第11話 派兵要請
帰還した兄との再会を果たし、国王たる父への東方の情勢報告とやらも傍らでなんとなく聞き、昼の居室たるこの部屋にファルシャードが戻ったのはつい先ほどのことだった。
執務室といえど、その華美は私室に勝るとも劣らない。天井には硝子製の豪奢な照明が窓からの陽光に煌めき、壁や床はもちろん、机、椅子などの調度品、さらには筆記具にいたるまで、この世の贅の限りを尽くした装飾が施されている。
その中心に、居心地悪そうに佇む男が一人。
「お前が一日に二度も訪ねてくるとは珍しいな、ザカリア。日頃は俺のことなど毛嫌いして寄りつかないくせに」
磨き上げられた大理石の天板に頬杖をつき、ファルシャードは目の前に立つ兄の部下を、頭の先からつま先まで無遠慮に眺めまわした。
「私はファルシャード殿下のお眼鏡にかなうような容姿ではありませんから、視界に入らぬよう注意しているだけです」
臙脂色の軍服は機能性重視の質素な意匠で、黒灰色の髪に鋭い眼光の彼自身もファルシャードの好む華やかな容姿とは対極にあった。
「ふむ。確かにお前は地味だな。顔立ち自体は悪くないが、華がない。目つきが鋭すぎるのも難点だ。せめてもう少し朗らかにしたらどうだ? 表情だけでも見え方は変わるぞ。あとは……装身具だな。なぜなにも身につけない? そういう部分でくらい華やかさを出せ。それから――」
「ファルシャード様」
「なんだ、アミル。口を出すな」
見かねたアミルが止めようと試みるも、主の言葉には逆らえず口を噤んでしまう。
これだから魔人は、と心の中で毒づきながら、ザカリアは眉間に皺が寄りそうになるのを必死に堪えていた。
しばし心を無にしてありがた迷惑な助言を聞き流し、ようやくファルシャードが満足したと思われた時にザカリアは再び口を開いた。
「……善処いたします。ところで、殿下――」
「だが、お前自身、俺のことを良く思ってはいないだろう? 王位には、兄上の方が相応しいと考える者もいる。とくにお前は、兄上に引き立てられて今の地位にいるからな。俺よりも兄上が王になるべきだと考えていてもおかしくはない」
「……は?」
突拍子もないことを言いだすファルシャードに、ザカリアは開いた口が塞がらなかった。鉄仮面と呼ばれる彼に、ここまで間抜け面をさせられる人間はなかなかいない。
「即座に否定しないということは、図星ということだな?」
「誤解です。もとより、私ごときに王を選ぶことが許されるなどとは毛頭考えておりません。国王陛下がファルシャード殿下を王太子として選ばれた以上、他の王などあり得ません」
丁寧な口調ながらも底冷えのする声に、苛立ちと呆れが滲む。
「そうですファルシャード様! ザカリア殿はベフルーズ様の信頼も厚い方です。そのようなことを考えるはずはありません!」
慌ててとりなすアミルが横目に様子を伺うと、ザカリアと視線がかち合った。既にほとんど地に落ちていただろうザカリアからファルシャードへの評価は、今まさに地中にめり込んでいるところだった。
「……どうやらこの身は、ファルシャード殿下のご不興を買っているようだ。そうと知った上で大変申し上げにくいのですが、今日は殿下に折り入ってご相談があるのです」
言葉とは裏腹に申し訳なさの欠片も感じ取れない低く落ち着いた声で、ザカリアは淡々と本題を切りだした。
「東部の辺境付近の村で起きた反乱の鎮圧に、アミル殿をお貸しいただけないでしょうか?」
「別に構わんが……そんな辺鄙な村の暴動ごときに、わざわざアミルを連れて行く必要があるのか?」
近頃東都近辺で小規模な反乱や異民族の侵入が頻発しているという話は、ベフルーズから王への報告の中にもあった。度重なる出兵に州府の兵士たちは疲弊し、一時的に王都の軍勢を借りたいというのが今回の帰還の主旨だった。
しかし、ザカリアが言うような村民たちの反乱程度に、アミルを派遣する必要があるのかは疑問に思えた。ここから援軍が東都に辿りつくまでにはある程度の日数がかかるが、いくら疲弊していても州兵の手に負えないはずはない。
「だからこそ、アミル殿が必要なのです。相手は敵国の兵ではなく、王に刃を向けているとはいえ我が国の民です。民を徒に傷つけることなく、双方の被害を最小限で食い止めるため、魔人の力をお貸しください」
似合わない綺麗事を滔々と述べるザカリアに、ファルシャードは眉を上げた。
「随分殊勝なことを言うようになったな」
「ベフルーズ殿下のお考えです」
ザカリア自身は、自国民だろうが歯向かう者に情けをかける必要などないと思っていた。しかし、ベフルーズはそうではない。王族としての民への慈悲なのか、あるいは国内の労働力が失われることを防ぐためか、魔人を使ってでも蜂起した民衆をなるべく傷つけずに鎮圧するよう命じた。
それが上官の意向である以上、軍人たるザカリアは苦手な相手に対してでも頭を下げるほかない。
「兄上の? 先ほど会ったときは、なにも言われなかったぞ?」
「ベフルーズ殿下が奏上されている最中に伝令が参り、新たに反乱が勃発しているとの報告がありました。その件を受けての、急遽のご判断でしょう」
東方の情勢は思った以上に深刻そうだと、ザカリアは憂慮していた。
「まあいい。アミル、事情はわかったな? 行ってこい」
「しかし、それではファルシャード様の御身を護る者が……」
「二人も増員したんだ、少しの間くらい問題ない」
『増員』の言葉に、ザカリアの眉がぴくりと動く。異国の子どもが一人と、胡散臭い新手の魔人が一体。警戒の対象になりこそすれ、王太子の護衛など任せられるはずもない。
が、アミルを貸してくれと頼んでいる以上、文句は言えなかった。
当のアミルは何か言いたげに口を開きかけたが、小さくため息をついて観念する。魔人たるもの、主の命令には逆らえない。
「……承知いたしました。ですが、私はあくまでファルシャード様の従僕。なにかあればすぐにお呼びください」
「ああ」
「そういうわけですので、ザカリア殿。ファルシャード様の緊急時には、どのような戦況であってもその場を離れさせていただくことをご承知おきください。……私にとっては、民も国防も将軍の副官たるあなたの命令も、何の意味もありませんから」
ザカリアに向き直り、アミルは釘を刺した。もはや彼からファルシャードへの評価は落ちるところまで落ちている。いまさら自分がなにを言っても、これ以上下がりようもないだろうと開き直っていた。
「無論、心得ている。今日の日没前には発つ。準備があるなら、それまでに済ませておくように」
冷ややかな声でアミルに告げると、ザカリアはファルシャードに頭を下げ、礼を述べて退出した。
神燈奇譚 閑谷閑 @nyomugen
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