第006話 『その日、冒険者になった』

「ごめんなさい! 殺さないでください!」


 順番が捌け、カウンター前に辿り着くと、先ほど目を逸らしたお姉さんが涙目で訴えてきた。

 よく見ると犬獣人のお姉さんのようで、耳がペタンとなり、頭を下げているためか萎れた尻尾がよく見えている。

 くっ、カワイイじゃない……!


「失礼ね、そんなことはしないわ」

「ほ、ほんとですか?」


 バッと顔を上げた彼女がカワイすぎて、つい頭を撫でてしまう。

 彼女の尻尾もピン!と立つのでもっともっと撫でてしまう。

 仕方ないの。カワイイから仕方ないの! 衝動を抑えきれなかったわ……!

 お姉さんというより、もうカワイイ子犬にしか見えないわ。


「はうう……はっ! あの、えっと。冒険者に、なりにこられた、んですよね?」

「ええそうよ。お願いできるかしら」

「はい、お姉さんなら強いから大丈夫ですよ! この用紙にサインをお願いします! 代筆は……いりませんよね」

「ええ、問題ないわ」


 特に試験とかそういうのはないらしい。さっきので免除されたのかしら。登録のお金も要らないのね。

 ゲームの中では、登録時に銀貨1枚を取られたような? ……記憶違いかしら。

 とりあえず文字は日本語だし、書けるところだけ書きましょうか。


 書くところは「名前」「出身国」「職業」「現在レベル」「総戦闘力」「適性属性」「得意武器」。

 半分近くが書けそうにないわね。適性属性? なにこれ。まぁ全部と。得意武器ぃ? 職業次第だと思うけれど、何でもいけるわね……よし、出来たわ!


**********

名前:シラユキ

出身国:ヒミツ

職業:ナイショ

現在レベル:つよい

総戦闘力:やばい

適性属性:ぜんぶ

得意武器:なんでも

**********


 これでいいわね! ふと見ると、用紙を回収した子犬ちゃんが茫然としている。


「あ、あの、書きたくないところは、書かなくてもいいんですよ?」

「あ、あら、そうなの?」

「で、でもすごいですね。適性属性全部なんて! あ、もしかして貴族の方……」


 最後のほうは尻すぼみになっていたが、私の耳には届いた。


「貴族じゃないわ。ところで、適性属性ってなにかしら?」

「……えっ?」


 『WoE』の世界にはそもそも「適性」なんてなかった。誰もが全属性を扱え、得意不得意なんてものはなかった。人によってイメージに差異はあったから、出しやすいや出しにくいはあったかもだけれど、時間が経てば勝手に慣れて、苦手属性なんて初心者を卒業する頃には皆、脱却できていたわ。

 ……NPCは、確かに得意とする属性はNPCごとに違いはあったわね。あれってもしかして、使わないんじゃなくて使えなかったのかしら?


「あ、もしかして極東から来られたんですか? それなら確かに文化は違いますが……でも黒髪が主流の国だったような……」

「あら、受付嬢が詮索?」

「はわわ、ごめんなさい! 適性属性は生まれた瞬間に決まる物でして、魔法が使えるようになる12歳の時にわかるんです」

「どうやって調べるのかしら」

「えっと、8種の属性を見せて、同じものが出せるかどうか試させるんです。貴族の方なら、ほとんどの人が出すことが出来るようですけど」

「ふぅん……」


 それってただ魔法の使い方を「理解しているか、していないか」であって、貴族は「教えてもらっている」から出来るだけ。なんじゃないかしら。その場合平民で使えるのは天才か、誰かに習ったかね。

 それでも全属性を扱える者が少ないのは、ただ単に完全に理解した者が少ないか、理論ではなく感覚で理解しているため教えられないか、または秘匿しているか……。

 ともかく、このNPC界隈の魔法スキルは、プレイヤーと比べると残念な内容になりそうね。


「まあ私は、全部扱えるから関係ないわね」

「すごいです! あ、その、シラユキさんってお呼びしても、いいですか?」

「いいわよ。それと貴女のお名前を聞いてもいいかしら」

「あ、ごめんなさい! 私は受付嬢のクルルと申します!」

「そう、クルル。よろしくね」

「はい! あ、ギルド証。出来たみたいですよ」


 後ろで作業していたお姉さんがやってきて、ギルド証をクルルに手渡していた。会話に夢中になっていたとは言え、仕事が早いわ。優秀なのね。

 貰ったギルド証は白で、私の名前と、ランク「F」と大きく記された簡易なものだった。


「それではギルドの説明をしますね!」


 ふと周囲を見たが、人はすべて隣の列に流れていた。私の後ろに並ぶ人はいないみたい。むしろ目が合うとサッと逸らされた。照れてるのかしら?

