第005話 『その日、男に絡まれた』
「えっ、もう着いたの!?」
気持ち駆け足で来た道を戻ったつもりだったのに、5分ほどで森の入り口に着いてしまった。1時間ほどまっすぐ探索したはずなのに、やっぱりステータスが高いと基礎体力も大変なことになってるかもしれない。
移動時は景色がかなりのスピードで流れていった。しかし息切れはしていない。スタミナの限界値もどうなってるんだろう。この辺りはVITやAGIよね?
ゲームではAGIの高さで移動速度が変わることはなかった。ほとんど回避率にしか影響はないものだった。
もしもAGI依存で移動速度が上昇してしまうと、頻繁に壁に激突したりと事故を起こすし、敵とひたすら鬼ごっこなんて芸当や、爆速で敵が走ってくるなんてのも発生しかねない。それは正に地獄絵図だっただろう。バランスブレイカーとかそんなレベルじゃない。モンスターが爆速で襲いかかって来るとか、絶対夢に出るわそんなの。
それが現実となり反映されるようになったと考えれば、この速度も説明がつく。
既に人間を超越しているかもしれない。てか、この世界の人間みんなそうなの? ヤバくない?
「でも今のこの状態でどこが限界か確かめておくべきよね。今のレベル1を基準に出来れば、成長した時の限界も予想できる……はずだし」
まずはSTR、筋力。
武器の『始まりの剣』は強化を施していくと最強装備一歩手前まで成長するロマン武器であるけど、最初の状態は『不壊属性。切れ味はレベル1武器に準ずる』というもの。
しかしそんな初期装備でもゴブリンやワイルドシープすら一撃で屠れてしまう。絶対に壊れないオプションがあることで、レベル1の攻撃力でも化け物のような腕力が合わさり最強に見えるのかもしれない。
「失敗したらとっても痛い事に……で、でも回復魔術の練習もしなきゃだし」
左手をギュッと握り、隣に立っている木を殴りつけた。
『バキャッ!』
根元からへし折れたわ。……木が。
腕じゃなくてよかった!
それにしても、木を拳でへし折る私って……。
……。
……。
……なしね。
ゴリラとか言われそう。もう二度とやらないわ。ゴリラは女の子につける呼び名じゃないわ。言ったやつは私刑ね。
「次はDEX? 弓なんてないし、コレはどれだけ高くても悪影響はたぶんないわ。パス」
命中率が高くて悪い事なんてないものね。たぶん。
「次はVIT。耐久力や頑丈さが高いといっても、調べようがないわ。でも胸やお尻は柔らかかったわ。コレ、大事なところね」
車に撥ねられればわかるかもしれないけれど、この世界にはないし、この周囲に突撃してくるモンスターは……あ、ワイルドシープがいたわね。
でも、森の奥に今から戻るにもアイテムパンパンだし、この確認は荷物を空けてからになりそうね。
「次にAGI。これは敏捷性だから、ここから街まで本気ダッシュでどのくらいで着くかよね。目算、若干霞んで見えるし、リアルだったら徒歩40分コースかしら」
AGIは今から調べられそう。気を付ける点としては、人にぶつからないようにすること。
本気で走った場合、軽く見積もっても新幹線並みの速度が出かねない。まだこの世界の住人に出会っていないのだから、強さの相場もわからない。
高レベル高ステータスの通行人なら『ゴッツン☆』からのごめんなさいかもしれないけれど、ノーマル初期レベルの人とぶつかったらタダでは済まない。『ゴッツン☆』どころか『グシャッ★』よ。
でも、早めに実験をしないと加減も出来ないし、やらない後悔よりやる後悔よ。当たって砕けろ! 相手を砕いたら駄目だけど。
まあでも、車に乗るのと同じで、ちゃんと前を向いて走れば大丈夫! よそ見ダッシュダメ、絶対!
ただ私的にはシラユキに殺されるなら本望なのだが。出来るならお尻に潰されて死にたい。腕の中でも可。
「最後にINT、MND、CHR。この辺りは魔法の威力やレジスト率、成功率だから何とも言えない。でも私のカワイさはヤバイ。ということね!」
確認事項は以上ね。日が暮れる前にさっさと街へ行こう。
やっぱり走るときはクラウチングスタートだよね!
