第164話 閑話 ノエル・ハワード公爵

 馬鹿馬鹿しい。

 眼前で言い争う貴族達と文官達を見て、アレサレム王国にて公爵位を授かるハワード公爵家の当主、ノエル・ハワードは心底そう思った。


 貴族側は自身の利益を守ろうと、宣戦布告無しに攻勢に出た事を責め。

 文官側は話題転換して保身に走る。

 この場にいる誰もが戦争によって最も被害を被る一般人の事など考えていないのだ。


 貴族とはあらゆる面で特権を持つ、だからこそ責任を持ち、戦時には一般人達の盾として身を削る。

 その様に考える誇りある貴族であるハワード公爵にとって、目の前で繰り広げられる論争は実に無意味なものであった。


 しかしルナン国王の言葉を受け、貴族も文官も目の色が変わった。

 国民の為に、権力を持つ者としての誇りと責務を果たそうと……そして、それは突然やって来た。


 乱雑に扉を開け放ち、伝達兵が到底信じられない報告を告げた直後。

 謁見の間を戦場に立った事の無い者でも感じ取れる程の緊張感が包み込む。

 そして……純白の装飾に身を包んだ謎の集団何姿を現した。


 数は然程多くない。

 しかし、その力は圧倒的であり、侵入者に襲い掛かった近衛騎士達が一瞬で敗北したのだ。

 その事実に貴族、文官に関わらず、この場にいた全員が目を見開く。


 近衛騎士は王国軍の中でも精鋭の中の精鋭、まさしく一騎当千の猛者。

 そんな猛者が手も足も出ず、瞬く間に拘束される。

 殺さずに拘束される、それは両者の実力差を如実に物語っていた。


 幾度も戦場に立ち、その武勇を知らしめるハワード公爵もまたその事実に身が強張る。

 自分が近衛騎士に劣るとは思わない、しかしそれでも侵入者達を見た瞬間にその圧倒的な実力差を、どう足掻いても勝てないと理解してしまった。


 そこからは早かった。

 近衛騎士を片手に引き摺り堂々とした足取りで謁見の間に踏み込んでくる。

 ルナン王は侵入者が謁見の間に入ると直ぐに拘束され、果敢にも立ち向かった騎士達は次の瞬間には気絶して倒れ込む。

 そうして、僅か数十分程度で王宮は制圧された。


 しかし、更に信じられない事態が巻き起こる。


「おおっ、これがフェーニル王国の転移魔法か」


「ええ、何とか実用化に漕ぎ着けましたよ。

 とは言え、この魔法陣はルーミエル様に頂いたのですがね」


 完全に制圧され、王宮にいた全ての者が謁見の間に集められて少し経った時、そんな声と共に2人の人物が突然現れた。


「何故、貴方方がここに……ウェスル皇帝陛下、イヴァル国王陛下」


「ん? 久しいなハワード公。

 まぁ、相手が悪かったと言う事だ」


「ええ、アレサレム王国は禁忌に触れてしまいましたからね……

 しかしご安心を、悪い様にはならないでしょう」


 唖然とするハワード公に苦笑いを浮かべる2人。

 しかし、ウェスル皇帝はふと真剣な表情を作ると、厳かに告げる。


「アレサレムの英雄たる貴殿に忠告だ、下手に抵抗など考えるな」


「それは、ネルウァクス帝国には逆らうなと言う事と捉えてよろしいでしょうか?」


「いや、そうでは無い。

 まぁ、時が来れば貴殿にも理解できよう」


 それだけ告げると、踵を返し拘束されているルナン王の方に歩いて行った。

 今は戦争中。

 敵国の王宮にウェスル帝がいる、それが意味する事は……アレサレム王国の敗北。


 いやしかし、そんな事があり得るのだろうか?

 国境線で戦端が開かれたのは今朝の事、半日程度で決着がつくなんて事はあり得ない。

 しかし、伝達兵のあの報告。

 そして、あのお2人の現れ方……転移魔法……


「まさか……」


 ハワード公爵は唖然と呟く。

 国境での戦いでアレサレムの最高戦力である勇者達を足止めし、その隙に転移魔法を用いて王都を一気に制圧する。

 そんな今までの戦略の常識を打ち壊す想像は、この場に於いて最も真実に近いものであり、しかし真実はその上をいく事になる。


『相手が悪かった』


『禁忌に触れた』


 ウェスル帝とイヴァル王の言葉の意味。

 目の前の光景をもって嫌でも理解させられた。

 玉座に座る幼い幼女の、その天上から虫でも眺めるかの様な無機質な瞳を見て。


 そんな幼女に跪いた10人の騎士達。

 帝国が世界に誇る自他共に認める最強である十剣からは先程の侵入者達と同等の圧倒的な力を感じる。

 しかし、そんな十剣を、大国の君主を跪かせる幼女とその隣に立つ者達からは何も感じ取れない。

 どれ程弱き存在でも感じ取れる生物としての気配、それすらも感じとる事が出来ない。


 その事実にハワード公爵は恐怖を覚えた。

 ハルマ子爵が声を上げた時は生きた心地すらしなかった。

 可憐でこの世のものとは思えない整った美貌を持つ幼女とその隣に立つ者達。

 彼らが、神と呼ばる存在なのだろうと、漠然と理解した。

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