 並びそうもないし、遠慮なく話を受けようと思う。


 まず仕事の受注方法から説明を受けた。コレに関しては私の記憶と違いはなく、通常依頼は『掲示板から剥がす』か、受付嬢から『今日付けで入ってきた新鮮な依頼』を聞くか、『長期間誰も条件を満たしていないが、依頼主が諦めていない依頼』を聞くの3点。

 常時依頼はこの地域一帯に出現する魔物の情報が貼り出されており、そこに必要な部位と料金が記載されている。コレは直接その部位を提出することでお金がもらえる。

 緊急依頼は『掲示板から剥がす』の一択のみ。今は貼り出されていないみたい。今、この周辺地域は高確率で平和ってことね。


 次にランクに関して。

 上から順番にS,AAA,AA,A,B,C,D,E,Fの、計9段階。

 総戦闘力の目安としてはFが新人。Cが2500~に対して、Aが5000、AAAが6000となっているようだ。

 基本的に自分の総戦闘力は隠す人が多いみたい。まあ確かに、自分の実力が知られるって、メリットそんなにないものね。

 ……ならなんで先ほど書かされそうになったのだろう。あと、Sは現在いないみたいね。


 だいぶ目安が低いように見えるけれど、レベルは職業毎に初期キャップが存在している。

 キャップは特定の魔物から得られるドロップアイテムを使用したりすることで、上限をLv5ずつ解放していくことが出来、最終的に100になれるというもの。

 ちなみに最初のキャップはどの職業も50だ。


 上限上昇はプレイヤーなら最初は簡単なものが多いけれど、NPCで限界突破しているような人は、結構珍しい部類だった。この世界にもしプレイヤーがいなかったとしたら、限界値は50と考えられていて、選ばれしものだけがその先を行っている。とか思われていそうね。

 そしてハイエンドの前衛職業のレベル60の純総戦闘力は4760だ。そこに他の補正値や装備の補正値込みで、なんとか6000といったところだろうか……?

 思ったよりもNPCのレベルが低い気がするけれど、この世界大丈夫だろうか。


 ランクを上げるにはクエストをこなしていくことが必要であり、『常時、通常、緊急』の順番と、それぞれの難易度により、ランクアップポイントに差がある。

 ここでお金を稼げるのは『通常』の『古くなってリスト行き』になった『採取系』クエストである。

 古くなるほどに難易度が高いものは、総じてポイントや報酬が高くなる傾向がある。依頼者が諦めきれないためだ。

 依頼主の期待値も高いことから、感謝の度合いが増える。必然的に私のカワイさに目が行く。そしてカワイイ私のうわさが流れだす。

 なんて完璧な作戦……!


 ちなみに討伐系の通常依頼は、放っておくと緊急に回されることがある。

 この場合高ランクが指名されることがあるらしい。その分料金が上がるし、指名料も発生する。

 人の命には代えられないため、危険性の高いクエストは緊急になりやすいようだ。

 また、魔物の強さが周辺地域より明らかに高い場合は、即座に緊急依頼に回されたり、大きな街や王国のギルドに伝達されるみたい。


 依頼の受注には、自分よりランクが2つ以上高いクエストは受けることが出来ないが、『採取系』は少し事情が異なる。『見つけるのが難しいがたまたま見つけられた』というラッキーがあるかもしれないからだ。