位置についてー! よーい!
「ドンッ!」
地面を蹴り飛ばし駆け抜ける。
……あっ、クラウチングスタートのポーズ、絶対カワイイよね。
鏡は、正面用と背後用の最低2枚購入が確定した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして私は今、大通りを歩いている。
あの後、最大速度の危険性を、流れる景色をもって即座に理解した私は、あわててスピードを落として……たぶん恐らく一般的なスピードで街までたどり着いた。
門番のお兄さん方には注目を浴びたけれど、装備から冒険者と判断されたし、持ち前のカワイさで深くは聞かれなかった。
……いやいや、それで大丈夫かなこの街。あんなにチョロかったら門番の意味がないのでは……?
まあでも、次からはちゃんと冒険者証を見せられるようするためにも、私は冒険者ギルドにたどり着いた。
冒険者ギルドは正面にカウンターがある。
カウンターには綺麗な獣人のお姉さんが受付をしており、彼女の前には仕事終わりの報告か、それとも受注か。何人も並んでいる。
カウンター横には会議用の部屋へと続く通路があり、逆側には職員専用通路やギルドマスター部屋へと繋がっている。
左手には募集依頼の掲示板があり、種類によって色分けされている。左から順番に『青、緑、赤』となっており、それぞれが通常依頼、常駐依頼、緊急依頼となっている。
右手にはパーティの待ち合わせや相談に使うためのテーブルが何組か設置してある。
懐かしさを覚え、昔見たギルドの構造を思い浮かべたが遜色無かった。
プレイヤーが最初に訪れる街といっても小さな町ではなく、国を支える港町の一つであるため規模はなかなかのものだ。
王都と比べられると立つ瀬がないが、日が傾き始めた今の時間でも、客足が途切れる様子はなさそうだ。
通常依頼は朝に更新され、緊急依頼は依頼があり次第更新される。朝が非常に混み、他の時間帯はまばらになる。
依頼の時間拘束も、結局は依頼次第のため、夜は報告で混み合う、といったことはない。
冒険者ギルドが醸し出す雰囲気、魔物を倒す仕事を請け負う人種が纏う独特の空気、隣の酒場から聞こえてくる賑わい。
それぞれを身にもって感じて、改めて自分は現実の身体として……シラユキとしてこの場にいるのだと実感した。
「おいおい、あれ見ろよ」
「なんだ? うわ、すっげぇ美人」
「うそっ、綺麗な髪……」
先ほどからギルドに入ってすぐの場所で不思議そうにキョロキョロとみている私を訝しがり……いや、カワイさに目を細め、革装備に収まりきらない私の躰に、遠慮のない視線が飛んでくる。
ここで改めて私は、女性が常に感じるという男性の視線がどこに集中的に集まっているか、気配で察した。索敵系職業の恩恵もLv1ながら十全に受けているため、好奇の視線を受けていることはさすがに理解できた。
というか街に入ってからずっと受けていたことは、なんとなくわかっていた。それでもここまで露骨にガン見はされていなかったが。冒険者ってそういうものなのかしら?
……でも気持ちはわかるわ。
私も、鏡が目の前にあったら睨むような目で微動だにしない自信がある。時々ポーズは変えるけど。
この世界の冒険者は男女の比率でいうと、割と半々だったりする。当然今のギルド内にいる冒険者にも女性冒険者はけっこうな数がいるのだが、RPGの定番なのか、当然のように薄着で煽情的な格好の人たちも多い。
『それって防具としてどうなの?』というのは言ってはいけないお約束装備も、ちらほら見える。
そんな彼女たちも私を注視している。胸、足、腰、髪……最後に顔の順番で。 一つ一つのパーツを見ていく毎に嫉妬したり、驚いたり、自分のと比べたり、コロコロ表情が変わって忙しい。
何人もの百面相をみているようだ。大丈夫よ、あなた達も十分カワイイわ。そして色気もあるわ。今の私にはツイテないけれど、心にはあるもの。来るものがあるわ! グッド!
さて、いつまでもここで突っ立ってても邪魔になるだろう。お尻にも視線は感じるけど。私だって早く見たいのよ!
