとたどり着いた。


「とうちゃく~」


 小声で呟き、影から顔だけを出す。拠点を見渡すと、そこは森を削った広場に作られており、ほとんどが木製だ。豚の油と混ざってよく燃えそうね。

 オークは鉄を作る技術がほとんどなく、この拠点はオークの本国から運搬することで補っているらしい。

 

 心なしか騒がしい拠点を、再び影に潜り進んでいくと、5人が固まっているであろう小屋を見つけた。

 そしてそのまま堂々と、見張りのオークを尻目に小屋の正面から侵入を果たした。


 影の中から小屋の中を見ると、『探査』で見るよりも眼福な光景が広がっていた。

 やはり5人全員が若い女性で、裸だった。でもやっぱり、カワイイ服を着ている女性に比べたら興奮もそこまでではない。ただ眼福なだけだった。

 昔の自分ならこの光景を見ても無感動だったかもしれない。そう思うと昔の私って、だいぶ心が死んでいたわね。


 5人の内3人は『探査』で見た通り、街の中で昨日見た女性。つまり、北の森まで足を運べる冒険者だった。

 3人ともギルド内で見たエロエロな格好をしていたお姉さん達で、1人だけ何故か猿ぐつわをかまされている。裸のせいで魅力も半分ね。

 オークのモノでも噛みちぎろうとしたのかしら? もうないけど、身が竦むわ。怖いわね。


 そして残りの2人は手足を縛られ、地面に寝かされていた。1人はこの場で手当てを受けているのだろう。服はやはり何も着ていないが、所々包帯にくるまれている。

 もう1人は年端もいかない少女だった。母体としては成熟していないが、食肉にされていない以上オーク達は行けると判断したのだろう。

 その判断が彼女にとって幸運か不幸かはわからないが、生きていることでこうやって救出されるのだから、幸運には違いない。


 ここでオーク達の文化に関して軽く思い出す。オーク達は非常に綺麗好きだ。ゴブリン達と違い水浴びはかなりの頻度で行い、体を清潔に保とうとする。

 それは捕まえた女性にも強いる。一度捕まえられると、まずは衣服を全て剥ぎ取られ綺麗に洗われる。

 そしてケガをしていたら治療を受けさせられ、死の危険が遠ざかるまでは手は出されない。母体を長持ちさせるためだ。

 捕虜となった女性は、扱いは家畜でもそこそこ大切に扱われる。そのためか、捕らえられた場合を想定した際、ゴブリンよりマシと認識されている。

 また、奴隷の女性が酷使される環境は、オーク以下と揶揄されることもある。


 といってもオークが納得するまで綺麗になったら、あとは産む機械にさせられるのだろうけれど。

 最後に、そんな綺麗好きな彼らは、汚れを何とも思わない上捕らえた捕虜を乱雑に扱うゴブリンとは非常に険悪である。大規模な集落が隣接すると戦争が起きるとかなんとか。


閑話休題まぁそれはそれとして


 いくら扱いがよくても、彼女らにとっては不幸なのは変わりない。

 が、静かに助けるのは至難の技だ。騒ぎを聞きつけたオークに人質に取られると面倒なことこの上ない。


「『エアウォール』」


 小屋の入り口に魔法を発動させる。風属性スキルレベル40の魔法『エアウォール』。空気の流れを遮断し音を漏らさない魔法。ただし空気全てを遮断するため、長時間行うと酸欠になるデメリット付き。

 『隠密』と『影渡』を切り、彼女たちに声をかける。


「こんにちは、助けに来ましたよ」


 声をかけると彼女たちは『ビクッ』と驚き視線をこちらに向ける。私の姿を見て思い出したのか、冒険者たちは安堵した表情になる。

 この中で一番幼い少女は今にも泣きだしそうだが、声は上げなかった。

 のちに聞いた話であるが、救出される際は『騒がず静かに』という教育が徹底してされているようであった。

 それを知らない私は「あれ、思ったより喜ばれない?」と要らぬ勘違いをしそうになったが、救出は決行する。騒がないのはどちらにしろ非常に助かるからだ。


「今、解放しますね」


 出来るだけ優しく彼女たちに伝える。頷く彼女たちを見届け、吊り下げ用の鎖は風魔法で、手足を縛る縄は剣を使い解放した。

 冒険者の3人は自由になると喜びを噛みしめ、少女は声を殺して泣き始めた。その姿を見ていられず、優しく抱きしめた。


「もう大丈夫よ、頑張ったわね」

「っ!」

「泣きたい時は泣いてもいいのよ。大丈夫、大声を出しても外には聞こえないようにしてあるから」

「うっ、うう、うわあああん!! 怖かったよおお!!」

「よしよし、いい子いい子」


 少女が泣き止むまで、私は頭を撫で続けた。


『ああ、慈愛の塊のような私、カワイイわ!』

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