 ただ、危険な場所にのみ存在しているものもあるため、依頼自体は受けられないし情報も渡してもらえない。だが、現物を持ってきた場合のみクリア扱いとなる。

 そして今回見つけた『エメラルドスネークの抜け殻』……これはランクDかC。危険の少ない西の森だが、発見が難しく扱いを誤ればすぐに質が落ちる。

 マジックバッグ(小)は強い品質保持の力があるため、しばらくダメになることはないのだ。

 ただ(中)以上の時間停止能力はないため、過信は禁物だ。


 最後にご法度について。

 1つ。ギルド証の紛失。これはペナルティとして、ランクは維持されるが溜まっているポイントすべて消失する。頻度が高いと降格もあり得るらしい。

 そして罰則金として銀貨10枚。もしくは大銀貨1枚となる。

 2つ。一般市民に狼藉を働いたら重罪。最悪一発免許剥奪もありうるとのこと。

 ランクA以上の者は剥奪はされないとか。ただし、それ相応の罰は下るとのこと。


「さっきの私、まさにこの状態に近いモノだったと思うんだけれど」


 『チラッ』と後ろの壁を見ると、もうゴミはなかった。飛び散った瓦礫はあったが。


「はうう、本来は副ギルド長が目を光らせて下さるんですが、街で女性が行方不明になるって噂を聞いて、何日か前に調査に行って戻ってなくて……」

「あら、怖いわね」

「はいぃ、それにギルド長も昨日から出かけているみたいですし、余計彼らも調子づいてしまって……」


 女性が行方不明……何か聞いたことあるわね。どんなクエストだったかしら。

 と、そんなことより依頼ね。


「それはさておき、この街に来る前に西の森で色々取ってきたの。精算してもらえるかしら」

「あ、はい。どうぞです!」


 まずは常時依頼の対象を、マジックバッグ(小)から取り出す。


「流石シラユキさん、マジックバッグをお持ちだったんですね。ゴブリンの耳に、わっ、バトルシープの尖角ですね。お肉や毛皮もお持ちでしたら買い取りますが、どうされますか?」

「両方使うから今日は売らないわ」

「かしこまりました。ではゴブリンの耳が1個につき大銅貨1枚、バトルシープの尖角が1本で銀貨1枚だから、えっと……」

「銀貨2枚の大銅貨も2枚ね」

「え? あ、ほんとですね。シラユキさんは頭もいいんですね!」


 犬耳がピン! と立ち、尻尾もぶんぶんしている。

 あ、尻尾の風圧で後ろの書類が飛んだ。

 隣のお姉さんが睨んでるが、クルルは気付いていない。

 カワイイわ。もう一度撫でてもいいかしら。


 一応記憶に誤りがないか、貨幣の種類を思い出す。下から

 1E:鉄貨。

 10E:銅貨。

 100E:大銅貨。

 1000E:銀貨。

 1万E:大銀貨。

 10万E:金貨。

 100万E:大金貨。

 1000万E:白金貨。


 うん、問題はなさそうね。お金の呼び方は1E(エピー)。

 ここに来るまでに見た屋台のお肉やスープは1個80~100E。安宿はたぶん300~600Eかしら。

 安心できる最低限の宿は最低1000~3000E。つまり銀貨1~3枚ね。高級宿は最低でも1万E前後かしらね。

 最初の所持金は銀貨3枚の3000E。今の報酬は2200E。常時依頼だからこんなものでしょう。肉や毛皮があればもっと行ったかもしれないが、私には例のアレがある。


「次に、エメラルドスネークの抜け殻を取ってきたんだけれど、依頼はあるかしら」

「えぇっ、すごいです! もちろんありますよ!」


 そう言って彼女は足元からリストを取り出し、そのクエストを見せてくれた。


**********

依頼者:メアリース

内容:状態のよい『エメラルドスネークの抜け殻』を持ってきてください!

報酬:金貨3枚

**********


 金貨3枚の横に薄っすらと『大銀貨5枚』『大銀貨8枚』『金貨1枚』とあり、増額を繰り返していたようだ。

 それにしても元々予想していた大銀貨3枚を大幅に超え、まさかの10倍。これは美味しい。依頼者は、メアリース? なんだか聞き覚えがあるわね。

 とにかく『エメラルドスネークの抜け殻』を鞄から取り出す。出したのは魔力水で得た内の1枚だ。

 いまだに薄っすらと光り輝いている。


「は、はわわ、すごいです! ここまで上質なエメラルドスネークの抜け殻、みたことないですよ!! 傷らしきものも一切ありません! これならギルドマスターも満足しますよ!」