目的だったお金のためにカウンターへと近づくと、先ほどから熱い視線を送っていたガタイの良い男たちが行く手を遮った。
「ヒューッ、姉ちゃん見ねえ顔だな。こんな場所に何のようだい?」
今にもグヘヘと言いそうな顔でこちらを見下ろしてきた。シラユキの身長は160cm台後半。体重は私も知らないわ。
それを見下ろす彼は180cmは超えていそうだ。視線は完全に胸に行っている。気持ちはわかる。
舎弟のような男たちが左右に分かれ、後ろに回り込む。この手慣れている感じ。常習犯かしらね?
「……冒険者になりにきたの、どいてくださる?」
「へぇ、冒険者にか! なら俺たちが冒険者のなり方を教えてやるよ。それも手取り足取り腰取りな」
「そうそう、俺たちゃ初心者には優しいんだぜ。報酬はそうだなぁ、お姉さんには一晩付き合って貰おうかなぁ」
「グヘヘ、見ろよこのケツ、たまんねえぜ」
あ、今グヘヘって言った! リアルグヘヘ頂きました! ってか、私にも見せなさいよ!
それにしても、ギルドのど真ん中でコレが許されていいのかしら? あっ、カウンターのお姉さん、サッと目を逸らした。怯えている顔がカワイイわね。
それにしても彼は、ギルドの中で結構な地位でも築いているのだろうか?
それとも厄介な問題児なのだろうか?
それともお姉さんの気が弱いせいなのだろうか……?
周りを見ても、他の冒険者は「あーあ」という顔をしていて助けてくれそうにはないし、職員はカウンターのお姉さん1人に、奥のほうで作業している2人のお姉さんの3人だけ。
奥の彼女たちは彼らの行動に気付いていないみたい。今の時間帯は職員の数が少ないのかしら。
とりあえずチェックしてみますか。
『観察』
**********
名前:ガボル
職業:剣士
Lv:27
サブ職業数:0
総戦闘力:1180
**********
エクストラ職業『ローグ』の、Lv1で取得するノーマルスキル『観察』を使用することで、相手のステータスが見える。
ノーマルスキルは取得以降、レベルさえ満たしていれば他のジョブに転職しても使用することが出来る万能アビリティだ。ローグが解放されたら即ゲットがプレイヤーの基本となる。
ちなみにそのジョブや、ジョブ系統縛りのスキルはEXスキルと言われている。まぁ、今の私にノーマルもEXも関係ないけれど。
リーダーのような彼がコレなら、取り巻きは見る必要がなさそうね。Lvだけで考えれば、この街周辺の魔物にそう苦労はしないでしょう。……海に出なければ、だけれど。
海の魔物、それも沖に出るような魔物はちょっと冗談では済まないレベルになるし、深海にはラスボスより強い化け物もでるから、海は魔境だ。
ただ単に、最初のメインストーリーの後、バージョンアップで追加された地域だから、軒並みレベルが高いんだけど。
メインストーリーが追加されるたびにラスボスも追加されるから、最初のラスボスの扱いがどんどん残念になるのよね。
ラスボス(笑)とか。……まあこれはMMOの宿命ね。
威張り散らしてるガボルがノーマルで、このレベルで、このステータス。他職業の育成もしていない。
うーん、下手しなくてもワンパンで倒せるわ。
完全初期ステータスならまだしも、こちらはSTRで267。ガボルは7で割れば平均ステータスは154。
CHRは手下連れてるし標準よりはあるのかしら? INTは低そう。……まぁ、悪知恵は働きそうだし高く見積もってもVITは170前後。
……うん、当たり所によっては死ぬかも。
街に入ってすぐなのに『殺し』はしたくないわ。まだ高級宿にシャワーがあるかもわからないのに、血を浴びるなんてまっぴら。
そういえば人を倒したら、経験値になるのかしら……? 気になるわ。ええ、すごく気になる。
ゲーム内なら人型の魔物は倒したことがあるけど、人そのものはどうだったかしら……?