「ギルドマスター?」

「あ、はい。依頼人はギルドマスターなんですよ。綺麗なものに目がない人なんですが、今までは濁っているとか、傷があるとか、破れてるとかで、なかなか受け取ってくれなかったんです」


 そうだった、メアリースはギルドマスターの名前だった。

 それにしてもギルドマスターは昨日からいないのね。それに女性が行方不明……うーん、なんだっけなぁ。


「これは丁重に保管させていただきます! この状態ならギルドマスターも絶対文句はありませんので、報酬も渡しておきますね!」


 そう言ってクルルはすぐさま後ろのお姉さんを呼び出し、お金と『エメラルドスネークの抜け殻』を交換する。

 そしてそのまま金貨3枚を渡してくれる。


「あと、このクエストはポイントも高いので、すぐランクアップ出来ますよ! FからEにあげておきますね」


 そのままカウンターに置いたままだったギルド証を掴み、新しいのと交換してくれた。

 Fランクのギルド証が白色で、Eランクが薄茶色。なんだか汚くなったわね……。


「次のDランクは黄色、Cランクは黒色です! シラユキさんならすぐなれますよ!」

「そうね、この色はカワイくないものね」


 ギルド証、金貨などの報酬を受け取り、マジックバッグに収納した。


「ところで、まだエメラルドスネークの抜け殻が残ってるんだけど、買取はしてもらえるのかしら?」

「ええっ!? も、もしかして、先ほどのと同じ……?」

「よくわかったわね。さっきと同等のがあと5枚に、品質が普通のが1枚よ」

「買います買います!」


 目をキラキラとさせるクルルを微笑ましく思いつつ、全ての『エメラルドスネークの抜け殻」をカウンターに置く。

 するとクルルからだけでなく、周囲からどよめきが起きる。奥や隣のカウンターで仕事をしていたお姉さんも釘付けのようだ。


「はわわわわ、こんな上質な物を沢山手に入れるなんて、シラユキさんすごい! 普通のエメラルドスネークの抜け殻ですら悪いところ見当たらないですよ!」

「運がよかったのよ。ところで、いくらになるかしら」

「そうですね……」


 クルルは寄ってきたお姉さん方とジェスチャーで示し合わせる。

 どうやら今、料金設定をしてくれているみたいね。

 クルルの尻尾もそれに合わせて動いている。眺めてるだけでも飽きないわ。モフモフしたい。


「決まりました! 輝く5個はそれぞれ金貨1枚で、全部で金貨5枚。普通の方も1個で大銀貨5枚です」


 「おおー!」と周囲から歓声がきこえる。


「助かるわ。ありがとう」

「いいえ、こちらこそありがとうです! ……こ、こんな上質なものなら、職員でカンパして小さなお守りを人数分くらい、余裕で出来そうです」


 最後の方は、聞こえていないフリをした。それにしても良い売りが出来たわ。

 総じて金貨8、大銀貨5、銀貨5、大銅貨2の85万5200Eね。

 元々の3000Eと比べると天地の差があるわね……。

 予想以上の金額になったし、薬草類は売らずに調合に回してしまって大丈夫そうね。値段にもよるけれど、素材の薬草より完成品のポーションの方が安いだなんて、長く続いたゲームならまだしも現実ではありえないと思うし……。

 ポーションそのものの需要より、スキル上げに使うための素材としての需要が高まった結果による逆転現象。ゲームとして考えればまぁ日常の光景だけど、リアルに置き換えると意味わからないものね?


 まだ人が後ろに並ばないことを確認する。男性冒険者は視線を合わせないが、女性冒険者からは何だか熱い視線を感じた。出来る女のイメージが広がったかしら。

 改めてクルルに向き直り、彼女から高級宿の位置と、雑貨屋の場所を教えてもらった。

 両方ともに、結構近場にあるようで助かった。……そこでふと、先ほどまでの疑問を確認してみる事にした。


「そういえば、今日の年月日、教えてもらえるかしら」

「今日のですか? エピリア暦999年2月12日ですよ」


 ……ああ、そういうことね。今までの疑問が氷解した。


『……あの子犬の尻尾、モフモフでカワイイわね』

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