そもそも倒した場合と、殺した場合でも違いがあったりするのかしら……。
……ああ、ダメね。いつもの深く考えるクセが出てるわ。
囲まれているのに私が黙っちゃうから、彼らも私が怯えて閉口してると感じたのか、顔のニヤつきが深くなる。
カワイくない顔。……ああ、ますます存在価値がわからないわ。
なぜ生きているのかしら?
「……必要ありません。私に指一本でも触れれば、痛い目を見る事になるわ」
私の身体も、体も、躰も。髪の毛一本に至るまで全て……私の物よ。他人が勝手に触れることは許さない。
あ、カワイイ子は全然アリよ? 男女問わず、ね。
「ハハッ、黙ったと思えば威勢がいいねぇ。まずは先輩の言うことは大事だって教え込んでやらねえとなぁ?」
ガボルの手が私の腕を掴もうと伸び、直前に髪の毛に触れた。触れてしまった。
『パァン!』
その瞬間空気が破裂するような音と共に、ガボルの身体が錐もみしながら横に吹っ飛び、盛大な音を立てて頭から壁に突っ込んだ。
まるでギャグ漫画のように吹き飛んだが、それは全力で一切の手抜きをせずに殺すつもりで平手打ちをしたからだ。
殺さないようにと直前まで考えていたが、触れられた瞬間そんな考えは消し飛び、殺意マシマシの本気の平手打ちをした。
ステータス2倍差。正面から防具を経由したならまだしも、無防備な顔面にクリーンヒット。最低でも、脳震盪、最悪頭蓋骨が陥没するレベルの即死コース。
しかし……彼は生きていた。頭を壁にめり込ませながらも、ピクピクと痙攣している。死後痙攣ではなくちゃんと生きてる。
彼が死ななかったのは、彼の運が良かったわけでも、私が咄嗟に加減をしたわけでもない。
ギリギリでスキルを使ったからだ。
ハイランク職業『調教師』のLv1EXスキル『お仕置き』
効果は全力で攻撃してもHPが最大値の半分にしかならず、副次効果にも作用する。というもの。
この攻撃では絶対に50%未満にはならないというもので、仮に49%以下の体力の相手に使っても一ミリもHPが減らないのだ。
そして副次効果。吹き飛んだあとに発生した衝突や衝撃もカバーされるため、最初の平手打ちの段階でHPが50%になっていたとしても、追加ダメージでHPが減ることはない。
ただし衝撃や痛みは来る。本来は獣やペットを躾けるために使うものだけれど、一応人間にも作用したようだ。
あとは格闘術が主武器の職業の攻撃補正スキルが、『お仕置き』の威力に掛かったかもしれない。そうでも無ければ、ステータス差だけで錐揉み大回転はしないだろう。……たぶん。
『お仕置き』の欠点としては、同じ相手には12時間以内には使用できないというデメリットがある。
もし立ち上がってくることがあれば同じ手は使えないが、HPが半分も一気に消し飛べば、普通は意識を保てないだろう。
念のため、後ろの連中を言い含めるために、振り返りながら告げる。
「手加減をしてあげました。死んではいないでしょうが……次に触れれば、容赦しませんよ?」
「ヒッ、ヒイイッ!」
「すすす、すいやせんでした!」
慌てて後ずさる彼らを呼び止める。
「待ちなさい」
「「は、はい!!」」
「そこの粗大ごみ、あのままでは迷惑でしょう? どうすればいいか、わかりますね?」
「え、あ、はい! わかりやした!!」
「すぐに片づけます!」
「素直でよろしい」
気絶したガボルを壁から引き抜こうとする彼らを尻目に、茫然としている受付嬢の列までくる。
順番待ちをしていた人たちがいたようだが、みんな順番を譲ろうとしてくれた。
うんうん、カワイイ子には前を譲りたくなるよね。わかるわかる。でも、順番はきちんと守るものよ。ちゃんと並びます。
「ちゃんと並ぶわ。戻りなさいな」
それでも譲ろうとする者はいたが、微動だにせずニコニコする私を見て諦めたのか、彼らはビクつきながらも受付で処理を済ませていった。
壁にゴミがぶつかった音で、奥にいたお姉さんが混み具合に気付いてカウンターについたおかげか、列はどんどん消化されていった。
『……ああ、囲まれた時の私もカワイイわ。でも、怯える表情が出来たらもっと良かったわね』
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